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タイでの出家のはなし:ソウルメイトの超婚、の巻(1) [タイでの出家のはなし(上座部仏教 雨安居修行)]

2018年8月。タイは北東部、メコン川の向こうにラオスが見える。
『マットミー』とは、タイ伝統的な技法の染物で、主に女性の衣として使われる泥で染められたタイシルクのこと。この名がつけられた『マットミー』と呼ばれる小さなバックパッカーから、雄大なメコンの流れに沈む夕日を眺めていた。


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《タイ側から、メコン川の向こうラオス側に沈む夕日》


ノンカーイに着いたのは、それから2ヶ月さかのぼる。
6月初旬、オーストラリアのゴールドコースト、クーランガッタ空港を出発し、タイのバンコクへ到着。十数年ぶりのバンコクは、あの時と同じ匂いがした。タイ独特の、高温と湿気と甘くてねとっとしたあの匂い。東京に住んでいたころは買い物によく来た。姉と南部の島リゾートをしたり、友だちとクルーズをしたり。今となっては、買い物もリゾートもしたいとさえ思わない。あの頃の私はもういない。

バンコクの空港から外に出たるのは夜中だったので、タクシーをつかって宿へ向かった。空港が巨大化し、以前に使っていた空港でないことは、タクシーがハイウェイにあがってすぐに気づいた。エネルギーが増した巨大都市。高層ビルが乱立していて、高級車が前にもまして増えていた。車窓からのネオンを見ながら、ふと、そういえば夫と出会ってから海外一人旅をしていなかったことに気づいた。

一人旅をしていなかった事実だけではない。財布も共通、二人ですることといったらガーデニングやコモンランド(共有地)のメンテナンス。ほんとうに多くの時間をともに過ごしていたことに気づいた。社会的に機能する便利な関係という面はほぼなく、お互いの魂に目の前に迫り来るような関係だった。よくも、わるくもを、通り越して…。


想像したとおりに、バンコクの夜は相変わらずまぶしく賑やかで蒸し暑く、持参した耳栓は紛失し、眠れない夜を明かした。翌朝は、夜行列車出発まで暇つぶし。自分のお財布というものを数年ぶりに抱きしめながら(コミュニティではウブントゥ(物々交換)な暮らし)、ドア鍵をかけたり(コミュニティでは鍵をかけない)、水を買ったり(コミュニティでは雨水)と、ひさしぶりに都会で一人で過ごすことの勝手の違いから、少し慎重に動いていた。

喧騒から一刻も早く脱出したい思いだけで、お昼には駅に到着し、目指したのはタイマッサージ。
夜の電車出発時刻までランダムな旅人と会話を楽しんだあとは、タイ北東部のノンカーイまで、14時間の旅。


  *~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*   


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《キャンパーバンから望む、タイアルガムのワランビン山》



タイに来るまでの数年間、夫と私はトヨタのキャンパーバンをベースにし、オーストラリアの東海岸のコミュニティを転々としながら暮らしていた。「ノンカーイにいくのだ」と、心の声が降りてきたのは、ワランビン火山の火山層上にできたタイアルガムという小さな町だったと思う。ノンカーイという町名も知らなければ、タイ最北のラオス国境沿いの小さな港町ということももちろん知らない。ただ、ノンカーイという場所へいかなくてはならないことが、全身全霊でわかった。


私のキャンパーバンの旅の理由は、体と心と精神のヒーリングだった。彼のキャンパーバンの理由は後づけで(私がキャンパーバンを買ってしまったので)、理想のコミュニティを見つけて移住したいというものがあった。私にとっては、ヒーリングが深まっていく上でコミュニティの一員として生きることは不可欠となったのだが、異なるコミュニティを見れば見るほど私にとって「コミュニティの理想形」というものはなくなっていった。逆に、個人意識のなかにコミュニオン(自我と高次のセルフとの融合)がなくてはコミュニティというものの存在はありえない、という理解につながり、コミュニティを訪ねることへの興味と意義をすっかり無くしてしまった。コミュニティを学ぶ時間とエネルギーがあれば、より意識の内側に入って、人間というもの自体を理解したいという確かな願望に落ち着いていった。




これが、二人ともがわかりやすい形で、分かれ道をみせてくれることになった。




彼も、私たちの魂の契約が、完結に向かっていることを察知していた。悲しむことなどなく、悔いることはない。ただ、私たちが結婚という形式からオーバーフローしていた。鉢植えの植物が大きくなりすぎて、土壌に植え替えてあげないと、というような感覚。結婚という枠内で存在する意味があまりなく、社会的にも夫婦である必要がないというような関係。だから私たちは、私たちが支えあうことのできる永遠の関係であれるかたちで、婚姻契約から卒業していくことを、感じ取っていた。




いまやそれをこうして言葉にできるが、その時はまだ心の霧の中にいた。


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《タイ出発当日の朝》


出発当日の朝、これがオーストラリアで見る最後の朝日なのだろうか、と少し感傷的になってじっと眺めていた。
今後タイに移住するのかもしれない。タイから日本に帰国するのかもしれない。東京を離れて以来、大いなるものに導かれてきた。心の声をしっかりと聞いて、ここまでやってきた。だから、心の声にしたがっていけば「大丈夫だ」という自信だけはある。思考が、人生がここからどこに行くのか、どうやって暮らしていくのか、とループしていることを観察しながら、人生の次の停車駅がタイのノンカーイであることを確かに受け取り、私の意識はそこに向かっていた。。。それから半年もの間、そこに住むことになるとはつゆ知らず…



彼が私を空港まで送ってくれた。
これまで、すべてを出して話し合ってきたが、空港に向かう車で私たちは無口だった。2011年に出会い、翌年に結婚。翌々年に南オーストラリア州のエコビレッジに移住。その2年後にキャンパーバンを買い、東海岸へとオフグリッド旅に出発した。私たちは二人で、何かを築きたかった。そしてその何かを築くために、やらなければならないことがたくさんあった。知らなくてはならなかった私たち存在意義を解き明かしていく作業が、私たち7年間の結婚生活だった。



無限の真実を解き明かしていく契約を、生まれる前に結び、約束したとおりに出会った私たち、ソウルメイト。二人が出会ってから、大量生産消費型の「東京クラス」(地球学校の過去記事へどうぞ)を卒業し、すべてにおいて壁と嘘が存在できないコミュニティに引っ越した。私たちが入学したクラスは、「コミュニティクラス」だった。コミュニティに移り住んだことで、あらゆるすべての壁という壁が崩壊し、目の前の世界がどんどんと透明になり、思考と心から壁、嘘、言い訳が消失していくにつれ、真実が確実に姿をあらわしてきた。


真実が見えてくるなかで、私たちは幻想としての信じてきた結婚というものを演じようとして、多くの場合に苦しんでいたことにも気づいた。両親を見て、祖父母を見て、社会を見て、世界を見て、結婚とはこうあるべきだと信じてきた概念のなかで、よいといわれるような夫と妻を演じようとしていたことに。私たちは、私たちの結婚生活により、私たち自身を自由にした。


闇のなかを光のスピードでかけぬけてきた二つの魂。闇があったからこそ生まれた光で、いま、心の中にある魂の叡智を照らすことができる。概念と経験と信念体系を超え、今私たちは、私たちを、私たちがつくった愛のなかに、解放する。結婚でも、卒婚でも、離婚でもない、超婚*がここにある。




自分を、隣人を、他人を、敵を
ただ赦すこと
在りのままで
受け入れること

期待を落とすこと
落胆を落とすこと
すなわち幻想を手放すこと

瞬間的な苦しみと喜びの波のあいだに
不動の静寂の一点をみつけること
そこに漂うこと

慈愛と優しさを
心の素質にすること
やわらかな強さで
個の愛を無償の愛へと高めていくこと

永遠にひろがる愛のなかに
自分も、隣人も、他人も、敵も
別々で存在しないことに気づく

私たちの存在の本質は
愛だから

有り難い 今という
瞬間瞬間の奇跡にきづくと
妬み、怒り、悲しみ、哀れみ、傲慢さが
どんどんと消えていく

そして光としての愛が
永遠にあふれだしていく



 *~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*



クーランガッタ空港の出国ゲートに近づく。エスカレーターに乗れば、私たちの結婚生活に一旦ピリオドがつく。それがわかって、二人とも無言だった。ソウルメイトが歩んだ道が、契約どおりに今このエスカレーターで分岐点となる。




『ありがとう。』

『じゃ、また。』




 *****



2018年8月。『マットミー』のデッキから、メコン川に沈む雄大な夕日を眺めつつ、出会いから2人が積み重ねてきた神聖な時空に思いを馳せる。短いようで、深く濃い時間。彼と私だからこそ成し遂げられたソウルメイトの魂の契約を結んだあの日、魂として誓った言葉はずっとこれからもほんものだった。








次の巻へと続く…




日本には、2000年ころから『卒婚』という言葉があるようですが、その定義は、ソウルメイトの婚姻からの解放(リリースまたはリバレーション)とは異なる意義を持つようです。ソウルメイトの婚姻は生前に決められた魂の契約であるため、ある意味、契約が完了し、契約から解放することになります。そこで、ソウルメイトの婚姻による契約の完了を、ここでは勝手に『超婚』と呼ばせていただきます。日本語でこの言葉に値するものがあれば、どうぞお知らせください[かわいい]






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【呼びかけ】水の浄化を願って世界の仲間と瞑想しませんか [瞑想]


プラネタリーヒーリングの一環として、世界中のあらゆる思想と信念を超えた人々が集まり、平和と調和にフォーカスして行う瞑想グループ、「ファウンテン・インターナショナル」。はじまったのは1981年。(記事下部に英語での紹介動画を貼っています)


このグループは、非営利および非政府の独立した団体で、名前のファウンテン=泉が示す通り、生命をつくりあげる四要素(風・火・水・土)の中でも、特に「水」を意識して瞑想を行う人々の集まりです。


今日【呼びかけ】をするのは、私が参加している南オーストラリア州のヒルズで行われている瞑想サークルへのお誘いです。私たちと現世代だけでなく、後世につづく地球全体の生きとし生きる生命(いのち)を尊び愛する「普通の人たち」の集まりに、日本またはあなたのいらっしゃる地域から意識で参加しませんかという招待状です。水に対して純粋な愛を伝えるという、目的はいたってシンプルなものです。

参加条件などありませんが、私たちと地球ともに80%以上を占める水の存在へ、純粋な感謝と愛を日ごろから感じている方には、この瞑想の主旨がお分かりいただけると思います。ご興味のある方は、記事下部からコメントまたは私までご連絡をお願いいたします。
また、どういうものか知ってみたいという方は、ぜひ本記事を参考にしていただければ幸いです。


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水は意識を持っている。それは波動である。これを研究したのは日本よりも世界的に認知されている故江本勝博士です。東日本大震災で原発から汚染水が太平洋に流れ出た際には、水を意識レベルから浄化する目的で、瞑想者や祈り人に広く呼びかけのも江本博士でした。

水を愛と癒しに満ちたものにするか、怒り苦しみに満ちたものにするのかを決定付けるものは、意識です。あなたや私のマインドにおける意識の置き方です。水は記憶や意識を持つことができる、というのは、すなわち、私たちの意識を水へプリント(転写)することが可能だということです。長く苦しんだ水は腐敗し体に毒となりますが、人間が持つ純粋なマインドの力があれば、水の意識を愛と光へともどすことができるのです。

水は、人類が存在するずっと前から存在し、私たち人類の誕生とその営みをみつめてきました。私たち人間よりもずっとずっと長い生命を経てきた精霊なのです。日本語の「言霊」ということばもなじみ深いですが、言葉には霊性が宿ります。怨念(の意識)をこめて発する一言と、愛と慈しみをこめてのそれが、相手だけでなく自分の存在へどのような効果をもたらす、日々の暮らしから実証済みではないかと思います。


ここで、結晶のサンプルをご紹介いたしましょう。


愛と感謝を伝えた水の波動

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希望

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ジョン・レノンの『イマジン』を聴いた結晶

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ジョン・レノンは、般若心経にインスパイアされ『イマジン』を書きました、
般若心経を聴いた結晶

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長くともにすごした夫婦愛

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江本勝氏の研究結果こちらオフィシャルウェブサイトから、さらにご覧いただけます。



叱ったりののしりの言葉は、聞いた本人の細胞を一瞬で委縮させる。イマジンを聴くと落ち着く...。言葉にしにくいけれど、身体と胎内と精神に何か大きく関係しているような、すべての人間が程度は違えど当然のように感じている第六感のようなものを、見えるカタチに証明するのが、科学者の役目。そして江本勝氏の研究対象は、人間と地球、ともに存在の大半を占める「水」でした。


詳しい水についての科学的研究については、彼の世界的ベストセラーである『水からの伝言』に託すとして、ファウンテングループ・インターナショナルの目的は、人間の思考感情信念は水の意識を変えることができる、すなわち量子レベルで浄化が可能である、という点で江本氏の研究目的と合致しています。グループの目的は、まずは瞑想を行う本人の心と体の健康、そして本人の浄化が進んだ時点で自然とはじまる愛する家族やコミュニティ、そして地球惑星全体の(プラネタリー)ヒーリングです。



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それは、水道の蛇口をひねれば当然出てくるものだけだと思っていませんか?この水は水道水で「安全に」、「使いやすいように」自然界からいただいて利用している水です。生命力のある天然水と異なる点は、1950年代から議論が続く水道水フッ化物濃度調整(水道水フッ化物添加)や塩素や総トリハロメタンなどの有毒物質が国が定める基準値内で含まれていたり、パイプを通って蛇口と上下水道を往来している点などです。

もっと広い視点で自然界の水をみると、それは常に循環しています。海の水は蒸発し、雲になり、やがて陸の山々へ流れつき、雨や雪として地上に降りた水は、川や地下水として山から里へと下りてきます。やわらかな生命に育まれて循環している水は、人工的で直角のパイプの中を流れるものではなく、川の石ころと遊んだり、葉の上を自由に転がったり、土壌を湿らせながらゆっくりゆっくりと、生命のあいだを循環していくものです。今や地球の裏側まで旅をしてもなかなか飲めない生命力のある水とは、自然の摂理にのっとって流れる水。独占したり、薬品を入れたり、無理な使い方をすると、水の結晶はすぐに影響されてしまいます。例えば、身体の中にパイプを通し薬品の入った水を流したとしたとしたなら、ほぼ水で構成される人間に影響するだろうと想像するのは容易でしょう。水は本来、自然に、独占されることなく、自由に巡るものだからです。



人と水と地球の密接な関係


それは、こんなにもシンプル・・・

水を汚せば汚染水となり、汚染水は土壌に流れ、食物に吸収された水は、やがて私たちの骨肉精神を作ります。水を汚すことに鈍感になれば、胎内の水が汚れていても地球が汚染されていても、鈍感になります。水を軽視すれば、地球を軽んじていることの表れで、自身を大切にしていないことも示唆されます。水を愛し浄化すれば、胎内の水と暮らしを囲む水も同じように愛されて浄化されます。人間が愛と浄化に意識をおけば、水と地球の意識も愛と浄化へと向かいます。時間は相対的なものですが、意識すれば物質化するのは時間の問題です。例えば今日から何かに意識をしはじめた場合と、全く意識しないで生きた場合の来年の今日(2019年9月1日)、または10年後の今日では、水とあなたと地球の関係はきっと変化しているでしょう。どうしてこのようになるのかというと、水は話す言葉を必要しなくともコミュニケーションできるからです。これは、同調といわれるものです。楽器のギターをCで奏でると、調弦されていないギターもやがてCへと同調するのと同じです。万物を活かす存在が、波動により、同調させるのです...

