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アヤワスカのハナシ(1) [シャーマニズム・スピリットメディスン]



「ペルーが呼んでる。」



●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●


、という声がおりてきた時の記事を覚えていらっしゃいますでしょうか。
2015年12月のことでした。

このメッセージを受け取ってから間もなく、瞑想ビジョンに導かれてアボリジニの長老たちとのセレモニーに同行しましたが、このセレモニーすべてを執り行ったペルーのシャーマンが、2016年10月に実際ペルーへ飛ぶこととなるカギを握っていました。


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では、ペルーでのお話の前に、
そもそも、シャーマンってなんだろう?

ウィキペディアでは、このように説明していますが、いちいちリンクしたくない方のために、このまま説明にはいります。


 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


このブログのお姉さんにあたる、第一章ブログ『実践哲学「和道」で今を生きる』でアメリカのネイティブアメリカンメディスンホイールについての話(2010年ニューメキシコ州の話は全6話へジャンプ~過去の画像が消えてしまう事件が起こり記事が読みづらく申し訳ございません)はかなり書いてきましたが、南米大陸だけでなく、自然と調和し生きてきた世界中の先住民族(私たち日本を含む)の暮らしの行く末を握るような人物の一人に、現在「シャーマン」と呼ばれる人が存在しました。



シャーマン... 
パーマン!ヤーマン?みんなヒーロー[ムード]



シャーマンは、Middle World =なかつ国(私たちの存在をふくむ物質世界)とパラレルで存在する Upper World=天上界Lower World=地下界につながる扉を開いて、私たちの目(ふたつの目)には見ることができない超自然的存在(スピリットやブラーミン等)と交信することができるといわれています。パワーアニマル(トーテム)、パワーストーンパワープラントは重要な役割をになっており、シャーマンは歌、楽器、数珠のようなツールを使ってスピリットを呼び起こすことが一般的です。いわゆる扉であるポータルはパワーゾーンとよばれる場所にあるといわれます。


シャーマニズムは、人類の歴史の早い段階からはじまった土着信仰とは切り離せない関係があり、祈願、予言、治癒、供養、悪霊払いなどとその力の使い先は幅広く、日本では霊能者、呪術者や祈祷師と呼ばれ、巫女、イタコ、ノロ、ユタをはじめ、各地域の特性に沿ってシャーマンが存在することは知られています。邪馬台国の卑弥呼がシャーマンだった?という話を聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。また、シャーマンの力は、目的によって善いことにも、悪いことにも使われてきました。黒魔術や呪縛を解くことも掛けることも、シャーマンにとっては難しいことではありません。


シャーマンという概念が網羅する範囲は大変広いので、ご興味のある方は上記に挙げたキーワードから個別にはいっていかれるとよいと思いますよ...アナタの知らない世界へーーー




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アボリジニの長老衆から絶大な支持を得るペルー出身のシャーマンでありヒンドゥー司祭でもある(ちょっとややこしい)マヌサイの案内で、去年私たちが出会うこととなったシャーマンは、ペルーはイキートス(ジャングル)出身。この二人は「シャーマン」という同類カテゴリーに存在するものの、このジャングル出身のシャーマンは、アヤワスカを中心とした植物(メディスンプラント)を扱う専門のシャーマンで、アヤワスケーロと呼ばれています。お祖父さんもお孫さんもアマゾンでアヤワスケーロという生粋のシャーマン家系。代々、地元のアマゾンの森に暮らす村人(原住民族)たちのお医者さんであり、カウンセラーであり、病院であり、相談所であり、村の暮らしの大切な役割を担ってきました。今も赤ちゃん子供たちは無償で治しているといいます。彼自身は質素な家に住み、ごはんはお米と川魚。小さな体の無口で地味なおじちゃんで、セレモニーだからと言ってムダに気合が入ったり、伝統装束に身を包むでもなく、サッカーTシャツを着て新聞を脇に挟んでいる男性でした。



28日間をともに過ごし、私たちは彼からセレモニーを受けるだけでなく、自分が使うプラントを一緒に用意し、丁寧に煎じながらアヤワスカの調合や歴史、彼のアマゾンでの暮らしぶり、家族のこと、そして聖なるスピリットメディスンへの偉大な愛と仕事に対する情熱を教えてもらいました。



私のペルーでの体験談をお話する前に、彼から直接聞いた話を中心にアヤワスカにまつわるお話をさせていただくことにいたします...。


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2018年 新年のご挨拶 [ご挨拶]

[ぴかぴか(新しい)]お久しぶりでございます[ぴかぴか(新しい)]
新年あけましておめでとうございます。
あ、最後の記事からお誕生日も迎えられたのですね、おめでとうございます。。


最後にアップしたのが2017年お正月だったので、ちょうど一年後の更新になってしまいました。月日が経つのは早いものです。2018年は2日のスーパームーンから始まり、さまざまな天界の動きが目白押しですが、時計芯のまわりが以前にも増して早まっている気がするのは、気のせいでないのかもしれません。

さて、アップせず一年が経過したのには、南オーストラリア州でのオーガニックマーケット主催の仕事を終え、東海岸へと舞い戻ってきた際に、執筆用のマックをエコビレッジに寄付してしまったこと、そしてそれ以来、時間がまったくとれない状態だったことにあります。

ありがたいことにタイピングしているPCは、もうさすがに書かなきゃと思った時に、旦那さんに話したらもう買っていたというラッキーPC。よし、書く時が来た。


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今はニューサウスウェールズ州のタイアルガムという場所で記事を書いています。
タイアルガムは、楯状火山の(アボリジニ名)Wollumbin(ウォランバン)で有名で、上の写真、我が家(キャンパーバン)の車窓の左端にみえる、山頂がくしゅっと魔女のとんがりハットみたいな姿が特徴です。『山々の長』という意味で、アボリジニが儀式に使ってきた長老と呼ぶにふさわしいエネルギーに満ちあふれた山です。2300万年前は活火山であったと聞いた上で、英語の呼び名がマウント・ウォーニング(『警告山』)。え、休火山?なら富士山と一緒?噴火するかも?と思っている人は私以外にもいるはず。警告山というなんとも重々しい名前の由来はキャプテン・クック。航海中の船がオーストラリア大陸に近づいた際に座礁しないようにと目印にした山だったそうです。日本人はじめ、海外からも多くの観光客が訪れる「パワースポット」でありますが、ペルーのシャーマンのマヌサイとアボリジニの長老アンティ・ミニーも、去年の一月のセレモニーで、毎回といえるほどこの山について言及し、ご祈祷していたところをみると、世界太古の大陸といわれる場所の臍ともいえる存在なのかもしれません。え、日本が世界太古の土地じゃないの?と思われたか方はお読み進めくださいませ ↓ ↓ ↓


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魔女のハット、こちらの方がわかりやすいかな、若干?



話をちょっともどして。。。
以前ちらっと触れましたが、2016年10月1日の誕生日あと、ペルーへ飛んで4週間を聖なる谷で過ごしていました(その話は次のブログで)。地球の反対へ行くなんて興味もなかったのに、結局行くことに。運命には逆らえないものです。


あれ、ウォランバンと山の形似て...ないか
聖なる谷、マチュピチュ
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ぺルーでの神秘体験が、
これまでの身体と心の癒し、それが深まるとともに呼び起こした先祖七代分のツケ祓いや、無意識であるうちに誰もがプラグインしてしまう底なしの怒り、悲嘆や恐怖のエンティティなど、個の体を通して起こった総全体の癒しに、まさかの見事なフィニッシュラインを引きました。闇の経験から知恵を抽出することで、光の経験を受け取る準備ができたというか…それに対してアマゾンのデーヴァが呼応してくれたというか…


もとは自分の身体の痛みと、心の怒りをただお掃除したいがためにはじめた瞑想。
スピリチュアルなことにまったく興味なく、どちらかというと仏教などの「正しい」方法を通して誠実に向き合いたいと思っていた真面目な私が、昔の恩師が言ったことを忠実に信じて毎日瞑想をしつづけた結果、「私こんな人生選んだ覚えない!」と心で叫びつつ結局選んでいるから責任もって歩かなくちゃならないし...ブツブツブツたどり着いたのがペルーだったのでした...

どんだけの長さになるか未明ですが内容ふんだん。次のブログお楽しみに~



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≪クスコでラマさん、カメラ目線≫



ペルー帰国後の翌年、2017年1月にはニューサウスウェールズ州にて、以前住んでいたコミュニティからプジャ(浄化の儀式)を頼まれ、250名あまりの参加者の前で地球への踊りを奉納した後に、人々が書いたそれぞれの思いを「火」の要素を使って天へと還す儀式的なものを司りました。儀式なんかやり方もしらないのに、できちゃったのは完全にペルーでリリース&招きいれたものの影響です。

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続いて3月には、前出のアボリジニの長老衆のひとりであるアンティ・ミニーが家に招待してくれたので、訪ねにいきました。住んでいるのは、オーストラリア本土から橋でつながれた離島。下部写真、中央がアンティ・ミニー。木の精霊が彼女の顔に一直線の光をひいています。

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そんなアンティ・ミニーは、ティーン時代から、ただ肌の色が濃いというだけで、駐禁だとか公共料金の支払いが遅れたとかの理解不能の理由で、警察からオーストラリア中を追われ、監獄にいれられてきました。刑務所に入っていた間、いわゆる「入植した」(住む場所と暮らしと子供たちを奪略した)白人に対して「対等に」ものが言えるように、こっそりとものすごく勉強したそうです(刑務所に入っている間は学校にいけないことわかってて逮捕する政府...)そんな経験から、彼女の娘は「白人教育」を受け大学院まで進学し、アボリジニとして発言できる立場を手に入れたうえで、アボリジニの権利と大地を守るために活動されています。(たった数十年前のオーストラリアですよっ。今も差別は残っています...



↓ ↓ ↓
そんなアボリジニと日本人のつながり??
前置き:私には、何をもって「世界最古」とするのかがわからないのですが、地下世界と天上世界をつなげるポータルをひらく方法を知っている(た)人間(世界各国の原住民族やロシアの “アナスタシア” や神官や司祭など)は、その力をもって超自然的存在や母なる地球や父なる宇宙とつながる(交信)することで、生きていく方法を尋ねたり、豊作を祈ったり、病気を癒したり、調和と愛にあふれれた暮らしたり、支配する側に立ったり、等々と、人類の歴史をつくりあげるのに一役かってきたと思います、、、。そういった地域は世界中に今もたくさんあります。そしていったんポータルがひらくと、場所であっても人であっても、時間とスペースの概念が消失してしまうのです。だから「世界最古」ってどういうことだろな??と興味津々なのです。


アンティ・ミニーは、よく日本人とアボリジニの深い関係を口にします。彼女とはじめて会った一昨年前、彼女に、「私はどうしてこんなにもよくリアルすぎる悪夢を見るのか?」、「どうして日本でなくオーストラリアにいるのか?」と訊いたとき、私にはアボリジナル・ジャパニーズとして与えられた役割がありこのレインボー・サーパント(虹の大蛇=虹の戦士)の大地にいることを説明されました。アンティ・ミニーの話は、松果体(第三の目)が開いていない人にはまったく理解できない上に、私にはとてもうまく説明できそうにありませんが、要はアボリジニの大陸と日本の島は異次元でつながっている、ということなのです。

2016年1月のセレモニー月間で、バイロンベイ近くのブランズウィック・ヘッド裏手にあるボルテックスで火のセレモニーをしたとき、その辺りの地理が少し歪んでいることに気づきました。歪んでいるというのは、川岸の木々が歪んで倒れてかかっている地形であること、森の緑と空気が濃すぎて揺れて見えること、そして、京都貴船神社ほどは大きくないけれどそれと形の似た大きな岩があって(それだけでも色い宇宙)、その中心に溜まっていた水がなんともゆらゆら神秘的で異次元へとつながりそうな歪みでした。まあそんなことパワースポットではよくあるハナシってことですが、どうして貴船神社とブランズウィックがつながっちゃうんだろうなんて思いました。そもそも祈りや信仰深い土地は時代を超えてすべてつながっているんですけどね。いろいろな説もありますが。宇宙の歴史からみれば人類の歴史なんてちっぽけなんで、人類の脳が把握不能であったり不可能と思うことも実はなんでも起こり得るスペースがどこにでもある。ちなみに、アンティ・ミニーの旦那さんは日系人です。


ま、美しいオーストラリアの海をみながら、引き続きBGMとして読んでやってくださいな
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海と川がまじわる地、ブランズウィック

(ノースコーストホリデーパークさんから拝借)


***


アンティ・ミニーの住む島から出たその足で、ゴールドコーストへ向かい、お次は来豪したインドの聖者アンマと四日間を過ごしました。毎日のサトサン(真理を諭す交流会、仏教の法話や講談のようなもの)と一日二回(計5回)のダルシャン(ハグにより恩恵を受けとること)を得られる幸運に恵まれ、母なる地球(Mother Earth)への愛と尊敬を、聖なる母(Divine Mother)であるアンマへ捧げる絶好のタイミングだと、苗木[クローバー]やお花[桜]を寄付してきました。


