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アヤワスカの神体験をムダにしない基礎知識 [シャーマニズム・スピリットメディスン]

ブログ書き始めて8年以上経ったんですよね。一年に数記事しかアップしなかった去年のような年もありますが、、、それでも書く努力はしてるんです。読みやすいような記事とか、ちょっと短めの記事とか、、念頭にはあるんですが、能力が追いついていなくてですね。結局、漢字間違ってないか、てにをは大丈夫か、そういうレベルで[ダッシュ(走り出すさま)]

今回は、アヤワスカという壮大なテーマを、アヤワスケーロとアヤワスカの精霊が私に伝えてくれた通りに、歪ませたり捻じ曲げたりすることなく、どうすれば正統にわかりやすい文章で説明できるか、書きながら模索しては推敲しているニューサウスウェールズ州真夏日、カフェのお庭からこんにちは。


ということで、今日もいきます!



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さて、アマゾンのシャーマニズムによりますと、シャーマンはシャーマンでも、月の秘薬アヤワスカを専門に扱う専門家は、アヤワスケーロと呼ばれています。

→→シャーマニズムについては、こちら


そして、この記事は、この次にアップするこちらの記事と並行して進みます。

→→(書き終わるまでお待ちくださいね)



アヤワスケーロは、彼の献身的で愛にあふれた仕事をするにあたって、命を惜しまないと断言しました。そんな命を惜しませない、人間の脳、神経、行動にとてつもない効果があるというアヤワスカは、いったいどうゆものなのか、ご説明いたしましょう。





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≪シャーマンの家の食卓に置かれたメディスンドラム。儀式に欠かせないもの≫





アヤワスカとは?その効果?



すべての植物が生きていて、そこに精霊が宿るように、アヤワスカも生きています。それは女性の精霊であり、蛇の女神でもあります。彼女の名前は、南米民族の言葉ケチュア語で、アヤとワスカの二語がくっついたもの。アヤ⇒先祖、死者、精霊やスピリットワスカ⇒つる系の植物全般という意味ですが、アヤワスカを体験した人なら、それがヒモやロープという意味だけでなく、アヤワスケーロの奏でる歌が織っていく一本の細く確かなライン...ソングラインを思い出すかもしれません。


アヤワスカの蔓(ツル)は、先住民族の間で数千年前から使われてきたといわれますが、特に1900年代からはその植物の医科学的研究が進み、ガンやエイズ、現代病やうつ病などの治癒に積極的に取り入れられるようになりました。製薬に慢性的に薬漬け(製薬中毒)や、アルコール依存症など、中毒体質となる原因に直接効果が期待されることも知られ、アヤワスカ研究者の Petr Chobot 氏は「アヤワスカは麻薬とは全く関係がないだけでなく、麻薬依存症患者の治療に非常に有効であり、その効力においては現在の西洋医学で及ぶ薬はありません」と述べているほどです。


これらの症状への効果が期待されるようになると、ハリウッドのセレブや著名人たちがアヤワスカを求めてアマゾンへ渡るようになり、近年、アヤワスカは世界中に知られるところとなりました。日本の百貨店でも売られているオリジンズ化粧品の開発者の一人、植物学者のアンドルーワイルもアヤワスカを服用したことで知られていますし、映画『ガールズファイト』や『バイオハザード』などに出演した女優のミッシェル・ロドリゲスも、最愛の人を亡くした後の哀しみと苦しみからの救いを求め、体当たりでアヤワスカと向き合ったプロセスをドキュメンタリーで公開しています。



"The Reality of Truth" 〈直訳=真実のリアリティ〉








アヤワスカの化学成分


そんなアヤワスカが、秘薬だとか「とにかくすごい!」と言われる理由は、それに含まれるジメチルトリプタミン通称DMT(←Naverまとめへ)であることはまちがいないでしょう。これは人間の脳内だけでなく、植物や昆虫たちのからだの中で日々分泌されるホルモンで、分泌される場所は松果体、いわゆる第三の目にあたる場所です(第三の目、眉毛の間のちょこっと上くらいの内側)。

松果体では睡眠を左右するメラトニンが分泌されており、胎内時計をつかさどる場所ともいえます。現代人の松果体はだいたい16歳前後から石灰化し骨のようになっていくと言われ、それに加え、日光浴をしない生活や、深夜まで蛍光灯下で働く現代人は、ホルモンが正しく分泌されなくなってしまっています。この石灰化した松果体を活性化させることができるのも、アヤワスカの特徴です。サン・ゲイジング(太陽凝視)、アーシング(裸足で過ごすこと)、土いじり(微生物を触ること)も同じような効果があり、正しい方法で続けることで身体と心が癒されていくことをパワフルに感じることができます。メラトニンが分泌してくれるようになれば、質の睡眠がとれるようになり、胎内時計が動きはじめれば、やがて無理のある生活ができなくなり、不調は改善へ向かいはじめます。






アヤワスカの儀式の流れ


アマゾンでのアヤワスカの儀式は、アヤワスカを煎じたアヤワスケーロによってほどこされます。場所は、シャーマニズムの記事でお話したように、スピリットとつながる聖なる場、ヴォルテックスです。


アヤワスカをいただく前に、その他の植物や自然の要素(火・風・土・水)を使って浄化等の儀式をすることがあるようですが、それは各アヤワスケーロによるようです。アヤワスカの儀式だけに関していうと、始まるのは日が落ちてからが一般的。儀式の所要時間もまた、本人の状態や、導き手のアヤワスケーロによるようですが、私の体験から言うと、儀式の所要時間は平均的に5、6時間ほどでした。


なぜ、漢方茶や製薬剤のようにパパっと飲んで、仕事に出かけたりすることができないのかというと、アヤワスカがスピリットメディスンだからです。スピリットメディスンを呼び起すためには、然るべき人が三つの世界の扉を開け、開いている最中はその場をがっちり護り、最後には閉じなければなりません。⇒シャーマニズムに関してはこちらから。


儀式中に得られるアヤワスカの作用は、これもまた本人の身体と精神状態により異なりますが、服用後に一般的に起こる作用は、身体と心の激しい浄化です。体内の浄化は、実際に見えるものを吐くものですが、胎内や心の浄化については、「エネルギーを吐く」ということになります。胃の中にもう吐くものがないのに吐くのはつらいものですが、心の垢を吐くのはそれ以上に手ごたえのあるものです。


また、たくさんのビジョンが目の前に移っては過ぎ去っていきますが、これもまたこれまでの人生、目的、精神状態により、各個人で変わってきります。サイケデリックなものや、幾何学模様や、蛇、イーグル、プーマなどのスピリット・アニマルや、5次元なもの等、二度と見ることのないような映像を見ることになるでしょう。すべてのものにメッセージが含まれ、意味があるからこそ見るものですが、その意味は本人が受け取るもので、また受け取れる準備がある場合に見るようです。


アヤワスカの効果や作用は個人によって異なりますが、後ほど私の経験を記しますので、ご興味のある方は少しお待ちくださいませ。






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≪神秘に満ちた Sacred Geometry =神聖幾何学模様≫







神聖な経験をムダにしないための大前提




なんでもそうですが、やるぞと決めたら全身全霊でやるコミットメントと集中力がなくては、達成するものも達成なりません。高校受験も、スポーツも、転職活動も、病気の治癒も同じです。人事を尽くして天命を待つ。アヤワスカも瞑想も、根底はすべて同じです。精霊界50%+こちら側50%⇒どちらともが100%の力で取り組む時、ベストな道が開かれる。神頼みオンリーは通用しない。商人の息子として生まれ、修行を積んで日蓮宗法主となった曾祖父から譲り受けた言葉と同じことを、アヤワスケーロも言っていました。


アヤワスカをいただくのであれば、信頼のおける、正統で、本物のシャーマンである「善の(ホワイト)アヤワスケーロ」による儀式に参加することは最も大切なことの一つです。「あなたが飲んだらこうなりますよ」なんて誰もあなたにアドバイスできませんが、疑問があればすべてオープンに応えてくれる環境があれば信頼できます。受ける側は、しっかりとした目的を持ち、この決断を信じ、一連の行動に完全に責任を持つことが必要です。すっかりと身をゆだねられ、何か偉大なものに護られられる感覚があることも、アヤワスカをするか否かの判断材料になると思います。うさん臭さや疑惑感からはフリーであること、です。


なぜこれらのことが重要なのかというと、アヤワスカを人生に迎えるタイミングは理屈で決められるようなものではなく、なにかとてつもないもののタイミングがガシャっっと完全に合致して、起こるようなものだからです。こちら側の準備がしっかり整い、精霊たち側の準備もしっかり整ったとき、頭の計算外のところでドワッとくる。アヤワスカに導かれるまでの経路がスムーズであることも、ゴーサインの判断材料かもしれません。これらが揃っていない場合、アヤワスカを受け入れる時期ではないのかもしれません。




何度も何度も繰り返して言えること、そして提供者側も受け取る側にも間違いなく適応する掟は、たとえ天地がひっくりかえって、空から豚が降ってきても、
アヤワスカを、娯楽や好奇心で飲んではならぬ。ですよ。




いろいろな意味で、このような動機が、「脳が焼ける」や「アノ人おかしくなった」という結果を招く原因ではないかと感じます。先に述べた、サン・ゲイジングや、アーシング、土いじりも、続ければ人間の身体と心を癒す相当なパワーがありますが、アヤワスカはそれと比べれば、未知数で増幅版。数時間で、意識が身体中と細胞を駆け巡り、過ぎし日が心の中を疾走していくかと思えば過去生につながり、いつもは見えないスピリット、ご先祖が現れ、人類、地球と宇宙の歴史を観て、同時に観られ、観させられます。アヤワスカは、母なる地球とつながる精霊です。彼女を通してハワイのキラウエア火山の女神ペレ、日本の鬼子母神など、畏れ多いこれらのエネルギーと一体になるのです(このままだと、文化人類学に突入しそうなので、参考リンク止め)。


準備ができていなければ、ちょっと避けたいですよ、観たいもの以上に観たくないものも、感じたくないもの一切合切見せてくれるので。「愛」という得体のしれない正体を、こちらのなすすべなく全細胞超意識で見せらるのです。どれだけ科学や技術が発展しても、人類の歴史上まだ明かされていない量子エネルギーの分野を、誰かの動画でなく、あなたの人生を通して明かされてしまうのです。伝統や文化や育ちにより条件付けされた思考や意識の崩壊は、普通に起こるでしょう。すべてのワク組みから突然宇宙に投げ出されるような感じですから、脳が「Fried(焼ける、揚がる)」といわれるような経験をしてしまう人もいるのです。異次元に飛んでいる間、つかまれるのはアヤワスケーロの歌うイカロスやアルカナ(スピリットソング)だけ。イカロスとアルカナが純粋な心と愛でうたわれなかったら、私たちは次元の境に迷い込むかもしれません。ということは、スピリットソングが導く方向、どこへでも自在に連れていかれるということです。アヤワスケーロがアヤワスカ体験のカギを握っている、アヤワスケーロの正統性というものが極めて重要だという意味、わかっていただけましたでしょうか(こんなNHKの番組あったね...)。





アヤワスケーロを誤ってしまった場合に起こること



アヤワスケーロは特に、アヤワスカやプラントメディスンでポピュラーとなったペルーのとある都市に関して渋い顔をしていました。彼曰く、あそこの空気の澱みがクリアにならないのは、シャーマンによって患者の胎内から吸いあげられたモノ、これはエンティティや黒魔術とも呼べますが、これが正しい方法でソース(源)へ送り還されていないからだといっていました。


アヤワスケーロは彼らのことを、スペイン語で ”Gringos” (グリンゴス)といいました。
グリンゴスは中南米のラテンの国々で使われるスペイン語で、「よそ者」を意味します。アマゾンのアヤワスケーロとしては、よそ者シャーマンは、植物の性質や伝統や扱い方をよく知らずに、アヤワスケーロの仕事を中途半端にしている者というような感じと思います。グリンゴス・シャーマンであろうとも、極悪非道な目的をもってない限りは人を癒したいからシャーマンになったろうはずです。しかし、アヤワスカなどの強い効果のあるスピリットメディスンは、何度かの体験だけで簡単に扱えるものではなく、危険物にもなり得るということを、わかっておかなくてはなりません。こういう事実が起こる背景には、とにかくどこでもいいから安くアヤワスカを飲みたいという依存癖のあるグリンゴス旅行者も加担していますし、そもそもそれらのモノを源(ソース)に還すことなく、逆にはびこらせてしまうような(、意味があってなされていた古代からのまつりごとがほとんどなくなった)現代の私たちの暮らし方も大きく影響しています。誰かが一方的に悪いとか、そういうのでもありません。今の社会の在り方やすべての要素が、この現実を作りあげているのです。


