So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン
前の10件 | -

知っておくと!アヤワスカ儀式の準備と流れ [シャーマニズム・スピリットメディスン]

Kuuya.jpgペルーのシャーマン宅(広大な敷地)で得た、アヤワスカの儀式に関しての情報共有デス。
知っておくとよい準備と、儀式の流れを簡単に残しておきます。



─<<─>>─<<>>─<<>>─<<>>─<<>>─


その前に、

アヤワスカをする前に、知っておきたいシャーマニズムについては、
⇒ こちら


アヤワスカをする前に、知っておきたい基礎知識は、
⇒ こちら


アヤワスカをする前に、アヤワスケーロが伝える真実を知りたい方は、
こちら



─<<─>>─<<>>─<<>>─<<>>─<<>>─




儀式の準備



シャーマンであるマヌサイのお父様が建てたヒーリングリトリートセンター、パチャママ・ワシ(母なる地球の家)。


15000711_10154637827872673_2678520929553817329_o.jpg



儀式用の神殿へ。

15003452_10154637453347673_2886833199460818458_o.jpg



入り口へやってきました。

27858418_1496796087084671_9006864361896896605_n.jpg



扉の向こうに待っているものは...

15016392_10154637478437673_2166796859741708281_o.jpg




自室から持参したアヤワスカとさまざまな神器とともに、アヤワスケーロは神殿に入ります。最初に、場のエネルギーを調整し、現実世界と精神世界のつなげ役としての重要なポジションに自らを配置してから、参加者の座る位置などを調整します。アヤワスケーロがすべてを指揮し、彼のアヤワスケーロ弟子でもあるシャーマンのマヌサイは常に彼の右隣に座ります。


アヤワスケーロは、儀式が始まる前から参加者全員をサイキックスキャンをしています。サイキックスキャン ー いわゆる千里眼を持つ人がするスキャンのことを私は勝手にそう呼びますが ー この場合でいうと、治癒者にあたるアヤワスケーロが、患者の体と精神状態すべてを、スピリットと交信することで理解するものです。このスキャンによって、神殿内でアユワスケーロは誰をどこにおくか、そもそもアヤワスカが必要か否か、必要ならどのくらいの量か、などを見極めています。


クスコで会った日、聖なる谷までの移動車内で隣同士だった時からずっと私の斜め背後を見ていたアヤワスケーロは、私がスペイン語ができることを知らずに、助手席に座るマヌサイにスペイン語で「この子は父親と女の人を連れてきた」とつぶやき、私をすべての儀式(5回)で彼の左真隣に座るよう指示しました。





参加者側準備


参加者はそれぞれ、アヤワスケーロが指定する場所に、マット(ヨガマットサイズ、寝袋、一人用マットレス)を敷き、数枚のブランケットとボルスターとバケツを置きます。ペルーは標高が高く、十月の夜は寒かったので、私は個人的に、冬物ソックス、パーカージャケット、分厚めブランケット、帽子、それからティッシュを持参しました。儀式中は、毛穴細胞穴という穴からいろんなものが出てくるのですが、神殿すぐ隣にトイレがふたつ常設されているので心配無用。儀式前にトイレを済ませますが、儀式中にトイレに行く際は用が終わったらすぐに神殿に戻るようにと厳しい指示がありました。



さて、話を聞いたことがある方はご存知かと思いますが、各参加者の体調と精神状態と準備度合いによって、げろげろ状態と、または、から、神様君臨状態と、さまざまなことがめくるめく展開されます。その準備の代表的なものは、1.まずは食事。それから、2.瞑想などで気づきの力を深めたり、自己探求をしていること、でしょう。



1.食事

儀式前には食餌制限を薦められます。その期間が数日や一週間ではなく、できるだけ長く継続され、体内(内臓)がデトックスされていることがアヤワスカの効果を十分に得るために必要のようです。食餌によって、体内と胎内だけでなく精神もクリアに浄化されていくのは、例えば日本のマクロビやインド・スリランカのアユルヴェーダを見れば明らかですが、アヤワスカの準備に際しては、相性が悪い、肉類(特に豚肉は厳禁)、香辛料と刺激物(唐辛子やアルコール等)、揚げ物、卵の黄身部分、そして大豆製品類は避けるべきとのことです。儀式前の食事では避けるべきで、アヤワスカを飲んだ後も、大豆製品以外はできるだけ長く摂取しない方がよいとのことでした。


2.瞑想や自己探求

瞑想によって得られる気づき、サイキック能力、集中力というのは、何をするにおいても、そのものの効果を倍増したり、物事をおだやかに成功させる力があるのだと思います。
アヤワスカの儀式において一所懸命がんばって働いてくれているのはアヤワスケーロとシャーマンというイメージがあります。たしかに彼らが全部してくれはするので、私たち(のロジックや思考)は引っ込んでいた方が得策です。私が儀式をともにしたほぼ全員も、アヤワスカを飲んでちょっとげろっとなった後は、すぐ横になって(立派なベッドを作って寝にきている人や)、いびきをかいて寝ている人もいました。いや、寝てもいいというか、寝た方がいいと思います、寝られるのなら(笑)。頭の中で変にいろいろ考えながらアヤワスカを体験するくらいなら、寝た方がぜったいベターと思います。しかし、瞑想やヨガを続けていてマインド(思考)の役割がわかっていたり、マインドを観察して止観できる力があるならば、より一層高い次元からこの儀式を体験することができるのだと感じます。
さらに、自己探求をしている方は、アヤワスカをいただく目的や理由を明らかにしやすいということもあるかと思います。このシリーズですでに書いたことですが、アヤワスカをする前にジャーナルなどをつけたりして、意識を明確にすることはとてもお勧めです。




ちょっと私の準備談


ここで、私の準備に関して述べますと、これまでアユルヴェーダのサトヴィック食とヴィーガンを組み合わせた自己流の食餌療法を既に数年実践していた上に、断食したり、胆石もきれいにしていたので、体内(内臓)のデトックスはほぼ終わっており、心の大掃除にフォーカスすることができました。(アヤワスケーロには、アヤワスカと最も相性の良い食生活だとお喜びに>笑)。
同じく、十年続けてきた瞑想と気功と呼吸法が、まさかここで役立つとは思ってもみなかったのですが、儀式中に集中力が途切れないどころか、瞑想で到達する三昧の辺りから、次元の扉の向こうへアヤワスケーロと一緒に旅するようなことが多々起こりました。


体調に関しては、持病の腰痛がまだ回復中で、オーストラリアから太平洋真反対のアルゼンチンを経由してペルーのリマ、それからクスコを経由して聖なる谷まで飛行機と車を乗り継いで、しかも標高のアップダウンを経てパチャママワシまで来るのは、体力的に限界でした。胃腸性機能障害を持っていたので、アヤワスカをしている28日間、吐いて下して食べられずでこれまた結構苦しめだったのですが、明確な目的が果たせているのが実感できたため、精神的には辛くはありませんでした。ペルーから戻ってから、その回復が早まったのは間違いありません。胃腸性機能障害からの回復(⇒こちらのシリーズもどうぞ)を求めて、インドでパンチャカルマをするかどうかを検討していた際にペルーに呼ばれたので、なんだかペルーでパンチャカルマをした気分になりました(実際、マヌサイの妹さんはこの家でアユルヴェーダを施術しています)。






一般的に、儀式で起こること


※人、場所、環境が違えば、すべて違うアヤワスカ体験です。ここでは、私が神殿の中で行った5回のアヤワスカ儀式の体験をシェアしています。


滞在中、新しい参加者が到着したり、出発したりと、儀式を形成するメンバーが変わることがほとんどでしたが、日中にはヨガをしたり、一緒に食卓を囲んだり、チェックイン・サークル(精神、体調などがどうであるかを、妨害されることなく自由に表現する安全な輪)をしたり、また儀式の前にもサークルを組むなどして、仲間たちとつながりました。


陽がどっぷりと沈んで、精霊たちが動きだす時間帯に儀式がはじまります。輪になって座っていると、アヤワスケーロが一人ずつ名前を呼ぶので、彼の前まで行って座ります。然るべき呪文を全員で述べた後、アヤワスケーロがアヤワスカを適量注ぎます。聖杯は、木で彫られた小さなもので、そこに特別なタバコの煙を吹き入れます。隣に座っていたので、アヤワスケーロが奏でる口笛とイカロスを聞いて煙が踊り出すさまを毎回眺めることができました。アヤワスカを飲んだ後は、定位置に戻り、次の人、次の人、というように順に全員がアヤワスカをいただきます。



15002315_10154637477352673_3906754430212059340_o.jpg



儀式は、イカロスやアルカナというスピリットソングで開始されます。口承で伝えられてきたイカロスは150種類から200種類あるといわれており、アヤワスケーロはさまざまな状況にあわせてイカロスを使い分けていきます。それは鼻歌であり、口笛であり、シャカパと呼ばれる神聖なスピリットプラントが奏でる音であり、静寂でもあります。イカロスと口笛や楽器が奏でられるそばからソングラインが織り込まれ、そのラインに乗って大蛇の精霊、アヤワスカが姿を現します。





世界の多くの土着文化でなじみ深い蛇...育った京都のお寺にも蛇の神様が祀られており、一発目のアヤワスカで空也上人が現れました。

Kuuya.jpg

≪お念仏もソングラインもエネルギー。重要文化財空也上人像≫





一定の周波数内で癒しが起こる


アヤワスケーロがスピリットソングを奏でながら癒す一方で、ヒンドゥー司祭でもあるマヌサイは、インドの古典楽器を使ってヒンドゥーの神々を迎え入れます。インドどペルーの伝統楽器を自由に使いこなせる彼は、神殿内をインド伝統音楽でインド百万の神、そしてペルーの自然界の八百万の神々を呼び集めます。ペルーでインド?と思われるかもしれませんが、マヌサイの家には、アグニホトラ(火の儀式)の神殿、シヴァ、ガネーシャ、カリ、インドの聖人等が要所に祀られ、サイババの瞑想堂もあり、インドの司祭でもあるマヌサイはペルーとインドの神々と協働し癒しを施しています。

ここで音楽というのは、周波数を意味しています。神殿内の開けられた次元扉の中で、上層の精霊だけが存在できるような周波数をつくり出し、神殿内を神聖な癒しの場へと変えていきます。


一度目(最初の)アヤワスカの杯を全員が飲みおえると、次に一人ずつアヤワスケーロの前にもう一度呼ばれ、アヤワスカの精霊とアヤワスケーロが魂の大掃除をおこなっていきます。立つこともできない者へには、アヤワスケーロが出張し、ひとりずつしっかり視ていきます。アヤワスケーロにはすべて見えているのだと思います。どこまで見えているのかは、私は彼の目ではないのでわかりませんが、少なくともアヤワスカの精霊により、患者の身体をエネルギー体として透視しているのだと思います。アヤワスカを胎内に招きいれた私たちそれぞれが感じていること、経験していることを、アヤワスケーロも共有しているはずです。そして、私たちを「神の御名のもと」普遍的な愛と総全体の善の方へと導いていきいます。


参加側は、この場ではもうなるようにしかなれず、ある意味なされるがままです。アヤワスカの守り神であるアマゾンのプーマやコンドルが登場したり、もう話すことのできない人が話しはじめたり、ある人生のできごとの本当の意味をとうとう理解したり、傷ついたハートが取り出されて新しいものと入れ替えられたり、、、。あなただけに、あなただけの、アヤワスカ[ぴかぴか(新しい)]





神聖空間を護る責任


神殿の外では、下層の霊たちがうようよとしています。下層の霊というのは、悪い霊ではありません。迷える霊です。彼らは闇からの助けを欲しがっている霊です。私たちは彼らに対していつでも功徳を分け与えることができますが、救うことができないことをはっきり宣言しなくては、逆に連れていかれてしまいます。アヤワスケーロは、参加者が祟られたり、リンボ(辺獄)に陥らないようにしっかりと護る義務を果たしています。


さて、ある日の儀式で、私のパートナーがトイレに行ったきり帰ってこないことがありました。参加者はほとんど寝ていますし、だれも気付くものはいません。アヤワスケーロとシャーマンは、彼がトイレに立ったことは知ってはいましたが、神殿内を護り全員のヒーリングに集中していました。彼が帰ってこないで30分近く経って、これは「遅すぎると」マヌサイに囁いたところ、途端に楽器を投げて、走って神殿の外へと出ていきました。大声で彼の名前を呼びます。マヌサイが彼を探して敷地内を歩き回る間、アヤワスケーロは極度の集中力で無言でした。そうしていると数分経って二人は一緒に神殿に戻りました。


戻るとすぐ彼はアヤワスケーロに呼ばれ、すでについた低層の霊を祓ってもらっていました。彼がどれほど闇へひっぱられていたのかわかりませんが、ひっぱられたから戻ってこれなかったのです。アヤワスケーロはお祓いをした後、この神殿内は絶対的に護られて安全であること、外の世界は逆に救われたい癒されたい百万の霊が待ち構えていることを伝えました。だからこそトイレにいったらすぐ帰ってくるという決まりを護らなければ大変なことになると諭しました。私には、アヤワスカの儀式を提供するアヤワスケーロとして、儀式内では何があろうと低俗霊から全員を護る気合いが感じられました。




霊的手術/サイキックオペレーション


神殿内では、引き続きアヤワスケーロとシャーマンと精霊がオンパレードでヒーリングをしています。アヤワスケーロと精霊界の調和、完全なハーモニー。そのハーモニーが織りなすラインが身体を通っていきながら、同時にその一部として存在する摩訶不思議空間。アヤワスケーロと同じ次元に立つことができれば、この完全なるオーケストラを同じ目線(次元)で見ることができます。まるで蛇がすべての細胞を通り過ぎていくような、次元の境のない宇宙へ飛び込んでいくような、ソングラインを抱きしめながら音そのものになるような。


胎内にいついた黒魔術や、呪い、エンティティがお役目を終えて去る時が来たのなら、それはこの時です。アヤワスケーロはイカロス(ソングライン)とシャカパ(スピリットプラントで作られるハタキのようなもの)と、聖なる水、スピリット・プラント(煙草の煙)、そして最も重要な要素である純粋な信仰心を携えて、「霊的手術」または「サイキックオペレーション」を遂行します。三つの世界の扉が開いた多次元空間でしかできない宇宙手術。

それらのものを駆使して、患者から(時には患部から直接)彼自身の体内の中に吸い上げます。この霊的手術は、手ごたえのあるモノに対しておこなわれるようで、私が真横で視ることができたのは、例のアヤワスカを不注意にも施す側になり盲目になりかけていた彼への、視力回復手術だけでした。