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いわゆる悟りの境地にいる超人の力-これはサイキックに関するだけの話ではなく、助けを必要な人に手を差し伸べ続ける超人的な体力と気力、そして枯れることのないまぶしすぎる慈愛-を目の当たりにしました。

それは、リトリートの最終日。一般にも無料解放された夕方で、会場はごったがえしていました。アンマは日曜の夕方4時ころに会場に入り、サトサンをしてから7時にダルシャンをはじめ、会場に次々と到着する人たちに恩恵を渡していきました。私は、ダルシャンを受けるのと歩いたりトイレに立ったり以外は、ほぼずっとアンマの前に座っていました。彼女は立ち上がって手足を伸ばすこともなく、お手洗いに立つこともなく、周りにいるボランティアの方から少しのお水を少し飲むというかなめる程度で食べることもなく、朝3時。アンマ率いる世界最高クラスのキルタン(バクティヨガの一種、サンスクリットの宗教音楽または讃美歌)がはじまり、ユニバーサルな愛を語る声はもう美しすぎ純すぎて、身をゆだねるだけで不純なものが心と体から自然と去っていくようでした。キルタンでゆるくなって部屋へ帰る人もいましたが、私はそれでエネルギーをリチャージして、アンマの前に座り続けました。それからダルシャンはまだまだ続き、結局すべのダルシャンが終わったのは、すっかり夜も明けた月曜の朝8時でした。休むことなく13時間。アンマはリトリート終了後すぐ会場から空港へ向かい、南インドへと旅立ちました。ダルシャンを待つインドのケララ州で、到着後すぐ1000人を超す人たちへのダルシャンがあると、アンマと暮らす尼僧女性から聞きました。文字通り超人です。



そんなこんなのイベントを随所に入れつつ、2017年の前半は、ニューサウスウェールズ州からクイーンズランド州の海岸沿いを北上&南下し、パーマカルチャーやシントロピーの学びを深めたり、新しくコミュニティプロジェクトを立ち上げている人たちとつながっていったのですが、なんか途中からそれ自体がどうでもよいという気になり...それよりも母なる地球にどっぷり浸かっていたい想いがどんどんと強くなっていました。自然界の存在がありがたく、少しずつでもできることからとにかくお返しがしたくてしょうがない。「地球に緑を還そう、苗木10000本植えよう」とまで考えていたほどです。キーワードは緑化。モノカルチャーまたは酪農に使われて荒廃し、捨てられた土地に森に還すために木を植えたい。そんな想いが募るにつれ、ペルー帰国後から脳裏をちらちらとかすめていたタイ、なぜゆえにいきなりタイ、でもタイタイのイメージが、どんどんどんどんと大きくなって気づけば5月末日、タイ北部に降り立っていたのでした。

タイのお話は、ペルーのあとでゆっくりと...


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タイの大半を過ごした場所。
魔女のハットは無理、オアフ島のチャイナマンズハットでどう?




2018年、ブログ初めはこれまで。

今年も、オーストラリアだけでなく世界に飛び出して『無我』を生きる記録を日本語脳を駆使して書いてまいります。まだまだ無我世界の新参者ではありますが、同じく魂の道を真摯に生きる方がたとつながれるようなブログが書けるよう、がんばってまいります。


どうぞ今年もよろしくお願いいたします!


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革新的!心もカラダも幸せになるマーケット! [健康]

はい、こちらは南オーストラリア州アデレード市の、さらに南にあるウィランガという地方にて、毎月第一・第三の土曜日に開催されている、Green Light Eco Market の模様をお伝えします。
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(2018年現在は毎週土曜日の開催となっています)


このマーケットは、南オーストラリア州最大のグリーンでエコなフェスティバルから派生したマーケット。フェスティバルの人気が高く、レギュラー開催の声が高まり、隔週のレギュラーマーケットになりました。かれこれ3年近く開催されています(私のオーストラリア滞在年数と同じ)

このマーケット、ファーマーズ・マーケットやアーツ・クラフトマーケットからはひと味もふた味も違います。扱っている商品やサービスが、地球と人間の自然環境に対して持続可能で、激しく環境を破壊しない製品であることが出店の基準です。最低限の常識やモラルを満たしていること、そしてオーガニックまたはフェアトレードのもの、などと、出店団体は特定の基準をクリアしなくては、出店するに至りません。費用さえ出せば出店できるファーマーズ・マーケットとは異なり、例えば、完全に化学肥料や農薬から脱した農家さんや、エアルームのみ扱う種屋さんや、地元で採れた新鮮な時季の野菜だけをつかった食事やスイーツ、アップサイクルされた衣料品や本などが提供されています。


現在出店している団体や個人は、このような感じです↓↓


[かわいい]情報・サービス系


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《インフォメーションカウンター》
新しい世界の創造に向けて情報発信交換する場。いつもどこでもフリーハグ


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《パーマカルチャーと有機土壌専門ブース》
15年前にオーディンガ・アーツ・エコビレッジを立ち上げたスティーブ(右)と、
有機土壌・有機マルチにおいて横に出る物はいない魔法使い的マーティ(左)


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《単発の情報拡散ブース》
前回は、タンカーからのオイル流出について啓蒙活動しているウィルダネス・ソサエティが展示


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《地域通貨LETS*(レッツ)のブース》
洋服、靴、本、有機自家野菜やフルーツ、知識や経験など、なんでも交換所。そしてすべて無料です。


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《ミュージックブース》
親友のハリーナ(右)とパートナーのラジャ(左前)が奏でる新世界系音楽(大阪ちゃうで)


[かわいい]地元有機ファーム・農家さん


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見た目も心もファンキーな『ワイルド・グリーン』を提供する苗屋さんジェームス


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エアルームの種と苗を提供する『グースベリー・ファーム』


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とってもシャイなセリックスの農家さん親子


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完全無農薬、無堆肥生産されたフルレオ半島の野菜とフルーツ。毎回大人気で売り切れもしばしば



[かわいい]フード系


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毎回大人気。発酵ピザ生地は売り切れ御免。有機野菜をつくった釜焼き手作りピザ
(ベジタリアン、ビーガン・アレルギー対応)


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発酵食品とプロバイオティクス飲料に関してある意味仙人の中国出身ヤウロン
(ベジタリアン、ビーガン・アレルギー対応)


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アフリカで暮らしたドイツ出身のキャロリンがつくる手作りパン、スイーツ、ジャム、チャツネ専門店
(ベジタリアン、ビーガン・アレルギー対応)


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シリアック対応グルテンフリーのパンとスイーツを提供する『キズメット・キッチン」
(グルテンフリー、ビーガン・アレルギー対応)


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オーガニックカカオを使って、完全オーガニックのチョコレートとホットチョコを提供するチャーリー


その他、
・オーガニック・フェアトレードコーヒーショップ
(スクロールアップして、《地域通貨LETSのブース写真を見ると、背後に店長マークがみえます)

・時季の新鮮な有機野菜でつくる、ベジタリアン、ビーガンのランチ店
があります。



[かわいい]ヒーリング・癒し系


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世界太古のクリスタル、シュンガイト専門店


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手作りの毛糸長靴も売ってるリフレクソロジスト パムのお店



[かわいい]衣料系


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モカシンを手作りするスコット


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アップサイクルされたファンキーな洋服が揃う『ヒッピー・チック』


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竹繊維でつくられたTシャツショップ『Mudbric』 。音楽ブースでギターを弾くラジャのお店。写真からもわかるかな?もちろんサーファー。


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手作りのクリスタルジュエリーを提供する『ジプシー・ムーン』のデボラ


※レギュラーの出店者がほとんどですが、週により少し変わります。ローハニーやさんや、アーティスとが出店することも。また音楽ブースは毎回違う音楽が奏でられます。来週は、アコーディオンギター。



マーケットでは、物品やサービスの提供だけでなく、地元の地域通貨であるLETS* (レッツ)を利用し、サービス・技術・知恵の交換も可能です。これは、マーケット内だけでのことではなく、常に外のコミュニティ(この地域一般的に)利用されています。

例えば、ソーラーパネルが故障したとします。レッツのカタログを参照すると、ソーラーパネル技術士が掲載されています。この技術士にコンタクトし、修繕をし、レッツ通貨で「支払い」をします。

また、地元のシュタイナースクールでは、児童の母親が学校菜園にて働くことで、レッツ通貨を「稼ぐ」ことができ、この通貨で子の学費が払えます。子を学校に送り、そのまま学校で仕事。子の成長を少しの距離から見守りつつ、学校と仕事が終われば一緒に帰宅する。なかなか善いシステムではありませんか。


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食に関しては、地元ないしは国内産の植物性食材を使ったメニューを提供しているお店が多いのが特徴です。ベジタリアン、グルテンフリーや乳製品不使用のお店が多く、安心していただける食にフォーカスしています。このマーケットが健康的な食に力をいれている理由は、食の制限が多い人にも、安心して手にするものがあるニッチなマーケットにしたいという点と、私たちの身体と心を健やかで豊かにする食は、私たちを取り囲む環境も健やかで豊かにするものだという事実を広く知ってほしい、という啓蒙目的があります。

昨今、まわりを見わたせば、突然アレルギー反応が出たり、シリアック病や、消化器系や呼吸器系の不調を持っている人が、減るどころか増え続けています。オーストラリアに於いても、国内産小麦や大麦に反応する人、乳製品にアレルギー反応する人が後をたちません。人に食べられるためだけに産まれ大きく成長する動物たちに打たれる肥育ホルモン剤や抗生物質。見た目よくサイズの揃う農産品を大量生産するために一般的に使われる各種の殺虫・殺菌、薬品。大量生産する大企業の方針に沿うように、遺伝子組み換えされた品種。これらは人の胎内環境に影響するだけでなく、野生種の生態系、地球環境にも同時に大きく影響します。また、空気中の汚れを一瞬で「清浄」する芳香剤や清掃薬品は使ったそばから肺に即座に吸いこまれ、化学物質を含んで流れ出た汚水は、鉄パイプ内を通って循環する間に塩素や化学物質が加えられ、またすぐに家・胎内にもどってきます。今これらは広く知られている事実で、特に健康に留意している人は誰もが知っていることでしょう。


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《こんなに愛らしいアルパカさん、私たちにぬくもりの毛糸を与えてくれます》


私たちの健やかな健康に必要なものは、生きた水澄んだ空気自然の恵み=食のはず。いつの間にか、これらを持つ人々の方が、物質を持つ人よりも、豊かでリッチとよべる時代になりました。

添加物などを継続的に摂取すれば、あらゆる内臓の機能だけでなく、神経や思考に影響しないはずがありません。母父の生殖力と生命力が弱くなれば、産まれてくる子にも影響します。地球上のすべての物事は、見えようが見えまいが綿密に繋がっているのは物理(宇宙)の真理ですから、当然のことです。薬で治癒できないどころか現代人の不調は当たり前となり、対症療法ではパンデミックに痛む地球人が癒されないことも経験からわかっています。この感覚は、都市部で暮らす本人こそが、経験から感じとっているのではないでしょうか。田舎や自然の中の空気の濃さが違うのは、お休みの日にオフィス街を出られたという心理的安堵感に加えて、自然がつくりだす天然の空気や、森がつくる生きている水を得られることに細胞から大きな喜びを感じているからでしょう。我々世代は、グローバリゼーションが良い、経済発展は後進よりも良い、毎日毎月毎年必ず設定されるあらゆる経済数値は、いつも上向き上昇していくものだと教育を受けました。でもそれを信じてきた先が今です。

一体、何がどうなって、このような社会になったのでしょうか。健やかに豊かで便利になるはずが、多くの「先進国」と呼ばれる国に住む人たちは、自然から得られるものからほど遠くなってしまい、何か追われるようにあくせくと動き回るようになりました。
すべての人は健康になりたいのです。なのに、人に健康をもたらさないものが何故、使われ続けられるのでしょう?消費者がそれを、無意識であろうとも、結果的に選択してお金を落とすからです。知識があり、勇気があったら、それを選択しないかもしれません。


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さあ、すでにマーケットのある地域に住む人や、生きている空気、水と食を得られる人たちは、宝くじや万馬券を当てた超ラッキーな人たちでしょうか?ラッキーなのではありません。それぞれが通ってきた真反対の現実で経験した矛盾や痛みを経て、現実的で持続可能な方法を探り、同志とともに私たちが住みたい場所をここで作っているというだけです。

私も含め多くの人が、他州、他国の地域から移住し、自分たちや愛する家族と共に健全で嘘のない暮らしを工夫して実践しています。そして、発展しながら今たどりついた地点は、個が労働者として埋没するのではなく、生命を尊重し、誰もが生き生きと暮らせるライフシステム。私のいのちも含めて「人間の、植物の、動物の、地球の生命を尊重する暮らし」を一度経験すると、それが流れるようにフローし、一番近い人からどんどんと好転反応を起こしていきます。お隣家族、ご近所とその輪がひろがり、波及すればするほど助け合いの輪も広がるので、実践するのが簡単に(生きやすく)なります。ソーシャルワーカーとして、家族を持つ母として、大工として、パーマカルチャリストとして、先生として、農家として、それぞれの立ち位置から、より善いバージョンの「いのち=私」になろうという願いをみんなでサポートしていきます。