.。・゚・。。・゚・波動、念仏。アヤワスカの記事でお話ししたソングライン・゚・。。・゚・。。・゚・



いのちとは、魂とは、精神とは、何なのだろう?
この壮大な疑問と共に、人間は進化し、文化、科学、芸術を発展させてきました。パタンジャリは、魂をヨガで体系化し、シッダールタはマインドを科学する方法を諭し、多くのリシや仙人たちが、私たちの前を歩き精神の存在を証明していきました。現代の科学は、この魂や精神なるものを突き止めようとしましたが、実はその作業自体は数千年くらい前からのことです。私たちの遺伝子はウン百万年前から存在する生命体の進化形であるので、魂の科学的解明がはじまったたった数千年など、生命の歴史上では一瞬のことでしかないのです。私たちが感覚ですっかりとわかっていても、解明されていない未知なことが莫大にあるのは、しごく当然のことなのです...。

もしも、アボリジニや南北アメリカやその他の原住民族の長老に出会う機会があれば、訊いてみてください。彼らは、私たちの存在を「人間により書かれた文献」ましてや教科書の視点では見ていません。彼ら部族としての知識は意識であり、数百万年の時間がべースとなっている意識は、魂の真実を含有しています。しかし、現代社会に住む人間には、時間の概念が狭すぎて、通常は理解することはできないでしょう。



ヴォルテックスを科学する


話を続けます。


日本人にとってはなじみの深いレイライン。明治神宮と皇居などの主要な仏閣はレイライン上に建てられていますが、人類の歴史上、神殿や寺院を建立する際は、ダウジングやペンデュラムなどが使われ、祈りや瞑想に最も適したレイライン上のスポットに神殿や本堂などの社が建てられてきました。レイラインは、地球の神経、ガイアの経絡です。


聖なる建造物は、日本やアジアに多く見られる五重塔などやストゥーパ、エジプトや南米やポリネシアではピラミッドなどを含め、世界中で見られます。レイライン上の祈りに適した地点に然るべき方法で建てられ、人の意識や祈りによって、建物自体もやがてエネルギーをあげていきます。各地で形は異なりますが、共通するのは、天へと向けて一点に向かう姿で、その光景は目にも美しく圧巻です。


建造物が頂へと向かう斜度は地表からみて特定の角度に計算されており、地球の磁場と宇宙空間からのエネルギーを地表のとあるポイントで繋げる役割を果たしています。これは、マジックやスピリチュアルではなく物理で、パラマグネティズム、常磁性や地磁気とも呼ばれ、値はミリガウス・メーターという測定器で実際に測ることが可能です。


いわゆるヴォルテックスはこの地磁気が流れているところです。磁場が高く有名なところは、北米シャスタ山、チベットのカイラス山、グアテマラのアティトラン、日本では富士山など。シャンバラへの入り口ともいわれます。人類の文明が発達する前には、エネルギーの高い場所がたくさんあったので、何も人がわざわざ建てる必要はなかったのでしょう。もちろん、オーストラリアで最大の数値で断トツなのは、アボリジニの聖地※ウルル。


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[先日ウルルに滞在中、雨が降らないウルルに大嵐そして車やテントを破壊するほどの大粒ヒョウが降りました]


オーストラリアは若い文明社会だとよく言われますが、それは白人が原住民族アボリジニの土地を奪ってからの教科書の歴史のことで、アボリジニの暮らしは数百万年前までさかのぼるといわれています。ウルルは古代から大陸の巨大なアンテナとなっています。通常、岩というのは経てきた自然環境によって本来水平に層が形成されていくものですが、ウルルの巨大岩はある一定の角度に傾いていて、地球環境から生まれたものではありえないと研究者の間でいわれています。(京都貴船の大岩は黄船=黄色い宇宙船といわれますが、こちらウルルは赤船です)

アジアには多くの塔が見られ、人々の祈りとともに支えあってヴォルテックスを強固に安定させていますが、こちらにはそのような建造物が多く存在しません。古代オーストラリアの場合、ウルルのエネルギーがあまりに高かったことと、自然の木(例えばシオークの神木)もアンテナとなっていたので、アジアや日本のように人工建造物が必要なかったのかもしれません。



→このブログを書き終え、掲載する間に、ウルルへ行ってきました。ウルルはまるで地球の心臓、鼓動が脈打つように、大岩も鼓動しており、まるで巨大な虫が斜め地中へと這っていく姿が永遠に続いているように感じました。ある夕方に訪れたウルルはスピリット漂う精霊のホームともいえるものすごい霊気(電気・電磁)エネルギーを発していました。一時間の距離にある女性性のカタジュタ岩も含めて、計五日間をすごしてきましたが、このお話をすることがあれば、別記事で。。。


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[男性性の陽ウルルに相対する女性性の陰カタジュタ]



南オーストラリア州のファウンテングループ


私たちは、特定の教会で集うものでなく、毎日決まった時間に儀式を行うのでものでもなく、水に対して清く純粋な愛と感謝を伝えたい仲間と祈るグループです。現在のメンバー数は数百名に上り、科学者、研究者、学者、医者、ヨギ、瞑想者、ヒーラー、看護師、主婦、主夫、大工、有機農家など、職業や地位、年齢や信念体系を超えた人たちで構成されています。

月二回、コミュニティセンターで集まるサークルには数十名が参加し、参加者は自宅から雨水や水道水を持参します。それだけではなく、私たちの地域にある泉、オンカパリンガ川や南極海など地域の水も持参します。瞑想サークルの中央に集めて置き、祈りを託し、瞑想後には、それらの水をもとの場所に還し、水のスピリットへ想いを託すことも行っています。

私たちのグループは、参加者の性質上、科学とスピリットを統合し俯瞰できるのが特徴です。毎回の瞑想前には、短時間の情報共有を行い、継続的にプロジェクトを進めています。その一つに、人間による自然界への過度な仲介によって塞がれた地球の地磁気を戻すため、パラマグネティック・タワー(地磁気塔)というものを建てるプロジェクトがあります。

高さは数メートルから、十メートル超と、五重塔などに比べると小さなものですが、高さによって磁力が変わるため、大きな敷地面積のファームのでは巨大な塔を、住居区の小さな有機畑を網羅するのであれば小さめの塔を設置します。これまでに、この地域では100以上の塔が建てられました。


私たちの祈りは行動へと実り、地上の地磁気をより自然な形で通すことで、生命力ある土壌から高栄養価の有機作物を自然の恩恵のままに作り出したい、私たち人類の健康で調和ある暮らしをサポートしたいと考えています。人間の精神の不調が少しでも減ること、精神疾患の「治療」のために使われる中毒性のある薬物利用が減ること、若者の薬物乱用が減ることも意識に入っています。社会的に発生した不調やトラブルは、私たちの人間の暮らしが、地球本来がもつ自然環境と共に立ち、考え、調和して発展していくことができるとき、やがて減っていくからです。


現在の南オーストラリアのファウンテン・グループ(ファウンテンSA)は、約二年前に現在のメンバーとなり、同州内の主要な3つの泉に焦点を置いて、水へ意識を送ってきました。ちょうど、昨夜はファウンテンSAの二歳の誕生日で、普段の瞑想場所(コミュニティセンター)を抜け出し、ハンドルフにある噴水にて集まり、シンギングボウルを使って水へ感謝と愛をおくってきました。


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グループでは瞑想をした後は、毎回ダウンジングの大御所であるドイツ出身の研究者が、祈りのフィールド(範囲)の広がりを世界地図に記していきます。2018年1月には、フィールドはオーストラリア大陸を越え、先々月東南アジアに届いた際は、仏教寺院等のストゥーパや仏塔が放つ磁力と合体し、数値にも影響をもたらしました。今年は地磁気の弱まりにより日本はじめ環太平洋のリング・オブ・ファイアーの火山活動が超活発な一年となっていますが、バリ島アグン山、ハワイ島キラウエア火山が噴火した際も、私たちは祈りを送りました。



※世界地図に現れるフィールドは、私たちの祈りが届いていることを現しているだけで、このフィールドを強めるのも、信じないのも、もちろん個人の自由です。 このフィールドは、すべてを一瞬で癒す魔法ではありません。水を一瞬で浄化するものでもありません。意識は四次元に存在するのであり、私たちが存在する三次元の領域へと物質化するには時間がかかります。地球全体の集合意識が、強欲や哀れみや争いなどに支配されている間も、アジア圏を中心とする比丘や尼僧が、功徳と慈悲の瞑想を送り続けている事実と三次元への関係は、瞑想が深まれば自ずとわかってくるものです。分かりやすく極論を言うならば、この世から比丘や尼僧が消え、すなわち慈悲と祈りの心が消滅したならば、現在地球はそれ以外の意識、すなわち強欲と競争だけに支配された状態となることでしょう。 だから、私たちはまずは私たちから行っています。実際に瞑想会に集まるかそうでないかは、ここではあまり重要ではありません。今ある私たち自身の意識が変わらなければ、私をつくる私の人生、私たちをつくりだすこの社会の在り方は変わることはできません。



今年6月現在のフィールドマップ。日本へと近づいていきました。

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日本の沖縄には、先月7月に到着し、遅れて福島原発の周辺もフィールドに入りました。



なぜ日本にフォーカスするのか


ファウンテンSAが日本にフォーカスしているのは、私がいるからではなく、特に福島の原発からの汚染水が流れ出たころからです。南オーストラリア州には、1950年代と1960年代に二度の原子核実験が行われたマラリンガがあります。もともとが砂漠であったから実験が行われたとは言え、現在も進入禁止、生き物は死んだままです。原発のないオーストラリアであるにもかからわず、政府は他国の放射能汚染物質を輸入し、巨大な処理場にする計画があります。

原子力エネルギーに反対しているのではありません。すでに間違った意図で使われてしまったウランの除染が世界規模で必要いと考え、それが、マラリンガだけでなく福島への強い想いへとつながっています。先にあげた、ファウンテンSAを牽引するドイツ出身の博士は、ガンの治療に効果がある通常の植物(例えばスミレやブラックベリー)の使い方などを通して体の浄化から、心の浄化(マントラやエネルギーワーク等)、マインドの置き方などの伝授も行うだけでなく、水面下で放射性物質の除染デバイスを開発しています。



呼びかけをお願いします


私たちは、愛と尊敬の念をもって、すべての清き水に、清き水がつくりあげる人間に、人類、そして福島の原発および被ばくした水に意識を送ります。


私たちの目的と意志と同調して、ともにフィールドを広げていただけると感じていただけましたら、ご連絡ください。瞑想を長くしている方でしたらおわかりと思いますが、同日の同時間にする必要はなく、大切なのは心のつながりです。大層なことはしていません。水へ愛と平和の意識を送るだけです。


メッセージをいただける場合は、簡単で結構ですので、場所(都道府県や市町村など)、グループでしたら大まかな人数、目的などが明確でしたらそれも含めてメッセージをいただければ幸いです。こんにちはのメッセージだけでもありがたき幸せです。

つながるときです。


また、パラマグネティズムに関しての研究、土壌への効果(英語)、常磁塔にご興味のある方がいらっしゃれば、つなぎ役ができるかと思いますので、ご連絡ください。


連絡は、facebookのメッセンジャーからしていただけると繋がりやすくなります。
Facebook: Híroco Fujï
(あえて特殊文字を使っています)




。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


※ファウンテン・インターナショナルのご紹介(英語)





※ウルル
ウルルは、Yankunytjatjaraカントリー(地域)全体の地名をあらわし、岩自体の名前でもなく、「ウルル」という単語自体にも意味はありません。現地語で「Cry」や「シャドー」という意味があるようですが、英単語には転換できない言葉のようです。現在、オーストラリアは一国ですが、かつてアボリジニのネイションは多くて700部族ほど存在したといわれいます。


日本語ではエアーズロックと知られていますが、こちらではウルルと呼ぶのは、オーストラリアでは、イギリスから到着した発見者にちなんで、山や石を命名してきまたが、この国のCustodians(管理人)であるアボリジニの尊厳を認識し尊重する人たちの間では、原語を使うことが通常です。例えば、日本の富士山が、マイクさんに発見されたとして、公式名「マイク山」で世界地図に記載されていたらおかしいですよね。日本を知っている人は、たとえ地図に書かれている「公式名」が何であれ、いつもずっと富士山と呼ぶでしょう。




※参考動画
水の声を聴くことができる原住民コーギー族

南米コロンビアの原住民コーギー(プーマ)族は、自然を慈しみ調和をたもって生きるスタイルを、政府から同化されることなく、現在も維持する心体精神ともに純粋な部族です。彼らの暮らし方は、水とコミュニケーションすることを容易にし、水の動き、音、波動から、水の言葉を受け取ります。1980年代に、コロンビアのカリブ海側で巨大リゾート開発案があがった際に、自然界のバランスが壊れるからと大反対をしたのは世界へ「水からのメッセージ」を伝えたものでした。しかし、コーギー族は大企業側から「バカ者」扱いされ、開発は決行されました。ホテルやレストランが乱立し、汚染水が急速に垂れ流された結果、現在、この地域では洪水などの自然災害が大問題となっています。

詳しくは、ドキュメンタリー映画『Aluna』(英語版)。




※アルナはコーギー語で、日本語で「道徳心」を意味します






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知っておくと!アヤワスカ儀式の準備と流れ [シャーマニズム・スピリットメディスン]

Kuuya.jpgペルーのシャーマン宅(広大な敷地)で得た、アヤワスカの儀式に関しての情報共有デス。
知っておくとよい準備と、儀式の流れを簡単に残しておきます。



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その前に、

アヤワスカをする前に、知っておきたいシャーマニズムについては、
⇒ こちら


アヤワスカをする前に、知っておきたい基礎知識は、
⇒ こちら


アヤワスカをする前に、アヤワスケーロが伝える真実を知りたい方は、
こちら



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儀式の準備



シャーマンであるマヌサイのお父様が建てたヒーリングリトリートセンター、パチャママ・ワシ(母なる地球の家)。


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儀式用の神殿へ。

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入り口へやってきました。

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扉の向こうに待っているものは...