私たちはもう吐ける物質もエネルギーもなく、もう吐けない状態ですから、彼が患部から直接吸い上げます。吸い上げるのです!神技です。体の中で悪さも怖さもなんでもやってきた手ごたえのあるあれやそれ、同時に大切な学びや気づきをくれたあれを、見事に自らの体に巧みに吸い上げてしまうのです。霊的手術を4回、しかも毎回横になってお腹を出して受けた私は、吸い上げられ、出ていく感触を感じました。私にはアヤワスケーロが見たものすべてを見たわけではありませんが、その後何を見たか聞きだしたところ、彼が答えてくれたものは私が見たものと同じでした。




儀式の終了、後始末


儀式が終わるのは、深夜も丑三つ時もすっかり過ぎてから。参加者は睡眠をとるために寝室に戻り、翌朝はまずシャワーを浴び、その後食べられる人は定められた朝食をいただきます。その後、バケツに吐き出されたモノを神聖な土地に埋め、ケチュア族の神聖な氷山からおりてくる天然水でバケツ諸々を洗います。



14991242_10154637450277673_5297650011550578351_o (1).jpg




アヤワスケーロが吸い上げたモノで、聖水で洗われる運命でなかった分については、彼の胎内にあります。儀式は何日も続くことがあり、何十人という数にのぼることがありますが、アヤワスケーロは吐き出されたモノを胎内に「一時保管」します。すべての儀式を終えた後、その後ひとりジャングルに戻って、アレやソレなどの霊的エネルギーを、あるべき場所へと送り還します。一日や数日の作業ではなく、それ以上になることがあると話していました。もちろん、ここでも断食するそうです。この断食する理由は聞けなかったのですが、霊的な存在を尊重した上で、彼自身や自然界の霊性を守るためではないかと感じました。



終わりました。ホッと一息。

14976568_10154637452047673_905367435821485205_o.jpg

≪休憩中のコルカス。彼はアヤワスカで聴力を取り戻し、今はアーティストに≫






今や病気だというと、病院に行ってお医者さんといわれる人と話し、病名に応じて処方される製剤医薬品を飲んで現状維持する対処療法か、発達してしまったそのもを切り離す手術が一般的です。精神の不調であれば、その人本人を社会から分け離す(ホームへ入院させる)のが通常です。社会が、社会で、「普通に」機能できるよう、お金があれば概ね短時間で「整理できる」時代です。

古代から利用されてきた病気の癒し方は、根源療法でした。森やジャングルなどに行って薬草などを使って、病気の源となるエネルギーを元の状態へと戻す方法が取られてきました。お医者様というものはおらず、メディスンマンやシャーマンと呼ばれる叡智と経験のある者が、創造主からチャネリングしたメッセージと深い普遍の愛ともに、自然界と共同で患者を癒してきました。

どれほど科学技術が発達しても、変わらないものは、魂の真実。これが私たちを聖なる存在にもさせるの。魂は見えないもので、わかるまでは些細な感覚のため、我々はついつい見えるこの身体だけが「存在のすべて」であると思いがちです、しかし、私たちの二つの目では見えない存在が、私たちの身体以上、人類の人口数以上に存在していることが真実なのです。今、あなたがこの記事読んでいるとき、ふと考える遠いあの場所のあの人や、彼岸に行ったあの人、本で読んだことがある精霊たち、もしも私のことを知っている人は私のことを考えるだけで、彼ら(私たち)の魂は今そこにも存在することができるのです。そしてそれをすることができるのは、人間が持つ聖なる力、マインドのパワーなのです。マインドのパワーを知る時が訪れ、そしてがっつり学んできたのは、その後訪れたタイ上座部森林派の修行寺です。それはまた、次回のお話しといたしましょう。。。



治せない病気はない。



今回アヤワスカをいただいたことで、いわゆる病院や研究所で開発された医薬品では到達できない領域があり、そして普く存在するものの存在法則を知っているシャーマンにしか癒せないものがあることを、強く実感しました。




nice!(0)  コメント(0) 

密着28日間!アヤワスケーロが明かすアヤワスカの真実 [シャーマニズム・スピリットメディスン]

シャーマニズムを理解せずして、アヤワスカは語れません。シャーマニズムのまとめは、

こちら⇒アヤワスカの前に。シャーマンとシャーマニズム(1)



アヤワスカのお話は二次元ではお話することが難しく。パラレルで進めたこちらの記事も併せて、

どうぞ⇒【アヤワスカのネ申体験を無駄にしない基礎知識】


参考として、私が体験したアヤワスカ儀式の準備と、儀式の流れを知りたい方は、

こちらまで⇒【知っておくと!アヤワスカの準備と儀式の流れ】



●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●



日本のことわざで、餅は餅屋って言葉がありますね?アヤワスカも同じ。アマゾンのアヤワスカに関してはアヤワスケーロの右に出るものはいません...。ということで、密着!アヤワスケーロに学ぶ28日間!。聖なる谷(Sacred Valley)は、山の精霊(Apu)に囲まれたシャーマンの故郷で『パチャママ・ワシ(母なる地球の家)』で、アヤワスケーロから教わってきたことと、体験後に得たさまざまな考察を含めて、お伝えするスピリット・メディスンシリーズです。





14962785_1067929716637979_2003932432534228721_n.jpg

≪月の秘薬であるアヤワスカのツインフレームともいえる、太陽の秘薬サンペドロ(ケチュア語でワシュマ、サボテンの一種)を8時間半かけて煎じ中≫



ーーー



以前観たドキュメンタリー映画で、満月のアマゾンの夜に、植物が独特の音を奏でるという話を聞いて驚いたものですが、アヤワスケーロの耳には、それぞれの植物の精霊が奏でる歌のライン(ハーモニー)が異なるものとして聴こえ、複数の種類が存在するアヤワスカ種の中でも、治癒用に使うアヤワスカを見極められるのだそうです。植物が歌をうたう??都会で生まれ育ったような現代人には、見た目にもまったく同じ植物のように見えるものでも、シャーマンの感覚でそれらがまったく違う植物だということは一目(耳)瞭然だそうです。



先にも説明しましたが、南米原住民族の間で長く使われてきたスピリットメディスンの中でも、「蛇の女神」として知られるアヤワスカを中心に扱うシャーマンは、特にアヤワスケーロと呼ばれています。彼の仕事は、正しい植物を採取して煎じ、セレモニーで捧げ、患者の胎内にある病源や呪いを取りのぞき、然るべき場所へと送り還すことです。



2016年元旦から、オーストラリアのアボリジニ長老衆と儀式の旅を共にしたシャーマンのマヌサイは、彼の愛弟子であり、息子以上に家族のような間柄。アヤワスケーロのことはマヌサイからたくさん聞いていたので、オーストラリアで「シャーマン」という存在に多少のうさん臭さを感じていた私は、アヤワスカ専門家と会えるこのタイミングに、シャーマンの役割や真実を知りたいと思っていました。

(...多少うさん臭いというのは、日本の話しに例えるならば、、、正真正銘のノロと出会うには、謙虚さと尊敬の念をもってこちらから沖縄へ会いにいくのがスジじゃないか、と思うのですね。沖縄に行ってノロに数回あったオーストラリア人が、オーストラリアで、”I am Noro"「ワタシのろデス」っていって1セッション数万円とかいうと、アレなんかおかしくないかと思ってしまうわけですよ。)



...とまぁ、目論んでいた私の思考の外で、出会った日からアヤワスケーロの方が私から目を離してくれない状態でした...(/ω\)、って恋したわけじゃないです(;´∀`)。イキートスからやってきたアヤワスケーロと、マヌサイと、マヌサイ弟君(彼もシャーマン)の乗った車が、私たちをクスコの旧市街でピックアップした時から、隣に座ったアヤワスケーロのエネルギーがこちらに向いてることが私ですらわかったわけですよ。私に、ではなくて、見えないほうのアチラの方ですけれどね...ひっ ひっ ひっっ




さて、アヤワスケーロは真面目で寡黙な男性で、10歳のお孫さんはすでにアヤワスケーロ修行をしているというので、小柄なおじいちゃんといったところ。いつもの彼の存在感は、ここにいるようでいないような、なんだか狼のように耳を立てて場を護っているかのようでもありました。私が話しはじめると底なしに深いまなざしで、体中の細胞を耳にして聴いてくれていることを感じ、同じ場を共有することで集中という言葉の向こうがわにあるなにか他の次元へ入っていく感じがしました。時折、ひっ ひっ ひっっと奇妙に笑ったりするのが奇妙可愛くもあり。。。。



14991246_10154637451547673_35082216080405597_o (1).jpg
≪敷地内の高台から、一緒に牛の代かきを眺めたり≫






アヤワスカの儀式を数回して一週間経った頃には、私は彼の穏やかな仕事ぶりから真摯さと献身さを理解していました。儀式以外の時間に散歩をしたり、カウンターに座ってワードゲームをしたり、一緒に儀式で自分が飲む薬を煎じたりと、そんな間柄になってきたころ、ヨーロッパからブラジルで開催される国際アヤワスカ会議へ向かう途中の一団が到着しました。長い話を劇短にすると、この一団はほぼ全員知らずか知ってかアヤワスカ中毒になっており、数名に於いては出身国でアヤワスカを提供する側になっていました。アヤワスカを嗅ぎつけて旅する者、よくわからなくなってしまった者もいれば、またその内の一人は、提供側となって以来視力を失い続けていました。数人は、すごいアヤワスケーロがいると嗅ぎつけて、また他の数人は中毒から救われたい想いで、ここ、パチャママ・ワシに到着しました。


これは、その時にアヤワスケーロが言った言葉です。





「アヤワスケーロは、仕事に命を掛けている」




Iquitos selva.jpg

参考)アマゾン上空からの眺め




彼のホームは、アマゾン。
アマゾンは、かつて「地球の肺」というキャッチコピーがついたほど、巨大なジャングルに覆われていました。そこには、未発見の動植物、昆虫、そして原住民族が棲んでいるといわれ、文化人類学者や製薬会社の科学者を虜にしています。しかし、近年の道徳を外れたゆきすぎた開発により、その土地と自然文化は過去50年で五分の1にまで減り、遠い日本人の知らないところで、砂漠化が懸念されるほど森林破壊は秒単位で進んでいます。

毒を持つ動物や昆虫が這う道なき道を散歩することは、都会人にとっては命がけですが、彼らにとってはこれは日常なので危険ではありません。逆に、このような大自然の環境下で暮らしていれば、植物が歌うことも、植物の精霊と交信するのも、なんだか至極当然で自然なことのようなことにも思えてきます。







さて、命を惜しまない仕事ぶりは、アヤワスカを煎じるところから始まります。
アヤワスカの準備にあたっては、アヤワスケーロはひとりジャングル奥深くへ入り、断食し、独自に調合した7種類の植物を煎じます。これらの植物を、彼はスペイン語で Los Siete Medicinales de Ayahuasca 『アヤワスカの七種のメディスン』と呼び、優秀なドクターであるといいました。準備中は、偉大なる創造主へ祈りを捧げながら、アヤワスケーロは献身的な愛をもって、七種類の優れた植物とひとつになります。この作業は、量によっては平均して三日から五日かかるもので、これが一度目の身体に大きな負担がかかる場面、絶食です。(各部族の文化や自然環境によって、調合する植物や煎じる時間は異なります)



出来上がった、アマゾン風味の濃厚すぎるお茶は、自分の部屋へと持ちかえり、自らの手で患者に捧げるその日まで一緒に過ごします。それは工場で大量生産されたペットボトルのお茶のようなものではなく、精霊と愛が凝縮した結晶水ですから、彼以外の誰の手にもわたりません。マヌサイもアヤワスカを施すことができないほどで、知らない人に、ましてや海外へは売らないとも言いました。最強な秘薬の扱いを知らないで提供することが危険であることを、知っているからです。


そして、アヤワスカを作った当人が儀式を執り行い、患者の胎内からエンティティや黒魔術を吸い取った後は、責任をもってそれを己の胎内に一時保管し、アヤワスカを煎じたジャングルへと戻っていきます。そして、再度ジャングルにて絶食...胎内のエンティティを胎内からクリアにするまでジャングルにこもるのだそうです。一カ月にわたりアヤワスカの儀式をした場合、いったいどれほどのエンティティを胎内に溜め込んでいるのか想像も及びません。アヤワスケーロが呼ぶところの「よそ者シャーマン」が胎内にエンティティを一時保管した場合、次の患者にそれを吹き返しこむか、でなければ本人の身体をむしばんでいく可能性のあるようなエンティティを、患者の病気の治癒のために、経験と叡智でもって自らの胎内に吸い上げるのです。アヤワスケーロの前にどのような患者がきても、癒すことが精霊アヤワスカの意志であるならば、彼は癒しを施すのです...命を惜しまずに。




15002528_10154637478527673_7435395209331584967_o.jpg
≪パチャママ・ワシの神殿からアプを眺める≫




アヤワスケーロが、「命を惜しまない」といったのは、この一団を含んでのアヤワスカ儀式を終えた翌日で、シャーマニック・ハイキング(アヤワスカを飲んでから、途中サンペドロをいただいて山頂にある聖なる河へ禊にいく行程)の帰り道で、精霊の木の下に私たちを集わせたときでした。彼は謙虚すぎるお人柄で、この一団を叱ったわけではありませんが、人間的な感情を少し含めたきつめの口調で、「アヤワスケーロは、仕事に命を掛けている」。と渋みをもって伝えました。


すべての儀式中、私はアヤワスケーロの左隣、彼に指定された定位置にいましたから、彼がこの一団の一人一人にアヤワスカを提供して癒していく姿をすべて目撃しました。その回は、確か私の3回目の儀式で、もちろんアヤワスカですから心地よい経験ではありませんが、儀式中は絶対に横にならないと最初から決めていたので、吐いたり死にそうになったりしながらもアヤワスケーロの指示で一緒にイカロスを口ずさんだり、またシャーマン間の摩訶不思議な行動を理解でき、彼らには見える見えないものの存在が私にも見えたので、言葉のないコミュニケーションを図ることもできました。


そんなですから、アヤワスケーロが、各人にいったい何を施しているかが、私に伝わったのです。彼が命を惜しまないで仕事をしていること、よくわかりました。目の前にいる人の苦しみを自らの身体を犠牲にして吸い上げることのできるアヤワスケーロの真摯な姿から、個人の意志以上に、アヤワスカの精霊そして母なる地球と協働していることも感じられました。彼はアヤワスカと一心同体ですが、きっと人間的に理解できない状況などもきっとあるのだと思います、それがこの回だったのかもと...