それで、グリンゴス・シャーマンの胎内に吸い上げられたモノはどうなっていくのかとアヤワスケーロに尋ねたところ、それは本人が知らずのうちに自身の身体をむしばんでいるか、そうでなければ、次の患者の胎内へと吹き戻しているということでした。ちょっと衝撃の事実 Σ(・□・;)。アヤワスカブームに乗ってお金稼ぎに忙しくなったからか、知らないからか、アヤワスカのホームであるジャングルに還ることなく「仕事」をし続けることで、源へ還るべきエネルギーが戻れずに、かの地の空気内に滞留してしまうのだそうです。アヤワスカやスピリット・プラントを扱う理由が「シャーマンかっこいい」などの見栄やステイタスやお金のためでなく、純粋な心と体の持ち主から愛のために提供されなければならない理由は、それなのです。忠実で献身的な愛がなく、純粋な高次の目的のために使われない場合、危険にさらされているのは患者だけでなく、このグリンゴス・シャーマン本人だというのです。

彼が、日常生活で何もしていないようでも、いつも何かに意識を集中させていたのは、彼自身の判断により、アヤワスカのアンテナを張っていたからです。私の28日間の滞在中にも、彼のところにアヤワスカ依存者やグリンゴス・シャーマンが助けを求めに駆け込んできました。別段、異例のことではなさそうで、アヤワスケーロは、精霊たちと交信して、癒すべき人には淡々と儀式を執り行い、アヤワスカを施して仕事を全うしました。またはっきりNoといって施さない人もいました。






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≪アヤワスカの儀式をする神殿の外。カラフルなのは、、、一人一つずつ与えられるアレですよ、バケツ≫






アヤワスカの効果 体験者の声
 


アヤワスカの精霊が胎内の宇宙を走る体験をされ方はもう不思議でもなんでもないと思いますが、体験者同士が出会うと、一瞬で「わかっちゃう」のも特徴のひとつと思います。アヤワスカは、そういったたぐいのものです。些細で微妙な感覚なのですが、それがとても確かなのです。アヤワスカの精霊のサポートにより、一度触れ(てしまっ)た深い深い人生というものへの理解は、二度と消すことができないばかりか、その深さは、まるで目から投影されるかのようです。もちろん、この深い理解に至るには、ほかにも多くのアプローチがありますから、アヤワスカだけがナセル技ではありません。例えば、近いものでしたら臨死体験がそうでしょう。





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私がアヤワスカの精霊(私は女神と呼んでいますが)と出会ってから1年以上経過し、今日までたくさんの人と出会ってきましたが、目を見るとやっぱり感じます。この共有意識・・・聖なるものの存在に気づいている感、両親やご先祖様への感謝、人類への普遍の愛、母なる地球との深い絆...。

こうして出会う人と、アヤワスカの体験を交換するのは有意義な時間です。そこで共通して得た理解は、好奇心や私的欲求だけでアヤワスカはやってこないというものでした。これも実際の経験談ですが、好奇心で受けようとして、事故にあったり、会場へ向かう前に蛇にかまれたり、提供する側になり盲目になりかけている人にも会いました。こちらから無理に取り入れると危険だということは、さまざまな体験談から判断できます。調剤製薬でもそうです、必要ではないときに正しくない薬を正しくない量服用すると、死に至ることすらあるわけです。強い薬を手にとるには、それ相応の強い精神力が必要です。



アヤワスカの精霊が人生に登場するタイミングは、彼女の方からさまざまな方法でサインを送ってくることで、気づかせてくれます。それは精霊界のやり方なのかもしれませんが、信じて祈り、感謝し、謙虚に生きていれば、精霊界のみなさまは必要な時にちゃんと手助けをしにきてくれるのだと思います。







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≪アヤワスカのパターン≫




後記:

ちなみに、ここで貼り付けたアヤワスカにまつわるアートをググっていた最中、私がアヤワスカ中に見た百万の映像を次々と思い出し、それを描いてみたくなって、(5回半にわたる儀式の初会から、もう二度とアヤワスカはごめんやといい続けて、それからはじめて)「もう一度アヤワスカしたらどやろ」と、正にここに書いたとおりの(笑)エゴイックな考えが浮かんだのです。その途端、右足のお母さん指とお兄さん指を何かの虫に刺されました。めっちゃ痛くて、麻痺し、すぐにレスキューレメディーを施しました。家の中なのに、ジャンピング・アンツ?(飛ぶアリ、かまれるとめっちゃ腫れて痛いオーストラリアのアリ)...これが、私が言う「サイン」です。右足のお母さん指とお兄さん指、何を比喩しているのでしょう?「正統な内容を書こうとしている最中に、邪見は置いときなっ」とアヤワスカのお姐さんから一喝された気がしました。そうそう、アヤワスカの記事を書きはじめる前には、精霊たちに、高次の意志に沿う内容をしっかりと書かせてください、と祈ってから行っています。






(これは、アマゾンのアヤワスカについてのお話であり、その他の地域のことはわかり兼ね〼)



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マインドフルネス実況中継 [健康]

不調と病は根源から改善できる?根源治療の道しるべの続きです。


ーーー



治療の一環で瞑想を取り入れようとしている方は、瞑想が痛みと一体どう関係するのか思われるかもしれません。

ということで、どこを切り取っても、瞑想ですよ。


まずは、人と話す必要のない環境と時間を確保します。お昼休憩の公園のベンチ。移動中に止めた車の中。子どもがお昼寝した後、学校へ行った後、、、瞑想の利点は、場所を選ばず、ツールが必要なく、一人でできるところです。最低限、自分と周りにいる人(看護や育児などの環境)にあらゆる面で危険がない環境さえ確保できれば、はじめられます。最初から一定の時刻に一定の時間をとる必要はありません。時間のあるときに、「5分だけ、座ろう」、「ちょっと、ひと息」からはじめます。


無理のない姿勢で座り、丁寧にまぶたを閉じるところからです。もしも瞑想がなにか怖いものと感じているなら、呼吸をするとよいでしょう。脳をはじめ、体中の全細胞に必要な酸素を送ることでリラックスし、痛みが軽減することに役立ちます。呼吸に集中しているうちは、できるだけ何も考えないようにします。思考に意識がいきすぎてしまうのなら、呼吸をカウントします。呼吸をカウントするのは、もっとも簡単な瞑想テクニックのひとつです。

ひと呼吸、続けます。数分、続けます。できる日やできない期間があって当然です。「今は瞑想したくない」という気持ちを眺めて座るのも瞑想です。「めっちゃイラつくわー」という感情と一緒に座るのも瞑想です。5分が10分、10分が20分、などというように時間が増していくことがあると思います。よい瞑想がしたいと期待して、「ソワソワしている」感覚を知るのも瞑想です。「すごい、今日はなんの抵抗感もなくラクにできた」という安堵感を、イライラ感をみるのと同じように眺めた翌日に、5分しかできなくて落胆するのを眺めるのも瞑想です。例えば30分というように、ある程度の時間ができる日が増えてきたら、やわらかい音を出すタイマーを使って、「30分は瞑想しよう」、と目標を持ってみるのもよいでしょう。はじめたばかりの頃は細かいことを心配する必要はありません。ルールは作らず、やってみようという意志がなにより大切です。


焦ることはありません。瞑想ができる人は、最初から継続する力や集中力や辛抱が強いのではなく、瞑想することで、それらを鍛えていったのです。これらの能力は、質の良い生活を送るうえで役立つものです。


ゆっくりとした呼吸や、すこし立ち止まる時間が、生活の一部として定着しはじめます。


さあ、いよいよ身体の痛みから解放され、病気ともさようならだ!!と、なればよいのですが...。瞑想を続けることは、痛みをなくすことに直結するのかというと、つながってはいますが直結してはないのです。瞑想することで、痛みがなくなるのではなく、苦しみがなくなるのです。わかりにくい一文かもしれませんが、瞑想をすることによって養われる能力(マインドフルネス)が、痛みが苦しみであると即座に結びつけるマインドに「待った」をかけることで、痛みと苦しみをわけて捉えられるようになるのです。痛みをじっくりと見て、バラして、正体を明かしていきます。日本人には説明不要のこれですよ、



痛みと苦しみの関係を実況中継しましょう。






        い               

              み      


       た      








「痛み」を、嫌がりもせず、逃げもせず、単に在るがままで観ていると、不思議なことに、苦しいと思っていた感覚が、単なる「感覚」でしかないことを感じます。足のしびれ、腰の痛み、肩の重み。こういったものを、ただ感じて、感じていることを眺めていると、痛いと思っていたものは実は不思議なセンセーションいがいの何ものでもないと気づきます。これが、痛みの正体。「あ、これが痛みの正体なんですね」と気づいた私に気づく。これを「痛み」というカテゴリーにいれて、さくっと片づけていたのです。「そうか、これを痛みというカテゴリーにいれて、さくっと片づけていたんだ」と、気づいたことに、気づく。この状態を眺めながら、今、苦しいかな?苦しいという感覚、あるかなどうかを自分に確かめてみる、「今、苦しいかな?」って。するとまた不思議なことですが、まるで得体の知れない「苦しみ」に、さっき感じた痛い部分を、プラグインしようとしているように感じられます。「あ、痛みに、苦しみが、プラグインしようとしている」。プラグインしていない状態だと、ただのセンセーションだけが、残っています。身体のなかにある思考を使って、己を導いていくことで、胎内の宇宙に漂うような、思考が身体の外から己を眺めているような、不思議な観点を経験します。


すべてのものの合間に、間がはいっていくような感じ。これが、在るがままを観る流れです。ヴィッパーサナと呼ばれる独特の瞑想法。


瞑想を終えるときは、ゆっくりと体の部分に意識を戻します。指や頭を揺らしたりして、ゆっくりとこの現実世界に意識を戻していきます。とてもピュアで真っ白になった心ですから、すぐに携帯電話を持ったり、ニュースやバラエティ番組をみることは控え、できれば空や木々を眺めたり、でなければお茶をゆっくりと飲んだりしながら、じわじわと日常に戻すことが大切です。



瞑想の効果をまとめますと、瞑想をすることで痛みがなくなるのではありません。瞑想によるマインドフルネスの技術が、長く慣れ続けていたオートプラグインモードを次第にプラグインしない状態に移していきます。その過程は、無理にオフへと切り替えるものではなく、どちらかというと「苦しみ」というものの正体をひたすら明かしていく作業を続けることによって、マインドと身体に徐々に確実に体得させていくような感じです。



順番におこるものではないですが、瞑想を続けていくうちに起こってくるのが、一極に集中するサマタ瞑想です。サマタ瞑想は集中力を養うものですので、ひたすら集中します。私はですね、実はサマタ瞑想のことは(寺娘ですが)上座部仏教の山寺に住むまで知りませんでした。サマタ瞑想が、ヴィッパーサナと慈悲の瞑想と同じくらい大切なことも、知りませんでした。


でも実は、すでに実践していたのですね。オーストラリアに移住してすぐ、ちょうどその頃は、自分の内側にいる先生(Inner Teacher)に導いてもらっていたのですが、その先生がサマタ瞑想を教えてくれて、すでに数年実践していました。それは、あまりに酷い痛みが続いていた頃で、痛みに焦点をしっかりあわせて集中して座っていた時期です。痛みに集中、というよりは、精神統一。ものすごい強烈な念をもって座りました。痛くて涙が落ちながら座ったセッションも何度もありましたが、この一極集中の瞑想を続けていくうちに、すべての痛みが解けてサマーディ(三昧)に入っていく体験を数回しました。去年、上座部の山寺で、阿羅漢から初めてインタビューを受けた日に「これまでどのような瞑想をしてきたのか?」と訊かれ、手短に説明した時に、それはいい経験だったといわれました。修行を続けるうち、阿羅漢がサマタ瞑想を指していたことを悟ったのです。



ヴィッパーサナ瞑想とサマタ瞑想(あわせて止観の瞑想)と、タイの上座部仏教の森林派の山寺で修行し、仏教観が根底から完全にひっくり返される劇的な体験をしたことについては、また別記事でお話します[手(パー)]




あなたの内なる世界へ、いらっしゃ~い
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まだこの先もございますのよ...