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自室から持参したアヤワスカとさまざまな神器とともに、アヤワスケーロは神殿に入ります。最初に、場のエネルギーを調整し、現実世界と精神世界のつなげ役としての重要なポジションに自らを配置してから、参加者の座る位置などを調整します。アヤワスケーロがすべてを指揮し、彼のアヤワスケーロ弟子でもあるシャーマンのマヌサイは常に彼の右隣に座ります。


アヤワスケーロは、儀式が始まる前から参加者全員をサイキックスキャンをしています。サイキックスキャン ー いわゆる千里眼を持つ人がするスキャンのことを私は勝手にそう呼びますが ー この場合でいうと、治癒者にあたるアヤワスケーロが、患者の体と精神状態すべてを、スピリットと交信することで理解するものです。このスキャンによって、神殿内でアユワスケーロは誰をどこにおくか、そもそもアヤワスカが必要か否か、必要ならどのくらいの量か、などを見極めています。


クスコで会った日、聖なる谷までの移動車内で隣同士だった時からずっと私の斜め背後を見ていたアヤワスケーロは、私がスペイン語ができることを知らずに、助手席に座るマヌサイにスペイン語で「この子は父親と女の人を連れてきた」とつぶやき、私をすべての儀式(5回)で彼の左真隣に座るよう指示しました。





参加者側準備


参加者はそれぞれ、アヤワスケーロが指定する場所に、マット(ヨガマットサイズ、寝袋、一人用マットレス)を敷き、数枚のブランケットとボルスターとバケツを置きます。ペルーは標高が高く、十月の夜は寒かったので、私は個人的に、冬物ソックス、パーカージャケット、分厚めブランケット、帽子、それからティッシュを持参しました。儀式中は、毛穴細胞穴という穴からいろんなものが出てくるのですが、神殿すぐ隣にトイレがふたつ常設されているので心配無用。儀式前にトイレを済ませますが、儀式中にトイレに行く際は用が終わったらすぐに神殿に戻るようにと厳しい指示がありました。



さて、話を聞いたことがある方はご存知かと思いますが、各参加者の体調と精神状態と準備度合いによって、げろげろ状態と、または、から、神様君臨状態と、さまざまなことがめくるめく展開されます。その準備の代表的なものは、1.まずは食事。それから、2.瞑想などで気づきの力を深めたり、自己探求をしていること、でしょう。



1.食事

儀式前には食餌制限を薦められます。その期間が数日や一週間ではなく、できるだけ長く継続され、体内(内臓)がデトックスされていることがアヤワスカの効果を十分に得るために必要のようです。食餌によって、体内と胎内だけでなく精神もクリアに浄化されていくのは、例えば日本のマクロビやインド・スリランカのアユルヴェーダを見れば明らかですが、アヤワスカの準備に際しては、相性が悪い、肉類(特に豚肉は厳禁)、香辛料と刺激物(唐辛子やアルコール等)、揚げ物、卵の黄身部分、そして大豆製品類は避けるべきとのことです。儀式前の食事では避けるべきで、アヤワスカを飲んだ後も、大豆製品以外はできるだけ長く摂取しない方がよいとのことでした。


2.瞑想や自己探求

瞑想によって得られる気づき、サイキック能力、集中力というのは、何をするにおいても、そのものの効果を倍増したり、物事をおだやかに成功させる力があるのだと思います。
アヤワスカの儀式において一所懸命がんばって働いてくれているのはアヤワスケーロとシャーマンというイメージがあります。たしかに彼らが全部してくれはするので、私たち(のロジックや思考)は引っ込んでいた方が得策です。私が儀式をともにしたほぼ全員も、アヤワスカを飲んでちょっとげろっとなった後は、すぐ横になって(立派なベッドを作って寝にきている人や)、いびきをかいて寝ている人もいました。いや、寝てもいいというか、寝た方がいいと思います、寝られるのなら(笑)。頭の中で変にいろいろ考えながらアヤワスカを体験するくらいなら、寝た方がぜったいベターと思います。しかし、瞑想やヨガを続けていてマインド(思考)の役割がわかっていたり、マインドを観察して止観できる力があるならば、より一層高い次元からこの儀式を体験することができるのだと感じます。
さらに、自己探求をしている方は、アヤワスカをいただく目的や理由を明らかにしやすいということもあるかと思います。このシリーズですでに書いたことですが、アヤワスカをする前にジャーナルなどをつけたりして、意識を明確にすることはとてもお勧めです。




ちょっと私の準備談


ここで、私の準備に関して述べますと、これまでアユルヴェーダのサトヴィック食とヴィーガンを組み合わせた自己流の食餌療法を既に数年実践していた上に、断食したり、胆石もきれいにしていたので、体内(内臓)のデトックスはほぼ終わっており、心の大掃除にフォーカスすることができました。(アヤワスケーロには、アヤワスカと最も相性の良い食生活だとお喜びに>笑)。
同じく、十年続けてきた瞑想と気功と呼吸法が、まさかここで役立つとは思ってもみなかったのですが、儀式中に集中力が途切れないどころか、瞑想で到達する三昧の辺りから、次元の扉の向こうへアヤワスケーロと一緒に旅するようなことが多々起こりました。


体調に関しては、持病の腰痛がまだ回復中で、オーストラリアから太平洋真反対のアルゼンチンを経由してペルーのリマ、それからクスコを経由して聖なる谷まで飛行機と車を乗り継いで、しかも標高のアップダウンを経てパチャママワシまで来るのは、体力的に限界でした。胃腸性機能障害を持っていたので、アヤワスカをしている28日間、吐いて下して食べられずでこれまた結構苦しめだったのですが、明確な目的が果たせているのが実感できたため、精神的には辛くはありませんでした。ペルーから戻ってから、その回復が早まったのは間違いありません。胃腸性機能障害からの回復(⇒こちらのシリーズもどうぞ)を求めて、インドでパンチャカルマをするかどうかを検討していた際にペルーに呼ばれたので、なんだかペルーでパンチャカルマをした気分になりました(実際、マヌサイの妹さんはこの家でアユルヴェーダを施術しています)。






一般的に、儀式で起こること


※人、場所、環境が違えば、すべて違うアヤワスカ体験です。ここでは、私が神殿の中で行った5回のアヤワスカ儀式の体験をシェアしています。


滞在中、新しい参加者が到着したり、出発したりと、儀式を形成するメンバーが変わることがほとんどでしたが、日中にはヨガをしたり、一緒に食卓を囲んだり、チェックイン・サークル(精神、体調などがどうであるかを、妨害されることなく自由に表現する安全な輪)をしたり、また儀式の前にもサークルを組むなどして、仲間たちとつながりました。


陽がどっぷりと沈んで、精霊たちが動きだす時間帯に儀式がはじまります。輪になって座っていると、アヤワスケーロが一人ずつ名前を呼ぶので、彼の前まで行って座ります。然るべき呪文を全員で述べた後、アヤワスケーロがアヤワスカを適量注ぎます。聖杯は、木で彫られた小さなもので、そこに特別なタバコの煙を吹き入れます。隣に座っていたので、アヤワスケーロが奏でる口笛とイカロスを聞いて煙が踊り出すさまを毎回眺めることができました。アヤワスカを飲んだ後は、定位置に戻り、次の人、次の人、というように順に全員がアヤワスカをいただきます。



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儀式は、イカロスやアルカナというスピリットソングで開始されます。口承で伝えられてきたイカロスは150種類から200種類あるといわれており、アヤワスケーロはさまざまな状況にあわせてイカロスを使い分けていきます。それは鼻歌であり、口笛であり、シャカパと呼ばれる神聖なスピリットプラントが奏でる音であり、静寂でもあります。イカロスと口笛や楽器が奏でられるそばからソングラインが織り込まれ、そのラインに乗って大蛇の精霊、アヤワスカが姿を現します。





世界の多くの土着文化でなじみ深い蛇...育った京都のお寺にも蛇の神様が祀られており、一発目のアヤワスカで空也上人が現れました。

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≪お念仏もソングラインもエネルギー。重要文化財空也上人像≫





一定の周波数内で癒しが起こる


アヤワスケーロがスピリットソングを奏でながら癒す一方で、ヒンドゥー司祭でもあるマヌサイは、インドの古典楽器を使ってヒンドゥーの神々を迎え入れます。インドどペルーの伝統楽器を自由に使いこなせる彼は、神殿内をインド伝統音楽でインド百万の神、そしてペルーの自然界の八百万の神々を呼び集めます。ペルーでインド?と思われるかもしれませんが、マヌサイの家には、アグニホトラ(火の儀式)の神殿、シヴァ、ガネーシャ、カリ、インドの聖人等が要所に祀られ、サイババの瞑想堂もあり、インドの司祭でもあるマヌサイはペルーとインドの神々と協働し癒しを施しています。

ここで音楽というのは、周波数を意味しています。神殿内の開けられた次元扉の中で、上層の精霊だけが存在できるような周波数をつくり出し、神殿内を神聖な癒しの場へと変えていきます。


一度目(最初の)アヤワスカの杯を全員が飲みおえると、次に一人ずつアヤワスケーロの前にもう一度呼ばれ、アヤワスカの精霊とアヤワスケーロが魂の大掃除をおこなっていきます。立つこともできない者へには、アヤワスケーロが出張し、ひとりずつしっかり視ていきます。アヤワスケーロにはすべて見えているのだと思います。どこまで見えているのかは、私は彼の目ではないのでわかりませんが、少なくともアヤワスカの精霊により、患者の身体をエネルギー体として透視しているのだと思います。アヤワスカを胎内に招きいれた私たちそれぞれが感じていること、経験していることを、アヤワスケーロも共有しているはずです。そして、私たちを「神の御名のもと」普遍的な愛と総全体の善の方へと導いていきいます。


参加側は、この場ではもうなるようにしかなれず、ある意味なされるがままです。アヤワスカの守り神であるアマゾンのプーマやコンドルが登場したり、もう話すことのできない人が話しはじめたり、ある人生のできごとの本当の意味をとうとう理解したり、傷ついたハートが取り出されて新しいものと入れ替えられたり、、、。あなただけに、あなただけの、アヤワスカ[ぴかぴか(新しい)]





神聖空間を護る責任


神殿の外では、下層の霊たちがうようよとしています。下層の霊というのは、悪い霊ではありません。迷える霊です。彼らは闇からの助けを欲しがっている霊です。私たちは彼らに対していつでも功徳を分け与えることができますが、救うことができないことをはっきり宣言しなくては、逆に連れていかれてしまいます。アヤワスケーロは、参加者が祟られたり、リンボ(辺獄)に陥らないようにしっかりと護る義務を果たしています。


さて、ある日の儀式で、私のパートナーがトイレに行ったきり帰ってこないことがありました。参加者はほとんど寝ていますし、だれも気付くものはいません。アヤワスケーロとシャーマンは、彼がトイレに立ったことは知ってはいましたが、神殿内を護り全員のヒーリングに集中していました。彼が帰ってこないで30分近く経って、これは「遅すぎると」マヌサイに囁いたところ、途端に楽器を投げて、走って神殿の外へと出ていきました。大声で彼の名前を呼びます。マヌサイが彼を探して敷地内を歩き回る間、アヤワスケーロは極度の集中力で無言でした。そうしていると数分経って二人は一緒に神殿に戻りました。


戻るとすぐ彼はアヤワスケーロに呼ばれ、すでについた低層の霊を祓ってもらっていました。彼がどれほど闇へひっぱられていたのかわかりませんが、ひっぱられたから戻ってこれなかったのです。アヤワスケーロはお祓いをした後、この神殿内は絶対的に護られて安全であること、外の世界は逆に救われたい癒されたい百万の霊が待ち構えていることを伝えました。だからこそトイレにいったらすぐ帰ってくるという決まりを護らなければ大変なことになると諭しました。私には、アヤワスカの儀式を提供するアヤワスケーロとして、儀式内では何があろうと低俗霊から全員を護る気合いが感じられました。




霊的手術/サイキックオペレーション


神殿内では、引き続きアヤワスケーロとシャーマンと精霊がオンパレードでヒーリングをしています。アヤワスケーロと精霊界の調和、完全なハーモニー。そのハーモニーが織りなすラインが身体を通っていきながら、同時にその一部として存在する摩訶不思議空間。アヤワスケーロと同じ次元に立つことができれば、この完全なるオーケストラを同じ目線(次元)で見ることができます。まるで蛇がすべての細胞を通り過ぎていくような、次元の境のない宇宙へ飛び込んでいくような、ソングラインを抱きしめながら音そのものになるような。


胎内にいついた黒魔術や、呪い、エンティティがお役目を終えて去る時が来たのなら、それはこの時です。アヤワスケーロはイカロス(ソングライン)とシャカパ(スピリットプラントで作られるハタキのようなもの)と、聖なる水、スピリット・プラント(煙草の煙)、そして最も重要な要素である純粋な信仰心を携えて、「霊的手術」または「サイキックオペレーション」を遂行します。三つの世界の扉が開いた多次元空間でしかできない宇宙手術。

それらのものを駆使して、患者から(時には患部から直接)彼自身の体内の中に吸い上げます。この霊的手術は、手ごたえのあるモノに対しておこなわれるようで、私が真横で視ることができたのは、例のアヤワスカを不注意にも施す側になり盲目になりかけていた彼への、視力回復手術だけでした。

私たちはもう吐ける物質もエネルギーもなく、もう吐けない状態ですから、彼が患部から直接吸い上げます。吸い上げるのです!神技です。体の中で悪さも怖さもなんでもやってきた手ごたえのあるあれやそれ、同時に大切な学びや気づきをくれたあれを、見事に自らの体に巧みに吸い上げてしまうのです。霊的手術を4回、しかも毎回横になってお腹を出して受けた私は、吸い上げられ、出ていく感触を感じました。私にはアヤワスケーロが見たものすべてを見たわけではありませんが、その後何を見たか聞きだしたところ、彼が答えてくれたものは私が見たものと同じでした。




儀式の終了、後始末


儀式が終わるのは、深夜も丑三つ時もすっかり過ぎてから。参加者は睡眠をとるために寝室に戻り、翌朝はまずシャワーを浴び、その後食べられる人は定められた朝食をいただきます。その後、バケツに吐き出されたモノを神聖な土地に埋め、ケチュア族の神聖な氷山からおりてくる天然水でバケツ諸々を洗います。



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アヤワスケーロが吸い上げたモノで、聖水で洗われる運命でなかった分については、彼の胎内にあります。儀式は何日も続くことがあり、何十人という数にのぼることがありますが、アヤワスケーロは吐き出されたモノを胎内に「一時保管」します。すべての儀式を終えた後、その後ひとりジャングルに戻って、アレやソレなどの霊的エネルギーを、あるべき場所へと送り還します。一日や数日の作業ではなく、それ以上になることがあると話していました。もちろん、ここでも断食するそうです。この断食する理由は聞けなかったのですが、霊的な存在を尊重した上で、彼自身や自然界の霊性を守るためではないかと感じました。



終わりました。ホッと一息。

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≪休憩中のコルカス。彼はアヤワスカで聴力を取り戻し、今はアーティストに≫






今や病気だというと、病院に行ってお医者さんといわれる人と話し、病名に応じて処方される製剤医薬品を飲んで現状維持する対処療法か、発達してしまったそのもを切り離す手術が一般的です。精神の不調であれば、その人本人を社会から分け離す(ホームへ入院させる)のが通常です。社会が、社会で、「普通に」機能できるよう、お金があれば概ね短時間で「整理できる」時代です。

古代から利用されてきた病気の癒し方は、根源療法でした。森やジャングルなどに行って薬草などを使って、病気の源となるエネルギーを元の状態へと戻す方法が取られてきました。お医者様というものはおらず、メディスンマンやシャーマンと呼ばれる叡智と経験のある者が、創造主からチャネリングしたメッセージと深い普遍の愛ともに、自然界と共同で患者を癒してきました。

どれほど科学技術が発達しても、変わらないものは、魂の真実。これが私たちを聖なる存在にもさせるの。魂は見えないもので、わかるまでは些細な感覚のため、我々はついつい見えるこの身体だけが「存在のすべて」であると思いがちです、しかし、私たちの二つの目では見えない存在が、私たちの身体以上、人類の人口数以上に存在していることが真実なのです。今、あなたがこの記事読んでいるとき、ふと考える遠いあの場所のあの人や、彼岸に行ったあの人、本で読んだことがある精霊たち、もしも私のことを知っている人は私のことを考えるだけで、彼ら(私たち)の魂は今そこにも存在することができるのです。そしてそれをすることができるのは、人間が持つ聖なる力、マインドのパワーなのです。マインドのパワーを知る時が訪れ、そしてがっつり学んできたのは、その後訪れたタイ上座部森林派の修行寺です。それはまた、次回のお話しといたしましょう。。。



治せない病気はない。



今回アヤワスカをいただいたことで、いわゆる病院や研究所で開発された医薬品では到達できない領域があり、そして普く存在するものの存在法則を知っているシャーマンにしか癒せないものがあることを、強く実感しました。




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密着28日間!アヤワスケーロが明かすアヤワスカの真実 [シャーマニズム・スピリットメディスン]

シャーマニズムを理解せずして、アヤワスカは語れません。シャーマニズムのまとめは、

こちら⇒アヤワスカの前に。シャーマンとシャーマニズム(1)



アヤワスカのお話は二次元ではお話することが難しく。パラレルで進めたこちらの記事も併せて、

どうぞ⇒【アヤワスカのネ申体験を無駄にしない基礎知識】


参考として、私が体験したアヤワスカ儀式の準備と、儀式の流れを知りたい方は、

こちらまで⇒【知っておくと!アヤワスカの準備と儀式の流れ】



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日本のことわざで、餅は餅屋って言葉がありますね?アヤワスカも同じ。アマゾンのアヤワスカに関してはアヤワスケーロの右に出るものはいません...。ということで、密着!アヤワスケーロに学ぶ28日間!。聖なる谷(Sacred Valley)は、山の精霊(Apu)に囲まれたシャーマンの故郷で『パチャママ・ワシ(母なる地球の家)』で、アヤワスケーロから教わってきたことと、体験後に得たさまざまな考察を含めて、お伝えするスピリット・メディスンシリーズです。