実は、この儀式の前に、当初予定されていた日程があったのですが、アヤワスケーロはアヤワスカを提供しませんでした(儀式の中止を行いました)。その理由は私ですら明らかでしたが、代わりにマヌサイがヒンドゥー教の火の儀式をし、ペルーの聖なる谷にインドの神々を集めて、その輪の中でこの一団全員にアヤワスカが何であるかについて愛をもって諭しました。厳しい言葉もありました。目が覚めるような言葉がたくさん聞かれました。数時間に及ぶ火の儀式のあと、数人は、絶対なるものにたいして許しを求めたり、黙り込むもの、ある者は涙していました。この理解の翌日、アヤワスケーロは上記の儀式を行ったのです。彼は、アヤワスカと母なる地球への尊敬と敬愛がない者に対して、アヤワスカの神聖さと重みを伝えたかったのだと思います。





また、アヤワスケーロは、こんなことも教えてくれました。



「白」と「黒」のアヤワスケーロ


患者の身体と心(精神)の傷(トラウマ)や不調を治すという純粋な目的でアヤワスカを煎じ提供し、創造主とアヤワスカの精霊を深く敬い愛するアヤワスケーロは、ホワイト・アヤワスケーロと呼ばれるそうです。その反対に、お金や地位やジェスチャーのため、曲がりひねくれた意思や、明らかに道徳に反した目的でアヤワスカを利用する者は、ブラック・アヤワスケーロと呼ばれるそうです。ブラック・アヤワスケーロは、セレモニーの参加費を払った人に対して、通常全員にアヤワスカを提供します。ホワイト・アヤワスケーロは、精霊のもとで動(働)くため、目の前にいる患者に飲む準備とタイミングが訪れていないメッセージを受け取ると、提供するのが今ではないと断ります。上記に書いた通り、アヤワスカではなく、火の儀式を行ったり、異なるメディスンやスウェットロッジを行ったりして、ある程度アヤワスカの精霊にいろんな角度から近づいてから、アヤワスカを提供するようです。




アヤワスカは誰のため?自分さえよければ?


90年代にアヤワスカ成分の科学研究が再開され、口コミとネットでアヤワスカが世界中に知れ渡ってからというもの、アヤワスカが本来必要とされるアマゾンの森の子供たちや大人たちの手に届くことなく、西洋に輸出されていることを、アヤワスケーロやシャーマンたちは危惧しています。木を伐採した外国人のほとんどが、誰も森を戻そうとしていないのと同じで、失われたアヤワスカの木を、植樹に来るものはほとんどいないのだそうです。私が出会った他のアヤワスケーロも、聞くところによると「アヤワスカ・マーケット」の中で、原住民の森を守るために働いているようなアヤワスケーロは2%ほど(ほとんどいない)だと言われています。家や紙やお箸や建築資材として切り倒される木々、人間の胃に流れこんでいくための牛肉を育てるために破壊される森、自分をつくりあげるものの流通経路や源を知らないで当たり前のように消費消耗してく経済の流れとまったく同様に、「今の自分さえよければ」という強欲がアヤワスカの使われ方にも見られます。


中でも、アヤワスケーロが最も懸念していたのは、アヤワスカという植物界の上層に君臨する月の精霊(デーヴァ)に対して、手を掌わせたりするような謙虚さや、それらの精霊が棲まう地球そして宇宙をつくる創造主への尊敬の念がまったくないものの手に、アヤワスカが渡っていき、癒しよりも金銭目的でアヤワスカが諸外国で利用されていること、そして、誰がどこでどんな想いで作ったかわからないアヤワスカが南米から輸出され、その経路を知らなくても無知で使ってしまう「よそ者シャーマン」が増えていることでした。このことはこちらの記事で書きましたが、アヤワスカの精霊と一心同体のアヤワスケーロは、アヤワスカを通して空気中に澱んでいるエンティティをソース(源)に還してやることを常に遠隔で行っていました。




アマゾン原生森を再生する活動


彼はアマゾンを出ることのないアヤワスケーロでしたが、ちょうど私と出会った頃から、壊されていない原生林を守り、破壊された森を再生するために、マヌサイと国際的な啓蒙活動をはじめていました。これまでにアヤワスカの聖なる力を得て、彼女から癒しを受け取った者、神聖なる宇宙との一体感を得た者、過去のトラウマを癒したり、亡くなった方との感情関係を修繕した方々が、アヤワスカへの感謝をアマゾンの森へ還元できるよう、つなげる役目を始めています。


南米原住民の子孫として叡智と使命を受け、見えない両界をつなげる道をどれだけ行っても、容易になるような類の仕事ではありません。逆に、現代社会ではもうなくなったかのように扱われている黒魔術やエンティティの存在を、古代の叡智を受け継ぐ民族たちは知っており、今も強い愛でそれらを解き放ってくれているのです。この地球は私たち人間だけの所有物ではなく、人間だけが好き勝手にできるものではなく、動物や植物たちと共存し、そしてまた見えない存在のものに囲まれ、成り立っていることを忘れてはなりません。


私が出会ったアヤワスケーロは、少年のころから、己の命を犠牲にすることも辞さずに本分を全うする祖父から仕事を学び、修行を積んで、今は自分がその役割を果たしているのだそうです。大いなるものから遣わされたその聖なる才能と献身的な愛で、人々の病や問題を解決する手助けをするのが生きがいなのだそうです。だからこそ、アヤワスカが必要な人に、正統なアヤワスカを正しい方法で提供し、癒したいのだと、教えてくれました。







※このドキュメンタリーだったと記憶しています
“The Sacred Medicine" 直訳=聖なるメディスン






nice!(0)  コメント(0) 

アヤワスカの神体験をムダにしない基礎知識 [シャーマニズム・スピリットメディスン]


今回は、アヤワスカという壮大なテーマを、アヤワスケーロとアヤワスカの精霊が私に伝えてくれた通りに、歪ませたり捻じ曲げたりすることなく、どうすれば正統にわかりやすい文章で説明できるか、書きながら模索しては推敲しているニューサウスウェールズ州真夏日、カフェのお庭からこんにちは。


ということで、今日もいきます!



__________>〇<_________




さて、アマゾンのシャーマニズムによりますと、シャーマンはシャーマンでも、月の秘薬アヤワスカを専門に扱う専門家は、アヤワスケーロと呼ばれています。

→→シャーマニズムについては、こちら


そして、この記事は、この次にアップするこちらの記事と並行して進みます。

→→密着28日間!アヤワスケーロが明かすアヤワスカの真実


また、アヤワスカの儀式への準備と、その流れを私の体験から知ってみたい方は、

→→知っておくと!アヤワスカの準備と儀式の流れ

も、併せてどうぞ。


__________>〇<_________




アヤワスケーロは、彼の献身的で愛にあふれた仕事をするにあたって、命を惜しまないと断言しました。そんな命を惜しませない、人間の脳、神経、行動にとてつもない効果があるというアヤワスカは、いったいどうゆものなのか、ご説明いたしましょう。





15002249_10154637513842673_204139579023433336_o.jpg

≪シャーマンの家の食卓に置かれたメディスンドラム。儀式に欠かせないもの≫





アヤワスカとは?その効果?



すべての植物が生きていて、そこに精霊が宿るように、アヤワスカも生きています。それは女性の精霊であり、蛇の女神でもあります。彼女の名前は、南米民族の言葉ケチュア語で、アヤとワスカの二語がくっついたもの。アヤ⇒先祖、死者、精霊やスピリットワスカ⇒つる系の植物全般という意味ですが、アヤワスカを体験した人なら、それがヒモやロープという意味だけでなく、アヤワスケーロの奏でる歌が織っていく一本の細く確かなライン...ソングラインを思い出すかもしれません。


アヤワスカの蔓(ツル)は、先住民族の間で数千年前から使われてきたといわれますが、特に1900年代からはその植物の医科学的研究が進み、ガンやエイズ、現代病やうつ病などの治癒に積極的に取り入れられるようになりました。製薬に慢性的に薬漬け(製薬中毒)や、アルコール依存症など、中毒体質となる原因に直接効果が期待されることも知られ、アヤワスカ研究者の Petr Chobot 氏は「アヤワスカは麻薬とは全く関係がないだけでなく、麻薬依存症患者の治療に非常に有効であり、その効力においては現在の西洋医学で及ぶ薬はありません」と述べているほどです。


これらの症状への効果が期待されるようになると、ハリウッドのセレブや著名人たちがアヤワスカを求めてアマゾンへ渡るようになり、近年、アヤワスカは世界中に知られるところとなりました。日本の百貨店でも売られているオリジンズ化粧品の開発者の一人、植物学者のアンドルーワイルもアヤワスカを服用したことで知られていますし、映画『ガールズファイト』や『バイオハザード』などに出演した女優のミッシェル・ロドリゲスも、最愛の人を亡くした後の哀しみと苦しみからの救いを求め、体当たりでアヤワスカと向き合ったプロセスをドキュメンタリーで公開しています。



"The Reality of Truth" 〈直訳=真実のリアリティ〉








アヤワスカの化学成分


そんなアヤワスカが、秘薬だとか「とにかくすごい!」と言われる理由は、それに含まれるジメチルトリプタミン通称DMT(←Naverまとめへ)であることはまちがいないでしょう。これは人間の脳内だけでなく、植物や昆虫たちのからだの中で日々分泌されるホルモンで、分泌される場所は松果体、いわゆる第三の目にあたる場所です(第三の目、眉毛の間のちょこっと上くらいの内側)。

松果体では睡眠を左右するメラトニンが分泌されており、胎内時計をつかさどる場所ともいえます。現代人の松果体はだいたい16歳前後から石灰化し骨のようになっていくと言われ、それに加え、日光浴をしない生活や、深夜まで蛍光灯下で働く現代人は、ホルモンが正しく分泌されなくなってしまっています。この石灰化した松果体を活性化させることができるのも、アヤワスカの特徴です。サン・ゲイジング(太陽凝視)、アーシング(裸足で過ごすこと)、土いじり(微生物を触ること)も同じような効果があり、正しい方法で続けることで身体と心が癒されていくことをパワフルに感じることができます。メラトニンが分泌してくれるようになれば、質の睡眠がとれるようになり、胎内時計が動きはじめれば、やがて無理のある生活ができなくなり、不調は改善へ向かいはじめます。






アヤワスカの儀式の流れ


アマゾンでのアヤワスカの儀式は、アヤワスカを煎じたアヤワスケーロによってほどこされます。場所は、シャーマニズムの記事でお話したように、スピリットとつながる聖なる場、ヴォルテックスです。


アヤワスカをいただく前に、その他の植物や自然の要素(火・風・土・水)を使って浄化等の儀式をすることがあるようですが、それは各アヤワスケーロによるようです。アヤワスカの儀式だけに関していうと、始まるのは日が落ちてからが一般的。儀式の所要時間もまた、本人の状態や、導き手のアヤワスケーロによるようですが、私の体験から言うと、儀式の所要時間は平均的に5、6時間ほどでした。


なぜ、漢方茶や製薬剤のようにパパっと飲んで、仕事に出かけたりすることができないのかというと、アヤワスカがスピリットメディスンだからです。スピリットメディスンを呼び起すためには、然るべき人が三つの世界の扉を開け、開いている最中はその場をがっちり護り、最後には閉じなければなりません。⇒シャーマニズムに関してはこちらから。


儀式中に得られるアヤワスカの作用は、これもまた本人の身体と精神状態により異なりますが、服用後に一般的に起こる作用は、身体と心の激しい浄化です。体内の浄化は、実際に見えるものを吐くものですが、胎内や心の浄化については、「エネルギーを吐く」ということになります。胃の中にもう吐くものがないのに吐くのはつらいものですが、心の垢を吐くのはそれ以上に手ごたえのあるものです。


また、たくさんのビジョンが目の前に移っては過ぎ去っていきますが、これもまたこれまでの人生、目的、精神状態により、各個人で変わってきります。サイケデリックなものや、幾何学模様や、蛇、イーグル、プーマなどのスピリット・アニマルや、5次元なもの等、二度と見ることのないような映像を見ることになるでしょう。すべてのものにメッセージが含まれ、意味があるからこそ見るものですが、その意味は本人が受け取るもので、また受け取れる準備がある場合に見るようです。


アヤワスカの効果や作用は個人によって異なりますが、後ほど私の経験を記しますので、ご興味のある方は少しお待ちくださいませ。






28109073_1496960703734876_2142990925_n.jpg

≪神秘に満ちた Sacred Geometry =神聖幾何学模様≫







神聖な経験をムダにしないための大前提




なんでもそうですが、やるぞと決めたら全身全霊でやるコミットメントと集中力がなくては、達成するものも達成なりません。高校受験も、スポーツも、転職活動も、病気の治癒も同じです。人事を尽くして天命を待つ。アヤワスカも瞑想も、根底はすべて同じです。精霊界50%+こちら側50%⇒どちらともが100%の力で取り組む時、ベストな道が開かれる。神頼みオンリーは通用しない。商人の息子として生まれ、修行を積んで日蓮宗法主となった曾祖父から譲り受けた言葉と同じことを、アヤワスケーロも言っていました。


アヤワスカをいただくのであれば、信頼のおける、正統で、本物のシャーマンである「善の(ホワイト)アヤワスケーロ」による儀式に参加することは最も大切なことの一つです。「あなたが飲んだらこうなりますよ」なんて誰もあなたにアドバイスできませんが、疑問があればすべてオープンに応えてくれる環境があれば信頼できます。受ける側は、しっかりとした目的を持ち、この決断を信じ、一連の行動に完全に責任を持つことが必要です。すっかりと身をゆだねられ、何か偉大なものに護られられる感覚があることも、アヤワスカをするか否かの判断材料になると思います。うさん臭さや疑惑感からはフリーであること、です。


なぜこれらのことが重要なのかというと、アヤワスカを人生に迎えるタイミングは理屈で決められるようなものではなく、なにかとてつもないもののタイミングがガシャっっと完全に合致して、起こるようなものだからです。こちら側の準備がしっかり整い、精霊たち側の準備もしっかり整ったとき、頭の計算外のところでドワッとくる。アヤワスカに導かれるまでの経路がスムーズであることも、ゴーサインの判断材料かもしれません。これらが揃っていない場合、アヤワスカを受け入れる時期ではないのかもしれません。