身体の痛み、心の痛み、どのような痛みを今生で引き受けたことになったとしてもそれは、バチやなにか制裁を受けたものではありません。何度も何度も言いますが、自分を責める必要はまったくありません!両親や学校や上司やあの事件やあの事故があなたを苦しめるためだけにおこったのではありません。今生で起こるすべてのことには因果関係があり、己のカルマにより発生したもので、すべては魂の成長のためなのです。「え、まさかこれだけは私は絶対に原因をつくらない!」というようなことこそ、残念ながら聖なる意味があって起こっているのです。カルマは都合のよいものではないのです。それがなかったら、今のあなたすら存在しないし、家族もないし、この環境も、この人生すらない。
カルマに、、合掌っっ




その背景に流れているのは、輪廻転生です。世界各地にある様々な信仰体系で根底にあるコンセプトですが(聖書からは削除)、それによるとひとつの人生の舞台・構成は、己がつくってきたカルマや功徳によるものだといわれます。カルマは恨んだりするものでなく、功徳は計算するものではありませんが、この人生の背後には、探っても探り切れることはない果てしないストーリーが隠れていることを知って、それらの出どころを付きあてる旅も同じように果てしないことを知るのも知恵です。もちろん、そうなってしまうなら、そうなってしまうというカルマなので、どうぞ導かれてください。瞑想が深まっていけば見えてくるものは見えてきますし、見えたとしても囚われの心を破棄することが勧められます。それよりも、今生の今ここで出来ることは、もうこれ以上怒らず、妬まず、悲嘆にくれず、嘘をついたり傷つけたりする行動を見直していくことです。最悪な状況になろうとも、素直になることを思い出し、できるだけ善い見識をもって行動していこうとする意志です。


永遠に続いてきた魂の輪廻転生。苦しみのサイクルから脱するタイミングがいつになるかは、誰にもわかりません。突然すべての苦しみから脱するというのは稀ではあれ実際にあることですが、じわじわと段階を経ていくことが多いでしょう。究極の解脱は「悟り」と呼ばれます。悟りは100万ボルトの雷が落ちてくるような感覚だと聞いたことがありますが、それがあった後もない人も、それは内面から徐々に段階をのぼるように悟っていくものです。


ですから、苦しい時期を超えて軽くなったあと、幸せを感じたり、人生の在り方がより鮮明に見えてきたり、そしてまた異なる種類の苦しみを経験するのは、自ずと然るべき流れです。肉体を持つ人間は生死を超えた輪(輪廻)の一部であり、すべてのものごとは移りゆくものであり、それが何であれ執着することが苦の根源であることがわかるようになることで、人間の苦しみサイクルから抜け出しはじめるのでしょう。




さいしょもさいごもなく、どこを切り取っても瞑想...

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不調と病は根本から改善できる?根源治療の道しるべ [健康]

通常、痛みが体感できるレベルになったり、目に見える症状が出てきた時点で、人は治療をしようと考えます。対処法をリサーチしたり、病院へ行ったり、時には手術を受けたりすることとなるでしょう。ふつうに社会生活を送っていると、ここで終わることが多いと思います。


今日は、根源治癒をすることになってしまった人がたどる、この先の道しるべ的なものを、ちょこっとお伝えします。


ーーー


この不調。非常に長期間にわたって続いたり、一度ではなく何度も繰り返されたり、痛みが究極に強い場合、原因を知って根本から治癒したいという考えに行きつくのは、なんら不思議のない流れです。ここにくるまで、ご本人は壮絶な苦労をされています。その不調が、暮らしや生活や人生自体を変えるような大きな存在感を持って目の前と自分の内側にいることが確かです。

実際に見えるまたは感じられる身体の不調を癒していくうち、おのずと心の面の治癒へと進んでいきます。心の面の治癒はよく「いやし」と呼ばれるものですが、そのプロセスはやわらかなイメージを持つそんなことばよりもはるかに壮絶で、困難なことが多々あります。先日、小室さんが会見で、お疲れの表情と姿勢で「メンタルケアというのがきれいな言い方ですが」と言われた部分が心に残っていますが、本当にそうだなと感じました。メンタルケアとかメンタルヘルスという言葉は、現場からみるとキレイすぎる気がします。渦中の壮絶さは経験した人しかわからないのだと思います。心の不調は見えませんし、説明しづらいし、数値にもオモテにも出にくいものですが、本人は間違いなく感じているもので、放っておいてよい種のものではないことは十分すぎるほどわかっているものです。だけどどこに頼っていいのかわからない。誰が治せるかもわからない。だけどメンタルケアが必要な社会になってしまっていることはわかる。。。


根本治療を目指すにあたっては、対処療法がコンセプトである病院や製剤医薬のみに頼って行うことは難しくなります。危険な製剤精神薬を手に取るのは火を噴く暴走機関車になるようなものですし、精神科ではこの症状はケアしませんと謳うケースもあり、じゃあどこへ行くんだとなると、カウンセリングやヒーリングと呼ばれるものを頼ることになってきます。スピリチュアルになったと言われたりします。他にも優秀なアプローチは日本にも世界にも多くあって、さあこのような先人から学ぼうとすると、宗教とか言われたりするのですね。もう人から言われることは気にしている場合ではなく、信じていることをやっていく決意は固くなり、心を何かに売ったりすることなく、信じただ実践していく力がどんどん強くなっていきます。方法はどうであれ、実は、信じる力こそが治癒のカギではないか、というような感じが得られるようになります。


「原因は一体、なんだろう?」と探っていくことは、身体、こころ、人生そのものを診ていくことです。考え癖、口癖、呼と吸、立ち姿勢やさまざまな行動パターンなど...無意識に行っていた自分の行動にまつわるすべてをスキャンしていくようなものですか。この作業がはじまると、自分では知らなかった自分の真の姿に驚き、泣き、喜び、悲しみ、恐怖を感じたりすることがありますが、一度はじまると数珠繋ぎ。前をむいて続けていくことで、自分自身の人生がよくよく見えてきます。物事がクリアに見えるにつれ、考え方や習慣、行動も少しずつ変わっていきます。「うゎ~変わってるきてるな~」と自分でわかるほどにもなります。こうしているうち、自分の存在から発生するもの…人間関係、現代社会の構成、世界の構造までと、私をとりまくすべてのことが絶妙なタイミングで次々とクリアに見えてきて、それらと自分が、切り離すことのできない見えないウェブでつながっていることに気づかされます。

また、これ以上痛みや不調を上乗せする暮らしよりも、それらを軽減、できれば根本からなくしたいと考えます。できることから、できる範囲で、無理なく、強制するのではなく。体が喜ぶ方を選択していきたいと感じはじめていることにも、気づかされます。




. . . 気 づ か さ れ ま す . . .




誰にでしょう?自分自身に、です。どうやって?瞑想です。
暮らしの中に取り入れることで、まずは気づき、そして辛抱強さ、持続力、優しさというようなものをゆるやかに確実に養ってゆくことができます。さらに10年、20年と長く続けていくことで、人間の心の中にある、道徳や叡智というようなものが目を覚まします。それはある意味、全人類が共有できる慈愛や分かち合う心、優しさのようなものです。これが、私たちに「次々と気づかさせてくれるもの」の正体なのです。

これらの目が覚めることで、人生の選択はアタマではなく、その部分でなされていくようになります。よく、「心の声を聴き始めたんだけど、うるさくて狂いそうで寝られない」という話を耳にすることがありますが、そういった寝られない部類のトークはマインド(思考)のチャット(声)です。マインド・チャットは、いつでも簡単に私たちを思考の迷路に陥れます。瞑想によりもたらされるメリットは、そのマインド・チャットを冷静にとらえ、己の感情をそこへ即座に関連させない能力です。心のさらに奥の心、暗闇のなかの一点の光、、、どう説明してよいのかわかりませんが、その部分はチャットしません。心の声は、声でない声。真空の音であり、さざ波の波動であり、暗闇のまぶしさのようなもので、声とよく言うにしては、私たちが一般的にいう「声」とは程遠いものです。よく第三の目が開く、ということが言われますが、この声でない声の存在をしりはじめることが、第三の目が開くことのサインのひとつであるようにも思います。そして、不調や病が人生テーマである人にとって、第三の目が開くタイミングは治癒の道のりに多くひそんでいます。


「痛みを軽減したい、根源からなくしたい」と信じて継続した結果、確かに癒された面があるなと気づきはじめます。それがピンポイントの症状ではなく、そのほかの慢性的症状かもしれませんが、こうして、ひとつずつ、少しずつ、経験と気づきが身体と心のなかに刻まれていきます。不調を根源から治癒できるものは、他人任せの短期的で劇的な変化ではなく、志の上にたつ小さな一歩一歩であることがわかってきます。


同時に、自分に無理を重ねることが無意味だとわかってくると、家族や部下や社会に無理を強いる必要性が失われ、有意義かつ痛みを伴わない物事の関係性へと自然に導かれていきはじめます。自分を癒すことから、社会とのつながりを学ぶ。天風哲学で言われるような人生(生き方)の統合が行われていきます。



少しずつですが、人生は飛行機(身体)であり、パイロット(マインド)であり、管制塔(魂)であるかのようにも映りはじめます。「私が私の私さえ」と叫んでいた、切りっぱなされた一つの孤独な個体の「私」としての自分が見えにくくなってゆき、(個である)私さえよければ、という選択をすることが直感的に「おかしいぞ」と匂いはじめます。目に見えようが見えまいが、私さえよければの選択をすることでひずみやゆがみが出てくることに、一票を投じる行動ができにくくなるのです。まあるい調和に居心地のよさを感じます。

まあでも、人生を、飛行機の機体の中から眺めながら、前方のスクリーン(目を閉じた暗闇の画面)で上空からの鳥瞰図として見ながら、管制塔の指示を出している自分の声を聴きながら、パイロットとして操縦していくとは。なんとも人生とは想像以上に不思議なモノですな。


ーーー



精神疾患をなくしたいと願い、癒しの道に精進するものは、長い道のりではありますが、心がちょっとだけラクになったりとか、重たかったものが落ちていったりとかして、少しずつ少しずつ、太陽の明るさを目印にしてらせん階段をあがるように、時をかけて改善していくのだと思います。劇的に改善してくれればどれだけラクかと思いますが、治療への地道な努力を重ねていることで、人生が流れていく時間がゆったりとしたものになっていき、治療を始めると決めたあの時からは、ずいぶんと違う風景に囲まれていることに気づくのだと思います。治せるもの、正せるものはいずれそうなっていくし、治せない、正せないようなものに関しては、執着や情熱を沈めて(熱を冷ます)いく知恵もついてくるものだと思います。思考がコントロールできない自然の間に暮らし、自然の巡りの中で、自分自身を知っていく流れは続いていくのだと思います、この身体が土に戻るまで...。




不安に感じるの、わかります。あなたの傷ついた心と体を治癒してくれ、あなたの人生に共感し、考察し、直すことができる人がいるとすれば、それは他の誰でもないあなたです。あなたの強い意志から生まれる行動で、あなたの不調が改善することを心から祈っています。

じれったく遠回りのように見えるかもしれませんが、祈りと瞑想のパワーも忘れないでくださいね。


私もがんばります!


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〈タイの修行山寺にて、尼僧のクンニットを囲むガイジン勢〉




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アヤワスカする前に。シャーマンとシャーマニズム(1) [シャーマニズム・スピリットメディスン]

「ペルーが呼んでる。」



●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●


、という声がおりてきた時の記事を覚えていらっしゃいますでしょうか。
2015年12月のことでした。

このメッセージを受け取ってから間もなく、瞑想ビジョンに導かれてアボリジニの長老たちとのセレモニーに同行しましたが、このセレモニーすべてを執り行ったペルーのシャーマンが、2016年10月に実際ペルーへ飛ぶこととなるカギを握っていました。


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では、ペルーでのお話の前に、
そもそも、シャーマンってなんだろう?

ウィキペディアでは、このように説明していますが、いちいちリンクしたくない方のために、このまま説明にはいります。


 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


このブログのお姉さんにあたる、第一章ブログ『実践哲学「和道」で今を生きる』でアメリカのネイティブアメリカンメディスンホイールについての話(2010年ニューメキシコ州の話は全6話へジャンプ~過去の画像が消えてしまう事件が起こり記事が読みづらく申し訳ございません)はかなり書いてきましたが、南米大陸だけでなく、自然と調和し生きてきた世界中の先住民族(私たち日本を含む)の暮らしの行く末を握るような人物の一人に、現在「シャーマン」と呼ばれる人が存在しました。



シャーマン... 
パーマン!ヤーマン?みんなヒーロー[ムード]



シャーマンは、Middle World =なかつ国(私たちの存在をふくむ物質世界)とパラレルで存在する Upper World=天上界Lower World=地下界につながる扉を開いて、私たちの目(ふたつの目)には見ることができない超自然的存在(スピリットやブラーミン等)と交信することができるといわれています。パワーアニマル(トーテム)、パワーストーンパワープラントは重要な役割をになっており、シャーマンは歌、楽器、数珠のようなツールを使ってスピリットを呼び起こすことが一般的です。いわゆる扉であるポータルはパワーゾーンとよばれる場所にあるといわれます。


シャーマニズムは、人類の歴史の早い段階からはじまった土着信仰とは切り離せない関係があり、祈願、予言、治癒、供養、悪霊払いなどとその力の使い先は幅広く、日本では霊能者、呪術者や祈祷師と呼ばれ、巫女、イタコ、ノロ、ユタをはじめ、各地域の特性に沿ってシャーマンが存在することは知られています。邪馬台国の卑弥呼がシャーマンだった?という話を聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。また、シャーマンの力は、目的によって善いことにも、悪いことにも使われてきました。黒魔術や呪縛を解くことも掛けることも、シャーマンにとっては難しいことではありません。


シャーマンという概念が網羅する範囲は大変広いので、ご興味のある方は上記に挙げたキーワードから個別にはいっていかれるとよいと思いますよ...アナタの知らない世界へーーー




 ∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-




アボリジニの長老衆から絶大な支持を得るペルー出身のシャーマンでありヒンドゥー司祭でもある(ちょっとややこしい)マヌサイの案内で、去年私たちが出会うこととなったシャーマンは、ペルーはイキートス(ジャングル)出身。この二人は「シャーマン」という同類カテゴリーに存在するものの、このジャングル出身のシャーマンは、アヤワスカを中心とした植物(メディスンプラント)を扱う専門のシャーマンで、アヤワスケーロと呼ばれています。お祖父さんもお孫さんもアマゾンでアヤワスケーロという生粋のシャーマン家系。代々、地元のアマゾンの森に暮らす村人(原住民族)たちのお医者さんであり、カウンセラーであり、病院であり、相談所であり、村の暮らしの大切な役割を担ってきました。今も赤ちゃん子供たちは無償で治しているといいます。彼自身は質素な家に住み、ごはんはお米と川魚。小さな体の無口で地味なおじちゃんで、セレモニーだからと言ってムダに気合が入ったり、伝統装束に身を包むでもなく、サッカーTシャツを着て新聞を小脇に挟んでいる男性でした。



28日間をともに過ごし、私たちは彼からセレモニーを受けるだけでなく、自分が使うプラントを一緒に用意し、丁寧に煎じながらアヤワスカの調合や歴史、彼のアマゾンでの暮らしぶり、家族のこと、そして聖なるスピリットメディスンへの偉大な愛と仕事に対する情熱を教えてもらいました。



私がペルーに行く前、「脳を焼かれる」、「やめといた方がいい」という友人のアドバイスがたくさんありました。オーストラリア国内だけの話ですが、私の目からみると、正直シャーマンというものは正統性を失っていると感じています。オーストラリアにいるオーストラリアのシャーマンからアヤワスカを受けるんだって叫んでいる人がいたら、私もやめといた方がいいかもって、思わず助言してしまうと思います。

これまでの癒しの道で、私もシャーマンと呼ばれる人に多く会ってきました。実生活だけでなく、夢、ビジョン、意識の中で。遠いしなんだかアタマでは行きたくないと思っていたペルーへと飛ぶことを決めたのは、私の心でした。シャーマンから来ることを検討したらいいよと言われてから、夢にアヤワスカの女神が現れ始めたのです。アヤワスカは、女神なんだ?なんで呼んでるのだろう?ちょっと無視できないビジョンでした。彼女が呼んでいる...?電話を受けるのも確実なコーリングですが、夢から呼ばれたことも、私には確かなコーリングとして受け止められ、腑に落ちる確信へとつながっていきました。

それからは、友達に上記のようなコメントをもらっても、私の癒しにとって正しい選択であるということを相手が理解できる言葉で明確に説明し、そしてシャーマニズムのことも(ニューメキシコで学んだ時以上に)いつの間にかうまく説明できるようになっていました。


天上界の手助けもあり、28日という長い期間を二人のシャーマンとともに過ごすことになりましたが、
私のペルーでの体験談をお話する前に、彼から直接聞いた話を中心にアヤワスカにまつわるお話をさせていただくことにいたします...


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2018年 新年のご挨拶 [ご挨拶]

[ぴかぴか(新しい)]お久しぶりでございます[ぴかぴか(新しい)]
新年あけましておめでとうございます。
あ、最後の記事からお誕生日も迎えられたのですね、おめでとうございます。。


最後にアップしたのが2017年お正月だったので、ちょうど一年後の更新になってしまいました。月日が経つのは早いものです。2018年は2日のスーパームーンから始まり、さまざまな天界の動きが目白押しですが、時計芯のまわりが以前にも増して早まっている気がするのは、気のせいでないのかもしれません。

さて、アップせず一年が経過したのには、南オーストラリア州でのオーガニックマーケット主催の仕事を終え、東海岸へと舞い戻ってきた際に、執筆用のマックをエコビレッジに寄付してしまったこと、そしてそれ以来、時間がまったくとれない状態だったことにあります。

ありがたいことにタイピングしているPCは、もうさすがに書かなきゃと思った時に、旦那さんに話したらもう買っていたというラッキーPC。よし、書く時が来た。


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今はニューサウスウェールズ州のタイアルガムという場所で記事を書いています。
タイアルガムは、楯状火山の(アボリジニ名)Wollumbin(ウォランバン)で有名で、上の写真、我が家(キャンパーバン)の車窓の左端にみえる、山頂がくしゅっと魔女のとんがりハットみたいな姿が特徴です。『山々の長』という意味で、アボリジニが儀式に使ってきた長老と呼ぶにふさわしいエネルギーに満ちあふれた山です。2300万年前は活火山であったと聞いた上で、英語の呼び名がマウント・ウォーニング(『警告山』)。え、休火山?なら富士山と一緒?噴火するかも?と思っている人は私以外にもいるはず。警告山というなんとも重々しい名前の由来はキャプテン・クック。航海中の船がオーストラリア大陸に近づいた際に座礁しないようにと目印にした山だったそうです。日本人はじめ、海外からも多くの観光客が訪れる「パワースポット」でありますが、ペルーのシャーマンのマヌサイとアボリジニの長老アンティ・ミニーも、去年の一月のセレモニーで、毎回といえるほどこの山について言及し、ご祈祷していたところをみると、世界太古の大陸といわれる場所の臍ともいえる存在なのかもしれません。え、日本が世界太古の土地じゃないの?と思われたか方はお読み進めくださいませ ↓ ↓ ↓


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魔女のハット、こちらの方がわかりやすいかな、若干?



話をちょっともどして。。。
以前ちらっと触れましたが、2016年10月1日の誕生日あと、ペルーへ飛んで4週間を聖なる谷で過ごしていました(その話は次のブログで)。地球の反対へ行くなんて興味もなかったのに、結局行くことに。運命には逆らえないものです。


あれ、ウォランバンと山の形似て...ないか
聖なる谷、マチュピチュ
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ぺルーでの神秘体験が、
これまでの身体と心の癒し、それが深まるとともに呼び起こした先祖七代分のツケ祓いや、無意識であるうちに誰もがプラグインしてしまう底なしの怒り、悲嘆や恐怖のエンティティなど、個の体を通して起こった総全体の癒しに、まさかの見事なフィニッシュラインを引きました。闇の経験から知恵を抽出することで、光の経験を受け取る準備ができたというか…それに対してアマゾンのデーヴァが呼応してくれたというか…


もとは自分の身体の痛みと、心の怒りをただお掃除したいがためにはじめた瞑想。
スピリチュアルなことにまったく興味なく、どちらかというと仏教などの「正しい」方法を通して誠実に向き合いたいと思っていた真面目な私が、昔の恩師が言ったことを忠実に信じて毎日瞑想をしつづけた結果、「私こんな人生選んだ覚えない!」と心で叫びつつ結局選んでいるから責任もって歩かなくちゃならないし...ブツブツブツたどり着いたのがペルーだったのでした...

どんだけの長さになるか未明ですが内容ふんだん。次のブログお楽しみに~



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≪クスコでラマさん、カメラ目線≫



ペルー帰国後の翌年、2017年1月にはニューサウスウェールズ州にて、以前住んでいたコミュニティからプジャ(浄化の儀式)を頼まれ、250名あまりの参加者の前で地球への踊りを奉納した後に、人々が書いたそれぞれの思いを「火」の要素を使って天へと還す儀式的なものを司りました。儀式なんかやり方もしらないのに、できちゃったのは完全にペルーでリリース&招きいれたものの影響です。

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続いて3月には、前出のアボリジニの長老衆のひとりであるアンティ・ミニーが家に招待してくれたので、訪ねにいきました。住んでいるのは、オーストラリア本土から橋でつながれた離島。下部写真、中央がアンティ・ミニー。木の精霊が彼女の顔に一直線の光をひいています。

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そんなアンティ・ミニーは、ティーン時代から、ただ肌の色が濃いというだけで、駐禁だとか公共料金の支払いが遅れたとかの理解不能の理由で、警察からオーストラリア中を追われ、監獄にいれられてきました。刑務所に入っていた間、いわゆる「入植した」(住む場所と暮らしと子供たちを奪略した)白人に対して「対等に」ものが言えるように、こっそりとものすごく勉強したそうです(刑務所に入っている間は学校にいけないことわかってて逮捕する政府...)そんな経験から、彼女の娘は「白人教育」を受け大学院まで進学し、アボリジニとして発言できる立場を手に入れたうえで、アボリジニの権利と大地を守るために活動されています。(たった数十年前のオーストラリアですよっ。今も差別は残っています...



↓ ↓ ↓
そんなアボリジニと日本人のつながり??
前置き:私には、何をもって「世界最古」とするのかがわからないのですが、地下世界と天上世界をつなげるポータルをひらく方法を知っている(た)人間(世界各国の原住民族やロシアの “アナスタシア” や神官や司祭など)は、その力をもって超自然的存在や母なる地球や父なる宇宙とつながる(交信)することで、生きていく方法を尋ねたり、豊作を祈ったり、病気を癒したり、調和と愛にあふれれた暮らしたり、支配する側に立ったり、等々と、人類の歴史をつくりあげるのに一役かってきたと思います、、、。そういった地域は世界中に今もたくさんあります。そしていったんポータルがひらくと、場所であっても人であっても、時間とスペースの概念が消失してしまうのです。だから「世界最古」ってどういうことだろな??と興味津々なのです。


アンティ・ミニーは、よく日本人とアボリジニの深い関係を口にします。彼女とはじめて会った一昨年前、彼女に、「私はどうしてこんなにもよくリアルすぎる悪夢を見るのか?」、「どうして日本でなくオーストラリアにいるのか?」と訊いたとき、私にはアボリジナル・ジャパニーズとして与えられた役割がありこのレインボー・サーパント(虹の大蛇=虹の戦士)の大地にいることを説明されました。アンティ・ミニーの話は、松果体(第三の目)が開いていない人にはまったく理解できない上に、私にはとてもうまく説明できそうにありませんが、要はアボリジニの大陸と日本の島は異次元でつながっている、ということなのです。

2016年1月のセレモニー月間で、バイロンベイ近くのブランズウィック・ヘッド裏手にあるボルテックスで火のセレモニーをしたとき、その辺りの地理が少し歪んでいることに気づきました。歪んでいるというのは、川岸の木々が歪んで倒れてかかっている地形であること、森の緑と空気が濃すぎて揺れて見えること、そして、京都貴船神社ほどは大きくないけれどそれと形の似た大きな岩があって(それだけでも色い宇宙)、その中心に溜まっていた水がなんともゆらゆら神秘的で異次元へとつながりそうな歪みでした。まあそんなことパワースポットではよくあるハナシってことですが、どうして貴船神社とブランズウィックがつながっちゃうんだろうなんて思いました。そもそも祈りや信仰深い土地は時代を超えてすべてつながっているんですけどね。いろいろな説もありますが。宇宙の歴史からみれば人類の歴史なんてちっぽけなんで、人類の脳が把握不能であったり不可能と思うことも実はなんでも起こり得るスペースがどこにでもある。ちなみに、アンティ・ミニーの旦那さんは日系人です。


ま、美しいオーストラリアの海をみながら、引き続きBGMとして読んでやってくださいな
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海と川がまじわる地、ブランズウィック

(ノースコーストホリデーパークさんから拝借)


***


アンティ・ミニーの住む島から出たその足で、ゴールドコーストへ向かい、お次は来豪したインドの聖者アンマと四日間を過ごしました。毎日のサトサン(真理を諭す交流会、仏教の法話や講談のようなもの)と一日二回(計5回)のダルシャン(ハグにより恩恵を受けとること)を得られる幸運に恵まれ、母なる地球(Mother Earth)への愛と尊敬を、聖なる母(Divine Mother)であるアンマへ捧げる絶好のタイミングだと、苗木[クローバー]やお花[桜]を寄付してきました。


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いわゆる悟りの境地にいる超人の力-これはサイキックに関するだけの話ではなく、助けを必要な人に手を差し伸べ続ける超人的な体力と気力、そして枯れることのないまぶしすぎる慈愛-を目の当たりにしました。

それは、リトリートの最終日。一般にも無料解放された夕方で、会場はごったがえしていました。アンマは日曜の夕方4時ころに会場に入り、サトサンをしてから7時にダルシャンをはじめ、会場に次々と到着する人たちに恩恵を渡していきました。私は、ダルシャンを受けるのと歩いたりトイレに立ったり以外は、ほぼずっとアンマの前に座っていました。彼女は立ち上がって手足を伸ばすこともなく、お手洗いに立つこともなく、周りにいるボランティアの方から少しのお水を少し飲むというかなめる程度で食べることもなく、朝3時。アンマ率いる世界最高クラスのキルタン(バクティヨガの一種、サンスクリットの宗教音楽または讃美歌)がはじまり、ユニバーサルな愛を語る声はもう美しすぎ純すぎて、身をゆだねるだけで不純なものが心と体から自然と去っていくようでした。キルタンでゆるくなって部屋へ帰る人もいましたが、私はそれでエネルギーをリチャージして、アンマの前に座り続けました。それからダルシャンはまだまだ続き、結局すべのダルシャンが終わったのは、すっかり夜も明けた月曜の朝8時でした。休むことなく13時間。アンマはリトリート終了後すぐ会場から空港へ向かい、南インドへと旅立ちました。ダルシャンを待つインドのケララ州で、到着後すぐ1000人を超す人たちへのダルシャンがあると、アンマと暮らす尼僧女性から聞きました。文字通り超人です。



そんなこんなのイベントを随所に入れつつ、2017年の前半は、ニューサウスウェールズ州からクイーンズランド州の海岸沿いを北上&南下し、パーマカルチャーやシントロピーの学びを深めたり、新しくコミュニティプロジェクトを立ち上げている人たちとつながっていったのですが、なんか途中からそれ自体がどうでもよいという気になり...それよりも母なる地球にどっぷり浸かっていたい想いがどんどんと強くなっていました。自然界の存在がありがたく、少しずつでもできることからとにかくお返しがしたくてしょうがない。「地球に緑を還そう、苗木10000本植えよう」とまで考えていたほどです。キーワードは緑化。モノカルチャーまたは酪農に使われて荒廃し、捨てられた土地に森に還すために木を植えたい。そんな想いが募るにつれ、ペルー帰国後から脳裏をちらちらとかすめていたタイ、なぜゆえにいきなりタイ、でもタイタイのイメージが、どんどんどんどんと大きくなって気づけば5月末日、タイ北部に降り立っていたのでした。

タイのお話は、ペルーのあとでゆっくりと...