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≪月の秘薬であるアヤワスカのツインフレームともいえる、太陽の秘薬サンペドロ(ケチュア語でワシュマ、サボテンの一種)を8時間半かけて煎じ中≫



ーーー



以前観たドキュメンタリー映画で、満月のアマゾンの夜に、植物が独特の音を奏でるという話を聞いて驚いたものですが、アヤワスケーロの耳には、それぞれの植物の精霊が奏でる歌のライン(ハーモニー)が異なるものとして聴こえ、複数の種類が存在するアヤワスカ種の中でも、治癒用に使うアヤワスカを見極められるのだそうです。植物が歌をうたう??都会で生まれ育ったような現代人には、見た目にもまったく同じ植物のように見えるものでも、シャーマンの感覚でそれらがまったく違う植物だということは一目(耳)瞭然だそうです。



先にも説明しましたが、南米原住民族の間で長く使われてきたスピリットメディスンの中でも、「蛇の女神」として知られるアヤワスカを中心に扱うシャーマンは、特にアヤワスケーロと呼ばれています。彼の仕事は、正しい植物を採取して煎じ、セレモニーで捧げ、患者の胎内にある病源や呪いを取りのぞき、然るべき場所へと送り還すことです。



2016年元旦から、オーストラリアのアボリジニ長老衆と儀式の旅を共にしたシャーマンのマヌサイは、彼の愛弟子であり、息子以上に家族のような間柄。アヤワスケーロのことはマヌサイからたくさん聞いていたので、オーストラリアで「シャーマン」という存在に多少のうさん臭さを感じていた私は、アヤワスカ専門家と会えるこのタイミングに、シャーマンの役割や真実を知りたいと思っていました。

(...多少うさん臭いというのは、日本の話しに例えるならば、、、正真正銘のノロと出会うには、謙虚さと尊敬の念をもってこちらから沖縄へ会いにいくのがスジじゃないか、と思うのですね。沖縄に行ってノロに数回あったオーストラリア人が、オーストラリアで、”I am Noro"「ワタシのろデス」っていって1セッション数万円とかいうと、アレなんかおかしくないかと思ってしまうわけですよ。)



...とまぁ、目論んでいた私の思考の外で、出会った日からアヤワスケーロの方が私から目を離してくれない状態でした...(/ω\)、って恋したわけじゃないです(;´∀`)。イキートスからやってきたアヤワスケーロと、マヌサイと、マヌサイ弟君(彼もシャーマン)の乗った車が、私たちをクスコの旧市街でピックアップした時から、隣に座ったアヤワスケーロのエネルギーがこちらに向いてることが私ですらわかったわけですよ。私に、ではなくて、見えないほうのアチラの方ですけれどね...ひっ ひっ ひっっ




さて、アヤワスケーロは真面目で寡黙な男性で、10歳のお孫さんはすでにアヤワスケーロ修行をしているというので、小柄なおじいちゃんといったところ。いつもの彼の存在感は、ここにいるようでいないような、なんだか狼のように耳を立てて場を護っているかのようでもありました。私が話しはじめると底なしに深いまなざしで、体中の細胞を耳にして聴いてくれていることを感じ、同じ場を共有することで集中という言葉の向こうがわにあるなにか他の次元へ入っていく感じがしました。時折、ひっ ひっ ひっっと奇妙に笑ったりするのが奇妙可愛くもあり。。。。



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≪敷地内の高台から、一緒に牛の代かきを眺めたり≫






アヤワスカの儀式を数回して一週間経った頃には、私は彼の穏やかな仕事ぶりから真摯さと献身さを理解していました。儀式以外の時間に散歩をしたり、カウンターに座ってワードゲームをしたり、一緒に儀式で自分が飲む薬を煎じたりと、そんな間柄になってきたころ、ヨーロッパからブラジルで開催される国際アヤワスカ会議へ向かう途中の一団が到着しました。長い話を劇短にすると、この一団はほぼ全員知らずか知ってかアヤワスカ中毒になっており、数名に於いては出身国でアヤワスカを提供する側になっていました。アヤワスカを嗅ぎつけて旅する者、よくわからなくなってしまった者もいれば、またその内の一人は、提供側となって以来視力を失い続けていました。数人は、すごいアヤワスケーロがいると嗅ぎつけて、また他の数人は中毒から救われたい想いで、ここ、パチャママ・ワシに到着しました。


これは、その時にアヤワスケーロが言った言葉です。





「アヤワスケーロは、仕事に命を掛けている」




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参考)アマゾン上空からの眺め




彼のホームは、アマゾン。
アマゾンは、かつて「地球の肺」というキャッチコピーがついたほど、巨大なジャングルに覆われていました。そこには、未発見の動植物、昆虫、そして原住民族が棲んでいるといわれ、文化人類学者や製薬会社の科学者を虜にしています。しかし、近年の道徳を外れたゆきすぎた開発により、その土地と自然文化は過去50年で五分の1にまで減り、遠い日本人の知らないところで、砂漠化が懸念されるほど森林破壊は秒単位で進んでいます。

毒を持つ動物や昆虫が這う道なき道を散歩することは、都会人にとっては命がけですが、彼らにとってはこれは日常なので危険ではありません。逆に、このような大自然の環境下で暮らしていれば、植物が歌うことも、植物の精霊と交信するのも、なんだか至極当然で自然なことのようなことにも思えてきます。







さて、命を惜しまない仕事ぶりは、アヤワスカを煎じるところから始まります。
アヤワスカの準備にあたっては、アヤワスケーロはひとりジャングル奥深くへ入り、断食し、独自に調合した7種類の植物を煎じます。これらの植物を、彼はスペイン語で Los Siete Medicinales de Ayahuasca 『アヤワスカの七種のメディスン』と呼び、優秀なドクターであるといいました。準備中は、偉大なる創造主へ祈りを捧げながら、アヤワスケーロは献身的な愛をもって、七種類の優れた植物とひとつになります。この作業は、量によっては平均して三日から五日かかるもので、これが一度目の身体に大きな負担がかかる場面、絶食です。(各部族の文化や自然環境によって、調合する植物や煎じる時間は異なります)



出来上がった、アマゾン風味の濃厚すぎるお茶は、自分の部屋へと持ちかえり、自らの手で患者に捧げるその日まで一緒に過ごします。それは工場で大量生産されたペットボトルのお茶のようなものではなく、精霊と愛が凝縮した結晶水ですから、彼以外の誰の手にもわたりません。マヌサイもアヤワスカを施すことができないほどで、知らない人に、ましてや海外へは売らないとも言いました。最強な秘薬の扱いを知らないで提供することが危険であることを、知っているからです。


そして、アヤワスカを作った当人が儀式を執り行い、患者の胎内からエンティティや黒魔術を吸い取った後は、責任をもってそれを己の胎内に一時保管し、アヤワスカを煎じたジャングルへと戻っていきます。そして、再度ジャングルにて絶食...胎内のエンティティを胎内からクリアにするまでジャングルにこもるのだそうです。一カ月にわたりアヤワスカの儀式をした場合、いったいどれほどのエンティティを胎内に溜め込んでいるのか想像も及びません。アヤワスケーロが呼ぶところの「よそ者シャーマン」が胎内にエンティティを一時保管した場合、次の患者にそれを吹き返しこむか、でなければ本人の身体をむしばんでいく可能性のあるようなエンティティを、患者の病気の治癒のために、経験と叡智でもって自らの胎内に吸い上げるのです。アヤワスケーロの前にどのような患者がきても、癒すことが精霊アヤワスカの意志であるならば、彼は癒しを施すのです...命を惜しまずに。




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≪パチャママ・ワシの神殿からアプを眺める≫




アヤワスケーロが、「命を惜しまない」といったのは、この一団を含んでのアヤワスカ儀式を終えた翌日で、シャーマニック・ハイキング(アヤワスカを飲んでから、途中サンペドロをいただいて山頂にある聖なる河へ禊にいく行程)の帰り道で、精霊の木の下に私たちを集わせたときでした。彼は謙虚すぎるお人柄で、この一団を叱ったわけではありませんが、人間的な感情を少し含めたきつめの口調で、「アヤワスケーロは、仕事に命を掛けている」。と渋みをもって伝えました。


すべての儀式中、私はアヤワスケーロの左隣、彼に指定された定位置にいましたから、彼がこの一団の一人一人にアヤワスカを提供して癒していく姿をすべて目撃しました。その回は、確か私の3回目の儀式で、もちろんアヤワスカですから心地よい経験ではありませんが、儀式中は絶対に横にならないと最初から決めていたので、吐いたり死にそうになったりしながらもアヤワスケーロの指示で一緒にイカロスを口ずさんだり、またシャーマン間の摩訶不思議な行動を理解でき、彼らには見える見えないものの存在が私にも見えたので、言葉のないコミュニケーションを図ることもできました。


そんなですから、アヤワスケーロが、各人にいったい何を施しているかが、私に伝わったのです。彼が命を惜しまないで仕事をしていること、よくわかりました。目の前にいる人の苦しみを自らの身体を犠牲にして吸い上げることのできるアヤワスケーロの真摯な姿から、個人の意志以上に、アヤワスカの精霊そして母なる地球と協働していることも感じられました。彼はアヤワスカと一心同体ですが、きっと人間的に理解できない状況などもきっとあるのだと思います、それがこの回だったのかもと...


実は、この儀式の前に、当初予定されていた日程があったのですが、アヤワスケーロはアヤワスカを提供しませんでした(儀式の中止を行いました)。その理由は私ですら明らかでしたが、代わりにマヌサイがヒンドゥー教の火の儀式をし、ペルーの聖なる谷にインドの神々を集めて、その輪の中でこの一団全員にアヤワスカが何であるかについて愛をもって諭しました。厳しい言葉もありました。目が覚めるような言葉がたくさん聞かれました。数時間に及ぶ火の儀式のあと、数人は、絶対なるものにたいして許しを求めたり、黙り込むもの、ある者は涙していました。この理解の翌日、アヤワスケーロは上記の儀式を行ったのです。彼は、アヤワスカと母なる地球への尊敬と敬愛がない者に対して、アヤワスカの神聖さと重みを伝えたかったのだと思います。





また、アヤワスケーロは、こんなことも教えてくれました。



「白」と「黒」のアヤワスケーロ


患者の身体と心(精神)の傷(トラウマ)や不調を治すという純粋な目的でアヤワスカを煎じ提供し、創造主とアヤワスカの精霊を深く敬い愛するアヤワスケーロは、ホワイト・アヤワスケーロと呼ばれるそうです。その反対に、お金や地位やジェスチャーのため、曲がりひねくれた意思や、明らかに道徳に反した目的でアヤワスカを利用する者は、ブラック・アヤワスケーロと呼ばれるそうです。ブラック・アヤワスケーロは、セレモニーの参加費を払った人に対して、通常全員にアヤワスカを提供します。ホワイト・アヤワスケーロは、精霊のもとで動(働)くため、目の前にいる患者に飲む準備とタイミングが訪れていないメッセージを受け取ると、提供するのが今ではないと断ります。上記に書いた通り、アヤワスカではなく、火の儀式を行ったり、異なるメディスンやスウェットロッジを行ったりして、ある程度アヤワスカの精霊にいろんな角度から近づいてから、アヤワスカを提供するようです。




アヤワスカは誰のため?自分さえよければ?


90年代にアヤワスカ成分の科学研究が再開され、口コミとネットでアヤワスカが世界中に知れ渡ってからというもの、アヤワスカが本来必要とされるアマゾンの森の子供たちや大人たちの手に届くことなく、西洋に輸出されていることを、アヤワスケーロやシャーマンたちは危惧しています。木を伐採した外国人のほとんどが、誰も森を戻そうとしていないのと同じで、失われたアヤワスカの木を、植樹に来るものはほとんどいないのだそうです。私が出会った他のアヤワスケーロも、聞くところによると「アヤワスカ・マーケット」の中で、原住民の森を守るために働いているようなアヤワスケーロは2%ほど(ほとんどいない)だと言われています。家や紙やお箸や建築資材として切り倒される木々、人間の胃に流れこんでいくための牛肉を育てるために破壊される森、自分をつくりあげるものの流通経路や源を知らないで当たり前のように消費消耗してく経済の流れとまったく同様に、「今の自分さえよければ」という強欲がアヤワスカの使われ方にも見られます。


中でも、アヤワスケーロが最も懸念していたのは、アヤワスカという植物界の上層に君臨する月の精霊(デーヴァ)に対して、手を掌わせたりするような謙虚さや、それらの精霊が棲まう地球そして宇宙をつくる創造主への尊敬の念がまったくないものの手に、アヤワスカが渡っていき、癒しよりも金銭目的でアヤワスカが諸外国で利用されていること、そして、誰がどこでどんな想いで作ったかわからないアヤワスカが南米から輸出され、その経路を知らなくても無知で使ってしまう「よそ者シャーマン」が増えていることでした。このことはこちらの記事で書きましたが、アヤワスカの精霊と一心同体のアヤワスケーロは、アヤワスカを通して空気中に澱んでいるエンティティをソース(源)に還してやることを常に遠隔で行っていました。




アマゾン原生森を再生する活動


彼はアマゾンを出ることのないアヤワスケーロでしたが、ちょうど私と出会った頃から、壊されていない原生林を守り、破壊された森を再生するために、マヌサイと国際的な啓蒙活動をはじめていました。これまでにアヤワスカの聖なる力を得て、彼女から癒しを受け取った者、神聖なる宇宙との一体感を得た者、過去のトラウマを癒したり、亡くなった方との感情関係を修繕した方々が、アヤワスカへの感謝をアマゾンの森へ還元できるよう、つなげる役目を始めています。


南米原住民の子孫として叡智と使命を受け、見えない両界をつなげる道をどれだけ行っても、容易になるような類の仕事ではありません。逆に、現代社会ではもうなくなったかのように扱われている黒魔術やエンティティの存在を、古代の叡智を受け継ぐ民族たちは知っており、今も強い愛でそれらを解き放ってくれているのです。この地球は私たち人間だけの所有物ではなく、人間だけが好き勝手にできるものではなく、動物や植物たちと共存し、そしてまた見えない存在のものに囲まれ、成り立っていることを忘れてはなりません。


私が出会ったアヤワスケーロは、少年のころから、己の命を犠牲にすることも辞さずに本分を全うする祖父から仕事を学び、修行を積んで、今は自分がその役割を果たしているのだそうです。大いなるものから遣わされたその聖なる才能と献身的な愛で、人々の病や問題を解決する手助けをするのが生きがいなのだそうです。だからこそ、アヤワスカが必要な人に、正統なアヤワスカを正しい方法で提供し、癒したいのだと、教えてくれました。







※このドキュメンタリーだったと記憶しています
“The Sacred Medicine" 直訳=聖なるメディスン






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アヤワスカの神体験をムダにしない基礎知識 [シャーマニズム・スピリットメディスン]


今回は、アヤワスカという壮大なテーマを、アヤワスケーロとアヤワスカの精霊が私に伝えてくれた通りに、歪ませたり捻じ曲げたりすることなく、どうすれば正統にわかりやすい文章で説明できるか、書きながら模索しては推敲しているニューサウスウェールズ州真夏日、カフェのお庭からこんにちは。


ということで、今日もいきます!



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さて、アマゾンのシャーマニズムによりますと、シャーマンはシャーマンでも、月の秘薬アヤワスカを専門に扱う専門家は、アヤワスケーロと呼ばれています。

→→シャーマニズムについては、こちら


そして、この記事は、この次にアップするこちらの記事と並行して進みます。

→→密着28日間!アヤワスケーロが明かすアヤワスカの真実


また、アヤワスカの儀式への準備と、その流れを私の体験から知ってみたい方は、

→→知っておくと!アヤワスカの準備と儀式の流れ

も、併せてどうぞ。


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アヤワスケーロは、彼の献身的で愛にあふれた仕事をするにあたって、命を惜しまないと断言しました。そんな命を惜しませない、人間の脳、神経、行動にとてつもない効果があるというアヤワスカは、いったいどうゆものなのか、ご説明いたしましょう。





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≪シャーマンの家の食卓に置かれたメディスンドラム。儀式に欠かせないもの≫





アヤワスカとは?その効果?