何度も何度も繰り返して言えること、そして提供者側も受け取る側にも間違いなく適応する掟は、たとえ天地がひっくりかえって、空から豚が降ってきても、
アヤワスカを、娯楽や好奇心で飲んではならぬ。ですよ。




いろいろな意味で、このような動機が、「脳が焼ける」や「アノ人おかしくなった」という結果を招く原因ではないかと感じます。先に述べた、サン・ゲイジングや、アーシング、土いじりも、続ければ人間の身体と心を癒す相当なパワーがありますが、アヤワスカはそれと比べれば、未知数で増幅版。数時間で、意識が身体中と細胞を駆け巡り、過ぎし日が心の中を疾走していくかと思えば過去生につながり、いつもは見えないスピリット、ご先祖が現れ、人類、地球と宇宙の歴史を観て、同時に観られ、観させられます。アヤワスカは、母なる地球とつながる精霊です。彼女を通してハワイのキラウエア火山の女神ペレ、日本の鬼子母神など、畏れ多いこれらのエネルギーと一体になるのです(このままだと、文化人類学に突入しそうなので、参考リンク止め)。


準備ができていなければ、ちょっと避けたいですよ、観たいもの以上に観たくないものも、感じたくないもの一切合切見せてくれるので。「愛」という得体のしれない正体を、こちらのなすすべなく全細胞超意識で見せらるのです。どれだけ科学や技術が発展しても、人類の歴史上まだ明かされていない量子エネルギーの分野を、誰かの動画でなく、あなたの人生を通して明かされてしまうのです。伝統や文化や育ちにより条件付けされた思考や意識の崩壊は、普通に起こるでしょう。すべてのワク組みから突然宇宙に投げ出されるような感じですから、脳が「Fried(焼ける、揚がる)」といわれるような経験をしてしまう人もいるのです。異次元に飛んでいる間、つかまれるのはアヤワスケーロの歌うイカロスやアルカナ(スピリットソング)だけ。イカロスとアルカナが純粋な心と愛でうたわれなかったら、私たちは次元の境に迷い込むかもしれません。ということは、スピリットソングが導く方向、どこへでも自在に連れていかれるということです。アヤワスケーロがアヤワスカ体験のカギを握っている、アヤワスケーロの正統性というものが極めて重要だという意味、わかっていただけましたでしょうか(こんなNHKの番組あったね...)。





アヤワスケーロを誤ってしまった場合に起こること



アヤワスケーロは特に、アヤワスカやプラントメディスンでポピュラーとなったペルーのとある都市に関して渋い顔をしていました。彼曰く、あそこの空気の澱みがクリアにならないのは、シャーマンによって患者の胎内から吸いあげられたモノ、これはエンティティや黒魔術とも呼べますが、これが正しい方法でソース(源)へ送り還されていないからだといっていました。


アヤワスケーロは彼らのことを、スペイン語で ”Gringos” (グリンゴス)といいました。
グリンゴスは中南米のラテンの国々で使われるスペイン語で、「よそ者」を意味します。アマゾンのアヤワスケーロとしては、よそ者シャーマンは、植物の性質や伝統や扱い方をよく知らずに、アヤワスケーロの仕事を中途半端にしている者というような感じと思います。グリンゴス・シャーマンであろうとも、極悪非道な目的をもってない限りは人を癒したいからシャーマンになったろうはずです。しかし、アヤワスカなどの強い効果のあるスピリットメディスンは、何度かの体験だけで簡単に扱えるものではなく、危険物にもなり得るということを、わかっておかなくてはなりません。こういう事実が起こる背景には、とにかくどこでもいいから安くアヤワスカを飲みたいという依存癖のあるグリンゴス旅行者も加担していますし、そもそもそれらのモノを源(ソース)に還すことなく、逆にはびこらせてしまうような(、意味があってなされていた古代からのまつりごとがほとんどなくなった)現代の私たちの暮らし方も大きく影響しています。誰かが一方的に悪いとか、そういうのでもありません。今の社会の在り方やすべての要素が、この現実を作りあげているのです。


それで、グリンゴス・シャーマンの胎内に吸い上げられたモノはどうなっていくのかとアヤワスケーロに尋ねたところ、それは本人が知らずのうちに自身の身体をむしばんでいるか、そうでなければ、次の患者の胎内へと吹き戻しているということでした。ちょっと衝撃の事実 Σ(・□・;)。アヤワスカブームに乗ってお金稼ぎに忙しくなったからか、知らないからか、アヤワスカのホームであるジャングルに還ることなく「仕事」をし続けることで、源へ還るべきエネルギーが戻れずに、かの地の空気内に滞留してしまうのだそうです。アヤワスカやスピリット・プラントを扱う理由が「シャーマンかっこいい」などの見栄やステイタスやお金のためでなく、純粋な心と体の持ち主から愛のために提供されなければならない理由は、それなのです。忠実で献身的な愛がなく、純粋な高次の目的のために使われない場合、危険にさらされているのは患者だけでなく、このグリンゴス・シャーマン本人だというのです。

彼が、日常生活で何もしていないようでも、いつも何かに意識を集中させていたのは、彼自身の判断により、アヤワスカのアンテナを張っていたからです。私の28日間の滞在中にも、彼のところにアヤワスカ依存者やグリンゴス・シャーマンが助けを求めに駆け込んできました。別段、異例のことではなさそうで、アヤワスケーロは、精霊たちと交信して、癒すべき人には淡々と儀式を執り行い、アヤワスカを施して仕事を全うしました。またはっきりNoといって施さない人もいました。






14976790_10154637450372673_6224241575828694960_o.jpg
≪アヤワスカの儀式をする神殿の外。カラフルなのは、、、一人一つずつ与えられるアレですよ、バケツ≫






アヤワスカの効果 体験者の声
 


アヤワスカの精霊が胎内の宇宙を走る体験をされ方はもう不思議でもなんでもないと思いますが、体験者同士が出会うと、一瞬で「わかっちゃう」のも特徴のひとつと思います。アヤワスカは、そういったたぐいのものです。些細で微妙な感覚なのですが、それがとても確かなのです。アヤワスカの精霊のサポートにより、一度触れ(てしまっ)た深い深い人生というものへの理解は、二度と消すことができないばかりか、その深さは、まるで目から投影されるかのようです。もちろん、この深い理解に至るには、ほかにも多くのアプローチがありますから、アヤワスカだけがナセル技ではありません。例えば、近いものでしたら臨死体験がそうでしょう。





ayahuasca9.jpg





私がアヤワスカの精霊(私は女神と呼んでいますが)と出会ってから1年以上経過し、今日までたくさんの人と出会ってきましたが、目を見るとやっぱり感じます。この共有意識・・・聖なるものの存在に気づいている感、両親やご先祖様への感謝、人類への普遍の愛、母なる地球との深い絆...。

こうして出会う人と、アヤワスカの体験を交換するのは有意義な時間です。そこで共通して得た理解は、好奇心や私的欲求だけでアヤワスカはやってこないというものでした。これも実際の経験談ですが、好奇心で受けようとして、事故にあったり、会場へ向かう前に蛇にかまれたり、提供する側になり盲目になりかけている人にも会いました。こちらから無理に取り入れると危険だということは、さまざまな体験談から判断できます。調剤製薬でもそうです、必要ではないときに正しくない薬を正しくない量服用すると、死に至ることすらあるわけです。強い薬を手にとるには、それ相応の強い精神力が必要です。



アヤワスカの精霊が人生に登場するタイミングは、彼女の方からさまざまな方法でサインを送ってくることで、気づかせてくれます。それは精霊界のやり方なのかもしれませんが、信じて祈り、感謝し、謙虚に生きていれば、精霊界のみなさまは必要な時にちゃんと手助けをしにきてくれるのだと思います。







ayahuasca4.jpg

≪アヤワスカのパターン≫




後記:

ちなみに、ここで貼り付けたアヤワスカにまつわるアートをググっていた最中、私がアヤワスカ中に見た百万の映像を次々と思い出し、それを描いてみたくなって、(5回半にわたる儀式の初会から、もう二度とアヤワスカはごめんやといい続けて、それからはじめて)「もう一度アヤワスカしたらどやろ」と、正にここに書いたとおりの(笑)エゴイックな考えが浮かんだのです。その途端、右足のお母さん指とお兄さん指を何かの虫に刺されました。めっちゃ痛くて、麻痺し、すぐにレスキューレメディーを施しました。家の中なのに、ジャンピング・アンツ?(飛ぶアリ、かまれるとめっちゃ腫れて痛いオーストラリアのアリ)...これが、私が言う「サイン」です。右足のお母さん指とお兄さん指、何を比喩しているのでしょう?「正統な内容を書こうとしている最中に、邪見は置いときなっ」とアヤワスカのお姐さんから一喝された気がしました。そうそう、アヤワスカの記事を書きはじめる前には、精霊たちに、高次の意志に沿う内容をしっかりと書かせてください、と祈ってから行っています。






(これは、アマゾンのアヤワスカについてのお話であり、その他の地域のことはわかり兼ね〼)



nice!(0)  コメント(1) 

マインドフルネス実況中継 [健康]

不調と病は根源から改善できる?根源治療の道しるべの続きです。


ーーー



治療の一環で瞑想を取り入れようとしている方は、瞑想が痛みと一体どう関係するのか思われるかもしれません。

ということで、どこを切り取っても、瞑想ですよ。


まずは、人と話す必要のない環境と時間を確保します。お昼休憩の公園のベンチ。移動中に止めた車の中。子どもがお昼寝した後、学校へ行った後、、、瞑想の利点は、場所を選ばず、ツールが必要なく、一人でできるところです。最低限、自分と周りにいる人(看護や育児などの環境)にあらゆる面で危険がない環境さえ確保できれば、はじめられます。最初から一定の時刻に一定の時間をとる必要はありません。時間のあるときに、「5分だけ、座ろう」、「ちょっと、ひと息」からはじめます。


無理のない姿勢で座り、丁寧にまぶたを閉じるところからです。もしも瞑想がなにか怖いものと感じているなら、呼吸をするとよいでしょう。脳をはじめ、体中の全細胞に必要な酸素を送ることでリラックスし、痛みが軽減することに役立ちます。呼吸に集中しているうちは、できるだけ何も考えないようにします。思考に意識がいきすぎてしまうのなら、呼吸をカウントします。呼吸をカウントするのは、もっとも簡単な瞑想テクニックのひとつです。

ひと呼吸、続けます。数分、続けます。できる日やできない期間があって当然です。「今は瞑想したくない」という気持ちを眺めて座るのも瞑想です。「めっちゃイラつくわー」という感情と一緒に座るのも瞑想です。5分が10分、10分が20分、などというように時間が増していくことがあると思います。よい瞑想がしたいと期待して、「ソワソワしている」感覚を知るのも瞑想です。「すごい、今日はなんの抵抗感もなくラクにできた」という安堵感を、イライラ感をみるのと同じように眺めた翌日に、5分しかできなくて落胆するのを眺めるのも瞑想です。例えば30分というように、ある程度の時間ができる日が増えてきたら、やわらかい音を出すタイマーを使って、「30分は瞑想しよう」、と目標を持ってみるのもよいでしょう。はじめたばかりの頃は細かいことを心配する必要はありません。ルールは作らず、やってみようという意志がなにより大切です。


焦ることはありません。瞑想ができる人は、最初から継続する力や集中力や辛抱が強いのではなく、瞑想することで、それらを鍛えていったのです。これらの能力は、質の良い生活を送るうえで役立つものです。


ゆっくりとした呼吸や、すこし立ち止まる時間が、生活の一部として定着しはじめます。


さあ、いよいよ身体の痛みから解放され、病気ともさようならだ!!と、なればよいのですが...。瞑想を続けることは、痛みをなくすことに直結するのかというと、つながってはいますが直結してはないのです。瞑想することで、痛みがなくなるのではなく、苦しみがなくなるのです。わかりにくい一文かもしれませんが、瞑想をすることによって養われる能力(マインドフルネス)が、痛みが苦しみであると即座に結びつけるマインドに「待った」をかけることで、痛みと苦しみをわけて捉えられるようになるのです。痛みをじっくりと見て、バラして、正体を明かしていきます。日本人には説明不要のこれですよ、



痛みと苦しみの関係を実況中継しましょう。






        い               

              み      


       た      








「痛み」を、嫌がりもせず、逃げもせず、単に在るがままで観ていると、不思議なことに、苦しいと思っていた感覚が、単なる「感覚」でしかないことを感じます。足のしびれ、腰の痛み、肩の重み。こういったものを、ただ感じて、感じていることを眺めていると、痛いと思っていたものは実は不思議なセンセーションいがいの何ものでもないと気づきます。これが、痛みの正体。「あ、これが痛みの正体なんですね」と気づいた私に気づく。これを「痛み」というカテゴリーにいれて、さくっと片づけていたのです。「そうか、これを痛みというカテゴリーにいれて、さくっと片づけていたんだ」と、気づいたことに、気づく。この状態を眺めながら、今、苦しいかな?苦しいという感覚、あるかなどうかを自分に確かめてみる、「今、苦しいかな?」って。するとまた不思議なことですが、まるで得体の知れない「苦しみ」に、さっき感じた痛い部分を、プラグインしようとしているように感じられます。「あ、痛みに、苦しみが、プラグインしようとしている」。プラグインしていない状態だと、ただのセンセーションだけが、残っています。身体のなかにある思考を使って、己を導いていくことで、胎内の宇宙に漂うような、思考が身体の外から己を眺めているような、不思議な観点を経験します。


すべてのものの合間に、間がはいっていくような感じ。これが、在るがままを観る流れです。ヴィッパーサナと呼ばれる独特の瞑想法。


瞑想を終えるときは、ゆっくりと体の部分に意識を戻します。指や頭を揺らしたりして、ゆっくりとこの現実世界に意識を戻していきます。とてもピュアで真っ白になった心ですから、すぐに携帯電話を持ったり、ニュースやバラエティ番組をみることは控え、できれば空や木々を眺めたり、でなければお茶をゆっくりと飲んだりしながら、じわじわと日常に戻すことが大切です。



瞑想の効果をまとめますと、瞑想をすることで痛みがなくなるのではありません。瞑想によるマインドフルネスの技術が、長く慣れ続けていたオートプラグインモードを次第にプラグインしない状態に移していきます。その過程は、無理にオフへと切り替えるものではなく、どちらかというと「苦しみ」というものの正体をひたすら明かしていく作業を続けることによって、マインドと身体に徐々に確実に体得させていくような感じです。



順番におこるものではないですが、瞑想を続けていくうちに起こってくるのが、一極に集中するサマタ瞑想です。サマタ瞑想は集中力を養うものですので、ひたすら集中します。私はですね、実はサマタ瞑想のことは(寺娘ですが)上座部仏教の山寺に住むまで知りませんでした。サマタ瞑想が、ヴィッパーサナと慈悲の瞑想と同じくらい大切なことも、知りませんでした。


でも実は、すでに実践していたのですね。オーストラリアに移住してすぐ、ちょうどその頃は、自分の内側にいる先生(Inner Teacher)に導いてもらっていたのですが、その先生がサマタ瞑想を教えてくれて、すでに数年実践していました。それは、あまりに酷い痛みが続いていた頃で、痛みに焦点をしっかりあわせて集中して座っていた時期です。痛みに集中、というよりは、精神統一。ものすごい強烈な念をもって座りました。痛くて涙が落ちながら座ったセッションも何度もありましたが、この一極集中の瞑想を続けていくうちに、すべての痛みが解けてサマーディ(三昧)に入っていく体験を数回しました。去年、上座部の山寺で、阿羅漢から初めてインタビューを受けた日に「これまでどのような瞑想をしてきたのか?」と訊かれ、手短に説明した時に、それはいい経験だったといわれました。修行を続けるうち、阿羅漢がサマタ瞑想を指していたことを悟ったのです。



ヴィッパーサナ瞑想とサマタ瞑想(あわせて止観の瞑想)と、タイの上座部仏教の森林派の山寺で修行し、仏教観が根底から完全にひっくり返される劇的な体験をしたことについては、また別記事でお話します[手(パー)]




あなたの内なる世界へ、いらっしゃ~い
14991472_10154637478357673_3449664714122529332_o.jpg
まだこの先もございますのよ...