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タイの大半を過ごした場所。
魔女のハットは無理、オアフ島のチャイナマンズハットでどう?




2018年、ブログ初めはこれまで。

今年も、オーストラリアだけでなく世界に飛び出して『無我』を生きる記録を日本語脳を駆使して書いてまいります。まだまだ無我世界の新参者ではありますが、同じく魂の道を真摯に生きる方がたとつながれるようなブログが書けるよう、がんばってまいります。


どうぞ今年もよろしくお願いいたします!


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革新的!心もカラダも幸せになるマーケット! [健康]

はい、こちらは南オーストラリア州アデレード市の、さらに南にあるウィランガという地方にて、毎月第一・第三の土曜日に開催されている、Green Light Eco Market の模様をお伝えします。
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(2018年現在は毎週土曜日の開催となっています)


このマーケットは、南オーストラリア州最大のグリーンでエコなフェスティバルから派生したマーケット。フェスティバルの人気が高く、レギュラー開催の声が高まり、隔週のレギュラーマーケットになりました。かれこれ3年近く開催されています(私のオーストラリア滞在年数と同じ)

このマーケット、ファーマーズ・マーケットやアーツ・クラフトマーケットからはひと味もふた味も違います。扱っている商品やサービスが、地球と人間の自然環境に対して持続可能で、激しく環境を破壊しない製品であることが出店の基準です。最低限の常識やモラルを満たしていること、そしてオーガニックまたはフェアトレードのもの、などと、出店団体は特定の基準をクリアしなくては、出店するに至りません。費用さえ出せば出店できるファーマーズ・マーケットとは異なり、例えば、完全に化学肥料や農薬から脱した農家さんや、エアルームのみ扱う種屋さんや、地元で採れた新鮮な時季の野菜だけをつかった食事やスイーツ、アップサイクルされた衣料品や本などが提供されています。


現在出店している団体や個人は、このような感じです↓↓


[かわいい]情報・サービス系


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《インフォメーションカウンター》
新しい世界の創造に向けて情報発信交換する場。いつもどこでもフリーハグ


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《パーマカルチャーと有機土壌専門ブース》
15年前にオーディンガ・アーツ・エコビレッジを立ち上げたスティーブ(右)と、
有機土壌・有機マルチにおいて横に出る物はいない魔法使い的マーティ(左)


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《単発の情報拡散ブース》
前回は、タンカーからのオイル流出について啓蒙活動しているウィルダネス・ソサエティが展示


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《地域通貨LETS*(レッツ)のブース》
洋服、靴、本、有機自家野菜やフルーツ、知識や経験など、なんでも交換所。そしてすべて無料です。


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《ミュージックブース》
親友のハリーナ(右)とパートナーのラジャ(左前)が奏でる新世界系音楽(大阪ちゃうで)


[かわいい]地元有機ファーム・農家さん


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見た目も心もファンキーな『ワイルド・グリーン』を提供する苗屋さんジェームス


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エアルームの種と苗を提供する『グースベリー・ファーム』


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とってもシャイなセリックスの農家さん親子


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完全無農薬、無堆肥生産されたフルレオ半島の野菜とフルーツ。毎回大人気で売り切れもしばしば



[かわいい]フード系


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毎回大人気。発酵ピザ生地は売り切れ御免。有機野菜をつくった釜焼き手作りピザ
(ベジタリアン、ビーガン・アレルギー対応)


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発酵食品とプロバイオティクス飲料に関してある意味仙人の中国出身ヤウロン
(ベジタリアン、ビーガン・アレルギー対応)


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アフリカで暮らしたドイツ出身のキャロリンがつくる手作りパン、スイーツ、ジャム、チャツネ専門店
(ベジタリアン、ビーガン・アレルギー対応)


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シリアック対応グルテンフリーのパンとスイーツを提供する『キズメット・キッチン」
(グルテンフリー、ビーガン・アレルギー対応)


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オーガニックカカオを使って、完全オーガニックのチョコレートとホットチョコを提供するチャーリー


その他、
・オーガニック・フェアトレードコーヒーショップ
(スクロールアップして、《地域通貨LETSのブース写真を見ると、背後に店長マークがみえます)

・時季の新鮮な有機野菜でつくる、ベジタリアン、ビーガンのランチ店
があります。



[かわいい]ヒーリング・癒し系


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世界太古のクリスタル、シュンガイト専門店


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手作りの毛糸長靴も売ってるリフレクソロジスト パムのお店



[かわいい]衣料系


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モカシンを手作りするスコット


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アップサイクルされたファンキーな洋服が揃う『ヒッピー・チック』


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竹繊維でつくられたTシャツショップ『Mudbric』 。音楽ブースでギターを弾くラジャのお店。写真からもわかるかな?もちろんサーファー。


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手作りのクリスタルジュエリーを提供する『ジプシー・ムーン』のデボラ


※レギュラーの出店者がほとんどですが、週により少し変わります。ローハニーやさんや、アーティスとが出店することも。また音楽ブースは毎回違う音楽が奏でられます。来週は、アコーディオンギター。



マーケットでは、物品やサービスの提供だけでなく、地元の地域通貨であるLETS* (レッツ)を利用し、サービス・技術・知恵の交換も可能です。これは、マーケット内だけでのことではなく、常に外のコミュニティ(この地域一般的に)利用されています。

例えば、ソーラーパネルが故障したとします。レッツのカタログを参照すると、ソーラーパネル技術士が掲載されています。この技術士にコンタクトし、修繕をし、レッツ通貨で「支払い」をします。

また、地元のシュタイナースクールでは、児童の母親が学校菜園にて働くことで、レッツ通貨を「稼ぐ」ことができ、この通貨で子の学費が払えます。子を学校に送り、そのまま学校で仕事。子の成長を少しの距離から見守りつつ、学校と仕事が終われば一緒に帰宅する。なかなか善いシステムではありませんか。


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食に関しては、地元ないしは国内産の植物性食材を使ったメニューを提供しているお店が多いのが特徴です。ベジタリアン、グルテンフリーや乳製品不使用のお店が多く、安心していただける食にフォーカスしています。このマーケットが健康的な食に力をいれている理由は、食の制限が多い人にも、安心して手にするものがあるニッチなマーケットにしたいという点と、私たちの身体と心を健やかで豊かにする食は、私たちを取り囲む環境も健やかで豊かにするものだという事実を広く知ってほしい、という啓蒙目的があります。

昨今、まわりを見わたせば、突然アレルギー反応が出たり、シリアック病や、消化器系や呼吸器系の不調を持っている人が、減るどころか増え続けています。オーストラリアに於いても、国内産小麦や大麦に反応する人、乳製品にアレルギー反応する人が後をたちません。人に食べられるためだけに産まれ大きく成長する動物たちに打たれる肥育ホルモン剤や抗生物質。見た目よくサイズの揃う農産品を大量生産するために一般的に使われる各種の殺虫・殺菌、薬品。大量生産する大企業の方針に沿うように、遺伝子組み換えされた品種。これらは人の胎内環境に影響するだけでなく、野生種の生態系、地球環境にも同時に大きく影響します。また、空気中の汚れを一瞬で「清浄」する芳香剤や清掃薬品は使ったそばから肺に即座に吸いこまれ、化学物質を含んで流れ出た汚水は、鉄パイプ内を通って循環する間に塩素や化学物質が加えられ、またすぐに家・胎内にもどってきます。今これらは広く知られている事実で、特に健康に留意している人は誰もが知っていることでしょう。


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《こんなに愛らしいアルパカさん、私たちにぬくもりの毛糸を与えてくれます》


私たちの健やかな健康に必要なものは、生きた水澄んだ空気自然の恵み=食のはず。いつの間にか、これらを持つ人々の方が、物質を持つ人よりも、豊かでリッチとよべる時代になりました。

添加物などを継続的に摂取すれば、あらゆる内臓の機能だけでなく、神経や思考に影響しないはずがありません。母父の生殖力と生命力が弱くなれば、産まれてくる子にも影響します。地球上のすべての物事は、見えようが見えまいが綿密に繋がっているのは物理(宇宙)の真理ですから、当然のことです。薬で治癒できないどころか現代人の不調は当たり前となり、対症療法ではパンデミックに痛む地球人が癒されないことも経験からわかっています。この感覚は、都市部で暮らす本人こそが、経験から感じとっているのではないでしょうか。田舎や自然の中の空気の濃さが違うのは、お休みの日にオフィス街を出られたという心理的安堵感に加えて、自然がつくりだす天然の空気や、森がつくる生きている水を得られることに細胞から大きな喜びを感じているからでしょう。我々世代は、グローバリゼーションが良い、経済発展は後進よりも良い、毎日毎月毎年必ず設定されるあらゆる経済数値は、いつも上向き上昇していくものだと教育を受けました。でもそれを信じてきた先が今です。

一体、何がどうなって、このような社会になったのでしょうか。健やかに豊かで便利になるはずが、多くの「先進国」と呼ばれる国に住む人たちは、自然から得られるものからほど遠くなってしまい、何か追われるようにあくせくと動き回るようになりました。
すべての人は健康になりたいのです。なのに、人に健康をもたらさないものが何故、使われ続けられるのでしょう?消費者がそれを、無意識であろうとも、結果的に選択してお金を落とすからです。知識があり、勇気があったら、それを選択しないかもしれません。


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さあ、すでにマーケットのある地域に住む人や、生きている空気、水と食を得られる人たちは、宝くじや万馬券を当てた超ラッキーな人たちでしょうか?ラッキーなのではありません。それぞれが通ってきた真反対の現実で経験した矛盾や痛みを経て、現実的で持続可能な方法を探り、同志とともに私たちが住みたい場所をここで作っているというだけです。

私も含め多くの人が、他州、他国の地域から移住し、自分たちや愛する家族と共に健全で嘘のない暮らしを工夫して実践しています。そして、発展しながら今たどりついた地点は、個が労働者として埋没するのではなく、生命を尊重し、誰もが生き生きと暮らせるライフシステム。私のいのちも含めて「人間の、植物の、動物の、地球の生命を尊重する暮らし」を一度経験すると、それが流れるようにフローし、一番近い人からどんどんと好転反応を起こしていきます。お隣家族、ご近所とその輪がひろがり、波及すればするほど助け合いの輪も広がるので、実践するのが簡単に(生きやすく)なります。ソーシャルワーカーとして、家族を持つ母として、大工として、パーマカルチャリストとして、先生として、農家として、それぞれの立ち位置から、より善いバージョンの「いのち=私」になろうという願いをみんなでサポートしていきます。


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オーストラリアだけでなく、日本やロシア、インド、ニュージーランド、北米や中南米そして欧州でも、もう水面下とは呼べない大きなムーブメントが世界各地でおこっています。個人の内なる声が、とうとう大声で「ほんとにこれ以上の無理はもうムリ!」と叫び始めた地点から、点から線から面へと拡がっているかのようです。

私たちが、今回キャンパーバンで旅行した間も、この地方と同じようなマーケットやコミュニティにたくさん出逢い、そしてすべてのコミュニティで私たちはお互いを「地球家族」として歓迎し、同じ意識を共有しました。

この場所と同じくらい、旅行中に暮らしたコミュニティを愛しているし、そこで出会った仲間たちと、ここにいる仲間たちも同じくらい愛しています。私の心の中にも、相手の心の中にも、もう壁がありません。


写真から、グリーンライト・エコマーケットに、心からの笑顔とグリーンがあふれていることを感じますか?マーケットの中に居るだけで、心がクリアになり、愛に満たされる感覚を得ます。どうして?それは、人として生きることの本質を求めて生み出されたがあるからです。



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《グースベリーファームさんがマーケットのために摘んでくるお花のブーケ》