すべての植物が生きていて、そこに精霊が宿るように、アヤワスカも生きています。それは女性の精霊であり、蛇の女神でもあります。彼女の名前は、南米民族の言葉ケチュア語で、アヤとワスカの二語がくっついたもの。アヤ⇒先祖、死者、精霊やスピリットワスカ⇒つる系の植物全般という意味ですが、アヤワスカを体験した人なら、それがヒモやロープという意味だけでなく、アヤワスケーロの奏でる歌が織っていく一本の細く確かなライン...ソングラインを思い出すかもしれません。


アヤワスカの蔓(ツル)は、先住民族の間で数千年前から使われてきたといわれますが、特に1900年代からはその植物の医科学的研究が進み、ガンやエイズ、現代病やうつ病などの治癒に積極的に取り入れられるようになりました。製薬に慢性的に薬漬け(製薬中毒)や、アルコール依存症など、中毒体質となる原因に直接効果が期待されることも知られ、アヤワスカ研究者の Petr Chobot 氏は「アヤワスカは麻薬とは全く関係がないだけでなく、麻薬依存症患者の治療に非常に有効であり、その効力においては現在の西洋医学で及ぶ薬はありません」と述べているほどです。


これらの症状への効果が期待されるようになると、ハリウッドのセレブや著名人たちがアヤワスカを求めてアマゾンへ渡るようになり、近年、アヤワスカは世界中に知られるところとなりました。日本の百貨店でも売られているオリジンズ化粧品の開発者の一人、植物学者のアンドルーワイルもアヤワスカを服用したことで知られていますし、映画『ガールズファイト』や『バイオハザード』などに出演した女優のミッシェル・ロドリゲスも、最愛の人を亡くした後の哀しみと苦しみからの救いを求め、体当たりでアヤワスカと向き合ったプロセスをドキュメンタリーで公開しています。



"The Reality of Truth" 〈直訳=真実のリアリティ〉








アヤワスカの化学成分


そんなアヤワスカが、秘薬だとか「とにかくすごい!」と言われる理由は、それに含まれるジメチルトリプタミン通称DMT(←Naverまとめへ)であることはまちがいないでしょう。これは人間の脳内だけでなく、植物や昆虫たちのからだの中で日々分泌されるホルモンで、分泌される場所は松果体、いわゆる第三の目にあたる場所です(第三の目、眉毛の間のちょこっと上くらいの内側)。

松果体では睡眠を左右するメラトニンが分泌されており、胎内時計をつかさどる場所ともいえます。現代人の松果体はだいたい16歳前後から石灰化し骨のようになっていくと言われ、それに加え、日光浴をしない生活や、深夜まで蛍光灯下で働く現代人は、ホルモンが正しく分泌されなくなってしまっています。この石灰化した松果体を活性化させることができるのも、アヤワスカの特徴です。サン・ゲイジング(太陽凝視)、アーシング(裸足で過ごすこと)、土いじり(微生物を触ること)も同じような効果があり、正しい方法で続けることで身体と心が癒されていくことをパワフルに感じることができます。メラトニンが分泌してくれるようになれば、質の睡眠がとれるようになり、胎内時計が動きはじめれば、やがて無理のある生活ができなくなり、不調は改善へ向かいはじめます。






アヤワスカの儀式の流れ


アマゾンでのアヤワスカの儀式は、アヤワスカを煎じたアヤワスケーロによってほどこされます。場所は、シャーマニズムの記事でお話したように、スピリットとつながる聖なる場、ヴォルテックスです。


アヤワスカをいただく前に、その他の植物や自然の要素(火・風・土・水)を使って浄化等の儀式をすることがあるようですが、それは各アヤワスケーロによるようです。アヤワスカの儀式だけに関していうと、始まるのは日が落ちてからが一般的。儀式の所要時間もまた、本人の状態や、導き手のアヤワスケーロによるようですが、私の体験から言うと、儀式の所要時間は平均的に5、6時間ほどでした。


なぜ、漢方茶や製薬剤のようにパパっと飲んで、仕事に出かけたりすることができないのかというと、アヤワスカがスピリットメディスンだからです。スピリットメディスンを呼び起すためには、然るべき人が三つの世界の扉を開け、開いている最中はその場をがっちり護り、最後には閉じなければなりません。⇒シャーマニズムに関してはこちらから。


儀式中に得られるアヤワスカの作用は、これもまた本人の身体と精神状態により異なりますが、服用後に一般的に起こる作用は、身体と心の激しい浄化です。体内の浄化は、実際に見えるものを吐くものですが、胎内や心の浄化については、「エネルギーを吐く」ということになります。胃の中にもう吐くものがないのに吐くのはつらいものですが、心の垢を吐くのはそれ以上に手ごたえのあるものです。


また、たくさんのビジョンが目の前に移っては過ぎ去っていきますが、これもまたこれまでの人生、目的、精神状態により、各個人で変わってきります。サイケデリックなものや、幾何学模様や、蛇、イーグル、プーマなどのスピリット・アニマルや、5次元なもの等、二度と見ることのないような映像を見ることになるでしょう。すべてのものにメッセージが含まれ、意味があるからこそ見るものですが、その意味は本人が受け取るもので、また受け取れる準備がある場合に見るようです。


アヤワスカの効果や作用は個人によって異なりますが、後ほど私の経験を記しますので、ご興味のある方は少しお待ちくださいませ。






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≪神秘に満ちた Sacred Geometry =神聖幾何学模様≫







神聖な経験をムダにしないための大前提




なんでもそうですが、やるぞと決めたら全身全霊でやるコミットメントと集中力がなくては、達成するものも達成なりません。高校受験も、スポーツも、転職活動も、病気の治癒も同じです。人事を尽くして天命を待つ。アヤワスカも瞑想も、根底はすべて同じです。精霊界50%+こちら側50%⇒どちらともが100%の力で取り組む時、ベストな道が開かれる。神頼みオンリーは通用しない。商人の息子として生まれ、修行を積んで日蓮宗法主となった曾祖父から譲り受けた言葉と同じことを、アヤワスケーロも言っていました。


アヤワスカをいただくのであれば、信頼のおける、正統で、本物のシャーマンである「善の(ホワイト)アヤワスケーロ」による儀式に参加することは最も大切なことの一つです。「あなたが飲んだらこうなりますよ」なんて誰もあなたにアドバイスできませんが、疑問があればすべてオープンに応えてくれる環境があれば信頼できます。受ける側は、しっかりとした目的を持ち、この決断を信じ、一連の行動に完全に責任を持つことが必要です。すっかりと身をゆだねられ、何か偉大なものに護られられる感覚があることも、アヤワスカをするか否かの判断材料になると思います。うさん臭さや疑惑感からはフリーであること、です。


なぜこれらのことが重要なのかというと、アヤワスカを人生に迎えるタイミングは理屈で決められるようなものではなく、なにかとてつもないもののタイミングがガシャっっと完全に合致して、起こるようなものだからです。こちら側の準備がしっかり整い、精霊たち側の準備もしっかり整ったとき、頭の計算外のところでドワッとくる。アヤワスカに導かれるまでの経路がスムーズであることも、ゴーサインの判断材料かもしれません。これらが揃っていない場合、アヤワスカを受け入れる時期ではないのかもしれません。




何度も何度も繰り返して言えること、そして提供者側も受け取る側にも間違いなく適応する掟は、たとえ天地がひっくりかえって、空から豚が降ってきても、
アヤワスカを、娯楽や好奇心で飲んではならぬ。ですよ。




いろいろな意味で、このような動機が、「脳が焼ける」や「アノ人おかしくなった」という結果を招く原因ではないかと感じます。先に述べた、サン・ゲイジングや、アーシング、土いじりも、続ければ人間の身体と心を癒す相当なパワーがありますが、アヤワスカはそれと比べれば、未知数で増幅版。数時間で、意識が身体中と細胞を駆け巡り、過ぎし日が心の中を疾走していくかと思えば過去生につながり、いつもは見えないスピリット、ご先祖が現れ、人類、地球と宇宙の歴史を観て、同時に観られ、観させられます。アヤワスカは、母なる地球とつながる精霊です。彼女を通してハワイのキラウエア火山の女神ペレ、日本の鬼子母神など、畏れ多いこれらのエネルギーと一体になるのです(このままだと、文化人類学に突入しそうなので、参考リンク止め)。


準備ができていなければ、ちょっと避けたいですよ、観たいもの以上に観たくないものも、感じたくないもの一切合切見せてくれるので。「愛」という得体のしれない正体を、こちらのなすすべなく全細胞超意識で見せらるのです。どれだけ科学や技術が発展しても、人類の歴史上まだ明かされていない量子エネルギーの分野を、誰かの動画でなく、あなたの人生を通して明かされてしまうのです。伝統や文化や育ちにより条件付けされた思考や意識の崩壊は、普通に起こるでしょう。すべてのワク組みから突然宇宙に投げ出されるような感じですから、脳が「Fried(焼ける、揚がる)」といわれるような経験をしてしまう人もいるのです。異次元に飛んでいる間、つかまれるのはアヤワスケーロの歌うイカロスやアルカナ(スピリットソング)だけ。イカロスとアルカナが純粋な心と愛でうたわれなかったら、私たちは次元の境に迷い込むかもしれません。ということは、スピリットソングが導く方向、どこへでも自在に連れていかれるということです。アヤワスケーロがアヤワスカ体験のカギを握っている、アヤワスケーロの正統性というものが極めて重要だという意味、わかっていただけましたでしょうか(こんなNHKの番組あったね...)。





アヤワスケーロを誤ってしまった場合に起こること



アヤワスケーロは特に、アヤワスカやプラントメディスンでポピュラーとなったペルーのとある都市に関して渋い顔をしていました。彼曰く、あそこの空気の澱みがクリアにならないのは、シャーマンによって患者の胎内から吸いあげられたモノ、これはエンティティや黒魔術とも呼べますが、これが正しい方法でソース(源)へ送り還されていないからだといっていました。


アヤワスケーロは彼らのことを、スペイン語で ”Gringos” (グリンゴス)といいました。
グリンゴスは中南米のラテンの国々で使われるスペイン語で、「よそ者」を意味します。アマゾンのアヤワスケーロとしては、よそ者シャーマンは、植物の性質や伝統や扱い方をよく知らずに、アヤワスケーロの仕事を中途半端にしている者というような感じと思います。グリンゴス・シャーマンであろうとも、極悪非道な目的をもってない限りは人を癒したいからシャーマンになったろうはずです。しかし、アヤワスカなどの強い効果のあるスピリットメディスンは、何度かの体験だけで簡単に扱えるものではなく、危険物にもなり得るということを、わかっておかなくてはなりません。こういう事実が起こる背景には、とにかくどこでもいいから安くアヤワスカを飲みたいという依存癖のあるグリンゴス旅行者も加担していますし、そもそもそれらのモノを源(ソース)に還すことなく、逆にはびこらせてしまうような(、意味があってなされていた古代からのまつりごとがほとんどなくなった)現代の私たちの暮らし方も大きく影響しています。誰かが一方的に悪いとか、そういうのでもありません。今の社会の在り方やすべての要素が、この現実を作りあげているのです。


それで、グリンゴス・シャーマンの胎内に吸い上げられたモノはどうなっていくのかとアヤワスケーロに尋ねたところ、それは本人が知らずのうちに自身の身体をむしばんでいるか、そうでなければ、次の患者の胎内へと吹き戻しているということでした。ちょっと衝撃の事実 Σ(・□・;)。アヤワスカブームに乗ってお金稼ぎに忙しくなったからか、知らないからか、アヤワスカのホームであるジャングルに還ることなく「仕事」をし続けることで、源へ還るべきエネルギーが戻れずに、かの地の空気内に滞留してしまうのだそうです。アヤワスカやスピリット・プラントを扱う理由が「シャーマンかっこいい」などの見栄やステイタスやお金のためでなく、純粋な心と体の持ち主から愛のために提供されなければならない理由は、それなのです。忠実で献身的な愛がなく、純粋な高次の目的のために使われない場合、危険にさらされているのは患者だけでなく、このグリンゴス・シャーマン本人だというのです。

彼が、日常生活で何もしていないようでも、いつも何かに意識を集中させていたのは、彼自身の判断により、アヤワスカのアンテナを張っていたからです。私の28日間の滞在中にも、彼のところにアヤワスカ依存者やグリンゴス・シャーマンが助けを求めに駆け込んできました。別段、異例のことではなさそうで、アヤワスケーロは、精霊たちと交信して、癒すべき人には淡々と儀式を執り行い、アヤワスカを施して仕事を全うしました。またはっきりNoといって施さない人もいました。






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≪アヤワスカの儀式をする神殿の外。カラフルなのは、、、一人一つずつ与えられるアレですよ、バケツ≫






アヤワスカの効果 体験者の声
 


アヤワスカの精霊が胎内の宇宙を走る体験をされ方はもう不思議でもなんでもないと思いますが、体験者同士が出会うと、一瞬で「わかっちゃう」のも特徴のひとつと思います。アヤワスカは、そういったたぐいのものです。些細で微妙な感覚なのですが、それがとても確かなのです。アヤワスカの精霊のサポートにより、一度触れ(てしまっ)た深い深い人生というものへの理解は、二度と消すことができないばかりか、その深さは、まるで目から投影されるかのようです。もちろん、この深い理解に至るには、ほかにも多くのアプローチがありますから、アヤワスカだけがナセル技ではありません。例えば、近いものでしたら臨死体験がそうでしょう。





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私がアヤワスカの精霊(私は女神と呼んでいますが)と出会ってから1年以上経過し、今日までたくさんの人と出会ってきましたが、目を見るとやっぱり感じます。この共有意識・・・聖なるものの存在に気づいている感、両親やご先祖様への感謝、人類への普遍の愛、母なる地球との深い絆...。

こうして出会う人と、アヤワスカの体験を交換するのは有意義な時間です。そこで共通して得た理解は、好奇心や私的欲求だけでアヤワスカはやってこないというものでした。これも実際の経験談ですが、好奇心で受けようとして、事故にあったり、会場へ向かう前に蛇にかまれたり、提供する側になり盲目になりかけている人にも会いました。こちらから無理に取り入れると危険だということは、さまざまな体験談から判断できます。調剤製薬でもそうです、必要ではないときに正しくない薬を正しくない量服用すると、死に至ることすらあるわけです。強い薬を手にとるには、それ相応の強い精神力が必要です。



アヤワスカの精霊が人生に登場するタイミングは、彼女の方からさまざまな方法でサインを送ってくることで、気づかせてくれます。それは精霊界のやり方なのかもしれませんが、信じて祈り、感謝し、謙虚に生きていれば、精霊界のみなさまは必要な時にちゃんと手助けをしにきてくれるのだと思います。







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≪アヤワスカのパターン≫




後記:

ちなみに、ここで貼り付けたアヤワスカにまつわるアートをググっていた最中、私がアヤワスカ中に見た百万の映像を次々と思い出し、それを描いてみたくなって、(5回半にわたる儀式の初会から、もう二度とアヤワスカはごめんやといい続けて、それからはじめて)「もう一度アヤワスカしたらどやろ」と、正にここに書いたとおりの(笑)エゴイックな考えが浮かんだのです。その途端、右足のお母さん指とお兄さん指を何かの虫に刺されました。めっちゃ痛くて、麻痺し、すぐにレスキューレメディーを施しました。家の中なのに、ジャンピング・アンツ?(飛ぶアリ、かまれるとめっちゃ腫れて痛いオーストラリアのアリ)...これが、私が言う「サイン」です。右足のお母さん指とお兄さん指、何を比喩しているのでしょう?「正統な内容を書こうとしている最中に、邪見は置いときなっ」とアヤワスカのお姐さんから一喝された気がしました。そうそう、アヤワスカの記事を書きはじめる前には、精霊たちに、高次の意志に沿う内容をしっかりと書かせてください、と祈ってから行っています。