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オーストラリアだけでなく、日本やロシア、インド、ニュージーランド、北米や中南米そして欧州でも、もう水面下とは呼べない大きなムーブメントが世界各地でおこっています。個人の内なる声が、とうとう大声で「ほんとにこれ以上の無理はもうムリ!」と叫び始めた地点から、点から線から面へと拡がっているかのようです。

私たちが、今回キャンパーバンで旅行した間も、この地方と同じようなマーケットやコミュニティにたくさん出逢い、そしてすべてのコミュニティで私たちはお互いを「地球家族」として歓迎し、同じ意識を共有しました。

この場所と同じくらい、旅行中に暮らしたコミュニティを愛しているし、そこで出会った仲間たちと、ここにいる仲間たちも同じくらい愛しています。私の心の中にも、相手の心の中にも、もう壁がありません。


写真から、グリーンライト・エコマーケットに、心からの笑顔とグリーンがあふれていることを感じますか?マーケットの中に居るだけで、心がクリアになり、愛に満たされる感覚を得ます。どうして?それは、人として生きることの本質を求めて生み出されたがあるからです。



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《グースベリーファームさんがマーケットのために摘んでくるお花のブーケ》


私たちがこのマーケットのことをよく知っている理由は、[目]こちらからお入り下さい。

ありがとうオーストラリア大陸9000キロの旅!最終章(13) [旅・キャンプ]

やってまいりました。
この記事は、【オーストラリア大陸9000キロの旅】最終章。シリーズは13章目でございます。




マヌ・サイたちとのセレモニーには二週間同行したあと、ヴィクトリア州へと引き続き南下する彼らに別れをつげ、私たちは前記事でご紹介した「Lightening Bird(雷鳥)」と共にキャンプしながら、マヌサイの指示で、私は彼からセッションを受け続けました。


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《キャンプした場所は、やっぱり海の前》


雷鳥のオオカミのような透き通った目に見つめられると、時間が止まります。話してくれた希有すぎる出生と育ちから誕生した才能は、つばゴックリもんです。彼の父親は南オーストラリア州の核実験に於いてスイッチを押した張本人であり、彼が雷に300回以上も打たれるたのはその後からというのも興味深いのですが、ここでは深くは触れないでおきましょう...。

キャンプ3日目の朝、こつ然と消えた雷鳥が残したメモで、彼の志事は終わったのだと判断し、我々東へ向かいました、前出のコミュニティへ向けて...。そう、私が「魂の故郷」と呼ぶ例のコミュニティに戻ってきました。

2016年から、訪問者や新しいメンバーを受け付けませんと公言されていますが、私たちは何の問題もなく歓迎され、新しい生活が始まりました。私たちは小さなキャビンで暮らすようになり、毎日、美しい庭を世話し、ビーチで泳ぎ、週末はマーケットへ出かけました。

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お花はトロピカル。ハワイのような気候です。

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心友のダニー(下部の写真で登場)に勧められて出かけたプロミスランド、そしてドリゴは世界遺産の国立公園。涼を求めて出かけることもありました。

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ある日は、国立公園の森の中でいろいろをぶちまけるイベントに参加したり(ファシリテーターとしてのシャーマンが主催)、魚釣りをしたり、真夜中の森の中を電灯なしで散策したりなどして、自然の中の暮しを心ゆくまで楽しみました。


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セヴィジャーナスのパフォーマンスで、私のダンスパートナーとなったダニー。そして旦那さんのアンディ一と息子たち。自分たちでペイントした青いバスに暮らす超自然派家族。ママは私と同じくダンスが大好きで、とっても愛にあふれ、心が広くて熱い女性。旦那さんと理想の暮しを実践し、それを見てそだった息子くんたちは愛の結晶そのもの・・・[ぴかぴか(新しい)]


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毎日を心ゆくまで謳歌して、すばらしい人生経験を持つたくさんの年配の女性たちと意義ある毎日を過ごしました。コミュニティカフェで一緒にお寿司をつくったり、家の修繕を手伝ったり、日本語のレッスンをしたり。

そして、ここで指導を受けたセヴィジャーナスで、私は3度も舞台に立たせていただきました。15年近く踊ったサルサでは舞台に立つことはなかったけれど、セヴィジャーナスではいとも簡単に舞台に立つことになりました!

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子どもたちの洋服は、ひとつひとつ丁寧にすべて手作りされています。

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そして、セレモニー時には火を囲んで、祈りを奉納したり。

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週末にはすべての子どもたちが楽しめるようなダンスイベントを提案し、スチュアートがDJになって、子どもたちを招待しました。そうこうしているうちに、あっという間に3ヶ月が経っていました。


ちょうど私は、フード関係で何かしたいと考え始めたところ。織りものや、服づくりなど、「手」から産み出す喜びも思い出し、これからもたくさんの女性から技術を教わり、自分の手で何か創りだしたい想いも生まれていました。何しろ、モノだけでなくさまざまなものがフローしているので、何か内側から沸き起こるものが抑えきれないのです。。

スチュアートはマッサージの仕事をしていましたが、彼自身の中で、もう一回りの成長をブロックする内側の要因に気づき、コンフォートゾーンでありホームベースの南オーストラリア州に戻りたい気持ちを感じはじめていました。

そんな折、ゴールドコーストでの熱烈ラブコールにまつわる記事でも触れた通り、親友夫婦からマーケットの運営を依頼されていました。彼らがヨーロッパに半年間仕事をかねて滞在する間、私たちが運営できないのなら、マーケットを閉めると言うのです。私たちはマーケットの誕生秘話から哲学、運営などに馴染みがありましたから、閉めるという決断は、彼女たちにとって苦渋の選択であり、私たちにもそれは明らかに感じられました。

友達夫婦の旦那さんが、ビーチから歩いてすぐの高台に立てた大きな家。外を眺めるすべての壁はガラス窓で、家をぐるりとパーマカルチャーの家庭菜園に囲まれています。ヒーリング関連のものはなんでも揃っていて、業務用キッチンなので何か作ったら販売することも容易くできる。欲しいものがすべてどころか夢みるような理想的すぎる環境ではあるのです。


私たち、呼ばれてるのかな...?


私は最後までノーを突き通したけれど、助手席でノーと叫びながら南オーストラリア州に帰るという行為でイエスを出すことになりました。


さあ、決めたことです後には引けません。
私の心はきゅうきゅういいながら、身体も心も南オーストラリア州へ向けて、出発準備を始めました。


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《子どもたちが集合して元気にジャンプ!また会おうね!》


さあ、キャンパーヴァンの旅が再スタート。普通の車が1週間で行くところを、私たちは二週間以上かけてゆっくり移動です。ここから先は写真を通して、帰路をご紹介いたしましょう。

ニューサウスウェールズ州のドリゴ近くだったと記憶しています。
高所恐怖症がまだあったんだ、と四つん這いになって空中に浮かぶ(浮かんではないけど)岩に近づきました。

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シドニーから南下して、オーストラリア大陸地図で言う右下(←南東角)をぐるっとまわり、
南オーストラリア州では見えない海から誕生する朝の光を、東海岸では毎朝拝みました。

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タイダルプールといって、潮の満ち引きを利用して作られた海のプールでひと泳ぎ。

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ニューサウスウェールズ州からビクトリア州に入りました。夏から突然、秋へ季節も移動です。




街のど真ん中にこつ然と姿を現す洞窟。

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ヴィクトリア州のブルーレイクは、ある時季にだけこのような青い色を醸しだします。

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シリーズを一緒に追ってくださっている方、覚えていますか?半年前に旅の始まりで建築した、ナチュラルハウスビルドの瞑想堂へと戻ってきました。瞑想堂はほとんど完成しており、あとは外装ペイントを残すのみ。


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数日前のニューサウスウェールズ州では泳いでいたというのに、南オーストラリア州の丘(ヒルズ)に到着した途端、秋そして夜は冬の寒さが訪れていました。


最後の写真は、アデレードのドイツタウンはハンドルフで撮影した私の写真もひとつ。


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こうして、私たちの6ヶ月のキャンパーヴァン生活は一旦終止符を打ちました。


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内からのインパルス(衝動)に導かれ、シャーマンと出会う目的ではじまった旅でしたが、思い描いた以上の想像もしないような素晴らしい体験にあふれていました。行く先々でガーディアンエンジェル(守護天使)ともよべる人たちと出逢い、導かれ、その先でまた素晴らしい出会いをし、人生の貴重な瞬間を共有しました。出会った人でこのブログを読む人は1%もいないけれど、出会いのすべてに感謝します!

思えば、出発前にキャンパーバンで旅をするために手放した数多くのもの — 家、生活品、家具・道具類、洋服小物から、考え方、便利さ、先入観、自分でつくったり社会が求める常識など — そのあいた空間へ、新しいものが内側から次々と生まれてきました‥‥



夢みる力
創りだす力
今を照らす力
パイオニア精神
自然美を愛でる心
自然界のエレメントと繋がり、
それを胎内に感じる力。
折れない精神と勇気ある行動で、
心が想い描いた夢を現実にする力。
そして、
大いなる愛と喜びがもたらす癒し。



旅を終えたから何かが終わったわけでも、何かが始まったわけでもありませんが、私たちのサイクルは気流のように旋回して成長しているように感じます。私たちの夫婦の間柄も大きく変わりました。

私の旅の目的は、人間としての成長そして心身の癒しでしたが、自身のヒーリングには興味のない旦那さん(ん、自分よりは他人の癒しばかり...、ちょっと身に覚えがあるストーリー?)とは、心の距離感や旅への捉え方もすべて違いました。当たり前です。摩擦の経験から、工夫もたくさんしました。旅に出たことで、先入観や固定観念がいい意味で滑り落ちていたので、少なくとも私は以前の私とは異なるアプローチで夫婦間を観ていました。


そして、ここでコミュニティなんですよ。
私たちが関係性をオープンにせざるを得ないことで、たくさんの先輩夫婦からサポートををいただきました。同世代や一世代上の夫婦からのアドバイスというよりは、彼らの通ってきた経験を聞いて、私たち、答えのない道を自分たちで答えを出しながら同じように経験してきてるんだ。そう感じることでつながりを持てるのです。つながりは、愛なのです。夫婦や家族関係の詳細がどうあっても、すべての素材は私たちが「私という存在」を深く知り(思い出し)、絆をつよめ、愛を深くし、人間として成長するきっかけをくれる、貴重で神聖な場に違いないのです。

なぜ関係性をオープンにせざるを得ないか。
それは、善し悪しなく、コミュニティでは秘密が存在できないからです。秘密とは、孤独を封印する呪文のようなもので、総全体の暗闇としっかりつながれてしまう不思議な存在です。
日本の長屋もそうでした、子どもの泣き声や夫婦喧嘩がお隣さんにまる聞こえ。コミュニティでは秘密にする隙がないから、自らを孤独に陥れたり、救えないほどの暗闇にどっぷりハマる暇すら持てないのです。心からの「大丈夫?」。この一言で、たくさんの女性たちと心でつながりました。あなたの存在が私を支えるのと同じで、私たちみんな同じものを抱えているから、だから支え合えるのです。

旅してよかったと感じますし、旅しなかったという現実はもう私の中にはありません。12年間おんなじところに住み続けた東京から移住して、とりあえず新しいものを(内にも外にも)見たくて経験したくてしょうがない私が一旦落ち着きました、、、かな?



 

  希望をもって、夢を描きつづける

  力をぬいて、過去を手放し、

  空いたスペースに、「夢」をのせる

  前を向いて、夢へと一歩踏み出すことで、

  今が光で照らされていく




距離もブログも記事自体も長かったオーストラリア9000キロの旅、ブログシリーズはここにて終了です。おつかれさまでした!