私たちがこのマーケットのことをよく知っている理由は、[目]こちらからお入り下さい。

ありがとうオーストラリア大陸9000キロの旅!最終章(13) [旅・キャンプ]

やってまいりました。
この記事は、【オーストラリア大陸9000キロの旅】最終章。シリーズは13章目でございます。




マヌ・サイたちとのセレモニーには二週間同行したあと、ヴィクトリア州へと引き続き南下する彼らに別れをつげ、私たちは前記事でご紹介した「Lightening Bird(雷鳥)」と共にキャンプしながら、マヌサイの指示で、私は彼からセッションを受け続けました。


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《キャンプした場所は、やっぱり海の前》


雷鳥のオオカミのような透き通った目に見つめられると、時間が止まります。話してくれた希有すぎる出生と育ちから誕生した才能は、つばゴックリもんです。彼の父親は南オーストラリア州の核実験に於いてスイッチを押した張本人であり、彼が雷に300回以上も打たれるたのはその後からというのも興味深いのですが、ここでは深くは触れないでおきましょう...。

キャンプ3日目の朝、こつ然と消えた雷鳥が残したメモで、彼の志事は終わったのだと判断し、我々東へ向かいました、前出のコミュニティへ向けて...。そう、私が「魂の故郷」と呼ぶ例のコミュニティに戻ってきました。

2016年から、訪問者や新しいメンバーを受け付けませんと公言されていますが、私たちは何の問題もなく歓迎され、新しい生活が始まりました。私たちは小さなキャビンで暮らすようになり、毎日、美しい庭を世話し、ビーチで泳ぎ、週末はマーケットへ出かけました。

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お花はトロピカル。ハワイのような気候です。

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心友のダニー(下部の写真で登場)に勧められて出かけたプロミスランド、そしてドリゴは世界遺産の国立公園。涼を求めて出かけることもありました。

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ある日は、国立公園の森の中でいろいろをぶちまけるイベントに参加したり(ファシリテーターとしてのシャーマンが主催)、魚釣りをしたり、真夜中の森の中を電灯なしで散策したりなどして、自然の中の暮しを心ゆくまで楽しみました。


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セヴィジャーナスのパフォーマンスで、私のダンスパートナーとなったダニー。そして旦那さんのアンディ一と息子たち。自分たちでペイントした青いバスに暮らす超自然派家族。ママは私と同じくダンスが大好きで、とっても愛にあふれ、心が広くて熱い女性。旦那さんと理想の暮しを実践し、それを見てそだった息子くんたちは愛の結晶そのもの・・・[ぴかぴか(新しい)]


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毎日を心ゆくまで謳歌して、すばらしい人生経験を持つたくさんの年配の女性たちと意義ある毎日を過ごしました。コミュニティカフェで一緒にお寿司をつくったり、家の修繕を手伝ったり、日本語のレッスンをしたり。

そして、ここで指導を受けたセヴィジャーナスで、私は3度も舞台に立たせていただきました。15年近く踊ったサルサでは舞台に立つことはなかったけれど、セヴィジャーナスではいとも簡単に舞台に立つことになりました!

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子どもたちの洋服は、ひとつひとつ丁寧にすべて手作りされています。

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そして、セレモニー時には火を囲んで、祈りを奉納したり。

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週末にはすべての子どもたちが楽しめるようなダンスイベントを提案し、スチュアートがDJになって、子どもたちを招待しました。そうこうしているうちに、あっという間に3ヶ月が経っていました。


ちょうど私は、フード関係で何かしたいと考え始めたところ。織りものや、服づくりなど、「手」から産み出す喜びも思い出し、これからもたくさんの女性から技術を教わり、自分の手で何か創りだしたい想いも生まれていました。何しろ、モノだけでなくさまざまなものがフローしているので、何か内側から沸き起こるものが抑えきれないのです。。

スチュアートはマッサージの仕事をしていましたが、彼自身の中で、もう一回りの成長をブロックする内側の要因に気づき、コンフォートゾーンでありホームベースの南オーストラリア州に戻りたい気持ちを感じはじめていました。

そんな折、ゴールドコーストでの熱烈ラブコールにまつわる記事でも触れた通り、親友夫婦からマーケットの運営を依頼されていました。彼らがヨーロッパに半年間仕事をかねて滞在する間、私たちが運営できないのなら、マーケットを閉めると言うのです。私たちはマーケットの誕生秘話から哲学、運営などに馴染みがありましたから、閉めるという決断は、彼女たちにとって苦渋の選択であり、私たちにもそれは明らかに感じられました。

友達夫婦の旦那さんが、ビーチから歩いてすぐの高台に立てた大きな家。外を眺めるすべての壁はガラス窓で、家をぐるりとパーマカルチャーの家庭菜園に囲まれています。ヒーリング関連のものはなんでも揃っていて、業務用キッチンなので何か作ったら販売することも容易くできる。欲しいものがすべてどころか夢みるような理想的すぎる環境ではあるのです。


私たち、呼ばれてるのかな...?


私は最後までノーを突き通したけれど、助手席でノーと叫びながら南オーストラリア州に帰るという行為でイエスを出すことになりました。


さあ、決めたことです後には引けません。
私の心はきゅうきゅういいながら、身体も心も南オーストラリア州へ向けて、出発準備を始めました。


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《子どもたちが集合して元気にジャンプ!また会おうね!》


さあ、キャンパーヴァンの旅が再スタート。普通の車が1週間で行くところを、私たちは二週間以上かけてゆっくり移動です。ここから先は写真を通して、帰路をご紹介いたしましょう。

ニューサウスウェールズ州のドリゴ近くだったと記憶しています。
高所恐怖症がまだあったんだ、と四つん這いになって空中に浮かぶ(浮かんではないけど)岩に近づきました。

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シドニーから南下して、オーストラリア大陸地図で言う右下(←南東角)をぐるっとまわり、
南オーストラリア州では見えない海から誕生する朝の光を、東海岸では毎朝拝みました。

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タイダルプールといって、潮の満ち引きを利用して作られた海のプールでひと泳ぎ。

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ニューサウスウェールズ州からビクトリア州に入りました。夏から突然、秋へ季節も移動です。




街のど真ん中にこつ然と姿を現す洞窟。

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ヴィクトリア州のブルーレイクは、ある時季にだけこのような青い色を醸しだします。

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シリーズを一緒に追ってくださっている方、覚えていますか?半年前に旅の始まりで建築した、ナチュラルハウスビルドの瞑想堂へと戻ってきました。瞑想堂はほとんど完成しており、あとは外装ペイントを残すのみ。


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数日前のニューサウスウェールズ州では泳いでいたというのに、南オーストラリア州の丘(ヒルズ)に到着した途端、秋そして夜は冬の寒さが訪れていました。


最後の写真は、アデレードのドイツタウンはハンドルフで撮影した私の写真もひとつ。


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こうして、私たちの6ヶ月のキャンパーヴァン生活は一旦終止符を打ちました。


..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。



内からのインパルス(衝動)に導かれ、シャーマンと出会う目的ではじまった旅でしたが、思い描いた以上の想像もしないような素晴らしい体験にあふれていました。行く先々でガーディアンエンジェル(守護天使)ともよべる人たちと出逢い、導かれ、その先でまた素晴らしい出会いをし、人生の貴重な瞬間を共有しました。出会った人でこのブログを読む人は1%もいないけれど、出会いのすべてに感謝します!

思えば、出発前にキャンパーバンで旅をするために手放した数多くのもの — 家、生活品、家具・道具類、洋服小物から、考え方、便利さ、先入観、自分でつくったり社会が求める常識など — そのあいた空間へ、新しいものが内側から次々と生まれてきました‥‥



夢みる力
創りだす力
今を照らす力
パイオニア精神
自然美を愛でる心
自然界のエレメントと繋がり、
それを胎内に感じる力。
折れない精神と勇気ある行動で、
心が想い描いた夢を現実にする力。
そして、
大いなる愛と喜びがもたらす癒し。



旅を終えたから何かが終わったわけでも、何かが始まったわけでもありませんが、私たちのサイクルは気流のように旋回して成長しているように感じます。私たちの夫婦の間柄も大きく変わりました。

私の旅の目的は、人間としての成長そして心身の癒しでしたが、自身のヒーリングには興味のない旦那さん(ん、自分よりは他人の癒しばかり...、ちょっと身に覚えがあるストーリー?)とは、心の距離感や旅への捉え方もすべて違いました。当たり前です。摩擦の経験から、工夫もたくさんしました。旅に出たことで、先入観や固定観念がいい意味で滑り落ちていたので、少なくとも私は以前の私とは異なるアプローチで夫婦間を観ていました。


そして、ここでコミュニティなんですよ。
私たちが関係性をオープンにせざるを得ないことで、たくさんの先輩夫婦からサポートををいただきました。同世代や一世代上の夫婦からのアドバイスというよりは、彼らの通ってきた経験を聞いて、私たち、答えのない道を自分たちで答えを出しながら同じように経験してきてるんだ。そう感じることでつながりを持てるのです。つながりは、愛なのです。夫婦や家族関係の詳細がどうあっても、すべての素材は私たちが「私という存在」を深く知り(思い出し)、絆をつよめ、愛を深くし、人間として成長するきっかけをくれる、貴重で神聖な場に違いないのです。

なぜ関係性をオープンにせざるを得ないか。
それは、善し悪しなく、コミュニティでは秘密が存在できないからです。秘密とは、孤独を封印する呪文のようなもので、総全体の暗闇としっかりつながれてしまう不思議な存在です。
日本の長屋もそうでした、子どもの泣き声や夫婦喧嘩がお隣さんにまる聞こえ。コミュニティでは秘密にする隙がないから、自らを孤独に陥れたり、救えないほどの暗闇にどっぷりハマる暇すら持てないのです。心からの「大丈夫?」。この一言で、たくさんの女性たちと心でつながりました。あなたの存在が私を支えるのと同じで、私たちみんな同じものを抱えているから、だから支え合えるのです。

旅してよかったと感じますし、旅しなかったという現実はもう私の中にはありません。12年間おんなじところに住み続けた東京から移住して、とりあえず新しいものを(内にも外にも)見たくて経験したくてしょうがない私が一旦落ち着きました、、、かな?



 

  希望をもって、夢を描きつづける

  力をぬいて、過去を手放し、

  空いたスペースに、「夢」をのせる

  前を向いて、夢へと一歩踏み出すことで、

  今が光で照らされていく




距離もブログも記事自体も長かったオーストラリア9000キロの旅、ブログシリーズはここにて終了です。おつかれさまでした!




オマケ:
この後、私たちが運営したグリーンライト・オーガニックマーケットの様子は、こちら←からご覧いただけます[かわいい]



あと:
2016年10月に、マヌ・サイに導かれペルーに飛び、メディスンマンと過ごした28日間については、ゆくゆく記事にしていきます。しょうしょうお待ちください。

ナチュラル派のお掃除 アイデア集 [健康]

私の暮しから、完全に化学系薬品が消えました。
化学物質(ケミカル)などの身体に有害なものを含むものは、我が家では一切使いません。家事をする人の肌、体内、脳も心もすっきりとナチュラルに過ごせるような洗浄剤を工夫して使っています。

え、家あんの?って思われるかもしれません(笑)。実はあるんです。キャンパーバンにも(今は私は住んでいませんが)キッチン、冷蔵庫、クローゼット、ベッドルーム、ダイニング、あるんです。シャワーは青空ソーラーシャワーなので、お掃除は必要ありません。ですが使ったものが自然に即還っていくからこそ、自然に優しいものを使ってあげる大切さを学びます。

自然に優しいナチュラル素材を使ってお掃除してあげると、私たちの胎内もどんどんナチュラルになるんです。お掃除をすればするほど、お肌、髪の毛、胎内、心、私たちの優しさをもう一度思い出し、慈しめるようになりますよ♡

今日は、そんなアイデア集をメモしておきます。




台所事情

我が家では、冬に貯水した雨水を使っています。
どんな洗剤や道具を使うかは、日々の食(油物や添加物)に大きく影響されますが、シンクから流れ出る水が地球上で還元されることを考えると、うちでは洗剤を使いません。
オイルの汚れはどうするのかですが、オーガニックの良質オイル(プリムローズオイル、フィッシュオイル、ココナッツ、ヘンプ、セサミ等)を使っています。体内に採り入れるだけでなく、身体全体(顔や髪や爪や頭皮)に使えるものなので、完璧に洗い去る必要がない考えています。また、木製の食器が多いので、油を含むことでより馴染み、愛着もわきます。

台所の必需品

アクリルタワシ
重曹 (つけ置き、落ちにくい汚れに)
レモン (油のついた食器は、レモン拭き)
塩 (流しの掃除、ぬめり取りに)
酢 (流しの掃除に)
オーガニック石けん (手洗用、アクリルタワシを洗う用)


キッチンタオルは、ボールに水と重曹を入れて一晩つけて、翌朝太陽の下で干します。
アクリルタワシは、太陽の光で日干しします。
重曹と塩は、ぬめり取りや農薬の除去にも使えます。
流しにの水を溜めたところにレモンを入れ、食器を入れたままにして放置しておくと、食器が洗いやすくなるだけでなく、発酵したレモン水は下水管の掃除をしてくれます。我が家では一日一個はレモンを使うので(毎朝レモン水をいただきます)、それを流しの水に入れっぱなしにします。




ランドリー事情

我が家は、子どもなしの夫婦2人。旦那さんの職業上(セラピスト)、タオルの洗濯量はかなり多いです。アイロンはほぼ使いませんが、必要な際は洋服が半乾きの状態で、シャワールームに干しています。

ランドリーの必需品

微生物に還元される資源でつくられた洗剤
ソープナッツ/ムクロジの実
重曹 (洗濯粉洗剤と半々で使用)
砂糖 (少量入れて洗うと、油を分解しながら排水も綺麗に)
酢  (脱臭用に)
エプソム塩 (柔軟剤がわりに)

※生理用のオーガニック布(布ナプキン)についてですが、水にいれても揉まないで、重曹の水に一晩つけ置きします。洗ってみてまだシミがある場合は、オーガニックせっけんで軽く洗ってから、太陽の下で干しします。(布ナプキンを長く使っていると、不思議なことに汚れないような過ごし方ができるようになります!)