(これは、アマゾンのアヤワスカについてのお話であり、その他の地域のことはわかり兼ね〼)



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マインドフルネス実況中継 [健康]

不調と病は根源から改善できる?根源治療の道しるべの続きです。


ーーー



治療の一環で瞑想を取り入れようとしている方は、瞑想が痛みと一体どう関係するのか思われるかもしれません。

ということで、どこを切り取っても、瞑想ですよ。


まずは、人と話す必要のない環境と時間を確保します。お昼休憩の公園のベンチ。移動中に止めた車の中。子どもがお昼寝した後、学校へ行った後、、、瞑想の利点は、場所を選ばず、ツールが必要なく、一人でできるところです。最低限、自分と周りにいる人(看護や育児などの環境)にあらゆる面で危険がない環境さえ確保できれば、はじめられます。最初から一定の時刻に一定の時間をとる必要はありません。時間のあるときに、「5分だけ、座ろう」、「ちょっと、ひと息」からはじめます。


無理のない姿勢で座り、丁寧にまぶたを閉じるところからです。もしも瞑想がなにか怖いものと感じているなら、呼吸をするとよいでしょう。脳をはじめ、体中の全細胞に必要な酸素を送ることでリラックスし、痛みが軽減することに役立ちます。呼吸に集中しているうちは、できるだけ何も考えないようにします。思考に意識がいきすぎてしまうのなら、呼吸をカウントします。呼吸をカウントするのは、もっとも簡単な瞑想テクニックのひとつです。

ひと呼吸、続けます。数分、続けます。できる日やできない期間があって当然です。「今は瞑想したくない」という気持ちを眺めて座るのも瞑想です。「めっちゃイラつくわー」という感情と一緒に座るのも瞑想です。5分が10分、10分が20分、などというように時間が増していくことがあると思います。よい瞑想がしたいと期待して、「ソワソワしている」感覚を知るのも瞑想です。「すごい、今日はなんの抵抗感もなくラクにできた」という安堵感を、イライラ感をみるのと同じように眺めた翌日に、5分しかできなくて落胆するのを眺めるのも瞑想です。例えば30分というように、ある程度の時間ができる日が増えてきたら、やわらかい音を出すタイマーを使って、「30分は瞑想しよう」、と目標を持ってみるのもよいでしょう。はじめたばかりの頃は細かいことを心配する必要はありません。ルールは作らず、やってみようという意志がなにより大切です。


焦ることはありません。瞑想ができる人は、最初から継続する力や集中力や辛抱が強いのではなく、瞑想することで、それらを鍛えていったのです。これらの能力は、質の良い生活を送るうえで役立つものです。


ゆっくりとした呼吸や、すこし立ち止まる時間が、生活の一部として定着しはじめます。


さあ、いよいよ身体の痛みから解放され、病気ともさようならだ!!と、なればよいのですが...。瞑想を続けることは、痛みをなくすことに直結するのかというと、つながってはいますが直結してはないのです。瞑想することで、痛みがなくなるのではなく、苦しみがなくなるのです。わかりにくい一文かもしれませんが、瞑想をすることによって養われる能力(マインドフルネス)が、痛みが苦しみであると即座に結びつけるマインドに「待った」をかけることで、痛みと苦しみをわけて捉えられるようになるのです。痛みをじっくりと見て、バラして、正体を明かしていきます。日本人には説明不要のこれですよ、



痛みと苦しみの関係を実況中継しましょう。






        い               

              み      


       た      








「痛み」を、嫌がりもせず、逃げもせず、単に在るがままで観ていると、不思議なことに、苦しいと思っていた感覚が、単なる「感覚」でしかないことを感じます。足のしびれ、腰の痛み、肩の重み。こういったものを、ただ感じて、感じていることを眺めていると、痛いと思っていたものは実は不思議なセンセーションいがいの何ものでもないと気づきます。これが、痛みの正体。「あ、これが痛みの正体なんですね」と気づいた私に気づく。これを「痛み」というカテゴリーにいれて、さくっと片づけていたのです。「そうか、これを痛みというカテゴリーにいれて、さくっと片づけていたんだ」と、気づいたことに、気づく。この状態を眺めながら、今、苦しいかな?苦しいという感覚、あるかなどうかを自分に確かめてみる、「今、苦しいかな?」って。するとまた不思議なことですが、まるで得体の知れない「苦しみ」に、さっき感じた痛い部分を、プラグインしようとしているように感じられます。「あ、痛みに、苦しみが、プラグインしようとしている」。プラグインしていない状態だと、ただのセンセーションだけが、残っています。身体のなかにある思考を使って、己を導いていくことで、胎内の宇宙に漂うような、思考が身体の外から己を眺めているような、不思議な観点を経験します。


すべてのものの合間に、間がはいっていくような感じ。これが、在るがままを観る流れです。ヴィッパーサナと呼ばれる独特の瞑想法。


瞑想を終えるときは、ゆっくりと体の部分に意識を戻します。指や頭を揺らしたりして、ゆっくりとこの現実世界に意識を戻していきます。とてもピュアで真っ白になった心ですから、すぐに携帯電話を持ったり、ニュースやバラエティ番組をみることは控え、できれば空や木々を眺めたり、でなければお茶をゆっくりと飲んだりしながら、じわじわと日常に戻すことが大切です。



瞑想の効果をまとめますと、瞑想をすることで痛みがなくなるのではありません。瞑想によるマインドフルネスの技術が、長く慣れ続けていたオートプラグインモードを次第にプラグインしない状態に移していきます。その過程は、無理にオフへと切り替えるものではなく、どちらかというと「苦しみ」というものの正体をひたすら明かしていく作業を続けることによって、マインドと身体に徐々に確実に体得させていくような感じです。



順番におこるものではないですが、瞑想を続けていくうちに起こってくるのが、一極に集中するサマタ瞑想です。サマタ瞑想は集中力を養うものですので、ひたすら集中します。私はですね、実はサマタ瞑想のことは(寺娘ですが)上座部仏教の山寺に住むまで知りませんでした。サマタ瞑想が、ヴィッパーサナと慈悲の瞑想と同じくらい大切なことも、知りませんでした。


でも実は、すでに実践していたのですね。オーストラリアに移住してすぐ、ちょうどその頃は、自分の内側にいる先生(Inner Teacher)に導いてもらっていたのですが、その先生がサマタ瞑想を教えてくれて、すでに数年実践していました。それは、あまりに酷い痛みが続いていた頃で、痛みに焦点をしっかりあわせて集中して座っていた時期です。痛みに集中、というよりは、精神統一。ものすごい強烈な念をもって座りました。痛くて涙が落ちながら座ったセッションも何度もありましたが、この一極集中の瞑想を続けていくうちに、すべての痛みが解けてサマーディ(三昧)に入っていく体験を数回しました。去年、上座部の山寺で、阿羅漢から初めてインタビューを受けた日に「これまでどのような瞑想をしてきたのか?」と訊かれ、手短に説明した時に、それはいい経験だったといわれました。修行を続けるうち、阿羅漢がサマタ瞑想を指していたことを悟ったのです。



ヴィッパーサナ瞑想とサマタ瞑想(あわせて止観の瞑想)と、タイの上座部仏教の森林派の山寺で修行し、仏教観が根底から完全にひっくり返される劇的な体験をしたことについては、また別記事でお話します[手(パー)]




あなたの内なる世界へ、いらっしゃ~い
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まだこの先もございますのよ...




身体の痛み、心の痛み、どのような痛みを今生で引き受けたことになったとしてもそれは、バチやなにか制裁を受けたものではありません。何度も何度も言いますが、自分を責める必要はまったくありません!両親や学校や上司やあの事件やあの事故があなたを苦しめるためだけにおこったのではありません。今生で起こるすべてのことには因果関係があり、己のカルマにより発生したもので、すべては魂の成長のためなのです。「え、まさかこれだけは私は絶対に原因をつくらない!」というようなことこそ、残念ながら聖なる意味があって起こっているのです。カルマは都合のよいものではないのです。それがなかったら、今のあなたすら存在しないし、家族もないし、この環境も、この人生すらない。
カルマに、、合掌っっ




その背景に流れているのは、輪廻転生です。世界各地にある様々な信仰体系で根底にあるコンセプトですが(聖書からは削除)、それによるとひとつの人生の舞台・構成は、己がつくってきたカルマや功徳によるものだといわれます。カルマは恨んだりするものでなく、功徳は計算するものではありませんが、この人生の背後には、探っても探り切れることはない果てしないストーリーが隠れていることを知って、それらの出どころを付きあてる旅も同じように果てしないことを知るのも知恵です。もちろん、そうなってしまうなら、そうなってしまうというカルマなので、どうぞ導かれてください。瞑想が深まっていけば見えてくるものは見えてきますし、見えたとしても囚われの心を破棄することが勧められます。それよりも、今生の今ここで出来ることは、もうこれ以上怒らず、妬まず、悲嘆にくれず、嘘をついたり傷つけたりする行動を見直していくことです。最悪な状況になろうとも、素直になることを思い出し、できるだけ善い見識をもって行動していこうとする意志です。


永遠に続いてきた魂の輪廻転生。苦しみのサイクルから脱するタイミングがいつになるかは、誰にもわかりません。突然すべての苦しみから脱するというのは稀ではあれ実際にあることですが、じわじわと段階を経ていくことが多いでしょう。究極の解脱は「悟り」と呼ばれます。悟りは100万ボルトの雷が落ちてくるような感覚だと聞いたことがありますが、それがあった後もない人も、それは内面から徐々に段階をのぼるように悟っていくものです。


ですから、苦しい時期を超えて軽くなったあと、幸せを感じたり、人生の在り方がより鮮明に見えてきたり、そしてまた異なる種類の苦しみを経験するのは、自ずと然るべき流れです。肉体を持つ人間は生死を超えた輪(輪廻)の一部であり、すべてのものごとは移りゆくものであり、それが何であれ執着することが苦の根源であることがわかるようになることで、人間の苦しみサイクルから抜け出しはじめるのでしょう。




さいしょもさいごもなく、どこを切り取っても瞑想...

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不調と病は根本から改善できる?根源治療の道しるべ [健康]

通常、痛みが体感できるレベルになったり、目に見える症状が出てきた時点で、人は治療をしようと考えます。対処法をリサーチしたり、病院へ行ったり、時には手術を受けたりすることとなるでしょう。ふつうに社会生活を送っていると、ここで終わることが多いと思います。


今日は、根源治癒をすることになってしまった人がたどる、この先の道しるべ的なものを、ちょこっとお伝えします。


ーーー


この不調。非常に長期間にわたって続いたり、一度ではなく何度も繰り返されたり、痛みが究極に強い場合、原因を知って根本から治癒したいという考えに行きつくのは、なんら不思議のない流れです。ここにくるまで、ご本人は壮絶な苦労をされています。その不調が、暮らしや生活や人生自体を変えるような大きな存在感を持って目の前と自分の内側にいることが確かです。

実際に見えるまたは感じられる身体の不調を癒していくうち、おのずと心の面の治癒へと進んでいきます。心の面の治癒はよく「いやし」と呼ばれるものですが、そのプロセスはやわらかなイメージを持つそんなことばよりもはるかに壮絶で、困難なことが多々あります。先日、小室さんが会見で、お疲れの表情と姿勢で「メンタルケアというのがきれいな言い方ですが」と言われた部分が心に残っていますが、本当にそうだなと感じました。メンタルケアとかメンタルヘルスという言葉は、現場からみるとキレイすぎる気がします。渦中の壮絶さは経験した人しかわからないのだと思います。心の不調は見えませんし、説明しづらいし、数値にもオモテにも出にくいものですが、本人は間違いなく感じているもので、放っておいてよい種のものではないことは十分すぎるほどわかっているものです。だけどどこに頼っていいのかわからない。誰が治せるかもわからない。だけどメンタルケアが必要な社会になってしまっていることはわかる。。。


根本治療を目指すにあたっては、対処療法がコンセプトである病院や製剤医薬のみに頼って行うことは難しくなります。危険な製剤精神薬を手に取るのは火を噴く暴走機関車になるようなものですし、精神科ではこの症状はケアしませんと謳うケースもあり、じゃあどこへ行くんだとなると、カウンセリングやヒーリングと呼ばれるものを頼ることになってきます。スピリチュアルになったと言われたりします。他にも優秀なアプローチは日本にも世界にも多くあって、さあこのような先人から学ぼうとすると、宗教とか言われたりするのですね。もう人から言われることは気にしている場合ではなく、信じていることをやっていく決意は固くなり、心を何かに売ったりすることなく、信じただ実践していく力がどんどん強くなっていきます。方法はどうであれ、実は、信じる力こそが治癒のカギではないか、というような感じが得られるようになります。


「原因は一体、なんだろう?」と探っていくことは、身体、こころ、人生そのものを診ていくことです。考え癖、口癖、呼と吸、立ち姿勢やさまざまな行動パターンなど...無意識に行っていた自分の行動にまつわるすべてをスキャンしていくようなものですか。この作業がはじまると、自分では知らなかった自分の真の姿に驚き、泣き、喜び、悲しみ、恐怖を感じたりすることがありますが、一度はじまると数珠繋ぎ。前をむいて続けていくことで、自分自身の人生がよくよく見えてきます。物事がクリアに見えるにつれ、考え方や習慣、行動も少しずつ変わっていきます。「うゎ~変わってるきてるな~」と自分でわかるほどにもなります。こうしているうち、自分の存在から発生するもの…人間関係、現代社会の構成、世界の構造までと、私をとりまくすべてのことが絶妙なタイミングで次々とクリアに見えてきて、それらと自分が、切り離すことのできない見えないウェブでつながっていることに気づかされます。

また、これ以上痛みや不調を上乗せする暮らしよりも、それらを軽減、できれば根本からなくしたいと考えます。できることから、できる範囲で、無理なく、強制するのではなく。体が喜ぶ方を選択していきたいと感じはじめていることにも、気づかされます。




. . . 気 づ か さ れ ま す . . .