オマケ:
この後、私たちが運営したグリーンライト・オーガニックマーケットの様子は、こちら←からご覧いただけます[かわいい]



あと:
2016年10月に、マヌ・サイに導かれペルーに飛び、メディスンマンと過ごした28日間については、ゆくゆく記事にしていきます。しょうしょうお待ちください。

ナチュラル派のお掃除 アイデア集 [健康]

私の暮しから、完全に化学系薬品が消えました。
化学物質(ケミカル)などの身体に有害なものを含むものは、我が家では一切使いません。家事をする人の肌、体内、脳も心もすっきりとナチュラルに過ごせるような洗浄剤を工夫して使っています。

え、家あんの?って思われるかもしれません(笑)。実はあるんです。キャンパーバンにも(今は私は住んでいませんが)キッチン、冷蔵庫、クローゼット、ベッドルーム、ダイニング、あるんです。シャワーは青空ソーラーシャワーなので、お掃除は必要ありません。ですが使ったものが自然に即還っていくからこそ、自然に優しいものを使ってあげる大切さを学びます。

自然に優しいナチュラル素材を使ってお掃除してあげると、私たちの胎内もどんどんナチュラルになるんです。お掃除をすればするほど、お肌、髪の毛、胎内、心、私たちの優しさをもう一度思い出し、慈しめるようになりますよ♡

今日は、そんなアイデア集をメモしておきます。




台所事情

我が家では、冬に貯水した雨水を使っています。
どんな洗剤や道具を使うかは、日々の食(油物や添加物)に大きく影響されますが、シンクから流れ出る水が地球上で還元されることを考えると、うちでは洗剤を使いません。
オイルの汚れはどうするのかですが、オーガニックの良質オイル(プリムローズオイル、フィッシュオイル、ココナッツ、ヘンプ、セサミ等)を使っています。体内に採り入れるだけでなく、身体全体(顔や髪や爪や頭皮)に使えるものなので、完璧に洗い去る必要がない考えています。また、木製の食器が多いので、油を含むことでより馴染み、愛着もわきます。

台所の必需品

アクリルタワシ
重曹 (つけ置き、落ちにくい汚れに)
レモン (油のついた食器は、レモン拭き)
塩 (流しの掃除、ぬめり取りに)
酢 (流しの掃除に)
オーガニック石けん (手洗用、アクリルタワシを洗う用)


キッチンタオルは、ボールに水と重曹を入れて一晩つけて、翌朝太陽の下で干します。
アクリルタワシは、太陽の光で日干しします。
重曹と塩は、ぬめり取りや農薬の除去にも使えます。
流しにの水を溜めたところにレモンを入れ、食器を入れたままにして放置しておくと、食器が洗いやすくなるだけでなく、発酵したレモン水は下水管の掃除をしてくれます。我が家では一日一個はレモンを使うので(毎朝レモン水をいただきます)、それを流しの水に入れっぱなしにします。




ランドリー事情

我が家は、子どもなしの夫婦2人。旦那さんの職業上(セラピスト)、タオルの洗濯量はかなり多いです。アイロンはほぼ使いませんが、必要な際は洋服が半乾きの状態で、シャワールームに干しています。

ランドリーの必需品

微生物に還元される資源でつくられた洗剤
ソープナッツ/ムクロジの実
重曹 (洗濯粉洗剤と半々で使用)
砂糖 (少量入れて洗うと、油を分解しながら排水も綺麗に)
酢  (脱臭用に)
エプソム塩 (柔軟剤がわりに)

※生理用のオーガニック布(布ナプキン)についてですが、水にいれても揉まないで、重曹の水に一晩つけ置きします。洗ってみてまだシミがある場合は、オーガニックせっけんで軽く洗ってから、太陽の下で干しします。(布ナプキンを長く使っていると、不思議なことに汚れないような過ごし方ができるようになります!)




バスルーム事情

日本と最も異なる点は、お風呂場とカビです。日本のようにシャワーとバスタブが一緒で、お風呂場全体を濡らせる環境ではありませんし、また南オーストラリア州は湿気がほぼゼロなのでぜんぜんカビません!

南オーストラリアの夏は水が不足するため、毎日入浴している人はほぼいないはずです。また、バスタブはすべての家にあるわけでなく、毎日入る習慣もないので、お風呂を洗う回数自体が少ないです。

今までに住んだり滞在した家のシャワールームは、すべてガラス張りでした。どの家もシャワールームを使用後、ガラスに水しぶきが残らぬよう、酢水をつかってぬれた部分を拭いておくのが一般的です。高圧スチームモップは、水とソーラーパワーだけでピカピカになるので、この辺ではポピュラーです。


バスルームの必需品

重曹 (いつものお掃除に)
塩 (ぬめり取りに)
酢水 (下部参照)
洗濯布または新聞紙 (ガラスと鏡用に)
ブラシ/歯ブラシ (汚れが落ちにくいところに)
スチームモップ


カビが見える場所を少し水で濡らして、重曹を振りかけておき、その後ブラシでこすります。
お風呂の掃除にも、お風呂に入るにも、いつも重曹を使います。お風呂がピカピカになります。
水と酢を1:1でスプレーボトルに入れておき、ガラスや鏡にスプレーして布や新聞紙で拭くと、ピカピカになります。また酢は空気を清浄にします。酢独特のツンとした感覚は、すぐに消えます。体内に吸い込んで毒なものではありませんので安心です。




シャンプー、石けん、歯磨き、身体のお掃除事情

我が家では、オーガニックの歯磨き粉を使っていますが、毎日は使いません。炭粉、少量の重曹、塩、指で洗ったりと、使い分けています。歯ブラシは、持ち手部分が木で、生物分解するブラシ素材を使っています。
知覚過敏などで歯茎が痛む場合は、天然のローハニーを指につけて、やさしくやさしくさすってあげると善いです。上歯は下向きに、下歯は上向きに。日中に行い、一週間に一度でよいでしょう。

毎朝の*オイルプリングは、歯や歯茎のトラブル、お肌のトラブルから毒素排出までオールマイティーにしてくれます。口は、胎内という壮大な世界への扉です。健やかな状態を維持してあげられるといいですね。

シャンプーは、オーガニック、生物還元型、石けん系のものを置いていますが、そういったものを使わないで**水シャンプーすることが多いです。

シャンプー後にコンディショニングしたい場合は、リンゴ酢と水を1:1の割合であわせ、出来る限り髪の毛だけに触れされて流します。

フェイスウォッシュなど使いません。石油系のメイク素材を肌につけると肌荒れし、石油系メイクを使うと、さらに強い石油系のクレンジングが必要になるため、メイク品一切を卒業しました。「自然派」と呼ばれる化粧品も人体実験で試してみました。肌部分は大丈夫ですが、アイメイク関連商品で安全なものには未だ出会ってイマセン。

美しい花粉をみつけるとアイシャドウにしてますが、なにか[目](花粉症?春先から庭の花をスムージーにいれて飲み、抗体をつけて対応してます)


身体のお掃除必需品

オーガニック、生物還元型、石けん系シャンプー
オーガニック(手作り)石けん
炭粉 (歯磨き粉がわりに)
海塩 (歯磨き粉がわりに)
重曹 (たまに、歯磨き粉がわりに)
プロポリスうがい
オーガニックのごま油、サンフラワーオイル、ココナッツオイル


*毎朝のオイルプリングがお勧めです。大さじ1杯程度のオイルを口の中に要れ、15分ほどぐちゅぐちゅと。寝ている間にたまった毒素を、オイルでプリング(引き出し)ます。
オイルの種類は、オーガニックのサンフラワーオイルやセサミオイルが良い、と言われていますが、我が家ではココナッツオイルとセサミオイルを使い分けています。くちゅくちゅぺっとするのは、庭やゴミ箱にしましょう。流し台からぺっとすると、つまりの原因になります。


**水シャンプーの方法:頭皮マッサージで、頭皮オイルを分泌させ、よく髪をブラッシングをすることで、セミロングヘアでもシャンプーとトリートメントを使わないで、強く健やかな髪を維持することが可能です。毛染めは髪と頭皮だけでなく身体へのダメージが大きいのでしません。この水シャンプーは、すでにナチュラルな生活を実践している人にお勧めです。




その他のお掃除事情

下水排水
トイレ、シャワー、キッチンの流し、ランドリー、どこにでも排水がつながっているところには、長めに発酵させたケフィアドリンク(腸内環境を改善する発酵飲料)を、カップ一杯ほど流してやります。


家の床
我が家は、「ジャパニーズスタイル」と皆さんに説明し、土足で家に上がるのはお断りしています。私たちのモバイルホーム、キャンパーバンも土足厳禁です。お掃除は掃除機を使ったり、スチームモップを使ったりですが、日常的には箒とちり取りでお掃除をしています。私たちがハウスマインディングをしている内は、どこも土足禁止。私の綺麗好きな性格が、似た人たちを引き寄せています。


靴の掃除
コーヒー粉を乾燥させて、小袋に入れて靴の消臭対策。
革靴磨きには、、、食べた後のバナナの皮。普通にきれいになります。


乾燥するとこどこにでも、爪、お臍、耳、顔、、、
良質のオイル!ここではココナッツオイルが多いですが、ヘンプオイルもいいですね。細かいところなどは、綿棒につけてころころとすると、ツボマッサージにもなりますよ。


空気清浄
アロマスプレーをつくることは、本当に簡単です。うちでは雨水に、好きなエッセンシャルオイルを数滴垂らし、しゃかしゃかしてスプレーするだけ。化学的なエアゾールやエアスプレーは、私たちの肺に直接吸い込まれいること忘れないでください。




心のお掃除は呼吸と瞑想

基本の呼吸
いろんな呼吸法がありますが、どの呼吸法を取り入れても、効果は似ています。
本人の決意と意思が、結果に影響するのはもちろんのこと!

基本は、いつもやっているのと同じこと。


   吸う ー> 止める ー> 吐く ー> 止める ー> 吸う ・ ・ ・ 


ただ、意識を深めて行うだけの違いです。
吸う量、吸う長さを意識します。身体に新しい空気を意識的に通してあげます。
身体にたくさんの新しい空気を入れ、
不調のある箇所や、筋肉や骨に空気を送り、、
少し溜めて、
ゆっくり吐く。
吐く量、吐く長さを意識します。身体から不要なものが出ていく様子を感じます。
身体から空気ができった感をゆったり感じながら、
また吸うところに戻ります。

朝起きてすぐや、たいせつな時間の直前、食前、就寝前など。深い意識的な呼吸はいつ行っても効果的です。深く真に入っていく呼吸は、わたしたちという存在を生かさせてくれる最も基本の行いです。


瞑想
今の自分にはもう貢献しないような過去、しがみついている思い出、何らかの重い執着、将来への不安、これらが今の幸せの足かせを形成しているとすれば、それに気づくことが最初の一歩。それらを手放し、行動することです。考え過ぎの頭、情報で詰まり過ぎの頭、偏った考え方をしていると、頭痛や脳内の不調が出てきます。瞑想をして、思考を一旦止めてリフレッシュしましょう。

心のお掃除をして、当たり前ではない今日というすばらしい一日の、一瞬一瞬を意識的に生きることへとつなげましょう。心と身体と周辺環境のナチュラルお掃除をすればするほど、人生が透き通っていきます。


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私がこの暮しかたに辿り着くまで少し時間は掛かりましたが、東京23区で暮らしていたときから上記の多くのことを行っていました。もちろん、ゴミ分別も好きでやっていましたし、洋服やあらゆる家庭用品のギヴアウェイ(知らない人に無償でプレゼントすること)もずっとやってきました。

マンションの隣の家は化学薬品を排出してるし、上の階も、下の階もそうなので、「私一人が自然派の暮しをして(しかも安物はないし)地球への何の変化が?」などと思っていました。ですが、私が望んでいたのは「私への変化」であったので、私だけが真摯に実践していることだけで十分でした。そして、やっぱり好きなんですよね、自然に優しい暮しが♡

そして今は、私と同じような自然派の価値観を共有する仲間、少なくとも自然派を心がけて暮らす人たちとコミュニティに住んでいます。あなたがしたいのは、あなた自身へのより善い変化でしょうか?それとも、あなたじゃない何かや世界に対しての変化を望んでいるのでしょうか?それがどちらであっても、近道は「あたなが納得することを、あなた自身からはじめること」です。


お掃除は年末だけといわず。年始から、すこしでも一瞬を慈しむ時間と、その間の呼吸を楽しんであげてください。私たちの暮らしに沿う日々の少しの工夫が、今という瞬間ををより満ち足りたものにしていきます。

新鮮な空気を身体にいれて、心いっぱいに開いて、時季と胎内の自然を慈しめる日々が在りますように!


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キャンパーバンでの生活する際は、木の枝にロープを縛って、お日様の下で洗濯干し



※アイデアがうかび次第、内容を随時更新していきいます。

自然界のエレメント × 魂の癒し【オーストラリア大陸9000キロの旅】12 [旅・キャンプ]

ご縁とは不思議なものですが、そんなこんなで参加することになったレアなセレモニー。その流れはひとつ前の記事、こちら←からどうぞ。


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大御所アンティ・ミニーを通して、豪州政府から正式に招聘されたシャーマンの名は、マヌ・サイ・マラスケス
ペルーのシャーマンの家系に生を受け、ブラジルで生まれ、幼少時代をインドで過ごしました。インカ伝統をひきつぐシャーマンおよびメディスンマンでありながら、インドの(シルディおよびサチャ)サーイ・バーバーの門弟であり、ヒンドゥーの司祭です。

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《幼少期のマヌ・サイと、シャーマンである父インティ・セザールと母アーナンダ・マイ(1976年頃)》


彼がこの度オーストラリアで執り行われたセレモニーは、政府に奪われたアボリジニの子どもたちと大地の魂を鎮魂する目的で、2016年1月1日にクィーンズランド州からはじまり、ニューサウスウェールズ州を経て、アボリジニにとって生命の水とされるヴィクトリア州マレー河まで南下する日程で行われました。儀式は朝から夜まで続き、期間は約一ヶ月にもおよびました。


私は、2016年新年に、真の『虹の戦士』に出逢いました。オーストラリアでは彼らのことを、“Rainbow Serpent”巨大な蛇虹と呼びます。干ばつの続く赤茶の大地に、雨の恵みと創造をもたらす伝説的な存在です。南米アメリカ大陸や世界中のあらゆる地域と同様、この国でも平和の戦士たちは光と希望を持って屈せずに立ち向かい続けていました。人間の魂と高次なる存在との神聖なる関係を取り戻すために...