身体の痛み、心の痛み、どのような痛みを今生で引き受けたことになったとしてもそれは、バチやなにか制裁を受けたものではありません。何度も何度も言いますが、自分を責める必要はまったくありません!両親や学校や上司やあの事件やあの事故があなたを苦しめるためだけにおこったのではありません。今生で起こるすべてのことには因果関係があり、己のカルマにより発生したもので、すべては魂の成長のためなのです。「え、まさかこれだけは私は絶対に原因をつくらない!」というようなことこそ、残念ながら聖なる意味があって起こっているのです。カルマは都合のよいものではないのです。それがなかったら、今のあなたすら存在しないし、家族もないし、この環境も、この人生すらない。
カルマに、、合掌っっ




その背景に流れているのは、輪廻転生です。世界各地にある様々な信仰体系で根底にあるコンセプトですが(聖書からは削除)、それによるとひとつの人生の舞台・構成は、己がつくってきたカルマや功徳によるものだといわれます。カルマは恨んだりするものでなく、功徳は計算するものではありませんが、この人生の背後には、探っても探り切れることはない果てしないストーリーが隠れていることを知って、それらの出どころを付きあてる旅も同じように果てしないことを知るのも知恵です。もちろん、そうなってしまうなら、そうなってしまうというカルマなので、どうぞ導かれてください。瞑想が深まっていけば見えてくるものは見えてきますし、見えたとしても囚われの心を破棄することが勧められます。それよりも、今生の今ここで出来ることは、もうこれ以上怒らず、妬まず、悲嘆にくれず、嘘をついたり傷つけたりする行動を見直していくことです。最悪な状況になろうとも、素直になることを思い出し、できるだけ善い見識をもって行動していこうとする意志です。


永遠に続いてきた魂の輪廻転生。苦しみのサイクルから脱するタイミングがいつになるかは、誰にもわかりません。突然すべての苦しみから脱するというのは稀ではあれ実際にあることですが、じわじわと段階を経ていくことが多いでしょう。究極の解脱は「悟り」と呼ばれます。悟りは100万ボルトの雷が落ちてくるような感覚だと聞いたことがありますが、それがあった後もない人も、それは内面から徐々に段階をのぼるように悟っていくものです。


ですから、苦しい時期を超えて軽くなったあと、幸せを感じたり、人生の在り方がより鮮明に見えてきたり、そしてまた異なる種類の苦しみを経験するのは、自ずと然るべき流れです。肉体を持つ人間は生死を超えた輪(輪廻)の一部であり、すべてのものごとは移りゆくものであり、それが何であれ執着することが苦の根源であることがわかるようになることで、人間の苦しみサイクルから抜け出しはじめるのでしょう。




さいしょもさいごもなく、どこを切り取っても瞑想...

20818952_1537507702982074_1190054159728079123_o.jpg







nice!(0)  コメント(0) 

不調と病は根本から改善できる?根源治療の道しるべ [健康]

通常、痛みが体感できるレベルになったり、目に見える症状が出てきた時点で、人は治療をしようと考えます。対処法をリサーチしたり、病院へ行ったり、時には手術を受けたりすることとなるでしょう。ふつうに社会生活を送っていると、ここで終わることが多いと思います。


今日は、根源治癒をすることになってしまった人がたどる、この先の道しるべ的なものを、ちょこっとお伝えします。


ーーー


この不調。非常に長期間にわたって続いたり、一度ではなく何度も繰り返されたり、痛みが究極に強い場合、原因を知って根本から治癒したいという考えに行きつくのは、なんら不思議のない流れです。ここにくるまで、ご本人は壮絶な苦労をされています。その不調が、暮らしや生活や人生自体を変えるような大きな存在感を持って目の前と自分の内側にいることが確かです。

実際に見えるまたは感じられる身体の不調を癒していくうち、おのずと心の面の治癒へと進んでいきます。心の面の治癒はよく「いやし」と呼ばれるものですが、そのプロセスはやわらかなイメージを持つそんなことばよりもはるかに壮絶で、困難なことが多々あります。先日、小室さんが会見で、お疲れの表情と姿勢で「メンタルケアというのがきれいな言い方ですが」と言われた部分が心に残っていますが、本当にそうだなと感じました。メンタルケアとかメンタルヘルスという言葉は、現場からみるとキレイすぎる気がします。渦中の壮絶さは経験した人しかわからないのだと思います。心の不調は見えませんし、説明しづらいし、数値にもオモテにも出にくいものですが、本人は間違いなく感じているもので、放っておいてよい種のものではないことは十分すぎるほどわかっているものです。だけどどこに頼っていいのかわからない。誰が治せるかもわからない。だけどメンタルケアが必要な社会になってしまっていることはわかる。。。


根本治療を目指すにあたっては、対処療法がコンセプトである病院や製剤医薬のみに頼って行うことは難しくなります。危険な製剤精神薬を手に取るのは火を噴く暴走機関車になるようなものですし、精神科ではこの症状はケアしませんと謳うケースもあり、じゃあどこへ行くんだとなると、カウンセリングやヒーリングと呼ばれるものを頼ることになってきます。スピリチュアルになったと言われたりします。他にも優秀なアプローチは日本にも世界にも多くあって、さあこのような先人から学ぼうとすると、宗教とか言われたりするのですね。もう人から言われることは気にしている場合ではなく、信じていることをやっていく決意は固くなり、心を何かに売ったりすることなく、信じただ実践していく力がどんどん強くなっていきます。方法はどうであれ、実は、信じる力こそが治癒のカギではないか、というような感じが得られるようになります。


「原因は一体、なんだろう?」と探っていくことは、身体、こころ、人生そのものを診ていくことです。考え癖、口癖、呼と吸、立ち姿勢やさまざまな行動パターンなど...無意識に行っていた自分の行動にまつわるすべてをスキャンしていくようなものですか。この作業がはじまると、自分では知らなかった自分の真の姿に驚き、泣き、喜び、悲しみ、恐怖を感じたりすることがありますが、一度はじまると数珠繋ぎ。前をむいて続けていくことで、自分自身の人生がよくよく見えてきます。物事がクリアに見えるにつれ、考え方や習慣、行動も少しずつ変わっていきます。「うゎ~変わってるきてるな~」と自分でわかるほどにもなります。こうしているうち、自分の存在から発生するもの…人間関係、現代社会の構成、世界の構造までと、私をとりまくすべてのことが絶妙なタイミングで次々とクリアに見えてきて、それらと自分が、切り離すことのできない見えないウェブでつながっていることに気づかされます。

また、これ以上痛みや不調を上乗せする暮らしよりも、それらを軽減、できれば根本からなくしたいと考えます。できることから、できる範囲で、無理なく、強制するのではなく。体が喜ぶ方を選択していきたいと感じはじめていることにも、気づかされます。




. . . 気 づ か さ れ ま す . . .




誰にでしょう?自分自身に、です。どうやって?瞑想です。
暮らしの中に取り入れることで、まずは気づき、そして辛抱強さ、持続力、優しさというようなものをゆるやかに確実に養ってゆくことができます。さらに10年、20年と長く続けていくことで、人間の心の中にある、道徳や叡智というようなものが目を覚まします。それはある意味、全人類が共有できる慈愛や分かち合う心、優しさのようなものです。これが、私たちに「次々と気づかさせてくれるもの」の正体なのです。

これらの目が覚めることで、人生の選択はアタマではなく、その部分でなされていくようになります。よく、「心の声を聴き始めたんだけど、うるさくて狂いそうで寝られない」という話を耳にすることがありますが、そういった寝られない部類のトークはマインド(思考)のチャット(声)です。マインド・チャットは、いつでも簡単に私たちを思考の迷路に陥れます。瞑想によりもたらされるメリットは、そのマインド・チャットを冷静にとらえ、己の感情をそこへ即座に関連させない能力です。心のさらに奥の心、暗闇のなかの一点の光、、、どう説明してよいのかわかりませんが、その部分はチャットしません。心の声は、声でない声。真空の音であり、さざ波の波動であり、暗闇のまぶしさのようなもので、声とよく言うにしては、私たちが一般的にいう「声」とは程遠いものです。よく第三の目が開く、ということが言われますが、この声でない声の存在をしりはじめることが、第三の目が開くことのサインのひとつであるようにも思います。そして、不調や病が人生テーマである人にとって、第三の目が開くタイミングは治癒の道のりに多くひそんでいます。


「痛みを軽減したい、根源からなくしたい」と信じて継続した結果、確かに癒された面があるなと気づきはじめます。それがピンポイントの症状ではなく、そのほかの慢性的症状かもしれませんが、こうして、ひとつずつ、少しずつ、経験と気づきが身体と心のなかに刻まれていきます。不調を根源から治癒できるものは、他人任せの短期的で劇的な変化ではなく、志の上にたつ小さな一歩一歩であることがわかってきます。


同時に、自分に無理を重ねることが無意味だとわかってくると、家族や部下や社会に無理を強いる必要性が失われ、有意義かつ痛みを伴わない物事の関係性へと自然に導かれていきはじめます。自分を癒すことから、社会とのつながりを学ぶ。天風哲学で言われるような人生(生き方)の統合が行われていきます。



少しずつですが、人生は飛行機(身体)であり、パイロット(マインド)であり、管制塔(魂)であるかのようにも映りはじめます。「私が私の私さえ」と叫んでいた、切りっぱなされた一つの孤独な個体の「私」としての自分が見えにくくなってゆき、(個である)私さえよければ、という選択をすることが直感的に「おかしいぞ」と匂いはじめます。目に見えようが見えまいが、私さえよければの選択をすることでひずみやゆがみが出てくることに、一票を投じる行動ができにくくなるのです。まあるい調和に居心地のよさを感じます。

まあでも、人生を、飛行機の機体の中から眺めながら、前方のスクリーン(目を閉じた暗闇の画面)で上空からの鳥瞰図として見ながら、管制塔の指示を出している自分の声を聴きながら、パイロットとして操縦していくとは。なんとも人生とは想像以上に不思議なモノですな。


ーーー



精神疾患をなくしたいと願い、癒しの道に精進するものは、長い道のりではありますが、心がちょっとだけラクになったりとか、重たかったものが落ちていったりとかして、少しずつ少しずつ、太陽の明るさを目印にしてらせん階段をあがるように、時をかけて改善していくのだと思います。劇的に改善してくれればどれだけラクかと思いますが、治療への地道な努力を重ねていることで、人生が流れていく時間がゆったりとしたものになっていき、治療を始めると決めたあの時からは、ずいぶんと違う風景に囲まれていることに気づくのだと思います。治せるもの、正せるものはいずれそうなっていくし、治せない、正せないようなものに関しては、執着や情熱を沈めて(熱を冷ます)いく知恵もついてくるものだと思います。思考がコントロールできない自然の間に暮らし、自然の巡りの中で、自分自身を知っていく流れは続いていくのだと思います、この身体が土に戻るまで...。




不安に感じるの、わかります。あなたの傷ついた心と体を治癒してくれ、あなたの人生に共感し、考察し、直すことができる人がいるとすれば、それは他の誰でもないあなたです。あなたの強い意志から生まれる行動で、あなたの不調が改善することを心から祈っています。

じれったく遠回りのように見えるかもしれませんが、祈りと瞑想のパワーも忘れないでくださいね。


私もがんばります!


23559596_10155825540277673_6977815581608593267_n.jpg
〈タイの修行山寺にて、尼僧のクンニットを囲むガイジン勢〉




nice!(0)  コメント(0) 

アヤワスカする前に。シャーマンとシャーマニズム [シャーマニズム・スピリットメディスン]

「ペルーが呼んでる。」



●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●


、という声がおりてきた時の記事を覚えていらっしゃいますでしょうか。
2015年12月のことでした。

このメッセージを受け取ってから間もなく、瞑想ビジョンに導かれてアボリジニの長老たちとのセレモニーに同行しましたが、このセレモニーすべてを執り行ったペルーのシャーマンが、2016年10月に実際ペルーへ飛ぶこととなるカギを握っていました。


14264002_10157411967220254_789039105091195815_n.jpg


では、ペルーでのお話の前に、
そもそも、シャーマンってなんだろう?