誰にでしょう?自分自身に、です。どうやって?瞑想です。
暮らしの中に取り入れることで、まずは気づき、そして辛抱強さ、持続力、優しさというようなものをゆるやかに確実に養ってゆくことができます。さらに10年、20年と長く続けていくことで、人間の心の中にある、道徳や叡智というようなものが目を覚まします。それはある意味、全人類が共有できる慈愛や分かち合う心、優しさのようなものです。これが、私たちに「次々と気づかさせてくれるもの」の正体なのです。

これらの目が覚めることで、人生の選択はアタマではなく、その部分でなされていくようになります。よく、「心の声を聴き始めたんだけど、うるさくて狂いそうで寝られない」という話を耳にすることがありますが、そういった寝られない部類のトークはマインド(思考)のチャット(声)です。マインド・チャットは、いつでも簡単に私たちを思考の迷路に陥れます。瞑想によりもたらされるメリットは、そのマインド・チャットを冷静にとらえ、己の感情をそこへ即座に関連させない能力です。心のさらに奥の心、暗闇のなかの一点の光、、、どう説明してよいのかわかりませんが、その部分はチャットしません。心の声は、声でない声。真空の音であり、さざ波の波動であり、暗闇のまぶしさのようなもので、声とよく言うにしては、私たちが一般的にいう「声」とは程遠いものです。よく第三の目が開く、ということが言われますが、この声でない声の存在をしりはじめることが、第三の目が開くことのサインのひとつであるようにも思います。そして、不調や病が人生テーマである人にとって、第三の目が開くタイミングは治癒の道のりに多くひそんでいます。


「痛みを軽減したい、根源からなくしたい」と信じて継続した結果、確かに癒された面があるなと気づきはじめます。それがピンポイントの症状ではなく、そのほかの慢性的症状かもしれませんが、こうして、ひとつずつ、少しずつ、経験と気づきが身体と心のなかに刻まれていきます。不調を根源から治癒できるものは、他人任せの短期的で劇的な変化ではなく、志の上にたつ小さな一歩一歩であることがわかってきます。


同時に、自分に無理を重ねることが無意味だとわかってくると、家族や部下や社会に無理を強いる必要性が失われ、有意義かつ痛みを伴わない物事の関係性へと自然に導かれていきはじめます。自分を癒すことから、社会とのつながりを学ぶ。天風哲学で言われるような人生(生き方)の統合が行われていきます。



少しずつですが、人生は飛行機(身体)であり、パイロット(マインド)であり、管制塔(魂)であるかのようにも映りはじめます。「私が私の私さえ」と叫んでいた、切りっぱなされた一つの孤独な個体の「私」としての自分が見えにくくなってゆき、(個である)私さえよければ、という選択をすることが直感的に「おかしいぞ」と匂いはじめます。目に見えようが見えまいが、私さえよければの選択をすることでひずみやゆがみが出てくることに、一票を投じる行動ができにくくなるのです。まあるい調和に居心地のよさを感じます。

まあでも、人生を、飛行機の機体の中から眺めながら、前方のスクリーン(目を閉じた暗闇の画面)で上空からの鳥瞰図として見ながら、管制塔の指示を出している自分の声を聴きながら、パイロットとして操縦していくとは。なんとも人生とは想像以上に不思議なモノですな。


ーーー



精神疾患をなくしたいと願い、癒しの道に精進するものは、長い道のりではありますが、心がちょっとだけラクになったりとか、重たかったものが落ちていったりとかして、少しずつ少しずつ、太陽の明るさを目印にしてらせん階段をあがるように、時をかけて改善していくのだと思います。劇的に改善してくれればどれだけラクかと思いますが、治療への地道な努力を重ねていることで、人生が流れていく時間がゆったりとしたものになっていき、治療を始めると決めたあの時からは、ずいぶんと違う風景に囲まれていることに気づくのだと思います。治せるもの、正せるものはいずれそうなっていくし、治せない、正せないようなものに関しては、執着や情熱を沈めて(熱を冷ます)いく知恵もついてくるものだと思います。思考がコントロールできない自然の間に暮らし、自然の巡りの中で、自分自身を知っていく流れは続いていくのだと思います、この身体が土に戻るまで...。




不安に感じるの、わかります。あなたの傷ついた心と体を治癒してくれ、あなたの人生に共感し、考察し、直すことができる人がいるとすれば、それは他の誰でもないあなたです。あなたの強い意志から生まれる行動で、あなたの不調が改善することを心から祈っています。

じれったく遠回りのように見えるかもしれませんが、祈りと瞑想のパワーも忘れないでくださいね。


私もがんばります!


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〈タイの修行山寺にて、尼僧のクンニットを囲むガイジン勢〉




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アヤワスカする前に。シャーマンとシャーマニズム [シャーマニズム・スピリットメディスン]

「ペルーが呼んでる。」



●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●


、という声がおりてきた時の記事を覚えていらっしゃいますでしょうか。
2015年12月のことでした。

このメッセージを受け取ってから間もなく、瞑想ビジョンに導かれてアボリジニの長老たちとのセレモニーに同行しましたが、このセレモニーすべてを執り行ったペルーのシャーマンが、2016年10月に実際ペルーへ飛ぶこととなるカギを握っていました。


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では、ペルーでのお話の前に、
そもそも、シャーマンってなんだろう?

ウィキペディアでは、このように説明していますが、いちいちリンクしたくない方のために、このまま説明にはいります。


 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


このブログのお姉さんにあたる、第一章ブログ『実践哲学「和道」で今を生きる』でアメリカのネイティブアメリカンメディスンホイールについての話(2010年ニューメキシコ州の話は全6話へジャンプ~過去の画像が消えてしまう事件が起こり記事が読みづらく申し訳ございません)はかなり書いてきましたが、南米大陸だけでなく、自然と調和し生きてきた世界中の先住民族(私たち日本を含む)の暮らしの行く末を握るような人物の一人に、現在「シャーマン」と呼ばれる人が存在しました。



シャーマン... 
パーマン!ヤーマン?みんなヒーロー[ムード]



シャーマンは、Middle World =なかつ国(私たちの存在をふくむ物質世界)とパラレルで存在する Upper World=天上界Lower World=地下界につながる扉を開いて、私たちの目(ふたつの目)には見ることができない超自然的存在(スピリットやブラーミン等)と交信することができるといわれています。パワーアニマル(トーテム)、パワーストーンパワープラントは重要な役割をになっており、シャーマンは歌、楽器、数珠のようなツールを使ってスピリットを呼び起こすことが一般的です。いわゆる扉であるポータルはパワーゾーンとよばれる場所にあるといわれます。


シャーマニズムは、人類の歴史の早い段階からはじまった土着信仰とは切り離せない関係があり、祈願、予言、治癒、供養、悪霊払いなどとその力の使い先は幅広く、日本では霊能者、呪術者や祈祷師と呼ばれ、巫女、イタコ、ノロ、ユタをはじめ、各地域の特性に沿ってシャーマンが存在することは知られています。邪馬台国の卑弥呼がシャーマンだった?という話を聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。また、シャーマンの力は、目的によって善いことにも、悪いことにも使われてきました。黒魔術や呪縛を解くことも掛けることも、シャーマンにとっては難しいことではありません。


シャーマンという概念が網羅する範囲は大変広いので、ご興味のある方は上記に挙げたキーワードから個別にはいっていかれるとよいと思いますよ...アナタの知らない世界へーーー




 ∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-




アボリジニの長老衆から絶大な支持を得るペルー出身のシャーマンでありヒンドゥー司祭でもある(ちょっとややこしい)マヌサイの案内で、去年私たちが出会うこととなったシャーマンは、ペルーはイキートス(ジャングル)出身。この二人は「シャーマン」という同類カテゴリーに存在するものの、このジャングル出身のシャーマンは、アヤワスカを中心とした植物(メディスンプラント)を扱う専門のシャーマンで、アヤワスケーロと呼ばれています。お祖父さんもお孫さんもアマゾンでアヤワスケーロという生粋のシャーマン家系。代々、地元のアマゾンの森に暮らす村人(原住民族)たちのお医者さんであり、カウンセラーであり、病院であり、相談所であり、村の暮らしの大切な役割を担ってきました。今も赤ちゃん子供たちは無償で治しているといいます。彼自身は質素な家に住み、ごはんはお米と川魚。小さな体の無口で地味なおじちゃんで、セレモニーだからと言ってムダに気合が入ったり、伝統装束に身を包むでもなく、サッカーTシャツを着て新聞を小脇に挟んでいる男性でした。



28日間をともに過ごし、私たちは彼からセレモニーを受けるだけでなく、自分が使うプラントを一緒に用意し、丁寧に煎じながらアヤワスカの調合や歴史、彼のアマゾンでの暮らしぶり、家族のこと、そして聖なるスピリットメディスンへの偉大な愛と仕事に対する情熱を教えてもらいました。



私がペルーに行く前、「脳を焼かれる」、「やめといた方がいい」という友人のアドバイスがたくさんありました。オーストラリア国内だけの話ですが、私の目からみると、正直シャーマンというものは正統性を失っていると感じています。オーストラリアにいるオーストラリアのシャーマンからアヤワスカを受けるんだって叫んでいる人がいたら、私もやめといた方がいいかもって、思わず助言してしまうと思います。

これまでの癒しの道で、私もシャーマンと呼ばれる人に多く会ってきました。実生活だけでなく、夢、ビジョン、意識の中で。遠いしなんだかアタマでは行きたくないと思っていたペルーへと飛ぶことを決めたのは、私の心でした。シャーマンから来ることを検討したらいいよと言われてから、夢にアヤワスカの女神が現れ始めたのです。アヤワスカは、女神なんだ?なんで呼んでるのだろう?ちょっと無視できないビジョンでした。彼女が呼んでいる...?電話を受けるのも確実なコーリングですが、夢から呼ばれたことも、私には確かなコーリングとして受け止められ、腑に落ちる確信へとつながっていきました。

それからは、友達に上記のようなコメントをもらっても、私の癒しにとって正しい選択であるということを相手が理解できる言葉で明確に説明し、そしてシャーマニズムのことも(ニューメキシコで学んだ時以上に)いつの間にかうまく説明できるようになっていました。


天上界の手助けもあり、28日という長い期間を二人のシャーマンとともに過ごすことになりましたが、
私のペルーでの体験談をお話する前に、彼から直接聞いた話を中心にアヤワスカにまつわるお話をさせていただくことにいたします...


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つづきの記事は、こちらからどうぞ ↓ ↓



アヤワスカをする前に、知っておきたい基本のキ、
⇒ 【アヤワスカの神体験を無駄にしない基礎知識】



アヤワスカをする前に、知っておくとよかろう儀式準備、対策と流れは、

⇒ 【知っておくと!アヤワスカの準備とその流れ】



アヤワスケーロが伝える真実を知りたい方は、
⇒ 【密着28日間!アヤワスケーロが明かすアヤワスカの真実】



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2018年 新年のご挨拶 [ご挨拶]

[ぴかぴか(新しい)]お久しぶりでございます[ぴかぴか(新しい)]
新年あけましておめでとうございます。
あ、最後の記事からお誕生日も迎えられたのですね、おめでとうございます。。


最後にアップしたのが2017年お正月だったので、ちょうど一年後の更新になってしまいました。月日が経つのは早いものです。2018年は2日のスーパームーンから始まり、さまざまな天界の動きが目白押しですが、時計芯のまわりが以前にも増して早まっている気がするのは、気のせいでないのかもしれません。

さて、アップせず一年が経過したのには、南オーストラリア州でのオーガニックマーケット主催の仕事を終え、東海岸へと舞い戻ってきた際に、執筆用のマックをエコビレッジに寄付してしまったこと、そしてそれ以来、時間がまったくとれない状態だったことにあります。

ありがたいことにタイピングしているPCは、もうさすがに書かなきゃと思った時に、旦那さんに話したらもう買っていたというラッキーPC。よし、書く時が来た。


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今はニューサウスウェールズ州のタイアルガムという場所で記事を書いています。
タイアルガムは、楯状火山の(アボリジニ名)Wollumbin(ウォランバン)で有名で、上の写真、我が家(キャンパーバン)の車窓の左端にみえる、山頂がくしゅっと魔女のとんがりハットみたいな姿が特徴です。『山々の長』という意味で、アボリジニが儀式に使ってきた長老と呼ぶにふさわしいエネルギーに満ちあふれた山です。2300万年前は活火山であったと聞いた上で、英語の呼び名がマウント・ウォーニング(『警告山』)。え、休火山?なら富士山と一緒?噴火するかも?と思っている人は私以外にもいるはず。警告山というなんとも重々しい名前の由来はキャプテン・クック。航海中の船がオーストラリア大陸に近づいた際に座礁しないようにと目印にした山だったそうです。日本人はじめ、海外からも多くの観光客が訪れる「パワースポット」でありますが、ペルーのシャーマンのマヌサイとアボリジニの長老アンティ・ミニーも、去年の一月のセレモニーで、毎回といえるほどこの山について言及し、ご祈祷していたところをみると、世界太古の大陸といわれる場所の臍ともいえる存在なのかもしれません。え、日本が世界太古の土地じゃないの?と思われたか方はお読み進めくださいませ ↓ ↓ ↓


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魔女のハット、こちらの方がわかりやすいかな、若干?



話をちょっともどして。。。
以前ちらっと触れましたが、2016年10月1日の誕生日あと、ペルーへ飛んで4週間を聖なる谷で過ごしていました(その話は次のブログで)。地球の反対へ行くなんて興味もなかったのに、結局行くことに。運命には逆らえないものです。


あれ、ウォランバンと山の形似て...ないか
聖なる谷、マチュピチュ
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ぺルーでの神秘体験が、
これまでの身体と心の癒し、それが深まるとともに呼び起こした先祖七代分のツケ祓いや、無意識であるうちに誰もがプラグインしてしまう底なしの怒り、悲嘆や恐怖のエンティティなど、個の体を通して起こった総全体の癒しに、まさかの見事なフィニッシュラインを引きました。闇の経験から知恵を抽出することで、光の経験を受け取る準備ができたというか…それに対してアマゾンのデーヴァが呼応してくれたというか…


もとは自分の身体の痛みと、心の怒りをただお掃除したいがためにはじめた瞑想。
スピリチュアルなことにまったく興味なく、どちらかというと仏教などの「正しい」方法を通して誠実に向き合いたいと思っていた真面目な私が、昔の恩師が言ったことを忠実に信じて毎日瞑想をしつづけた結果、「私こんな人生選んだ覚えない!」と心で叫びつつ結局選んでいるから責任もって歩かなくちゃならないし...ブツブツブツたどり着いたのがペルーだったのでした...

どんだけの長さになるか未明ですが内容ふんだん。次のブログお楽しみに~



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≪クスコでラマさん、カメラ目線≫



ペルー帰国後の翌年、2017年1月にはニューサウスウェールズ州にて、以前住んでいたコミュニティからプジャ(浄化の儀式)を頼まれ、250名あまりの参加者の前で地球への踊りを奉納した後に、人々が書いたそれぞれの思いを「火」の要素を使って天へと還す儀式的なものを司りました。儀式なんかやり方もしらないのに、できちゃったのは完全にペルーでリリース&招きいれたものの影響です。

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続いて3月には、前出のアボリジニの長老衆のひとりであるアンティ・ミニーが家に招待してくれたので、訪ねにいきました。住んでいるのは、オーストラリア本土から橋でつながれた離島。下部写真、中央がアンティ・ミニー。木の精霊が彼女の顔に一直線の光をひいています。

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そんなアンティ・ミニーは、ティーン時代から、ただ肌の色が濃いというだけで、駐禁だとか公共料金の支払いが遅れたとかの理解不能の理由で、警察からオーストラリア中を追われ、監獄にいれられてきました。刑務所に入っていた間、いわゆる「入植した」(住む場所と暮らしと子供たちを奪略した)白人に対して「対等に」ものが言えるように、こっそりとものすごく勉強したそうです(刑務所に入っている間は学校にいけないことわかってて逮捕する政府...)そんな経験から、彼女の娘は「白人教育」を受け大学院まで進学し、アボリジニとして発言できる立場を手に入れたうえで、アボリジニの権利と大地を守るために活動されています。(たった数十年前のオーストラリアですよっ。今も差別は残っています...