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《マヌ・サイと長老たち、右端はミリアム・デヴィ》



オーストラリアでは伝説的存在のネッド・ケリーの孫、ニュージーランドからはマオリ族の女性、オーストラリア女性と、この3人が、マヌ・サイとその妻ミリアム・デヴィとアンティ・ミニーを引率していました。参加者は、他州からやってきたアボリジニの長老衆を軸に、アボリジニの若者、(例のドリームタイムでつながる)アボリジニのために働くヒーラーたち、雷に300回打たれた経験を経て、患部に手を触れるだけで様々な不調を治癒する伝説のヒーラー「Lightening Bird(雷鳥)」、バイロン方面からのセラピスト達、そして突然参加したスチュアートと私でした。


この度のセレモニーで出会うことができた長老と若者たちの生の声を通して、頭では理解しがたいほどに過酷で悲しい現実が、世界各地で起こっているのと同様、アボリジニの間でも現在も今日も続いていることを知りました。1970年代まで続いた大規模な白人同化政策すなわち国や教会が数万人以上の子どもたちを強制収容した時代は、「盗まれた世代」と呼ばれています。愛する子どもと引き裂かれ、国が親権を剥奪したために、異国へと里子に出されて子どもと会えないケースはありふれていました。たった40〜50年前のことです。私の目の前には、悲嘆と怒りを持ち人たちと、すでに乗り越えた強い愛と希望で平和に解決しようとする人たちが入り交じっていました。


ある日の儀式で、マヌ・サイは、準備もなくとつぜん身体を去った魂たちが、この世とあの世の狭間で迷っていることに触れ、*ヒンドゥーの火の儀式(ヤグナ)を行いました。



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彼がマントラを唱え、火の魂が目覚めて魔的な力でその場を包むうちに、私の身体に雷のような光が走りました。地面の奥深くからやってきたエネルギーが、私を介して、天へと一直線に昇ると同時に降臨している同時の感覚です。実はちょうどその時、私の心には、東北地方大震災で旅たった魂たちと、過労で麻痺し、身体を抜け出してしまう魂たちがちらちらと訪れていました...


大震災の直後、(私は世田谷の自宅にいましたが)突然に肉体から離れた魂が行き場がわからずに、私のもとへとたくさんやってきました。夜寝ている間にやってくるのですが、もちろん私が呼んだわけではありません。あちらの方から、助けてくださいとやってくるのです。このようなことは初めてではなく、学生の頃には、怪奇現象を経験しまくって怖がる友達がお願いしてくるので、お経を唱えたり、念を送ったりして、迷える魂を光で散らしていました。3.11後には、太平洋戦争の地上戦後に、鎮魂のために般若心経を唱えたという元兵士さんの話を思い出し、すぐさま般若心経を唱えました。私自身を禊ぎながら、朝と夜にひたすら読経しました(仕事の時間以外ですよ)。「私は、この世でのあなたの迷いや思い残しをどないにすることもできません。あの世への扉を開くので、光の方へお進みください。」そんなことをしていると、一週間程で夜な夜なの魂訪問は終了いたしました。


そして2016年新年のこの儀式。
大震災と大都市の迷える魂たちがふと思考に現れた瞬間に、私に起こったことはこれ、

雷が身体を走りはじめた瞬間に、自然とチャネルを開けなければと、蓮華座から立って両足開いて仁王立ち、天を向いて口をあけ、その直後口から産まれてきたのが、


ぅアぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!



地響きのような大声が大地の根底からつきあがり、天へと昇っていく。涙がどんどんと溢れでるうえに叫びは永遠に終わらないように感じました。後で聞くと、一分ほど続いたようです。終わったあとには、それはそれは穏やかで静かすぎる真空のようなスペースが訪れました。



この日、私の内側にあたらしい光が生まれました、それは、まぎれもなく、まさかの、



希 望




たくさんの痛みや、人の心を悲しませるような現実が、あなたの人生にも、もちろん私の人生にも、家族や友達にも、社会で、国で、地球全体で起こっています。都会の夜は眠らないのにその裏側は真っ暗です。体裁を整えて、笑顔でいても、その裏側は真っ暗。何をしても、どうしても闇の力が浸食していく。どうしてこんなに暗いんだろうと感じていました。目をつぶると暗い、睡眠中も暗ければ、夢すらもダーク、そして目が覚めて活動している世界も、暗いことがたくさん起こっています。暗がりの中で迷う人の魂が光を得る(en-lighten)ためには、私は何ができるんだろう。それが私の長年の疑問でした。


ヤグナで経験したのは、まるで一本の図太い希望の光が雷のように暗闇をまっ二つに切り裂いた姿。途端に、一瞬にして光の粒がスローモーションで拡散し、みたこともない力強い光でくまなく照らされていく...。これこそがまさに希望なのだと、頭での理解を超えて、体感しました。闇があるからこそ、生まれる光、闇の中から生まれるのが希望。そして火には暗さを拡散し昇華させる偉大な力があることを、まるで旧い記憶から取りもどしたようにも感じました。


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またある日には、植樹の儀式を行いました。魂を癒すことを目的とした儀式です。
マヌ・サイは、ものすごいエネルギーを大地に響かせた私を気にかけ、儀式の前に脈を診てくれました。優しく慈愛ある言葉が、ピンポイントな過去とともに発せられた後、7本の苗木を植えるように勧められました。

この*7という数。それは、この世で受ける7つの心傷(トラウマ)を手放すためです。

木に心の傷をたくし、苗を大切に植える瞬間に、トラウマを母なる地球に還します。ひとつひとつの心傷が与えてくれたことに、ありがとう、ごめんなさい、ゆるしてください、愛していますとホオポノポノをしながら手放していきます。

苗木は毎日、太陽と雨の恵みを受け、土壌中の微生物とともに、少しずつ成長していきます。柔らかい茎から、強い幹へと成長しながら、栄養を一所懸命に受取りながら、地中深く天高く伸びていきます。力強い根をはり、しなやかに支える幹を軸に、上へと伸びる。光の方へ、成長しよう、伸びようとする木の意思が、若葉を生み、やがて花を咲かせ、実や種をつけはじめる。私の魂もそれと同じように、木と同じように光を向いて生きていくのだと、しっかりと心のなかで唱えながら植樹をしました。

この日、7つの苗木を植えた後、続けて7本の苗木も植えました。この木々が、数年もすれば数メートルの高さになり、私の肉体が地球に戻った後も、次世代に食糧を与えてくれることでしょう。立派で強い木となり数世代後には家をつくる資材になるかもしれません。木がもたらす恩恵に気づく続く世代が木を植えることで、私たちは私たちに対して、先祖代々、酸素、日陰、食べ物、家、そして愛を貢献していえることに他なりません。

この植樹が終わってからも、機会があれば努めて植樹をし、2016年の一年間で140本ほどの木を植えました。植樹をしたことで私たちが得られる糧は貴重で、人を人として成長させてくれるような、魂にも地球にも最善の恵みとご利益のあるものです。


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東京にいたころには、火の儀式をするスペースも、木を植えるスペースもありませんでしたが、長い歴史を持つ地球人はそれを日常として生きてきました。これらは、ファッションやジェスチャーで行うものではありません。人間としての魂が渇望するからこそ、私たちという神聖な存在ともう一度つながるために行うものです。寂しい、悲しい、怖い、怒りがち、無感覚。そんな人にこそ、心をこめて、自然界のエレメントとつながることが必要です。どれほどの深い癒しが私たちの魂訪れるかは、経験してみることで感じることができるのだと思います。


もしも、心に深い傷が刻まれているのであれば、どうか木を植えてください。木を植えたい、木を植えたいと毎日唱えて、木にありがとうと伝え、通勤途中に立っている木を触ることからはじめてみてください。木の精霊が、きっとあなたに想いに語りかえしてくれることでしょう。



*ヒンドゥーの火の儀式(ヤグナ)・*7という数
ご参考までに、こちらのリンク『ヤグニャ』をどうぞ。
http://www.sathyasai.or.jp/ashram/festival/yajna.html



ヒーリングの嵐がくる【オーストラリア大陸9000キロの旅】11 [旅・キャンプ]

(この記事は、オーストラリア大陸9000キロの旅10の続きです)

フラメンコ団は、300名を超える観衆の前で素晴らしい演目を披露していました。フラメンコの他にも、アンダルシア民謡のセビジャーナスやボディ&ボイス・パーカッションを披露し、私たちの目を魅了しました。


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《参考》フラメンコ

フラメンコの由来は、インドからイスラム色濃いアンダルシアに流れて来たロマイ(ジプシー)といわれており、バイラ(踊り)の善し悪しは技術だけではなく、その文化や歴史背景にある表現や信念などすべてが醸し出すオンドゥーラ(奥深さが)だと言われています。そして、忘れてならないのがドゥエンデ(神がかり)。

私の目が釘付けになったのは、舞台袖で手話通訳をしている方でした。彼女は、カンタオール(男性の歌い手)の歌詞を手話で翻訳しながら、同時に複数のバイラオーラの表現を、歌と体全体を使って彼女一人で翻訳しているのです。フラメンコで、神が降臨してまるで魔力がかかったような表現ができる稀なパフォーマンスをドゥエンデと言いますが、まさにドゥエンデそのものでした。


観衆の中に、一人だけ踊っている女性がいました。彼女はフラメンコの本場アンダルシア出身。セビジャーナスを踊って育ったということで、私が興味津々で話しを聞いていると、演目後にダンスを教えてくれるというので、広場がへ移動しました。

と、そこで友達発見。

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アクロバットヨガで持ち上げられている女性は、同じく南オーストラリアからやってきた友達シルヴィア。彼女もここにいるとは知らずに、嬉しい再会。彼女は数日前からはじめたアクロヨガをインストラクターと練習していました。

シルヴィアはイタリア出身でスペイン語がペラペラで、このアクロバット君もスペイン語ペラ。私たちの共通語は自然とスペイン語になっていました。中米の国グアテマラの話を始めると、私たちの背後でさっきから様子を伺っていた男性が、待ちきれないとばかりに会話に入ってきました。しばらくスペイン語で話したあと、ようやく共通語が英語だとわかり(笑)、会話は英語に。


グアテマラのサンマルコスはスチュアートの心の故郷で、三度訪れたうちの一度は90日を静寂の中で過ごしました。途中から会話に参加した彼にとってもグアテマラは魂の故郷で、自然森林保護のために土地も購入していました。二人は異なる時期に同じリトリートセンターで過ごしていたことをすぐ知り、またそこに滞在したことのあるオーストラリア人に会ったのははじめてだと、大喜びでブラザー!(ブラボー!)と叫び合っていました。


彼の名はダン。
北西オーストラリアの制圧されたアボリジニの聖地にて、大地と人々の魂を癒すヒーラーです。

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ここで、ダンとスチュアートと私はグループを離れ、ウッドフォード・フェスティバルを私たちの方法で楽しみました。突然、静かな雨粒がおちてきたり、不思議な風が舞い上がったり、探していたクリスタルが見つかったりと、夢のような時間が過ぎて行きました。

そこで、です。ダンがこう言うのです。「あと数日すると、ペルーからシャーマンが来る。ここから北へ1時間ほど走った場所にあるアボリジニの長老の敷地で、1月1日から鎮魂のセレモニーが開催されるよ。告知はされていないが、詳細がわかったら連絡する。」




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映画マトリックスのような緑ドットのスローモーションで、
キャンパーバンで旅に出ると決めた時と、シドニーで受けたヴィジョンが、つながった...



数日後、ダンからメッセージを着信。

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  セレモニーの場所は、夢で直接受取るといい。 
  マレニーの西にあるニューススタンドで、 
  1月1日11時に会おう。 



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「ドリームタイム」と呼ばれる、睡眠中に意識的にみる夢(意識層)でつながるヒーラーは、オーストラリアにはたくさんいます。アボリジニたちは、ドリームラインの上に、ソングラインをひいて、夢を紡いで自然と共存して何万年前から暮らしていました。白人入植後に起こった引裂かれた人々の心と大地のソングラインをつなげるために「夢」で共働しているヒーラーのダンですが、、。Ok, 誰でも招かれるような類いの儀式じゃないことがここで確実にわかりました。




1月1日当日、11時になっても、私たちはセレモニーの場所も何の情報も得ていませんでした。ただ、ニューススタンドは見つけましたが、ダンはいません。携帯電話も圏外です。私は、キャンパーバンの開けられる窓とドアすべてを開けっ放しにし、瞑想をはじめました。「私の人生において、高次の目的に沿うものであるならば、どうかそれを達成させてください。私はオープンです!」 




それから30分もせず、ほとんど誰もいない場所に、こつ然とアボリジニの男性がこちらの方向へまっすぐ向かってくるではありませんか。彼だ、彼だ、と私の心が飛び跳ねる隣で、スチュアートはいつものゆるトークをはじめました。




スチュ:"G'day, mate. What's up, mate?"

彼:  やあ。こんなところで何をしてるんだい?