バスルーム事情

日本と最も異なる点は、お風呂場とカビです。日本のようにシャワーとバスタブが一緒で、お風呂場全体を濡らせる環境ではありませんし、また南オーストラリア州は湿気がほぼゼロなのでぜんぜんカビません!

南オーストラリアの夏は水が不足するため、毎日入浴している人はほぼいないはずです。また、バスタブはすべての家にあるわけでなく、毎日入る習慣もないので、お風呂を洗う回数自体が少ないです。

今までに住んだり滞在した家のシャワールームは、すべてガラス張りでした。どの家もシャワールームを使用後、ガラスに水しぶきが残らぬよう、酢水をつかってぬれた部分を拭いておくのが一般的です。高圧スチームモップは、水とソーラーパワーだけでピカピカになるので、この辺ではポピュラーです。


バスルームの必需品

重曹 (いつものお掃除に)
塩 (ぬめり取りに)
酢水 (下部参照)
洗濯布または新聞紙 (ガラスと鏡用に)
ブラシ/歯ブラシ (汚れが落ちにくいところに)
スチームモップ


カビが見える場所を少し水で濡らして、重曹を振りかけておき、その後ブラシでこすります。
お風呂の掃除にも、お風呂に入るにも、いつも重曹を使います。お風呂がピカピカになります。
水と酢を1:1でスプレーボトルに入れておき、ガラスや鏡にスプレーして布や新聞紙で拭くと、ピカピカになります。また酢は空気を清浄にします。酢独特のツンとした感覚は、すぐに消えます。体内に吸い込んで毒なものではありませんので安心です。




シャンプー、石けん、歯磨き、身体のお掃除事情

我が家では、オーガニックの歯磨き粉を使っていますが、毎日は使いません。炭粉、少量の重曹、塩、指で洗ったりと、使い分けています。歯ブラシは、持ち手部分が木で、生物分解するブラシ素材を使っています。
知覚過敏などで歯茎が痛む場合は、天然のローハニーを指につけて、やさしくやさしくさすってあげると善いです。上歯は下向きに、下歯は上向きに。日中に行い、一週間に一度でよいでしょう。

毎朝の*オイルプリングは、歯や歯茎のトラブル、お肌のトラブルから毒素排出までオールマイティーにしてくれます。口は、胎内という壮大な世界への扉です。健やかな状態を維持してあげられるといいですね。

シャンプーは、オーガニック、生物還元型、石けん系のものを置いていますが、そういったものを使わないで**水シャンプーすることが多いです。

シャンプー後にコンディショニングしたい場合は、リンゴ酢と水を1:1の割合であわせ、出来る限り髪の毛だけに触れされて流します。

フェイスウォッシュなど使いません。石油系のメイク素材を肌につけると肌荒れし、石油系メイクを使うと、さらに強い石油系のクレンジングが必要になるため、メイク品一切を卒業しました。「自然派」と呼ばれる化粧品も人体実験で試してみました。肌部分は大丈夫ですが、アイメイク関連商品で安全なものには未だ出会ってイマセン。

美しい花粉をみつけるとアイシャドウにしてますが、なにか[目](花粉症?春先から庭の花をスムージーにいれて飲み、抗体をつけて対応してます)


身体のお掃除必需品

オーガニック、生物還元型、石けん系シャンプー
オーガニック(手作り)石けん
炭粉 (歯磨き粉がわりに)
海塩 (歯磨き粉がわりに)
重曹 (たまに、歯磨き粉がわりに)
プロポリスうがい
オーガニックのごま油、サンフラワーオイル、ココナッツオイル


*毎朝のオイルプリングがお勧めです。大さじ1杯程度のオイルを口の中に要れ、15分ほどぐちゅぐちゅと。寝ている間にたまった毒素を、オイルでプリング(引き出し)ます。
オイルの種類は、オーガニックのサンフラワーオイルやセサミオイルが良い、と言われていますが、我が家ではココナッツオイルとセサミオイルを使い分けています。くちゅくちゅぺっとするのは、庭やゴミ箱にしましょう。流し台からぺっとすると、つまりの原因になります。


**水シャンプーの方法:頭皮マッサージで、頭皮オイルを分泌させ、よく髪をブラッシングをすることで、セミロングヘアでもシャンプーとトリートメントを使わないで、強く健やかな髪を維持することが可能です。毛染めは髪と頭皮だけでなく身体へのダメージが大きいのでしません。この水シャンプーは、すでにナチュラルな生活を実践している人にお勧めです。




その他のお掃除事情

下水排水
トイレ、シャワー、キッチンの流し、ランドリー、どこにでも排水がつながっているところには、長めに発酵させたケフィアドリンク(腸内環境を改善する発酵飲料)を、カップ一杯ほど流してやります。


家の床
我が家は、「ジャパニーズスタイル」と皆さんに説明し、土足で家に上がるのはお断りしています。私たちのモバイルホーム、キャンパーバンも土足厳禁です。お掃除は掃除機を使ったり、スチームモップを使ったりですが、日常的には箒とちり取りでお掃除をしています。私たちがハウスマインディングをしている内は、どこも土足禁止。私の綺麗好きな性格が、似た人たちを引き寄せています。


靴の掃除
コーヒー粉を乾燥させて、小袋に入れて靴の消臭対策。
革靴磨きには、、、食べた後のバナナの皮。普通にきれいになります。


乾燥するとこどこにでも、爪、お臍、耳、顔、、、
良質のオイル!ここではココナッツオイルが多いですが、ヘンプオイルもいいですね。細かいところなどは、綿棒につけてころころとすると、ツボマッサージにもなりますよ。


空気清浄
アロマスプレーをつくることは、本当に簡単です。うちでは雨水に、好きなエッセンシャルオイルを数滴垂らし、しゃかしゃかしてスプレーするだけ。化学的なエアゾールやエアスプレーは、私たちの肺に直接吸い込まれいること忘れないでください。




心のお掃除は呼吸と瞑想

基本の呼吸
いろんな呼吸法がありますが、どの呼吸法を取り入れても、効果は似ています。
本人の決意と意思が、結果に影響するのはもちろんのこと!

基本は、いつもやっているのと同じこと。


   吸う ー> 止める ー> 吐く ー> 止める ー> 吸う ・ ・ ・ 


ただ、意識を深めて行うだけの違いです。
吸う量、吸う長さを意識します。身体に新しい空気を意識的に通してあげます。
身体にたくさんの新しい空気を入れ、
不調のある箇所や、筋肉や骨に空気を送り、、
少し溜めて、
ゆっくり吐く。
吐く量、吐く長さを意識します。身体から不要なものが出ていく様子を感じます。
身体から空気ができった感をゆったり感じながら、
また吸うところに戻ります。

朝起きてすぐや、たいせつな時間の直前、食前、就寝前など。深い意識的な呼吸はいつ行っても効果的です。深く真に入っていく呼吸は、わたしたちという存在を生かさせてくれる最も基本の行いです。


瞑想
今の自分にはもう貢献しないような過去、しがみついている思い出、何らかの重い執着、将来への不安、これらが今の幸せの足かせを形成しているとすれば、それに気づくことが最初の一歩。それらを手放し、行動することです。考え過ぎの頭、情報で詰まり過ぎの頭、偏った考え方をしていると、頭痛や脳内の不調が出てきます。瞑想をして、思考を一旦止めてリフレッシュしましょう。

心のお掃除をして、当たり前ではない今日というすばらしい一日の、一瞬一瞬を意識的に生きることへとつなげましょう。心と身体と周辺環境のナチュラルお掃除をすればするほど、人生が透き通っていきます。


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私がこの暮しかたに辿り着くまで少し時間は掛かりましたが、東京23区で暮らしていたときから上記の多くのことを行っていました。もちろん、ゴミ分別も好きでやっていましたし、洋服やあらゆる家庭用品のギヴアウェイ(知らない人に無償でプレゼントすること)もずっとやってきました。

マンションの隣の家は化学薬品を排出してるし、上の階も、下の階もそうなので、「私一人が自然派の暮しをして(しかも安物はないし)地球への何の変化が?」などと思っていました。ですが、私が望んでいたのは「私への変化」であったので、私だけが真摯に実践していることだけで十分でした。そして、やっぱり好きなんですよね、自然に優しい暮しが♡

そして今は、私と同じような自然派の価値観を共有する仲間、少なくとも自然派を心がけて暮らす人たちとコミュニティに住んでいます。あなたがしたいのは、あなた自身へのより善い変化でしょうか?それとも、あなたじゃない何かや世界に対しての変化を望んでいるのでしょうか?それがどちらであっても、近道は「あたなが納得することを、あなた自身からはじめること」です。


お掃除は年末だけといわず。年始から、すこしでも一瞬を慈しむ時間と、その間の呼吸を楽しんであげてください。私たちの暮らしに沿う日々の少しの工夫が、今という瞬間ををより満ち足りたものにしていきます。

新鮮な空気を身体にいれて、心いっぱいに開いて、時季と胎内の自然を慈しめる日々が在りますように!


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キャンパーバンでの生活する際は、木の枝にロープを縛って、お日様の下で洗濯干し



※アイデアがうかび次第、内容を随時更新していきいます。

自然界のエレメント × 魂の癒し【オーストラリア大陸9000キロの旅】12 [旅・キャンプ]

ご縁とは不思議なものですが、そんなこんなで参加することになったレアなセレモニー。その流れはひとつ前の記事、こちら←からどうぞ。


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大御所アンティ・ミニーを通して、豪州政府から正式に招聘されたシャーマンの名は、マヌ・サイ・マラスケス
ペルーのシャーマンの家系に生を受け、ブラジルで生まれ、幼少時代をインドで過ごしました。インカ伝統をひきつぐシャーマンおよびメディスンマンでありながら、インドの(シルディおよびサチャ)サーイ・バーバーの門弟であり、ヒンドゥーの司祭です。

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《幼少期のマヌ・サイと、シャーマンである父インティ・セザールと母アーナンダ・マイ(1976年頃)》


彼がこの度オーストラリアで執り行われたセレモニーは、政府に奪われたアボリジニの子どもたちと大地の魂を鎮魂する目的で、2016年1月1日にクィーンズランド州からはじまり、ニューサウスウェールズ州を経て、アボリジニにとって生命の水とされるヴィクトリア州マレー河まで南下する日程で行われました。儀式は朝から夜まで続き、期間は約一ヶ月にもおよびました。


私は、2016年新年に、真の『虹の戦士』に出逢いました。オーストラリアでは彼らのことを、“Rainbow Serpent”巨大な蛇虹と呼びます。干ばつの続く赤茶の大地に、雨の恵みと創造をもたらす伝説的な存在です。南米アメリカ大陸や世界中のあらゆる地域と同様、この国でも平和の戦士たちは光と希望を持って屈せずに立ち向かい続けていました。人間の魂と高次なる存在との神聖なる関係を取り戻すために...