ウィキペディアでは、このように説明していますが、いちいちリンクしたくない方のために、このまま説明にはいります。


 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


このブログのお姉さんにあたる、第一章ブログ『実践哲学「和道」で今を生きる』でアメリカのネイティブアメリカンメディスンホイールについての話(2010年ニューメキシコ州の話は全6話へジャンプ~過去の画像が消えてしまう事件が起こり記事が読みづらく申し訳ございません)はかなり書いてきましたが、南米大陸だけでなく、自然と調和し生きてきた世界中の先住民族(私たち日本を含む)の暮らしの行く末を握るような人物の一人に、現在「シャーマン」と呼ばれる人が存在しました。



シャーマン... 
パーマン!ヤーマン?みんなヒーロー[ムード]



シャーマンは、Middle World =なかつ国(私たちの存在をふくむ物質世界)とパラレルで存在する Upper World=天上界Lower World=地下界につながる扉を開いて、私たちの目(ふたつの目)には見ることができない超自然的存在(スピリットやブラーミン等)と交信することができるといわれています。パワーアニマル(トーテム)、パワーストーンパワープラントは重要な役割をになっており、シャーマンは歌、楽器、数珠のようなツールを使ってスピリットを呼び起こすことが一般的です。いわゆる扉であるポータルはパワーゾーンとよばれる場所にあるといわれます。


シャーマニズムは、人類の歴史の早い段階からはじまった土着信仰とは切り離せない関係があり、祈願、予言、治癒、供養、悪霊払いなどとその力の使い先は幅広く、日本では霊能者、呪術者や祈祷師と呼ばれ、巫女、イタコ、ノロ、ユタをはじめ、各地域の特性に沿ってシャーマンが存在することは知られています。邪馬台国の卑弥呼がシャーマンだった?という話を聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。また、シャーマンの力は、目的によって善いことにも、悪いことにも使われてきました。黒魔術や呪縛を解くことも掛けることも、シャーマンにとっては難しいことではありません。


シャーマンという概念が網羅する範囲は大変広いので、ご興味のある方は上記に挙げたキーワードから個別にはいっていかれるとよいと思いますよ...アナタの知らない世界へーーー




 ∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-∵-∴-




アボリジニの長老衆から絶大な支持を得るペルー出身のシャーマンでありヒンドゥー司祭でもある(ちょっとややこしい)マヌサイの案内で、去年私たちが出会うこととなったシャーマンは、ペルーはイキートス(ジャングル)出身。この二人は「シャーマン」という同類カテゴリーに存在するものの、このジャングル出身のシャーマンは、アヤワスカを中心とした植物(メディスンプラント)を扱う専門のシャーマンで、アヤワスケーロと呼ばれています。お祖父さんもお孫さんもアマゾンでアヤワスケーロという生粋のシャーマン家系。代々、地元のアマゾンの森に暮らす村人(原住民族)たちのお医者さんであり、カウンセラーであり、病院であり、相談所であり、村の暮らしの大切な役割を担ってきました。今も赤ちゃん子供たちは無償で治しているといいます。彼自身は質素な家に住み、ごはんはお米と川魚。小さな体の無口で地味なおじちゃんで、セレモニーだからと言ってムダに気合が入ったり、伝統装束に身を包むでもなく、サッカーTシャツを着て新聞を小脇に挟んでいる男性でした。



28日間をともに過ごし、私たちは彼からセレモニーを受けるだけでなく、自分が使うプラントを一緒に用意し、丁寧に煎じながらアヤワスカの調合や歴史、彼のアマゾンでの暮らしぶり、家族のこと、そして聖なるスピリットメディスンへの偉大な愛と仕事に対する情熱を教えてもらいました。



私がペルーに行く前、「脳を焼かれる」、「やめといた方がいい」という友人のアドバイスがたくさんありました。オーストラリア国内だけの話ですが、私の目からみると、正直シャーマンというものは正統性を失っていると感じています。オーストラリアにいるオーストラリアのシャーマンからアヤワスカを受けるんだって叫んでいる人がいたら、私もやめといた方がいいかもって、思わず助言してしまうと思います。

これまでの癒しの道で、私もシャーマンと呼ばれる人に多く会ってきました。実生活だけでなく、夢、ビジョン、意識の中で。遠いしなんだかアタマでは行きたくないと思っていたペルーへと飛ぶことを決めたのは、私の心でした。シャーマンから来ることを検討したらいいよと言われてから、夢にアヤワスカの女神が現れ始めたのです。アヤワスカは、女神なんだ?なんで呼んでるのだろう?ちょっと無視できないビジョンでした。彼女が呼んでいる...?電話を受けるのも確実なコーリングですが、夢から呼ばれたことも、私には確かなコーリングとして受け止められ、腑に落ちる確信へとつながっていきました。

それからは、友達に上記のようなコメントをもらっても、私の癒しにとって正しい選択であるということを相手が理解できる言葉で明確に説明し、そしてシャーマニズムのことも(ニューメキシコで学んだ時以上に)いつの間にかうまく説明できるようになっていました。


天上界の手助けもあり、28日という長い期間を二人のシャーマンとともに過ごすことになりましたが、
私のペルーでの体験談をお話する前に、彼から直接聞いた話を中心にアヤワスカにまつわるお話をさせていただくことにいたします...


15000136_10154637453462673_424260894088750498_o.jpg




つづきの記事は、こちらからどうぞ ↓ ↓



アヤワスカをする前に、知っておきたい基本のキ、
⇒ 【アヤワスカの神体験を無駄にしない基礎知識】



アヤワスカをする前に、知っておくとよかろう儀式準備、対策と流れは、

⇒ 【知っておくと!アヤワスカの準備とその流れ】



アヤワスケーロが伝える真実を知りたい方は、
⇒ 【密着28日間!アヤワスケーロが明かすアヤワスカの真実】



nice!(0)  コメント(0) 

2018年 新年のご挨拶 [ご挨拶]

[ぴかぴか(新しい)]お久しぶりでございます[ぴかぴか(新しい)]
新年あけましておめでとうございます。
あ、最後の記事からお誕生日も迎えられたのですね、おめでとうございます。。


最後にアップしたのが2017年お正月だったので、ちょうど一年後の更新になってしまいました。月日が経つのは早いものです。2018年は2日のスーパームーンから始まり、さまざまな天界の動きが目白押しですが、時計芯のまわりが以前にも増して早まっている気がするのは、気のせいでないのかもしれません。

さて、アップせず一年が経過したのには、南オーストラリア州でのオーガニックマーケット主催の仕事を終え、東海岸へと舞い戻ってきた際に、執筆用のマックをエコビレッジに寄付してしまったこと、そしてそれ以来、時間がまったくとれない状態だったことにあります。

ありがたいことにタイピングしているPCは、もうさすがに書かなきゃと思った時に、旦那さんに話したらもう買っていたというラッキーPC。よし、書く時が来た。


20170506_082747.jpg


今はニューサウスウェールズ州のタイアルガムという場所で記事を書いています。
タイアルガムは、楯状火山の(アボリジニ名)Wollumbin(ウォランバン)で有名で、上の写真、我が家(キャンパーバン)の車窓の左端にみえる、山頂がくしゅっと魔女のとんがりハットみたいな姿が特徴です。『山々の長』という意味で、アボリジニが儀式に使ってきた長老と呼ぶにふさわしいエネルギーに満ちあふれた山です。2300万年前は活火山であったと聞いた上で、英語の呼び名がマウント・ウォーニング(『警告山』)。え、休火山?なら富士山と一緒?噴火するかも?と思っている人は私以外にもいるはず。警告山というなんとも重々しい名前の由来はキャプテン・クック。航海中の船がオーストラリア大陸に近づいた際に座礁しないようにと目印にした山だったそうです。日本人はじめ、海外からも多くの観光客が訪れる「パワースポット」でありますが、ペルーのシャーマンのマヌサイとアボリジニの長老アンティ・ミニーも、去年の一月のセレモニーで、毎回といえるほどこの山について言及し、ご祈祷していたところをみると、世界太古の大陸といわれる場所の臍ともいえる存在なのかもしれません。え、日本が世界太古の土地じゃないの?と思われたか方はお読み進めくださいませ ↓ ↓ ↓


26167249_10155961134207673_2016835678799827902_n.jpg
魔女のハット、こちらの方がわかりやすいかな、若干?



話をちょっともどして。。。
以前ちらっと触れましたが、2016年10月1日の誕生日あと、ペルーへ飛んで4週間を聖なる谷で過ごしていました(その話は次のブログで)。地球の反対へ行くなんて興味もなかったのに、結局行くことに。運命には逆らえないものです。


あれ、ウォランバンと山の形似て...ないか
聖なる谷、マチュピチュ
26166001_10155961134477673_5614723389387056618_n.jpg


ぺルーでの神秘体験が、
これまでの身体と心の癒し、それが深まるとともに呼び起こした先祖七代分のツケ祓いや、無意識であるうちに誰もがプラグインしてしまう底なしの怒り、悲嘆や恐怖のエンティティなど、個の体を通して起こった総全体の癒しに、まさかの見事なフィニッシュラインを引きました。闇の経験から知恵を抽出することで、光の経験を受け取る準備ができたというか…それに対してアマゾンのデーヴァが呼応してくれたというか…


もとは自分の身体の痛みと、心の怒りをただお掃除したいがためにはじめた瞑想。
スピリチュアルなことにまったく興味なく、どちらかというと仏教などの「正しい」方法を通して誠実に向き合いたいと思っていた真面目な私が、昔の恩師が言ったことを忠実に信じて毎日瞑想をしつづけた結果、「私こんな人生選んだ覚えない!」と心で叫びつつ結局選んでいるから責任もって歩かなくちゃならないし...ブツブツブツたどり着いたのがペルーだったのでした...

どんだけの長さになるか未明ですが内容ふんだん。次のブログお楽しみに~



cusco.png
≪クスコでラマさん、カメラ目線≫



ペルー帰国後の翌年、2017年1月にはニューサウスウェールズ州にて、以前住んでいたコミュニティからプジャ(浄化の儀式)を頼まれ、250名あまりの参加者の前で地球への踊りを奉納した後に、人々が書いたそれぞれの思いを「火」の要素を使って天へと還す儀式的なものを司りました。儀式なんかやり方もしらないのに、できちゃったのは完全にペルーでリリース&招きいれたものの影響です。

_IMG_0791-1.jpg




続いて3月には、前出のアボリジニの長老衆のひとりであるアンティ・ミニーが家に招待してくれたので、訪ねにいきました。住んでいるのは、オーストラリア本土から橋でつながれた離島。下部写真、中央がアンティ・ミニー。木の精霊が彼女の顔に一直線の光をひいています。

18056734_1230751800355769_4897214883720841625_n.jpg


そんなアンティ・ミニーは、ティーン時代から、ただ肌の色が濃いというだけで、駐禁だとか公共料金の支払いが遅れたとかの理解不能の理由で、警察からオーストラリア中を追われ、監獄にいれられてきました。刑務所に入っていた間、いわゆる「入植した」(住む場所と暮らしと子供たちを奪略した)白人に対して「対等に」ものが言えるように、こっそりとものすごく勉強したそうです(刑務所に入っている間は学校にいけないことわかってて逮捕する政府...)そんな経験から、彼女の娘は「白人教育」を受け大学院まで進学し、アボリジニとして発言できる立場を手に入れたうえで、アボリジニの権利と大地を守るために活動されています。(たった数十年前のオーストラリアですよっ。今も差別は残っています...



↓ ↓ ↓
そんなアボリジニと日本人のつながり??
前置き:私には、何をもって「世界最古」とするのかがわからないのですが、地下世界と天上世界をつなげるポータルをひらく方法を知っている(た)人間(世界各国の原住民族やロシアの “アナスタシア” や神官や司祭など)は、その力をもって超自然的存在や母なる地球や父なる宇宙とつながる(交信)することで、生きていく方法を尋ねたり、豊作を祈ったり、病気を癒したり、調和と愛にあふれれた暮らしたり、支配する側に立ったり、等々と、人類の歴史をつくりあげるのに一役かってきたと思います、、、。そういった地域は世界中に今もたくさんあります。そしていったんポータルがひらくと、場所であっても人であっても、時間とスペースの概念が消失してしまうのです。だから「世界最古」ってどういうことだろな??と興味津々なのです。


アンティ・ミニーは、よく日本人とアボリジニの深い関係を口にします。彼女とはじめて会った一昨年前、彼女に、「私はどうしてこんなにもよくリアルすぎる悪夢を見るのか?」、「どうして日本でなくオーストラリアにいるのか?」と訊いたとき、私にはアボリジナル・ジャパニーズとして与えられた役割がありこのレインボー・サーパント(虹の大蛇=虹の戦士)の大地にいることを説明されました。アンティ・ミニーの話は、松果体(第三の目)が開いていない人にはまったく理解できない上に、私にはとてもうまく説明できそうにありませんが、要はアボリジニの大陸と日本の島は異次元でつながっている、ということなのです。

2016年1月のセレモニー月間で、バイロンベイ近くのブランズウィック・ヘッド裏手にあるボルテックスで火のセレモニーをしたとき、その辺りの地理が少し歪んでいることに気づきました。歪んでいるというのは、川岸の木々が歪んで倒れてかかっている地形であること、森の緑と空気が濃すぎて揺れて見えること、そして、京都貴船神社ほどは大きくないけれどそれと形の似た大きな岩があって(それだけでも色い宇宙)、その中心に溜まっていた水がなんともゆらゆら神秘的で異次元へとつながりそうな歪みでした。まあそんなことパワースポットではよくあるハナシってことですが、どうして貴船神社とブランズウィックがつながっちゃうんだろうなんて思いました。そもそも祈りや信仰深い土地は時代を超えてすべてつながっているんですけどね。いろいろな説もありますが。宇宙の歴史からみれば人類の歴史なんてちっぽけなんで、人類の脳が把握不能であったり不可能と思うことも実はなんでも起こり得るスペースがどこにでもある。ちなみに、アンティ・ミニーの旦那さんは日系人です。


ま、美しいオーストラリアの海をみながら、引き続きBGMとして読んでやってくださいな
Brunswick Heads.jpg
海と川がまじわる地、ブランズウィック

(ノースコーストホリデーパークさんから拝借)


***


アンティ・ミニーの住む島から出たその足で、ゴールドコーストへ向かい、お次は来豪したインドの聖者アンマと四日間を過ごしました。毎日のサトサン(真理を諭す交流会、仏教の法話や講談のようなもの)と一日二回(計5回)のダルシャン(ハグにより恩恵を受けとること)を得られる幸運に恵まれ、母なる地球(Mother Earth)への愛と尊敬を、聖なる母(Divine Mother)であるアンマへ捧げる絶好のタイミングだと、苗木[クローバー]やお花[桜]を寄付してきました。