スチュ:アボリジニの長老の家に、ペルーからシャーマンが来るときいて、、

彼:  ああ、それは僕の兄の家だよ。今行く途中だから、Follow me(ついておいで)。




こうして、私たちは先導されて、アンクル・ウィルンガ*の敷地につきました。そこには、地球の歴史と同じほどの叡智を持つことで知られる、長老衆の中でも大御所長老であるアンティー・ミニー*の姿も在りました。一度ハグするだけで宇宙が広がるような、インドの聖人アンマのようなすごいアボリジニたちがそろいも揃っている...

私たち、すごい儀式に呼ばれちゃったみたい。
天の采配は、蓋をあけるまでも、蓋をあけても、驚くことばかり。



*アンクル、アンティー
アボリジニの長老の名前は、アンクル(おじさん)やアンティー(おばさん)と敬称をつけて呼ぶことが通常です。アンクルとアンティーの間では、ブラザーとシスターと呼び合います。




さあ、次は2016年1月1日の記事《自然界のエレメント×魂の癒し》。なんと今日からちょうど365日前!


ゴールドコーストへ向けて【オーストラリア大陸9000キロの旅】10 [旅・キャンプ]

オーストラリア大陸9000キロの旅シリーズを少し中断し、癒しのテーマでシリーズ書いておりました。→→シリーズ全4記事はすでに完結しています→慢性神経胃腸炎の方向けへのスピリチュアルヒーリングよろしければどうぞお立ち寄りくださいませ。


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今日はちょっと観光案内といきましょう。

*マークは記事最下部を参照してください。


シンクロしすぎるオーストラリア9000キロの旅(←前記事)に続いて、次に目指すはゴールドコースト。

そこでアデレードから来る同じく国際結婚した友人夫婦と落ち合い、クイーンズランド州のクリスタルウォーターズ・エコビレッジ*を尋ねる予定です。その後私たちは別れ、私たちは前出のコミュニティに帰り、彼らはウッドフォード・フォークフェスティバル**でクリスマスと新年を迎える予定でした。


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《クリスタルウォーターズはカンガルーのお家でもあります》


クリスタルウォーターズ・エコビレッジは、1988年に設立された世界初のパーマカルチャー・ビレッジです。私たちがしばらく住んだオーディンガ・アーツ・エコビレッジとは、ビレッジレベルと個人レベルで交流があり、親友家族も住んでいるため、訪ねるのを楽しみにしていました。オーストラリア南部と西部で数々のビレッジを手がけてきたエコビレッジの立役者スティーブ・プール氏も、よくクリスタルウォーターズエコビレッジについて話してくれるので(2015年を一緒に暮らし、今もまた一緒に暮らしている!)待ちに待った初クリスタルウォーターズ訪問でした。

カンガルーの大集団の歓迎からはじまったステイですが、これまでお伝えしてきたサステイナブル・リビングの話しとかぶりすぎるため、今回は割愛します。2012年に日本人の方が撮影した動画(日本語字幕つき)をブログ下部に貼付けておきますので、よろしければご参考ください...[カチンコ]


さて、ニューサウスウェールズ州からクイーンズランド州にむけては、風景が変るにつれて、空気感がどんどんと変わっていくのが肌で感じられました。心地よい潮風の中に湿度があり、気温が少しずつ高くなって、亜熱帯へと近づいているのがわかります。実際に森の中を歩いていても、気温と湿度感の違いは歴然。シダの森を抜けて標高があがると、少し向こう側はもう東海岸の海。海を眺めながら丘を越えてまた森に入ると、しばらく緑が続いていきます。

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ゴールドコーストまでの北上中で、いくつか印象深かった街を紹介をいたしましょう。


 ↓


★リズモア★

二本のメインストリートが並行に通っていて、おしゃれで個性的でこじんまりとした町。小さいながらもかなり品揃えの良いオーガニックショップやカフェが数軒あり、有機野菜が手に入らないことも多いオーストラリアの小さな町で、これは嬉しい驚きでした。アンティークのお店がかなり多く、サイクリストが多いのか自転車オブジェがたくさん見うけられました。意識の高いアーティスとさんがたくさん住んでいるとのことで、とてもセンスのよい町並みです。東海岸は物価が高いことでも知られますが、この町ではまだそこまで高くなくて、住みやすそうな印象。

もちろんオプショップ***も比例しておしゃれで、リズモア(とクイーンズランド州のマレニー)のオプショップは、品質と品揃え、個性と価格が他とは良い意味で異質で、選りすぐって購入したスカートとカーディガンは、今も大のお気に入りです。


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《久しぶりの新鮮バジルにトリップ@リズモアのオーガニック・マーケット》


  ↓ 


★ニンビン★  

一本のメインストリートを中心に、こじんまりと広がる町。オーガニックカフェや環境センターがありながらも、かつてダークだった時代の雰囲気もほんの少しだけ残っています。現在はヘルシーなハーブのメッカ。


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《ニンビンのメインストリート》


ショーグラウンド****で出会った無口で紳士なおじさんは、キャラバン(モーターホーム)で犬と2人暮らし。息子さんが先に逝ってしまった後、奥さんも旅立ったことを、数日過ごしてから話してくれました。スチュアートも名前を聞いたことがある名の知れたヒーラーでしたが、もう施術はしていないとのこと。私の身体のこと話すと、無償でセッションをしてくれた上に、スチュアートに技術を伝授してくれました。

私たちのニンビン出発が迫ったある日、ちょっとお願いがあると彼から。「家族が旅立ってから、誰も招き入れたこともない僕の神聖な家(=キャラバン)を、どうか掃除してくれないかな」と。「あなたはここを、あなたはそこを」、といつもの丁寧な言葉遣いで的確に指示され、手渡された報酬は300ドル。オーストラリアの感覚でいうと、キャラバンの掃除でこれは破格です。私たちには、彼がお金以上のものを私たちと交換しようとしていることがわかり、この仕事を快く引き受けました。とても汚れたキャラバンでしたが、二人で一所懸命ピカピカに磨きました。掃除の最中はどこかへいってしまったおじさんでしたが、終わる頃に戻って来て、「有り難う」と言ってキャラバンを眺めていました。でも本当は涙を隠すためなのがわかり、私たちは静かにその場を去りました。翌朝、私たちが出発するまえにさよならを言いに出掛けると、彼のキャラバンはもうそこにありませんでした。


  ↓


★マラムビンビー★ 通称マラム

  
オーストラリア最大のオルタティブな町、バイロンベイから車で近く、それでいてバイロンほど混んでいないため、とても暮らしやすい町です。週末にはヒッピー・クラフトマーケットや、ファーマーズ・マーケットが開催され、とても賑やかになります。オーガニックカフェやレストラン、グロサー(食品店)などが豊富で、なんといってもオーガニックの専門店『サントス』があるため、マラムは私がオーストラリアで大好きなトップ3にはいる町です(←あくまでも町です。私は村が好き)。北へ向かう途中に一度、そしてそこで出会って一緒に木を植えた仲間と再会するため、南下する途中にも再度立ち寄りました。

下部の写真は、コミュニティーガーデンに向かう手前から撮った写真。黄色い看板右側にある一本道を抜けると、マラム最大のコミュニティーガーデンが広がっています。3つある看板の一番下に書かれた "ONE LANE"の文字が見えますか?


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LANEの 前にP、後にT と「落書き」がされ、 PLANETになっています。
"PLANET"は「ひとつの惑星」。マラムっぽいです。


アデレードの心友であり、一緒に有機畑で働いたパーマカルチャリストのジェイは、ここのコミュニティ・ガーデンの立ち上げに参加していたと言います。彼女がつくる有機土壌からたわわと成る有機野菜は身体の根底から生命力がわきあがるような美味。彼女のガーデンがあるならば...ますます好きになる要素ばかりのマラムでした。

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《母なる地球に愛されるジェイ。今はハワイでお仕事拡げています》


 ↓


★オーシャン・ショア★  
 


海沿いの小さな村。小さな島に辿り着いたような雰囲気で、サーファーが通うオーガニックカフェが一軒あるだけ。ここを訪ねた理由は、持病のギックリ腰がマラムで出てしまった際に、ご縁で繋がったある女性を訪ねるためでした。彼女はサイキックヒーラーで、彼女自身の難病を治す途中でサイキックな能力をつけ、すでに自分自身を癒したので、現在は活動的に人を癒しています。見た目で人は判断できるものではありませんが、彼女の簡素な暮しぶりや言葉遣いは魔女そのものというか...。魔法マントラを唱えながら、各部の痛みの原因を取り除いていきました。キャンパーバンで寝起きする中で、辛いレベル腰痛が消えはじめたのはここからでした。


  ↓

★ゴールドコースト★  

ゴールドコーストの有名な海沿いのビル群が見えてきました(文明社会だ!)[ぴかぴか(新しい)]

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夜9時になっても賑やかなゴールドコーストの、一角にあるオーガニックのピッツェリアで久しぶりに友達夫婦と再会しました。旅行中に合流し、数日だけでも時間を過ごせるのをお互い楽しみにしていました。が、私たちがミュージックフェスのフルチケットを購入したことは、まだ伝えていません。


実は、彼らも私たちに明かすべき話を持ってきていました。彼らが南オーストラリア州で企画&主催運営している革新的なグリーンライト・オーガニック・マーケット*を、翌年の4月から半年運営して欲しいというラブコールです。

この時点で、私は大きくノー!を主張。なぜなら、私はすでに出会った前出のコミュニティに住む予定だったからです。年が明けてからも毎月熱烈なラブコールが送られ、私は最後までノーと主張したもののスチュアートがYESと言ったため、最後までノーと叫び続けた私は、この日から4ヶ月後にキャンパーバンの助手席に乗ってアデレードへ帰ってくる運びとなったわけです。そう、それから半年間は私たちが主催者となりさらにネットワークを拡げ、今月(2016年11月)より、グリーンライト・オーガニック・マーケット」へと名称が変わり、隔週から毎週末開催となっています!

詳しくはこちら→写真で見るグリーンライト・エコ・マーケットをどうぞ。


まぁしかしこのときは4ヶ月後のことなどつゆ知らず。
私たちはゴールドコーストから、クリスタルウォーターズ → グラスマウンテンへと向かい、


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《グラスマウンテンを借景?売家の庭から撮影》


→ マレニー経由で → ウッドフォードへと到着。



フォークフェスティバルの開場一日前(チケットは別で購入)に到着し、キャンプエリアに我々の「家」を設置し、夢のミュージックフェスを楽しむ準備が完了。

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《2015年末を過ごした「家」》

プログラムはチラシではなく、雑誌。雑誌を片手に、私たちはそれぞれ興味のあるプログラムを見つけて、予定を組んでいきました。私はというと、朝起きてヨガと瞑想、ゆっくりご飯食べて、日中にシャワーを浴びて、、、キャンプエリアも会場もかなり混雑しているけれど、私の時間はいつもどおりゆっくりでした。唯、ひと演目だけ観たいと感じたのがありました。スペインからやって来たフラメンコ・セビジャーナスのパフォーマー。

最大ステージでフラメンコのパフォーマンスがある日。心も身体もワクワクしながら会場に向かいました。そう、このフェスティバルを最後の最期まで楽しむつもりだったのですよ。意気揚々と出かけたこの日、、、、。



"Life is what happens while you’re busy making other plans."

(人生とは、何か別のことを夢中で考えているときに、起こるもの)


ジョン・レノン





次の記事《オーストラリア大陸9000キロの旅11》へと続きます。





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*参照

*クリスタルウォーターズ・エコビレッジ
(4年前の動画)
 パーマカルチャーの基本コンセプト紹介
 2015年末現在、カフェの運営は休止中
 キャンプエリアは快適に利用できるよう撮影当時からより改善されています






**ウッドフォード・フォークフェスティバル
12月27日から1月1日まで続くオーストラリア最大規模の野外ミュージックフェス。1987年に始まって以来、毎年規模は拡大中。来場者は13万人を超え、世界中から集まるパフォーマーの総数は2000名以上。ミュージシャン、コメディアン、アーティスと、チベットのお坊さん、サーカス団など。日本や南米からもパフォーマーがやってくる。
敷地総エリア250ヘクタール(毎年拡大中)に、フェスティバル用のステージと、来場者・パフォーマー・出店者用のキャンプエリアが設置される。膨大な数のボランティア運営者により、会場内にカフェ、レストラン、バー、各種ショップ、ヒーリングサロン、子どもステージなどが設置される。また、ディジュリドゥ作りなどのクラフトづくりや、会場全体12万人とリアルカードゲームができるなど、遊びの天才が集まる。

会場外のキャンプエリアには、トイレ、シャワー、カフェなどが設置され、一週間通して滞在するキャンパーはここで暮らす。ウッドフォードのリピーターは、大型車にトレイラーを牽引させ、ダイニングセット、ソファ、キッチン一式、デコレーション、ガレージまで設置する強者。しかも強者ぞろい。12月25日からキャンプ場が開場し(私たちも25日にキャンプ場イン)、数万台の車が列をならべ会場にはいり、場所確保に走った後、驚くほどの速さでキャンプを設置する光景は見物。

オフィシャルウェブサイトはこちらをクリック[音楽]