↓ ↓ ↓
そんなアボリジニと日本人のつながり??
前置き:私には、何をもって「世界最古」とするのかがわからないのですが、地下世界と天上世界をつなげるポータルをひらく方法を知っている(た)人間(世界各国の原住民族やロシアの “アナスタシア” や神官や司祭など)は、その力をもって超自然的存在や母なる地球や父なる宇宙とつながる(交信)することで、生きていく方法を尋ねたり、豊作を祈ったり、病気を癒したり、調和と愛にあふれれた暮らしたり、支配する側に立ったり、等々と、人類の歴史をつくりあげるのに一役かってきたと思います、、、。そういった地域は世界中に今もたくさんあります。そしていったんポータルがひらくと、場所であっても人であっても、時間とスペースの概念が消失してしまうのです。だから「世界最古」ってどういうことだろな??と興味津々なのです。


アンティ・ミニーは、よく日本人とアボリジニの深い関係を口にします。彼女とはじめて会った一昨年前、彼女に、「私はどうしてこんなにもよくリアルすぎる悪夢を見るのか?」、「どうして日本でなくオーストラリアにいるのか?」と訊いたとき、私にはアボリジナル・ジャパニーズとして与えられた役割がありこのレインボー・サーパント(虹の大蛇=虹の戦士)の大地にいることを説明されました。アンティ・ミニーの話は、松果体(第三の目)が開いていない人にはまったく理解できない上に、私にはとてもうまく説明できそうにありませんが、要はアボリジニの大陸と日本の島は異次元でつながっている、ということなのです。

2016年1月のセレモニー月間で、バイロンベイ近くのブランズウィック・ヘッド裏手にあるボルテックスで火のセレモニーをしたとき、その辺りの地理が少し歪んでいることに気づきました。歪んでいるというのは、川岸の木々が歪んで倒れてかかっている地形であること、森の緑と空気が濃すぎて揺れて見えること、そして、京都貴船神社ほどは大きくないけれどそれと形の似た大きな岩があって(それだけでも色い宇宙)、その中心に溜まっていた水がなんともゆらゆら神秘的で異次元へとつながりそうな歪みでした。まあそんなことパワースポットではよくあるハナシってことですが、どうして貴船神社とブランズウィックがつながっちゃうんだろうなんて思いました。そもそも祈りや信仰深い土地は時代を超えてすべてつながっているんですけどね。いろいろな説もありますが。宇宙の歴史からみれば人類の歴史なんてちっぽけなんで、人類の脳が把握不能であったり不可能と思うことも実はなんでも起こり得るスペースがどこにでもある。ちなみに、アンティ・ミニーの旦那さんは日系人です。


ま、美しいオーストラリアの海をみながら、引き続きBGMとして読んでやってくださいな
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海と川がまじわる地、ブランズウィック

(ノースコーストホリデーパークさんから拝借)


***


アンティ・ミニーの住む島から出たその足で、ゴールドコーストへ向かい、お次は来豪したインドの聖者アンマと四日間を過ごしました。毎日のサトサン(真理を諭す交流会、仏教の法話や講談のようなもの)と一日二回(計5回)のダルシャン(ハグにより恩恵を受けとること)を得られる幸運に恵まれ、母なる地球(Mother Earth)への愛と尊敬を、聖なる母(Divine Mother)であるアンマへ捧げる絶好のタイミングだと、苗木[クローバー]やお花[桜]を寄付してきました。


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いわゆる悟りの境地にいる超人の力-これはサイキックに関するだけの話ではなく、助けを必要な人に手を差し伸べ続ける超人的な体力と気力、そして枯れることのないまぶしすぎる慈愛-を目の当たりにしました。

それは、リトリートの最終日。一般にも無料解放された夕方で、会場はごったがえしていました。アンマは日曜の夕方4時ころに会場に入り、サトサンをしてから7時にダルシャンをはじめ、会場に次々と到着する人たちに恩恵を渡していきました。私は、ダルシャンを受けるのと歩いたりトイレに立ったり以外は、ほぼずっとアンマの前に座っていました。彼女は立ち上がって手足を伸ばすこともなく、お手洗いに立つこともなく、周りにいるボランティアの方から少しのお水を少し飲むというかなめる程度で食べることもなく、朝3時。アンマ率いる世界最高クラスのキルタン(バクティヨガの一種、サンスクリットの宗教音楽または讃美歌)がはじまり、ユニバーサルな愛を語る声はもう美しすぎ純すぎて、身をゆだねるだけで不純なものが心と体から自然と去っていくようでした。キルタンでゆるくなって部屋へ帰る人もいましたが、私はそれでエネルギーをリチャージして、アンマの前に座り続けました。それからダルシャンはまだまだ続き、結局すべのダルシャンが終わったのは、すっかり夜も明けた月曜の朝8時でした。休むことなく13時間。アンマはリトリート終了後すぐ会場から空港へ向かい、南インドへと旅立ちました。ダルシャンを待つインドのケララ州で、到着後すぐ1000人を超す人たちへのダルシャンがあると、アンマと暮らす尼僧女性から聞きました。文字通り超人です。



そんなこんなのイベントを随所に入れつつ、2017年の前半は、ニューサウスウェールズ州からクイーンズランド州の海岸沿いを北上&南下し、パーマカルチャーやシントロピーの学びを深めたり、新しくコミュニティプロジェクトを立ち上げている人たちとつながっていったのですが、なんか途中からそれ自体がどうでもよいという気になり...それよりも母なる地球にどっぷり浸かっていたい想いがどんどんと強くなっていました。自然界の存在がありがたく、少しずつでもできることからとにかくお返しがしたくてしょうがない。「地球に緑を還そう、苗木10000本植えよう」とまで考えていたほどです。キーワードは緑化。モノカルチャーまたは酪農に使われて荒廃し、捨てられた土地に森に還すために木を植えたい。そんな想いが募るにつれ、ペルー帰国後から脳裏をちらちらとかすめていたタイ、なぜゆえにいきなりタイ、でもタイタイのイメージが、どんどんどんどんと大きくなって気づけば5月末日、タイ北部に降り立っていたのでした。

タイのお話は、ペルーのあとでゆっくりと...


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タイの大半を過ごした場所。
魔女のハットは無理、オアフ島のチャイナマンズハットでどう?




2018年、ブログ初めはこれまで。

今年も、オーストラリアだけでなく世界に飛び出して『無我』を生きる記録を日本語脳を駆使して書いてまいります。まだまだ無我世界の新参者ではありますが、同じく魂の道を真摯に生きる方がたとつながれるようなブログが書けるよう、がんばってまいります。


どうぞ今年もよろしくお願いいたします!


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革新的!心もカラダも幸せになるマーケット! [健康]

はい、こちらは南オーストラリア州アデレード市の、さらに南にあるウィランガという地方にて、毎月第一・第三の土曜日に開催されている、Green Light Eco Market の模様をお伝えします。
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(2018年現在は毎週土曜日の開催となっています)


このマーケットは、南オーストラリア州最大のグリーンでエコなフェスティバルから派生したマーケット。フェスティバルの人気が高く、レギュラー開催の声が高まり、隔週のレギュラーマーケットになりました。かれこれ3年近く開催されています(私のオーストラリア滞在年数と同じ)

このマーケット、ファーマーズ・マーケットやアーツ・クラフトマーケットからはひと味もふた味も違います。扱っている商品やサービスが、地球と人間の自然環境に対して持続可能で、激しく環境を破壊しない製品であることが出店の基準です。最低限の常識やモラルを満たしていること、そしてオーガニックまたはフェアトレードのもの、などと、出店団体は特定の基準をクリアしなくては、出店するに至りません。費用さえ出せば出店できるファーマーズ・マーケットとは異なり、例えば、完全に化学肥料や農薬から脱した農家さんや、エアルームのみ扱う種屋さんや、地元で採れた新鮮な時季の野菜だけをつかった食事やスイーツ、アップサイクルされた衣料品や本などが提供されています。


現在出店している団体や個人は、このような感じです↓↓


[かわいい]情報・サービス系


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《インフォメーションカウンター》
新しい世界の創造に向けて情報発信交換する場。いつもどこでもフリーハグ


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《パーマカルチャーと有機土壌専門ブース》
15年前にオーディンガ・アーツ・エコビレッジを立ち上げたスティーブ(右)と、
有機土壌・有機マルチにおいて横に出る物はいない魔法使い的マーティ(左)


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《単発の情報拡散ブース》
前回は、タンカーからのオイル流出について啓蒙活動しているウィルダネス・ソサエティが展示


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《地域通貨LETS*(レッツ)のブース》
洋服、靴、本、有機自家野菜やフルーツ、知識や経験など、なんでも交換所。そしてすべて無料です。


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《ミュージックブース》
親友のハリーナ(右)とパートナーのラジャ(左前)が奏でる新世界系音楽(大阪ちゃうで)


[かわいい]地元有機ファーム・農家さん


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見た目も心もファンキーな『ワイルド・グリーン』を提供する苗屋さんジェームス


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エアルームの種と苗を提供する『グースベリー・ファーム』


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とってもシャイなセリックスの農家さん親子


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完全無農薬、無堆肥生産されたフルレオ半島の野菜とフルーツ。毎回大人気で売り切れもしばしば



[かわいい]フード系


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毎回大人気。発酵ピザ生地は売り切れ御免。有機野菜をつくった釜焼き手作りピザ
(ベジタリアン、ビーガン・アレルギー対応)


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発酵食品とプロバイオティクス飲料に関してある意味仙人の中国出身ヤウロン
(ベジタリアン、ビーガン・アレルギー対応)


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アフリカで暮らしたドイツ出身のキャロリンがつくる手作りパン、スイーツ、ジャム、チャツネ専門店
(ベジタリアン、ビーガン・アレルギー対応)


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シリアック対応グルテンフリーのパンとスイーツを提供する『キズメット・キッチン」
(グルテンフリー、ビーガン・アレルギー対応)


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オーガニックカカオを使って、完全オーガニックのチョコレートとホットチョコを提供するチャーリー


その他、
・オーガニック・フェアトレードコーヒーショップ
(スクロールアップして、《地域通貨LETSのブース写真を見ると、背後に店長マークがみえます)

・時季の新鮮な有機野菜でつくる、ベジタリアン、ビーガンのランチ店
があります。



[かわいい]ヒーリング・癒し系


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世界太古のクリスタル、シュンガイト専門店


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手作りの毛糸長靴も売ってるリフレクソロジスト パムのお店



[かわいい]衣料系


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モカシンを手作りするスコット


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アップサイクルされたファンキーな洋服が揃う『ヒッピー・チック』


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竹繊維でつくられたTシャツショップ『Mudbric』 。音楽ブースでギターを弾くラジャのお店。写真からもわかるかな?もちろんサーファー。


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手作りのクリスタルジュエリーを提供する『ジプシー・ムーン』のデボラ


※レギュラーの出店者がほとんどですが、週により少し変わります。ローハニーやさんや、アーティスとが出店することも。また音楽ブースは毎回違う音楽が奏でられます。来週は、アコーディオンギター。



マーケットでは、物品やサービスの提供だけでなく、地元の地域通貨であるLETS* (レッツ)を利用し、サービス・技術・知恵の交換も可能です。これは、マーケット内だけでのことではなく、常に外のコミュニティ(この地域一般的に)利用されています。

例えば、ソーラーパネルが故障したとします。レッツのカタログを参照すると、ソーラーパネル技術士が掲載されています。この技術士にコンタクトし、修繕をし、レッツ通貨で「支払い」をします。

また、地元のシュタイナースクールでは、児童の母親が学校菜園にて働くことで、レッツ通貨を「稼ぐ」ことができ、この通貨で子の学費が払えます。子を学校に送り、そのまま学校で仕事。子の成長を少しの距離から見守りつつ、学校と仕事が終われば一緒に帰宅する。なかなか善いシステムではありませんか。


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食に関しては、地元ないしは国内産の植物性食材を使ったメニューを提供しているお店が多いのが特徴です。ベジタリアン、グルテンフリーや乳製品不使用のお店が多く、安心していただける食にフォーカスしています。このマーケットが健康的な食に力をいれている理由は、食の制限が多い人にも、安心して手にするものがあるニッチなマーケットにしたいという点と、私たちの身体と心を健やかで豊かにする食は、私たちを取り囲む環境も健やかで豊かにするものだという事実を広く知ってほしい、という啓蒙目的があります。

昨今、まわりを見わたせば、突然アレルギー反応が出たり、シリアック病や、消化器系や呼吸器系の不調を持っている人が、減るどころか増え続けています。オーストラリアに於いても、国内産小麦や大麦に反応する人、乳製品にアレルギー反応する人が後をたちません。人に食べられるためだけに産まれ大きく成長する動物たちに打たれる肥育ホルモン剤や抗生物質。見た目よくサイズの揃う農産品を大量生産するために一般的に使われる各種の殺虫・殺菌、薬品。大量生産する大企業の方針に沿うように、遺伝子組み換えされた品種。これらは人の胎内環境に影響するだけでなく、野生種の生態系、地球環境にも同時に大きく影響します。また、空気中の汚れを一瞬で「清浄」する芳香剤や清掃薬品は使ったそばから肺に即座に吸いこまれ、化学物質を含んで流れ出た汚水は、鉄パイプ内を通って循環する間に塩素や化学物質が加えられ、またすぐに家・胎内にもどってきます。今これらは広く知られている事実で、特に健康に留意している人は誰もが知っていることでしょう。


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《こんなに愛らしいアルパカさん、私たちにぬくもりの毛糸を与えてくれます》


私たちの健やかな健康に必要なものは、生きた水澄んだ空気自然の恵み=食のはず。いつの間にか、これらを持つ人々の方が、物質を持つ人よりも、豊かでリッチとよべる時代になりました。

添加物などを継続的に摂取すれば、あらゆる内臓の機能だけでなく、神経や思考に影響しないはずがありません。母父の生殖力と生命力が弱くなれば、産まれてくる子にも影響します。地球上のすべての物事は、見えようが見えまいが綿密に繋がっているのは物理(宇宙)の真理ですから、当然のことです。薬で治癒できないどころか現代人の不調は当たり前となり、対症療法ではパンデミックに痛む地球人が癒されないことも経験からわかっています。この感覚は、都市部で暮らす本人こそが、経験から感じとっているのではないでしょうか。田舎や自然の中の空気の濃さが違うのは、お休みの日にオフィス街を出られたという心理的安堵感に加えて、自然がつくりだす天然の空気や、森がつくる生きている水を得られることに細胞から大きな喜びを感じているからでしょう。我々世代は、グローバリゼーションが良い、経済発展は後進よりも良い、毎日毎月毎年必ず設定されるあらゆる経済数値は、いつも上向き上昇していくものだと教育を受けました。でもそれを信じてきた先が今です。

一体、何がどうなって、このような社会になったのでしょうか。健やかに豊かで便利になるはずが、多くの「先進国」と呼ばれる国に住む人たちは、自然から得られるものからほど遠くなってしまい、何か追われるようにあくせくと動き回るようになりました。
すべての人は健康になりたいのです。なのに、人に健康をもたらさないものが何故、使われ続けられるのでしょう?消費者がそれを、無意識であろうとも、結果的に選択してお金を落とすからです。知識があり、勇気があったら、それを選択しないかもしれません。


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さあ、すでにマーケットのある地域に住む人や、生きている空気、水と食を得られる人たちは、宝くじや万馬券を当てた超ラッキーな人たちでしょうか?ラッキーなのではありません。それぞれが通ってきた真反対の現実で経験した矛盾や痛みを経て、現実的で持続可能な方法を探り、同志とともに私たちが住みたい場所をここで作っているというだけです。

私も含め多くの人が、他州、他国の地域から移住し、自分たちや愛する家族と共に健全で嘘のない暮らしを工夫して実践しています。そして、発展しながら今たどりついた地点は、個が労働者として埋没するのではなく、生命を尊重し、誰もが生き生きと暮らせるライフシステム。私のいのちも含めて「人間の、植物の、動物の、地球の生命を尊重する暮らし」を一度経験すると、それが流れるようにフローし、一番近い人からどんどんと好転反応を起こしていきます。お隣家族、ご近所とその輪がひろがり、波及すればするほど助け合いの輪も広がるので、実践するのが簡単に(生きやすく)なります。ソーシャルワーカーとして、家族を持つ母として、大工として、パーマカルチャリストとして、先生として、農家として、それぞれの立ち位置から、より善いバージョンの「いのち=私」になろうという願いをみんなでサポートしていきます。


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オーストラリアだけでなく、日本やロシア、インド、ニュージーランド、北米や中南米そして欧州でも、もう水面下とは呼べない大きなムーブメントが世界各地でおこっています。個人の内なる声が、とうとう大声で「ほんとにこれ以上の無理はもうムリ!」と叫び始めた地点から、点から線から面へと拡がっているかのようです。

私たちが、今回キャンパーバンで旅行した間も、この地方と同じようなマーケットやコミュニティにたくさん出逢い、そしてすべてのコミュニティで私たちはお互いを「地球家族」として歓迎し、同じ意識を共有しました。

この場所と同じくらい、旅行中に暮らしたコミュニティを愛しているし、そこで出会った仲間たちと、ここにいる仲間たちも同じくらい愛しています。私の心の中にも、相手の心の中にも、もう壁がありません。


写真から、グリーンライト・エコマーケットに、心からの笑顔とグリーンがあふれていることを感じますか?マーケットの中に居るだけで、心がクリアになり、愛に満たされる感覚を得ます。どうして?それは、人として生きることの本質を求めて生み出されたがあるからです。



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《グースベリーファームさんがマーケットのために摘んでくるお花のブーケ》


私たちがこのマーケットのことをよく知っている理由は、[目]こちらからお入り下さい。
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