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《マヌ・サイと長老たち、右端はミリアム・デヴィ》



オーストラリアでは伝説的存在のネッド・ケリーの孫、ニュージーランドからはマオリ族の女性、オーストラリア女性と、この3人が、マヌ・サイとその妻ミリアム・デヴィとアンティ・ミニーを引率していました。参加者は、他州からやってきたアボリジニの長老衆を軸に、アボリジニの若者、(例のドリームタイムでつながる)アボリジニのために働くヒーラーたち、雷に300回打たれた経験を経て、患部に手を触れるだけで様々な不調を治癒する伝説のヒーラー「Lightening Bird(雷鳥)」、バイロン方面からのセラピスト達、そして突然参加したスチュアートと私でした。


この度のセレモニーで出会うことができた長老と若者たちの生の声を通して、頭では理解しがたいほどに過酷で悲しい現実が、世界各地で起こっているのと同様、アボリジニの間でも現在も今日も続いていることを知りました。1970年代まで続いた大規模な白人同化政策すなわち国や教会が数万人以上の子どもたちを強制収容した時代は、「盗まれた世代」と呼ばれています。愛する子どもと引き裂かれ、国が親権を剥奪したために、異国へと里子に出されて子どもと会えないケースはありふれていました。たった40〜50年前のことです。私の目の前には、悲嘆と怒りを持ち人たちと、すでに乗り越えた強い愛と希望で平和に解決しようとする人たちが入り交じっていました。


ある日の儀式で、マヌ・サイは、準備もなくとつぜん身体を去った魂たちが、この世とあの世の狭間で迷っていることに触れ、*ヒンドゥーの火の儀式(ヤグナ)を行いました。



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彼がマントラを唱え、火の魂が目覚めて魔的な力でその場を包むうちに、私の身体に雷のような光が走りました。地面の奥深くからやってきたエネルギーが、私を介して、天へと一直線に昇ると同時に降臨している同時の感覚です。実はちょうどその時、私の心には、東北地方大震災で旅たった魂たちと、過労で麻痺し、身体を抜け出してしまう魂たちがちらちらと訪れていました...


大震災の直後、(私は世田谷の自宅にいましたが)突然に肉体から離れた魂が行き場がわからずに、私のもとへとたくさんやってきました。夜寝ている間にやってくるのですが、もちろん私が呼んだわけではありません。あちらの方から、助けてくださいとやってくるのです。このようなことは初めてではなく、学生の頃には、怪奇現象を経験しまくって怖がる友達がお願いしてくるので、お経を唱えたり、念を送ったりして、迷える魂を光で散らしていました。3.11後には、太平洋戦争の地上戦後に、鎮魂のために般若心経を唱えたという元兵士さんの話を思い出し、すぐさま般若心経を唱えました。私自身を禊ぎながら、朝と夜にひたすら読経しました(仕事の時間以外ですよ)。「私は、この世でのあなたの迷いや思い残しをどないにすることもできません。あの世への扉を開くので、光の方へお進みください。」そんなことをしていると、一週間程で夜な夜なの魂訪問は終了いたしました。


そして2016年新年のこの儀式。
大震災と大都市の迷える魂たちがふと思考に現れた瞬間に、私に起こったことはこれ、

雷が身体を走りはじめた瞬間に、自然とチャネルを開けなければと、蓮華座から立って両足開いて仁王立ち、天を向いて口をあけ、その直後口から産まれてきたのが、


ぅアぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!



地響きのような大声が大地の根底からつきあがり、天へと昇っていく。涙がどんどんと溢れでるうえに叫びは永遠に終わらないように感じました。後で聞くと、一分ほど続いたようです。終わったあとには、それはそれは穏やかで静かすぎる真空のようなスペースが訪れました。



この日、私の内側にあたらしい光が生まれました、それは、まぎれもなく、まさかの、



希 望




たくさんの痛みや、人の心を悲しませるような現実が、あなたの人生にも、もちろん私の人生にも、家族や友達にも、社会で、国で、地球全体で起こっています。都会の夜は眠らないのにその裏側は真っ暗です。体裁を整えて、笑顔でいても、その裏側は真っ暗。何をしても、どうしても闇の力が浸食していく。どうしてこんなに暗いんだろうと感じていました。目をつぶると暗い、睡眠中も暗ければ、夢すらもダーク、そして目が覚めて活動している世界も、暗いことがたくさん起こっています。暗がりの中で迷う人の魂が光を得る(en-lighten)ためには、私は何ができるんだろう。それが私の長年の疑問でした。


ヤグナで経験したのは、まるで一本の図太い希望の光が雷のように暗闇をまっ二つに切り裂いた姿。途端に、一瞬にして光の粒がスローモーションで拡散し、みたこともない力強い光でくまなく照らされていく...。これこそがまさに希望なのだと、頭での理解を超えて、体感しました。闇があるからこそ、生まれる光、闇の中から生まれるのが希望。そして火には暗さを拡散し昇華させる偉大な力があることを、まるで旧い記憶から取りもどしたようにも感じました。


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またある日には、植樹の儀式を行いました。魂を癒すことを目的とした儀式です。
マヌ・サイは、ものすごいエネルギーを大地に響かせた私を気にかけ、儀式の前に脈を診てくれました。優しく慈愛ある言葉が、ピンポイントな過去とともに発せられた後、7本の苗木を植えるように勧められました。

この*7という数。それは、この世で受ける7つの心傷(トラウマ)を手放すためです。

木に心の傷をたくし、苗を大切に植える瞬間に、トラウマを母なる地球に還します。ひとつひとつの心傷が与えてくれたことに、ありがとう、ごめんなさい、ゆるしてください、愛していますとホオポノポノをしながら手放していきます。

苗木は毎日、太陽と雨の恵みを受け、土壌中の微生物とともに、少しずつ成長していきます。柔らかい茎から、強い幹へと成長しながら、栄養を一所懸命に受取りながら、地中深く天高く伸びていきます。力強い根をはり、しなやかに支える幹を軸に、上へと伸びる。光の方へ、成長しよう、伸びようとする木の意思が、若葉を生み、やがて花を咲かせ、実や種をつけはじめる。私の魂もそれと同じように、木と同じように光を向いて生きていくのだと、しっかりと心のなかで唱えながら植樹をしました。

この日、7つの苗木を植えた後、続けて7本の苗木も植えました。この木々が、数年もすれば数メートルの高さになり、私の肉体が地球に戻った後も、次世代に食糧を与えてくれることでしょう。立派で強い木となり数世代後には家をつくる資材になるかもしれません。木がもたらす恩恵に気づく続く世代が木を植えることで、私たちは私たちに対して、先祖代々、酸素、日陰、食べ物、家、そして愛を貢献していえることに他なりません。

この植樹が終わってからも、機会があれば努めて植樹をし、2016年の一年間で140本ほどの木を植えました。植樹をしたことで私たちが得られる糧は貴重で、人を人として成長させてくれるような、魂にも地球にも最善の恵みとご利益のあるものです。


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東京にいたころには、火の儀式をするスペースも、木を植えるスペースもありませんでしたが、長い歴史を持つ地球人はそれを日常として生きてきました。これらは、ファッションやジェスチャーで行うものではありません。人間としての魂が渇望するからこそ、私たちという神聖な存在ともう一度つながるために行うものです。寂しい、悲しい、怖い、怒りがち、無感覚。そんな人にこそ、心をこめて、自然界のエレメントとつながることが必要です。どれほどの深い癒しが私たちの魂訪れるかは、経験してみることで感じることができるのだと思います。


もしも、心に深い傷が刻まれているのであれば、どうか木を植えてください。木を植えたい、木を植えたいと毎日唱えて、木にありがとうと伝え、通勤途中に立っている木を触ることからはじめてみてください。木の精霊が、きっとあなたに想いに語りかえしてくれることでしょう。



*ヒンドゥーの火の儀式(ヤグナ)・*7という数
ご参考までに、こちらのリンク『ヤグニャ』をどうぞ。
http://www.sathyasai.or.jp/ashram/festival/yajna.html



ヒーリングの嵐がくる【オーストラリア大陸9000キロの旅】11 [旅・キャンプ]

(この記事は、オーストラリア大陸9000キロの旅10の続きです)

フラメンコ団は、300名を超える観衆の前で素晴らしい演目を披露していました。フラメンコの他にも、アンダルシア民謡のセビジャーナスやボディ&ボイス・パーカッションを披露し、私たちの目を魅了しました。


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《参考》フラメンコ

フラメンコの由来は、インドからイスラム色濃いアンダルシアに流れて来たロマイ(ジプシー)といわれており、バイラ(踊り)の善し悪しは技術だけではなく、その文化や歴史背景にある表現や信念などすべてが醸し出すオンドゥーラ(奥深さが)だと言われています。そして、忘れてならないのがドゥエンデ(神がかり)。

私の目が釘付けになったのは、舞台袖で手話通訳をしている方でした。彼女は、カンタオール(男性の歌い手)の歌詞を手話で翻訳しながら、同時に複数のバイラオーラの表現を、歌と体全体を使って彼女一人で翻訳しているのです。フラメンコで、神が降臨してまるで魔力がかかったような表現ができる稀なパフォーマンスをドゥエンデと言いますが、まさにドゥエンデそのものでした。


観衆の中に、一人だけ踊っている女性がいました。彼女はフラメンコの本場アンダルシア出身。セビジャーナスを踊って育ったということで、私が興味津々で話しを聞いていると、演目後にダンスを教えてくれるというので、広場がへ移動しました。

と、そこで友達発見。

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アクロバットヨガで持ち上げられている女性は、同じく南オーストラリアからやってきた友達シルヴィア。彼女もここにいるとは知らずに、嬉しい再会。彼女は数日前からはじめたアクロヨガをインストラクターと練習していました。

シルヴィアはイタリア出身でスペイン語がペラペラで、このアクロバット君もスペイン語ペラ。私たちの共通語は自然とスペイン語になっていました。中米の国グアテマラの話を始めると、私たちの背後でさっきから様子を伺っていた男性が、待ちきれないとばかりに会話に入ってきました。しばらくスペイン語で話したあと、ようやく共通語が英語だとわかり(笑)、会話は英語に。


グアテマラのサンマルコスはスチュアートの心の故郷で、三度訪れたうちの一度は90日を静寂の中で過ごしました。途中から会話に参加した彼にとってもグアテマラは魂の故郷で、自然森林保護のために土地も購入していました。二人は異なる時期に同じリトリートセンターで過ごしていたことをすぐ知り、またそこに滞在したことのあるオーストラリア人に会ったのははじめてだと、大喜びでブラザー!(ブラボー!)と叫び合っていました。


彼の名はダン。
北西オーストラリアの制圧されたアボリジニの聖地にて、大地と人々の魂を癒すヒーラーです。

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ここで、ダンとスチュアートと私はグループを離れ、ウッドフォード・フェスティバルを私たちの方法で楽しみました。突然、静かな雨粒がおちてきたり、不思議な風が舞い上がったり、探していたクリスタルが見つかったりと、夢のような時間が過ぎて行きました。

そこで、です。ダンがこう言うのです。「あと数日すると、ペルーからシャーマンが来る。ここから北へ1時間ほど走った場所にあるアボリジニの長老の敷地で、1月1日から鎮魂のセレモニーが開催されるよ。告知はされていないが、詳細がわかったら連絡する。」




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映画マトリックスのような緑ドットのスローモーションで、
キャンパーバンで旅に出ると決めた時と、シドニーで受けたヴィジョンが、つながった...



数日後、ダンからメッセージを着信。

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  セレモニーの場所は、夢で直接受取るといい。 
  マレニーの西にあるニューススタンドで、 
  1月1日11時に会おう。 



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「ドリームタイム」と呼ばれる、睡眠中に意識的にみる夢(意識層)でつながるヒーラーは、オーストラリアにはたくさんいます。アボリジニたちは、ドリームラインの上に、ソングラインをひいて、夢を紡いで自然と共存して何万年前から暮らしていました。白人入植後に起こった引裂かれた人々の心と大地のソングラインをつなげるために「夢」で共働しているヒーラーのダンですが、、。Ok, 誰でも招かれるような類いの儀式じゃないことがここで確実にわかりました。




1月1日当日、11時になっても、私たちはセレモニーの場所も何の情報も得ていませんでした。ただ、ニューススタンドは見つけましたが、ダンはいません。携帯電話も圏外です。私は、キャンパーバンの開けられる窓とドアすべてを開けっ放しにし、瞑想をはじめました。「私の人生において、高次の目的に沿うものであるならば、どうかそれを達成させてください。私はオープンです!」 




それから30分もせず、ほとんど誰もいない場所に、こつ然とアボリジニの男性がこちらの方向へまっすぐ向かってくるではありませんか。彼だ、彼だ、と私の心が飛び跳ねる隣で、スチュアートはいつものゆるトークをはじめました。




スチュ:"G'day, mate. What's up, mate?"

彼:  やあ。こんなところで何をしてるんだい?

スチュ:アボリジニの長老の家に、ペルーからシャーマンが来るときいて、、

彼:  ああ、それは僕の兄の家だよ。今行く途中だから、Follow me(ついておいで)。




こうして、私たちは先導されて、アンクル・ウィルンガ*の敷地につきました。そこには、地球の歴史と同じほどの叡智を持つことで知られる、長老衆の中でも大御所長老であるアンティー・ミニー*の姿も在りました。一度ハグするだけで宇宙が広がるような、インドの聖人アンマのようなすごいアボリジニたちがそろいも揃っている...

私たち、すごい儀式に呼ばれちゃったみたい。
天の采配は、蓋をあけるまでも、蓋をあけても、驚くことばかり。



*アンクル、アンティー
アボリジニの長老の名前は、アンクル(おじさん)やアンティー(おばさん)と敬称をつけて呼ぶことが通常です。アンクルとアンティーの間では、ブラザーとシスターと呼び合います。




さあ、次は2016年1月1日の記事《自然界のエレメント×魂の癒し》。なんと今日からちょうど365日前!


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