***オプショップ
オプショップは、オーストラリアの市町村で平均的に数店舗ある、ブティック感覚の中古よろずや店です。洋服、おもちゃ、本、リネン、小物、家具、宝石類、なんでも売っていて、教会や慈善団体によるボランティアで運営されています。スタッフが持ち込む菜園野菜や果物などが無料で配られることもあります。ご参考までに、今住んでいるオーディンガには、四店舗ほどあり、知人のほとんどはオプショップで買い物をします。もちろん、要らなくなったものはオプショップに「寄付」することができます。かつて自分が持っていた洋服が、今は誰かが着ていることもしばしばです。


****ショーグラウンド
各都市に必ずある野外の祭事場。マーケットやサーカスなどが大規模な祭事ができるグラウンドで、オーヴァル(オーストラリアフットボール場)やクリケットグラウンドがあることが多く、プールや農場がある所も。祭事がない際には、モーターホームでの旅行者やキャンパーたちに解放されることが多く、有料にて宿泊することが可能です。




機能性胃腸障害のスピリチュアルな教え(4) [健康]

現在は、身体の声を聴いて食べる術を身につけ、呼吸をするように食事を楽しんでいます。不調と共に生きる術と、より堅実に生きる術は、不調そのものがじっくりと教えてくれました。シリーズ最後の記事は、私が機能性胃腸障害から与えられた教えをスピリチュアルな視点からお伝えしましょう。


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この記事は、機能性胃腸障害(機能性ディスペプシア/胃腸障害)を癒し、共に生きる方法を書いたシリーズです。ひとつ前の記事は、こちら→機能性胃腸障害と生きる(3)をどうぞ。


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私は特定の食餌法を厳しく守りフォローするつもりはありません。瞑想や呼吸法と同じで、食べることも生活から切り離すのではなく、出来るときに必要なだけすることです。静寂も含め、心・身体・マインドが何を求めているか常に訊ける状態にあることは、とても有効なことです。昨日私の人生を支えてくれたものやことが、今日も全く同じように支えるとは限りません。毎日が違って当然の毎日に気づかされました。

経験と瞑想を通して、良し悪しを超えて、食にまつわるさまざまな過去の印象や記憶もリフレッシュしたのは、癒しに貢献する大きな一歩でした。
例えば、オーガニック・無農薬、バイオダイナミック(=シュタイナー哲学:土壌と空気と動物などすべての生態系に無害だけでなく、後世代々の地球環境と生き物の胎内環境の健全化に取り組む農法)、フリーレインジ(放し飼い・天然もの)など、世間一般に絶対良いという過信を手放して、都度、新しい気持ちで改めてそれらのエネルギーと向き合いました。一度手放したとしても本当に必要なものはまた生まれるため、今現在も上記のものについては積極的に取り入れています。

また、誰かや何かから間接的に届けられる「二次的情報」については、盲目的に信じることは避け、自分の直感(「一次的情報」)を観察しました。今は、これまで以上に直感が強く、直感が人生を導いていることに安心と安定すら感じます。


食べるものを目の前にして何をするか?もちろん
感謝!

目の前に在るものが、ここにたどり着くまでに関わったすべての人とエネルギー、流通、生産に関わった人たちに感謝します。目を閉じて、思いを馳せると、世界中の人たちと場所が、家族や故郷かのように感じられます。そして忘れてはならないすべての資源の源泉=私たちにすべてを与えてくれる母である地球に感謝します。この時点で心いっぱいです。お腹の空腹感や、痛みが、去って行きます。深く呼吸をして、「いただきます」と唱える瞬間に、言霊がすべての精霊へと感謝を伝えます。

祈りを捧げている間に、食べ物の存在が五感を通して、私たちの身体に入ってきます。自然と匂いをかいで、姿と色を愛でている時点で、すでに身体がその食べ物を欲しているかを判断できています。どれだけ採るかも、身体が知っています。マインドがクリアで、心がオープンでいるならば、その身体の声は私たちに届きます。

また、訓練によっては、筋肉反応(キネシオロジー)で判断するのも可能です。「手」から出る氣を使って、食のエネルギーをニュートラルにしたり有効なものへと変換することも、心次第で誰にでも可能です。


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《長野県の養生園のマクロビご飯−三日間の滞在中、私用に特別食をご用意くださいました》



「食べる」と一言でいっても、食自体や食器を選ぶことから始まり、香りを楽しむこと、口に運ぶこと、噛むこと、音を愛でること、唾液を出すこと、飲み込むこと、胃へ運ばれて行くこと、消化すること。。。たくさんのことを経験しています。もしも食べようとすることで苦しみが訪れているのであれば、一度食べることを手放してみますが、通常は食べることは必要ですから、そこに関わるあらゆることに意識を向けてみることです。深い意識で「食べる」ことを実践してみると必要な気づきが訪れるはずです。

食べることを楽しんでみて(もちろん辛いことの方が多かったですが)、それでも数時間から12時間以内に吐き下しがある食べ物については「氣をつける」ようにします(氣を送ったり、氣を「スタンプ」します)。吐き下すことになっても、自分を責めないで、身体がすごく拒否していることを淡々と観察するようにします。


治癒への時間はかかるかもしれませんが、心の本気度数で、今この瞬間からでも変化は訪れます。周りの人は理解できないかもしれません。でも、私が私のことを一番よく知れるのと同様に、あなたの健康について、なによりも強い愛で面倒をみてくれるのは、誰でもなくあなた本人です。己のことをよ〜く理解できるようになると、自分とすべての関係の間にある壁が消えて行き、すべてのことへの理解度がおどろくほど深まるのは、嬉しい好転反応とも呼べるでしょう。


私の食餌法は、素材や味や準備等が好きかどうか(理屈)を完全に超越し、長年の人体実験の上で身体が受け入れられるものだけを採る(吐き下さないものを採る)というだけのもので、先のブログ「機能性胃腸障害の癒し方(2)」でも紹介した通り、食だけでなく身体と心の健康を一心に目指して、新しいことを実践してきました。

主人だけでなく、友人や彼の家族たちに説明しても、周囲のほとんどの人は私の食を理解できずにいる上、説明した上で食事に招かれても食べ(るものが)なくて「相手が私に申し訳ない」ということが続きました。しばらく内に籠ってから、食を囲む社交の場に赴くことや外食をする目的が明確になった後には、食べたい・外食したいという私的欲求や、食生活を人に理解してもらいたい欲求も減り、受け入れられたい、理解されたい、愛されたい、期待する、落胆、などという感情が昇華されていきました。

このプロセスでは、「食」自体が、まるで私の人生をふるいにかけ、私という存在を理解させ(思い出させ)るために必要なものを自然と見せてくれている、私という人生をつくりあげる要素(パーツ)と順に向き合うチャンスを与えてくれている、と感じました。

主人は約一年ほど前から理解を見せてくれはじめ、彼との関係性からもたくさんのことを教わりました。主人や婚姻関係に対する幻想、期待や落胆を一切手放し、国際結婚やパートーシップという概念を超えたところで、このふたつの魂が今、共に在る意味を経験で知っていきました。

次第に、頭脳と行動を駆使してあれこれと行動しなくても、私という存在はすでに受け入れられている。私という存在は最初から自然と、理解され愛されている存在である。そう感じられるようになりました。「相手が(私に)申し訳ない」と感じていることも謙虚に受け止めつつ、自分が「申し訳ない」と感じる背後にある「自己叱責」や「自己非難」も手放していきいました。とても大切なプロセスでした。


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《二人の間はスペースであり、個としての道を歩くようになりました》


去年、ヨガやアーユルヴェーダを極めたような方から続けて食餌内容を訊かれることがありました。
究極のヨギー/アーユルヴェーダ食や、タイ仏教徒の食だとか、厳しいマクロビ食だともいわれ、またあるインドの司祭階級(ブラフマン)の方からは、自分より厳しい食を実践していることで敬意を払われ、「へー、そーなんだ」と感じたことがありました。私はヴィーガンでも単なるベジタリアンでもく、呼称はどうでもよいと思っていましたが、今現在、前よりもだいぶユルくなった私の食はサトヴィック食と呼ばれているようです。ラマナ・マハリシ、ガンディー、シュタイナーも勧めたこの食事です。不治の病も治療できる食事とされます。ご興味があればぜひグーグルしてみてください。


どのようなダイエット(食餌法)を実践するかに関わらず、今いる場所から食と向き合うことは、本当に大切なことです。私もあなたと同じで、食べてなくては生きられないヒトです。だからこそ、食は日々、地球胎内と人間胎内で起こっている課題を私たちに伝えようとしています。

食生活を通して、ライフスタイルと意識が劇的に変化していく中で、私は、こう尋ねられているように感じました。

  「あなたは、与えられた素晴らしい人生で、どう生きようとしているのですか?
    人生の、何に重きを置いて生きていきたいのでしょうか?」


その答えは、新しいライフスタイルを選択する際に浮上してきました。


野菜を育てることは、自然のサイクルと恵みを肌で感じることであり、その行為は、愛を育みます。有機野菜つくりを暮しの一部とすると、人生と環境が少しずつですが居心地のよいものへと変化していきました。

私は、自由に、人生を創造して生きたい。

そうすると、敢えて農薬を投与して作られる作物が存在することの意味がわからず、そのような作物を、買って食べる選択肢は消えました。除草剤(グラフォセイト)と輸入ものの時季外れ野菜は、私の食卓から姿を消しました。


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《春の旬、空豆》


菜園作りをして気づいたのは、太陽と水と愛があれば、栄養価が高い、美味しい時季野菜を育てることは比較的簡単なことでした。野菜だけでなく、心休まったりエネルギーを与えてくれる庭のハーブでお茶を飲むことで、地元では採れないコーヒー(カフェイン)を飲みたい欲求がなくなりました。

菜園がまな板へと直結しているため、梱包も冷蔵庫も保存棚の必要がないので、スーパーに行くことが減少しました。

人間の消化機能が分解できない化学物質を胎内に入れないのと同じように、
地球環境が有機的に生分解できないゴミを出さない暮し方がしたい。

そうして、プラスチックに入った過剰包装の食品などは、我が家からどんどんと消えていきました。

野菜消費量が増えるにつれコンポストが増え、それが目に見えるスピードで土壌をさらに肥沃にしていくことで、土壌の大切さを実践で学びました。そこには微生物がたくさん存在し、神秘ともおもえる力で美味しい野菜作りのために昼夜働いていることを知りました。

食べる(生きる)ことで、どんどん健やかな土壌と身体をつくりたい。

人間の腸内環境と善玉菌の関係が、土壌環境と微生物の関係と同じくするものだとわかってからは、乳酸菌ドリンク自宅でつくることを学びました。我が家からすっかりと消えたソフトドリンクやペットボトル製品でしたが、現在は美味しい乳酸菌ドリンクが欠かさずあります。

エコビレッジからオフグリッド生活、インテンショナル・コミュニティへと移動していても、暮らし方は変わらないどころか、どんどん上手になっていきました。地元のオーガニックやファーマーズ・マーケットに行くと、つながる人とどんどんつながり、つながらないことができなくなる。顔が見える(フードマイルの少ない)農作物や生活必需品を上手に買ったり交換できることが容易くなりました。

作り手のエネルギーを感じたものに囲まれ、心でつながる仲間とよりよい生き方を今ここで実践したい。

そうすると、膨大な時間とエネルギー消費量をともなって、地球の反対側から当然のようにやってきて、大手量販店などに並ぶ石油製品をサポートする(お金を落とす)ことがほとんどなくなりました。


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《採れたての野菜には、土壌と太陽からの栄養素が豊富》


私もぼちぼちとはじめていますが、有機小作農の間では、エアルーム(古代)種を取り戻し、シードバンク(直訳は「種の銀行」)で種を保存することが一般的になっています。地元の気候と土壌に適し、代々と受け継がれて来た古代種は、品種改良された見栄えの良い作物とは比べ物にならないほど、自然な味がし、必要な生命力を与えてくれます。

次世代を考えた種と土壌の在り方を考えながら、野菜作りをしたい

美しすぎるほどに形が揃った野菜には、生命力を感じないだけでなく、自由さや魅力や美を感じないので、農薬添加された作物を買うことは一切なくなりました。

機会があれば積極的に苗木を植えたい

今年は(あと1ヶ月半を残したところで)、約120本のネイティブとフルーツの苗木を植えました。

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完全菜食でいられるのは、ミネラルやビタミンが豊富に含まれた新鮮な有機野菜を食べることで、栄養価が十分足りていると感じているからです。実際に血液検査をしたところ、結果は栄養価はすべて足りているとのことでした。知り合いに一人だけ私と同じ食生活を送っている女性がいるのですが、彼女はドクターから「スーパーヒューマン」と呼ばれているほどです。

自分で採ってこれないものを、食べる必要はないと感じています。例えば、牛を殺して血を流させることは、今やこの心とこの手を持ってはぜったいに出来ません。人間の消費用に生まれ、育てられた生き物を、さあ私が食べるから死になさいと斧をふりあげることはあり得ないでしょう。人に殺傷を頼んでも、動物の身体を食べたいと思いません。しかし、万が一ある生命(動物)が私のところへやってきて、私に頭を垂れて命を捧げてくれるのなら、私は涙をしながらその命をいただくことでしょう。私の判断基準はそれだけです。自分で採ってこれないものは、食べる必要を感じないし、欲しいとも思わないのです。