AMMA.jpeg

いわゆる悟りの境地にいる超人の力-これはサイキックに関するだけの話ではなく、助けを必要な人に手を差し伸べ続ける超人的な体力と気力、そして枯れることのないまぶしすぎる慈愛-を目の当たりにしました。

それは、リトリートの最終日。一般にも無料解放された夕方で、会場はごったがえしていました。アンマは日曜の夕方4時ころに会場に入り、サトサンをしてから7時にダルシャンをはじめ、会場に次々と到着する人たちに恩恵を渡していきました。私は、ダルシャンを受けるのと歩いたりトイレに立ったり以外は、ほぼずっとアンマの前に座っていました。彼女は立ち上がって手足を伸ばすこともなく、お手洗いに立つこともなく、周りにいるボランティアの方から少しのお水を少し飲むというかなめる程度で食べることもなく、朝3時。アンマ率いる世界最高クラスのキルタン(バクティヨガの一種、サンスクリットの宗教音楽または讃美歌)がはじまり、ユニバーサルな愛を語る声はもう美しすぎ純すぎて、身をゆだねるだけで不純なものが心と体から自然と去っていくようでした。キルタンでゆるくなって部屋へ帰る人もいましたが、私はそれでエネルギーをリチャージして、アンマの前に座り続けました。それからダルシャンはまだまだ続き、結局すべのダルシャンが終わったのは、すっかり夜も明けた月曜の朝8時でした。休むことなく13時間。アンマはリトリート終了後すぐ会場から空港へ向かい、南インドへと旅立ちました。ダルシャンを待つインドのケララ州で、到着後すぐ1000人を超す人たちへのダルシャンがあると、アンマと暮らす尼僧女性から聞きました。文字通り超人です。



そんなこんなのイベントを随所に入れつつ、2017年の前半は、ニューサウスウェールズ州からクイーンズランド州の海岸沿いを北上&南下し、パーマカルチャーやシントロピーの学びを深めたり、新しくコミュニティプロジェクトを立ち上げている人たちとつながっていったのですが、なんか途中からそれ自体がどうでもよいという気になり...それよりも母なる地球にどっぷり浸かっていたい想いがどんどんと強くなっていました。自然界の存在がありがたく、少しずつでもできることからとにかくお返しがしたくてしょうがない。「地球に緑を還そう、苗木10000本植えよう」とまで考えていたほどです。キーワードは緑化。モノカルチャーまたは酪農に使われて荒廃し、捨てられた土地に森に還すために木を植えたい。そんな想いが募るにつれ、ペルー帰国後から脳裏をちらちらとかすめていたタイ、なぜゆえにいきなりタイ、でもタイタイのイメージが、どんどんどんどんと大きくなって気づけば5月末日、タイ北部に降り立っていたのでした。

タイのお話は、ペルーのあとでゆっくりと...


26166943_10155961189452673_2244891286842752871_n.jpg
タイの大半を過ごした場所。
魔女のハットは無理、オアフ島のチャイナマンズハットでどう?




2018年、ブログ初めはこれまで。

今年も、オーストラリアだけでなく世界に飛び出して『無我』を生きる記録を日本語脳を駆使して書いてまいります。まだまだ無我世界の新参者ではありますが、同じく魂の道を真摯に生きる方がたとつながれるようなブログが書けるよう、がんばってまいります。


どうぞ今年もよろしくお願いいたします!


nice!(0)  コメント(0) 

革新的!心もカラダも幸せになるマーケット! [健康]

はい、こちらは南オーストラリア州アデレード市の、さらに南にあるウィランガという地方にて、毎月第一・第三の土曜日に開催されている、Green Light Eco Market の模様をお伝えします。
13119004_10154112491207673_6844000832965637326_n.jpg

(2018年現在は毎週土曜日の開催となっています)


このマーケットは、南オーストラリア州最大のグリーンでエコなフェスティバルから派生したマーケット。フェスティバルの人気が高く、レギュラー開催の声が高まり、隔週のレギュラーマーケットになりました。かれこれ3年近く開催されています(私のオーストラリア滞在年数と同じ)

このマーケット、ファーマーズ・マーケットやアーツ・クラフトマーケットからはひと味もふた味も違います。扱っている商品やサービスが、地球と人間の自然環境に対して持続可能で、激しく環境を破壊しない製品であることが出店の基準です。最低限の常識やモラルを満たしていること、そしてオーガニックまたはフェアトレードのもの、などと、出店団体は特定の基準をクリアしなくては、出店するに至りません。費用さえ出せば出店できるファーマーズ・マーケットとは異なり、例えば、完全に化学肥料や農薬から脱した農家さんや、エアルームのみ扱う種屋さんや、地元で採れた新鮮な時季の野菜だけをつかった食事やスイーツ、アップサイクルされた衣料品や本などが提供されています。


現在出店している団体や個人は、このような感じです↓↓


[かわいい]情報・サービス系


12604697_1718818588351432_3204986517253202323_o.jpg
《インフォメーションカウンター》
新しい世界の創造に向けて情報発信交換する場。いつもどこでもフリーハグ


12615343_1718817455018212_8623154166351969298_o.jpg
《パーマカルチャーと有機土壌専門ブース》
15年前にオーディンガ・アーツ・エコビレッジを立ち上げたスティーブ(右)と、
有機土壌・有機マルチにおいて横に出る物はいない魔法使い的マーティ(左)


12985367_1747472015486089_8502870565776668372_n.jpg
《単発の情報拡散ブース》
前回は、タンカーからのオイル流出について啓蒙活動しているウィルダネス・ソサエティが展示


13256518_10154147917462673_5880802107653546954_n.jpg
《地域通貨LETS*(レッツ)のブース》
洋服、靴、本、有機自家野菜やフルーツ、知識や経験など、なんでも交換所。そしてすべて無料です。


12605274_1718818445018113_8392130430790161162_o.jpg
《ミュージックブース》
親友のハリーナ(右)とパートナーのラジャ(左前)が奏でる新世界系音楽(大阪ちゃうで)


[かわいい]地元有機ファーム・農家さん


12764849_1729610050605619_2902381797409998811_o.jpg
見た目も心もファンキーな『ワイルド・グリーン』を提供する苗屋さんジェームス


13263957_10154147917267673_9021409880847952356_n.jpg
エアルームの種と苗を提供する『グースベリー・ファーム』


12494779_1741396566093634_1506367730602259808_n.jpg
とってもシャイなセリックスの農家さん親子


13267698_10154147917337673_5542794161772647783_n.jpg
完全無農薬、無堆肥生産されたフルレオ半島の野菜とフルーツ。毎回大人気で売り切れもしばしば



[かわいい]フード系


12961151_1747472168819407_3047191678489554471_o.jpg
毎回大人気。発酵ピザ生地は売り切れ御免。有機野菜をつくった釜焼き手作りピザ
(ベジタリアン、ビーガン・アレルギー対応)


13178706_10154112491482673_4471266617582154421_n.jpg
発酵食品とプロバイオティクス飲料に関してある意味仙人の中国出身ヤウロン
(ベジタリアン、ビーガン・アレルギー対応)


13245251_1760865394146751_3363517921138135390_n.jpg
アフリカで暮らしたドイツ出身のキャロリンがつくる手作りパン、スイーツ、ジャム、チャツネ専門店
(ベジタリアン、ビーガン・アレルギー対応)


13267811_10154147917412673_8962679474257151464_n.jpg
シリアック対応グルテンフリーのパンとスイーツを提供する『キズメット・キッチン」
(グルテンフリー、ビーガン・アレルギー対応)


13177935_1755819101318047_5335449600783725272_n.jpg
オーガニックカカオを使って、完全オーガニックのチョコレートとホットチョコを提供するチャーリー


その他、
・オーガニック・フェアトレードコーヒーショップ
(スクロールアップして、《地域通貨LETSのブース写真を見ると、背後に店長マークがみえます)

・時季の新鮮な有機野菜でつくる、ベジタリアン、ビーガンのランチ店
があります。



[かわいい]ヒーリング・癒し系


13239314_1760865414146749_6045950506685608617_n.jpg
世界太古のクリスタル、シュンガイト専門店


13220839_10154147917482673_3338761604124413719_n.jpg
手作りの毛糸長靴も売ってるリフレクソロジスト パムのお店



[かわいい]衣料系


11058243_1718817905018167_7561382327405294933_o.jpg
モカシンを手作りするスコット


13254280_1760865447480079_468729322057961213_n.jpg
アップサイクルされたファンキーな洋服が揃う『ヒッピー・チック』


10818283_1578628675689205_8735067009440864008_o.jpg
竹繊維でつくられたTシャツショップ『Mudbric』 。音楽ブースでギターを弾くラジャのお店。写真からもわかるかな?もちろんサーファー。


10540382_1733540036879287_3453815539848461386_n.jpg
手作りのクリスタルジュエリーを提供する『ジプシー・ムーン』のデボラ


※レギュラーの出店者がほとんどですが、週により少し変わります。ローハニーやさんや、アーティスとが出店することも。また音楽ブースは毎回違う音楽が奏でられます。来週は、アコーディオンギター。



マーケットでは、物品やサービスの提供だけでなく、地元の地域通貨であるLETS* (レッツ)を利用し、サービス・技術・知恵の交換も可能です。これは、マーケット内だけでのことではなく、常に外のコミュニティ(この地域一般的に)利用されています。

例えば、ソーラーパネルが故障したとします。レッツのカタログを参照すると、ソーラーパネル技術士が掲載されています。この技術士にコンタクトし、修繕をし、レッツ通貨で「支払い」をします。

また、地元のシュタイナースクールでは、児童の母親が学校菜園にて働くことで、レッツ通貨を「稼ぐ」ことができ、この通貨で子の学費が払えます。子を学校に送り、そのまま学校で仕事。子の成長を少しの距離から見守りつつ、学校と仕事が終われば一緒に帰宅する。なかなか善いシステムではありませんか。


12645222_1718813391685285_3862067652366532151_n.jpg


食に関しては、地元ないしは国内産の植物性食材を使ったメニューを提供しているお店が多いのが特徴です。ベジタリアン、グルテンフリーや乳製品不使用のお店が多く、安心していただける食にフォーカスしています。このマーケットが健康的な食に力をいれている理由は、食の制限が多い人にも、安心して手にするものがあるニッチなマーケットにしたいという点と、私たちの身体と心を健やかで豊かにする食は、私たちを取り囲む環境も健やかで豊かにするものだという事実を広く知ってほしい、という啓蒙目的があります。

昨今、まわりを見わたせば、突然アレルギー反応が出たり、シリアック病や、消化器系や呼吸器系の不調を持っている人が、減るどころか増え続けています。オーストラリアに於いても、国内産小麦や大麦に反応する人、乳製品にアレルギー反応する人が後をたちません。人に食べられるためだけに産まれ大きく成長する動物たちに打たれる肥育ホルモン剤や抗生物質。見た目よくサイズの揃う農産品を大量生産するために一般的に使われる各種の殺虫・殺菌、薬品。大量生産する大企業の方針に沿うように、遺伝子組み換えされた品種。これらは人の胎内環境に影響するだけでなく、野生種の生態系、地球環境にも同時に大きく影響します。また、空気中の汚れを一瞬で「清浄」する芳香剤や清掃薬品は使ったそばから肺に即座に吸いこまれ、化学物質を含んで流れ出た汚水は、鉄パイプ内を通って循環する間に塩素や化学物質が加えられ、またすぐに家・胎内にもどってきます。今これらは広く知られている事実で、特に健康に留意している人は誰もが知っていることでしょう。


13226638_10154148026267673_8178792924336029889_n (1).jpg
《こんなに愛らしいアルパカさん、私たちにぬくもりの毛糸を与えてくれます》


私たちの健やかな健康に必要なものは、生きた水澄んだ空気自然の恵み=食のはず。いつの間にか、これらを持つ人々の方が、物質を持つ人よりも、豊かでリッチとよべる時代になりました。

添加物などを継続的に摂取すれば、あらゆる内臓の機能だけでなく、神経や思考に影響しないはずがありません。母父の生殖力と生命力が弱くなれば、産まれてくる子にも影響します。地球上のすべての物事は、見えようが見えまいが綿密に繋がっているのは物理(宇宙)の真理ですから、当然のことです。薬で治癒できないどころか現代人の不調は当たり前となり、対症療法ではパンデミックに痛む地球人が癒されないことも経験からわかっています。この感覚は、都市部で暮らす本人こそが、経験から感じとっているのではないでしょうか。田舎や自然の中の空気の濃さが違うのは、お休みの日にオフィス街を出られたという心理的安堵感に加えて、自然がつくりだす天然の空気や、森がつくる生きている水を得られることに細胞から大きな喜びを感じているからでしょう。我々世代は、グローバリゼーションが良い、経済発展は後進よりも良い、毎日毎月毎年必ず設定されるあらゆる経済数値は、いつも上向き上昇していくものだと教育を受けました。でもそれを信じてきた先が今です。

一体、何がどうなって、このような社会になったのでしょうか。健やかに豊かで便利になるはずが、多くの「先進国」と呼ばれる国に住む人たちは、自然から得られるものからほど遠くなってしまい、何か追われるようにあくせくと動き回るようになりました。
すべての人は健康になりたいのです。なのに、人に健康をもたらさないものが何故、使われ続けられるのでしょう?消費者がそれを、無意識であろうとも、結果的に選択してお金を落とすからです。知識があり、勇気があったら、それを選択しないかもしれません。


12440507_1718818125018145_8417733840224419606_o.jpg

さあ、すでにマーケットのある地域に住む人や、生きている空気、水と食を得られる人たちは、宝くじや万馬券を当てた超ラッキーな人たちでしょうか?ラッキーなのではありません。それぞれが通ってきた真反対の現実で経験した矛盾や痛みを経て、現実的で持続可能な方法を探り、同志とともに私たちが住みたい場所をここで作っているというだけです。

私も含め多くの人が、他州、他国の地域から移住し、自分たちや愛する家族と共に健全で嘘のない暮らしを工夫して実践しています。そして、発展しながら今たどりついた地点は、個が労働者として埋没するのではなく、生命を尊重し、誰もが生き生きと暮らせるライフシステム。私のいのちも含めて「人間の、植物の、動物の、地球の生命を尊重する暮らし」を一度経験すると、それが流れるようにフローし、一番近い人からどんどんと好転反応を起こしていきます。お隣家族、ご近所とその輪がひろがり、波及すればするほど助け合いの輪も広がるので、実践するのが簡単に(生きやすく)なります。ソーシャルワーカーとして、家族を持つ母として、大工として、パーマカルチャリストとして、先生として、農家として、それぞれの立ち位置から、より善いバージョンの「いのち=私」になろうという願いをみんなでサポートしていきます。