私が古代人だったなら話しは違うかもしれません。人間が神の領域である森に入り、必要なだけ狩りをし、神に捧げる儀式をした古代には、人は肉を食べる習慣があったのでしょう。でも今は古代ではなく、私は現代人です。人間の食用肉である畜産業のための土地が、地球の土地1/3を占める2016年現在。人間用に消費するための動物を育て、食べ続ける必要があるのかどうかの答えは、私の中では明らかです。


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《アメリカでは、食用肉の家畜と場所確保のために、野生馬や野生狼が”始末”される事態が起こっています》

地球上の同志である動物たちの生命が軽んじられているのは、人間自身の生命が軽んじられていることの鏡であり、地球上の(愛を象徴する色−酸素であり、全生命体の命そのもの)が分刻みで減っているのは、人間の心に緑(愛)の存在が小さくなったかのように見えているからです。マクロである地球生命体は、単に、人間胎内に存在するミクロのユニバース(宇宙)を映し出しているだけです。私たちの心の在り方で、地球の在り方は変わります。

食を通したスピリチュアルな経験は、これまでのあなたの経験を、より深く高次な視点から人間社会を理解させてくれることでしょう。



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《土壌つくりから愛を注いで育ったブロッコリは、地球に膝まずいてキスをしたくなるほど美味》




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☆参考ドコ*目録☆
(*ドキュメンタリー)


[プレゼント]『幸せの経済学』 / 原題:"Economics of Happiness" (2011)
http://shiawaseno.net/[プレゼント]


[プレゼント]原題:"The Farmer and his Prince" (2013) 日本語訳なし

チャールズ皇太子がウェールズのキングになれない理由は、彼自身が有機農業を全面サポートするファーマーであるからだと言われ続けています。皇室レベルでの彼の個人的な取り組みと、水面下で力強く有機農業・研究を支え続ける皇太子の素の姿を描いたドキュメンタリーです。


[プレゼント]カウスピラシー / 原題:"Cowspiracy"←Cow 牛<酪農業界+Conspiracy陰謀の造語 森林破壊、砂漠化、海洋汚染などと同様に、現在まさに分刻みで起こっているが報道されない真実 https://www.youtube.com/watch?v=JTcprWbo9N8


[プレゼント]グリーン・ビューティフル / 原題:"La belle verte" (1996)
暴力、セックス、ホラーのシーンが無いだけでなく、老若男女性別文化を超え誰でも気兼ねなく観れてきわめて心が豊かになれるユーモアな映画。そのため、ロシア、フランス、オーストラリア、日本などの各国で上映またはダウンロードできなくなっておりご迷惑をおかけしております。
(探せば、日本語翻訳版が存在します)
http://www.disclose.tv/action/viewvideo/157826/La_Belle_Verte__The_Green_Beautiful_English_Subtitles/グリーン・ビューティフル


 (以上です♡)

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機能性胃腸障害と生きる(3) [健康]

病院では完治できない原因不明の難病と言われている機能性胃腸障害(機能性ディスペプシア/胃腸障害)。ひとつ前の記事は、こちら→機能性胃腸障害の癒し方

完治する、とは一体どういう状態のことでしょうか。以前と同じような暮らし方、食べ方をしても、症状がでないことを言うのでしょうか?

どのような不調や病もそうですが、完治をめざして根本療法を続けることで、必ずと言っていいほど生き方が変化します。それは、真に善いものへと近づいて行くプロセス。身体的、心理的、精神的なあらゆる状態を観察し、自分の人生で実体験しながら、善いものは維持させて、不要なものを落として行く道。この連続の作業を、心を込めて本気で毎日繰り返すことで、治癒がはじまります。諸症状が出なくなるころには、考え方や生き方、みずからの生きる哲学のようなものも確立しています。

そうなると、以前と同じような暮らし方や食べ方をすることはありません。たとえ、同じ場所で同じ仕事をしていても、意識の置く場所が違うので、思考や対処の仕方が変わってきます。治療への経験を経ることで、新しい意識が生まれるため、無意識で悪い選択肢を選ぶ(カルマをつくる)ことは、もうありませんし、できません。シンクロニシティとはここで起こるものです。善い思考から発生する善い行動というものは不思議なご縁を次々とひき寄せるパワーが自然的に備わっているため、周りの環境もより善いものへと変わって行くのです。もちろん、自分の内にある恐怖感や不信感がまだ大きい場合は、自分でもよくわからないような屁理屈をぶつくさ言って、天からのギフトをお断りすることも多くあります。

すべての不調や病の源は、人間のマインド(判決を下し、裁き、責め、幸せや〜落胆や〜などと常に考える囚われの心)にあるといわれます。ですから、病院では原因不明難病と言われるようなものも原因は決して不明ではなく、マインドがクリアになるにつれ明らかになり、病院では治療が難しいと言われたとしても、必ず癒せるものです。



もう一度言います、すべての不調や病の源は、人間のマインド (判決を下し、裁き、責め、幸せや〜落胆や〜などと常に考える囚われの心)にあるといわれます。私は治癒の途中で、たくさんの心と体の専門家、ヒーラーやシャーマンに出逢いましたが、みんな「治せない病なんて存在しない」と言っています。


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《ネイティブ・シャーマン、マヌ=サイ(ペルーのシャーマン家系、サチャ・サイ・ババの弟子)》


元気になっては不調が戻り〜の、一歩一歩の繰り返し〜の、実体験を振り返ります。


[目]子ども時代
皮膚と粘膜系のアレルギー持ちで、各種の胃腸薬に精通。定期的にものもらい(目ばちこ)のプチ手術。


[目]中学・高校時代
15歳の左膝手術によって左右の身体バランスを崩す。両親の離婚から精神不安定になり、顔面帯状湿疹を発疹し、危うく左目失明。入院、点滴と抗生物質服用を繰り返すうち、各種臓器が悪化。手指の骨を相次いで折る。過食と拒食を繰り返す。原因不明の目のしこりで、年一度は両目共手術が必要。


[目]20代
胃潰瘍と十二指腸潰瘍、急性腸炎。喉の痛み、扁桃腺の腫れとアレルギー悪化を抑えるために、抗生物質と痛み止めが常備薬。頸椎から仙骨にかけての痛みが激しくなる。

傷ついた過去の記憶が、自らを追い込ませ、人生を牽引する。私を傷つけ(てくれ)る男性(彼氏や上司)や経験や環境を無意識でわざわざ引き寄せる。家庭内暴力を警察に訴えるも、証拠なく却下。その後入院して手術、再手術。仕事とプライベートで常に途上国支援。南米に里子2人を持つ。


[目]2007年(30歳)(約10年前)
夢の到着地点であった経済支援をする国際機関の仕事をしながら、同時に落胆し幻滅。これまで教育を受けて信じきってきた信念体系がガタガタと崩れはじめる。
「すべてが、根本的に、すごくすごく、おかしい?」(←意識のめざめ)

働きながら、有機的な暮しを積極的に取り入れる。胎内に入れるものは無農薬に、身につけるものはオーガニック製品(生理用ナプキン含め)に変える。タイの和尚さんからヴィッパーサナ瞑想を学ぶ。


[目]2009年(32歳)
国際的な組織が世界を変える場ではないと気づいて退職。通学と通信で英語講師の学位を続けて取得し、晴れて転職後に腰痛で倒れ、歩けなくなる。心が傷つき、怒り狂ってる犠牲者な自分がいることをはじめて知る。痛み止めと常備薬をすべて捨て、投薬も入院も手術も二度としないと決心。和道のポールにであい、一日2度の和道瞑想、呼吸法、気功を習慣化。


[目]2011年(34歳)
フルタイムの仕事に復帰するが、胃腸障害と疲労が蓄積。東北地方太平洋沖大震災の精神的ショックで十円ハゲに。自分を激しく責め判決を下そうとするより先に、気づきが訪れるようになる。主人と瞑想で出会い、実際に出逢って、婚約。


[目]2012年(35歳)
PMS(月経前症候群)、パニック発作の悪化。外食や外出が難しくなる。入籍後、フルタイム職から契約仕事に切り替える。


[目]2013年(37歳)
オーストラリアのエコビレッジに移住。南北半極の極移動と、文化と言語と食の大変化で、胃腸障害が急激に悪化。上を向いて口を開けると、空気がずっと出続ける怪奇現象が続く。背骨の痛みで、車に乗ることは難しく、外出不可。夜寝ることができずに、座って眠るようになる。痛みを超越する瞑想をするようになり、二度の禅定体験。

家の両隣が、ナチュロパス、ホメオパス、フラワーレメディ専門家だったので、体調を診てもらうが、誰にも原因がわからない。痛みの対処を自分でするしかなくなる。自然治癒で胆石を流す。胆嚢の機能は生まれつき弱かったことが判明する。人生を構成するすべての総見直しスタート。


[目]2014年(38歳)
ここまで、私の病状に完全無関心(無視)だった旦那さん。理由は、私の病の根源である怖れが、彼が内包する怖れと同調することを、怖れ嫌ったから。当然のことながら私のことも嫌いはじめていました。(「嫌う」という感情の発生源をキャッチ!)これではよくなるものも善くならない、と2人で恐れに対峙しようと宣戦布告(?)する。

毎朝の和道気功の前に、サチャナンダ・ヨガとヨガナンダの呼吸法を追加し、私の症状にあう我流エクササイズがほぼ確立。

日本に帰国した時に、京都上賀茂神社の霊媒師とシンクロ二シティな出逢いをし、その場の流れからお祓いしてもらう。それから、毎日ご先祖供養とホ・オポノポノを習慣化。

豪州に戻り、痛みが出ない食材と食べ方をようやく見つけはじめた途端、固形食を受け付けなくなり、断食。その後しばらくは純粋な水と菜園の野菜でつくるスムージーが主食。

肉類、乳製品類、油物、瓶詰めや缶詰、加工食品を拒否。食べ物に触れるだけで、作り手のエネルギーがわかるようになり、完全菜食、ビーガンに。

瞑想が深くなるにつれ、慈愛から無償の愛がどんどん強く深くなり、ご先祖様やあらゆるスピリットの存在に支えられ今この一瞬を生かされていることに気づいていく。永遠に続くような痛みに、食べることも、食べ物も、もう要らないと思うようになる。「死ぬ前に 一度は健康になりたい」という文が何の意味もなさないことに気づいて、無知だった頃は幸せだったなと感じる。


[目] 2015年(39歳)
不調が改善しない深い原因があることを直感で得て、突如、ネイティブのシャーマンに出会うため、東海岸へ旅に出る。旅行中の2015年末、瞑想中に「ペルー」との啓示を受ける。


  この間の濃すぎるお話は、オーストラリア大陸9000キロの旅をご参考ください。


[目]2016年(40歳まであと一週間)

40歳までには完治させたいと治癒してきた胃腸障害が、ほとんどなくなりました。原因不明の目のしこりはこの4年は再出しておらず、毎朝の寝起きにいつもあった喉の痛みはありません。以前より寒さに耐えられるようになり、移住後に一度は悪化した花粉症もきわめて軽くなりました。ここ数年は一度も風邪をひいていません。


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7年前のある日、薬も、手術も、入院ももう要らない。心の痛みも二度と経験したくないと思って、よく考えもせず直感で根源治療をはじめました。その間、たくさんの人から「あなたのそれが間違っている、これをすべきだ、それはすべきではない、考え方を治すべきだ」などのアドバイスを頂けたことは、食べることも眠ることもままならず、眠っても悪夢に襲われる人の気持ちわかるわけないんだと、静かに観察することを鍛えられました。

今辿り着いた地点から振り返ってみると、長く深かった道のりは、今の私に不要となった数多くのものを手放すための勇気と強さを与え、真実や愛を知る大切な経験を与えてくれたと感じます。今となっては完治することよりも、経験すること自体に意味があったんだと、強く確かに感じます。

人生の今の地点で、私の内部の奥深くにある不調を生み出したエネルギーを、まず思考レベルで手放し、その経験から叡智を受けたいま、瞑想を始めたころから確実に感じてきた「胎内にある太くはびこった根のようなもの」が出て行く準備が完了しました。どのような有機的な流れで、これが自然と身体から出て行くのかは、今は見えていません。


白い生地に染み付いたシミを浮かすかのように、まずは経験を通して心にこびりつき蓄積された記憶を手放す決意と行動(瞑想、祈り)をし、そして過去をリプレイしようとする思考(マインド)と身体の状態を観察しはじめることこそが、より健やかな暮らしの再確認地点です。

もしもあなたが長年の不調に悩まされているひとりであるならば、不調が運んでくる大切なメッセージを心を開いて受け取り、より生きやすい方向への流れを直感でキャッチできる真実の力を取り戻せますようお祈りいたします。



痛みの癒し方、痛みの解放についてはここまで。最後の記事は、スピリチュアルな成長から『機能性胃腸障害』をみています。ご興味のある方はこちらからどうぞ...




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 〜開いた扉の向こうが暗がりだとしても、怖れない
   その向こうに見える光がまぶしくても、怖れない
     たんたんと、ただわれを知る道のり、それが人生〜


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