12496227_1718818575018100_2522168335760705377_o.jpg


オーストラリアだけでなく、日本やロシア、インド、ニュージーランド、北米や中南米そして欧州でも、もう水面下とは呼べない大きなムーブメントが世界各地でおこっています。個人の内なる声が、とうとう大声で「ほんとにこれ以上の無理はもうムリ!」と叫び始めた地点から、点から線から面へと拡がっているかのようです。

私たちが、今回キャンパーバンで旅行した間も、この地方と同じようなマーケットやコミュニティにたくさん出逢い、そしてすべてのコミュニティで私たちはお互いを「地球家族」として歓迎し、同じ意識を共有しました。

この場所と同じくらい、旅行中に暮らしたコミュニティを愛しているし、そこで出会った仲間たちと、ここにいる仲間たちも同じくらい愛しています。私の心の中にも、相手の心の中にも、もう壁がありません。


写真から、グリーンライト・エコマーケットに、心からの笑顔とグリーンがあふれていることを感じますか?マーケットの中に居るだけで、心がクリアになり、愛に満たされる感覚を得ます。どうして?それは、人として生きることの本質を求めて生み出されたがあるからです。



13244851_1760865380813419_1391227449814274518_n.jpg
《グースベリーファームさんがマーケットのために摘んでくるお花のブーケ》


私たちがこのマーケットのことをよく知っている理由は、[目]こちらからお入り下さい。

ありがとうオーストラリア大陸9000キロの旅!最終章(13) [旅・キャンプ]

やってまいりました。
この記事は、【オーストラリア大陸9000キロの旅】最終章。シリーズは13章目でございます。




マヌ・サイたちとのセレモニーには二週間同行したあと、ヴィクトリア州へと引き続き南下する彼らに別れをつげ、私たちは前記事でご紹介した「Lightening Bird(雷鳥)」と共にキャンプしながら、マヌサイの指示で、私は彼からセッションを受け続けました。


12985467_10154063451932673_8598627177670906143_n.jpg
《キャンプした場所は、やっぱり海の前》


雷鳥のオオカミのような透き通った目に見つめられると、時間が止まります。話してくれた希有すぎる出生と育ちから誕生した才能は、つばゴックリもんです。彼の父親は南オーストラリア州の核実験に於いてスイッチを押した張本人であり、彼が雷に300回以上も打たれるたのはその後からというのも興味深いのですが、ここでは深くは触れないでおきましょう...。

キャンプ3日目の朝、こつ然と消えた雷鳥が残したメモで、彼の志事は終わったのだと判断し、我々東へ向かいました、前出のコミュニティへ向けて...。そう、私が「魂の故郷」と呼ぶ例のコミュニティに戻ってきました。

2016年から、訪問者や新しいメンバーを受け付けませんと公言されていますが、私たちは何の問題もなく歓迎され、新しい生活が始まりました。私たちは小さなキャビンで暮らすようになり、毎日、美しい庭を世話し、ビーチで泳ぎ、週末はマーケットへ出かけました。

12439060_10153845394457673_1468606728508228969_n.jpg



お花はトロピカル。ハワイのような気候です。

12744405_10153887343297673_5134423014981414175_n.jpg



心友のダニー(下部の写真で登場)に勧められて出かけたプロミスランド、そしてドリゴは世界遺産の国立公園。涼を求めて出かけることもありました。

12974339_10154063453982673_1378282514162684385_n.jpg



ある日は、国立公園の森の中でいろいろをぶちまけるイベントに参加したり(ファシリテーターとしてのシャーマンが主催)、魚釣りをしたり、真夜中の森の中を電灯なしで散策したりなどして、自然の中の暮しを心ゆくまで楽しみました。


12963501_10154063452547673_7187796150174165991_n.jpg



セヴィジャーナスのパフォーマンスで、私のダンスパートナーとなったダニー。そして旦那さんのアンディ一と息子たち。自分たちでペイントした青いバスに暮らす超自然派家族。ママは私と同じくダンスが大好きで、とっても愛にあふれ、心が広くて熱い女性。旦那さんと理想の暮しを実践し、それを見てそだった息子くんたちは愛の結晶そのもの・・・[ぴかぴか(新しい)]


15085652_1074872785943672_878704247430354018_n.jpg



毎日を心ゆくまで謳歌して、すばらしい人生経験を持つたくさんの年配の女性たちと意義ある毎日を過ごしました。コミュニティカフェで一緒にお寿司をつくったり、家の修繕を手伝ったり、日本語のレッスンをしたり。

そして、ここで指導を受けたセヴィジャーナスで、私は3度も舞台に立たせていただきました。15年近く踊ったサルサでは舞台に立つことはなかったけれど、セヴィジャーナスではいとも簡単に舞台に立つことになりました!

12974339_10154053503912673_6721293058857049429_n.jpg


子どもたちの洋服は、ひとつひとつ丁寧にすべて手作りされています。

13001325_10154053503992673_3977946551984533297_n.jpg


そして、セレモニー時には火を囲んで、祈りを奉納したり。

15732619_10154821153392673_8977658924747268518_o.jpg


週末にはすべての子どもたちが楽しめるようなダンスイベントを提案し、スチュアートがDJになって、子どもたちを招待しました。そうこうしているうちに、あっという間に3ヶ月が経っていました。


ちょうど私は、フード関係で何かしたいと考え始めたところ。織りものや、服づくりなど、「手」から産み出す喜びも思い出し、これからもたくさんの女性から技術を教わり、自分の手で何か創りだしたい想いも生まれていました。何しろ、モノだけでなくさまざまなものがフローしているので、何か内側から沸き起こるものが抑えきれないのです。。

スチュアートはマッサージの仕事をしていましたが、彼自身の中で、もう一回りの成長をブロックする内側の要因に気づき、コンフォートゾーンでありホームベースの南オーストラリア州に戻りたい気持ちを感じはじめていました。

そんな折、ゴールドコーストでの熱烈ラブコールにまつわる記事でも触れた通り、親友夫婦からマーケットの運営を依頼されていました。彼らがヨーロッパに半年間仕事をかねて滞在する間、私たちが運営できないのなら、マーケットを閉めると言うのです。私たちはマーケットの誕生秘話から哲学、運営などに馴染みがありましたから、閉めるという決断は、彼女たちにとって苦渋の選択であり、私たちにもそれは明らかに感じられました。

友達夫婦の旦那さんが、ビーチから歩いてすぐの高台に立てた大きな家。外を眺めるすべての壁はガラス窓で、家をぐるりとパーマカルチャーの家庭菜園に囲まれています。ヒーリング関連のものはなんでも揃っていて、業務用キッチンなので何か作ったら販売することも容易くできる。欲しいものがすべてどころか夢みるような理想的すぎる環境ではあるのです。


私たち、呼ばれてるのかな...?


私は最後までノーを突き通したけれど、助手席でノーと叫びながら南オーストラリア州に帰るという行為でイエスを出すことになりました。


さあ、決めたことです後には引けません。
私の心はきゅうきゅういいながら、身体も心も南オーストラリア州へ向けて、出発準備を始めました。


12931234_10154053503142673_7450454981805741198_n.jpg
《子どもたちが集合して元気にジャンプ!また会おうね!》


さあ、キャンパーヴァンの旅が再スタート。普通の車が1週間で行くところを、私たちは二週間以上かけてゆっくり移動です。ここから先は写真を通して、帰路をご紹介いたしましょう。

ニューサウスウェールズ州のドリゴ近くだったと記憶しています。
高所恐怖症がまだあったんだ、と四つん這いになって空中に浮かぶ(浮かんではないけど)岩に近づきました。

12974433_10154063454877673_3039786911786600742_n (1).jpg

13001274_10154063463102673_3692764094062902240_n.jpg


シドニーから南下して、オーストラリア大陸地図で言う右下(←南東角)をぐるっとまわり、
南オーストラリア州では見えない海から誕生する朝の光を、東海岸では毎朝拝みました。

13015657_10154063454412673_3448113171199736310_n (1).jpg


タイダルプールといって、潮の満ち引きを利用して作られた海のプールでひと泳ぎ。

13007085_10154080313197673_4204262144959389061_n.jpg



ニューサウスウェールズ州からビクトリア州に入りました。夏から突然、秋へ季節も移動です。




街のど真ん中にこつ然と姿を現す洞窟。

13000256_10154063454777673_4763693384572307940_n.jpg


ヴィクトリア州のブルーレイクは、ある時季にだけこのような青い色を醸しだします。

11140061_10154063454672673_4753330637889373071_n (1).jpg



シリーズを一緒に追ってくださっている方、覚えていますか?半年前に旅の始まりで建築した、ナチュラルハウスビルドの瞑想堂へと戻ってきました。瞑想堂はほとんど完成しており、あとは外装ペイントを残すのみ。


12994576_10154080313122673_2864115210149587385_n.jpg


数日前のニューサウスウェールズ州では泳いでいたというのに、南オーストラリア州の丘(ヒルズ)に到着した途端、秋そして夜は冬の寒さが訪れていました。


最後の写真は、アデレードのドイツタウンはハンドルフで撮影した私の写真もひとつ。


12987158_10154063475172673_782052231134664824_n.jpg


こうして、私たちの6ヶ月のキャンパーヴァン生活は一旦終止符を打ちました。


..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。:*..。



内からのインパルス(衝動)に導かれ、シャーマンと出会う目的ではじまった旅でしたが、思い描いた以上の想像もしないような素晴らしい体験にあふれていました。行く先々でガーディアンエンジェル(守護天使)ともよべる人たちと出逢い、導かれ、その先でまた素晴らしい出会いをし、人生の貴重な瞬間を共有しました。出会った人でこのブログを読む人は1%もいないけれど、出会いのすべてに感謝します!

思えば、出発前にキャンパーバンで旅をするために手放した数多くのもの — 家、生活品、家具・道具類、洋服小物から、考え方、便利さ、先入観、自分でつくったり社会が求める常識など — そのあいた空間へ、新しいものが内側から次々と生まれてきました‥‥



夢みる力
創りだす力
今を照らす力
パイオニア精神
自然美を愛でる心
自然界のエレメントと繋がり、
それを胎内に感じる力。
折れない精神と勇気ある行動で、
心が想い描いた夢を現実にする力。
そして、
大いなる愛と喜びがもたらす癒し。



旅を終えたから何かが終わったわけでも、何かが始まったわけでもありませんが、私たちのサイクルは気流のように旋回して成長しているように感じます。私たちの夫婦の間柄も大きく変わりました。

私の旅の目的は、人間としての成長そして心身の癒しでしたが、自身のヒーリングには興味のない旦那さん(ん、自分よりは他人の癒しばかり...、ちょっと身に覚えがあるストーリー?)とは、心の距離感や旅への捉え方もすべて違いました。当たり前です。摩擦の経験から、工夫もたくさんしました。旅に出たことで、先入観や固定観念がいい意味で滑り落ちていたので、少なくとも私は以前の私とは異なるアプローチで夫婦間を観ていました。


そして、ここでコミュニティなんですよ。
私たちが関係性をオープンにせざるを得ないことで、たくさんの先輩夫婦からサポートををいただきました。同世代や一世代上の夫婦からのアドバイスというよりは、彼らの通ってきた経験を聞いて、私たち、答えのない道を自分たちで答えを出しながら同じように経験してきてるんだ。そう感じることでつながりを持てるのです。つながりは、愛なのです。夫婦や家族関係の詳細がどうあっても、すべての素材は私たちが「私という存在」を深く知り(思い出し)、絆をつよめ、愛を深くし、人間として成長するきっかけをくれる、貴重で神聖な場に違いないのです。

なぜ関係性をオープンにせざるを得ないか。
それは、善し悪しなく、コミュニティでは秘密が存在できないからです。秘密とは、孤独を封印する呪文のようなもので、総全体の暗闇としっかりつながれてしまう不思議な存在です。
日本の長屋もそうでした、子どもの泣き声や夫婦喧嘩がお隣さんにまる聞こえ。コミュニティでは秘密にする隙がないから、自らを孤独に陥れたり、救えないほどの暗闇にどっぷりハマる暇すら持てないのです。心からの「大丈夫?」。この一言で、たくさんの女性たちと心でつながりました。あなたの存在が私を支えるのと同じで、私たちみんな同じものを抱えているから、だから支え合えるのです。

旅してよかったと感じますし、旅しなかったという現実はもう私の中にはありません。12年間おんなじところに住み続けた東京から移住して、とりあえず新しいものを(内にも外にも)見たくて経験したくてしょうがない私が一旦落ち着きました、、、かな?



 

  希望をもって、夢を描きつづける

  力をぬいて、過去を手放し、

  空いたスペースに、「夢」をのせる

  前を向いて、夢へと一歩踏み出すことで、

  今が光で照らされていく




距離もブログも記事自体も長かったオーストラリア9000キロの旅、ブログシリーズはここにて終了です。おつかれさまでした!




オマケ:
この後、私たちが運営したグリーンライト・オーガニックマーケットの様子は、こちら←からご覧いただけます[かわいい]



あと:
2016年10月に、マヌ・サイに導かれペルーに飛び、メディスンマンと過ごした28日間については、ゆくゆく記事にしていきます。しょうしょうお待ちください。

ナチュラル派のお掃除 アイデア集 [健康]

私の暮しから、完全に化学系薬品が消えました。
化学物質(ケミカル)などの身体に有害なものを含むものは、我が家では一切使いません。家事をする人の肌、体内、脳も心もすっきりとナチュラルに過ごせるような洗浄剤を工夫して使っています。

え、家あんの?って思われるかもしれません(笑)。実はあるんです。キャンパーバンにも(今は私は住んでいませんが)キッチン、冷蔵庫、クローゼット、ベッドルーム、ダイニング、あるんです。シャワーは青空ソーラーシャワーなので、お掃除は必要ありません。ですが使ったものが自然に即還っていくからこそ、自然に優しいものを使ってあげる大切さを学びます。

自然に優しいナチュラル素材を使ってお掃除してあげると、私たちの胎内もどんどんナチュラルになるんです。お掃除をすればするほど、お肌、髪の毛、胎内、心、私たちの優しさをもう一度思い出し、慈しめるようになりますよ♡

今日は、そんなアイデア集をメモしておきます。




台所事情

我が家では、冬に貯水した雨水を使っています。
どんな洗剤や道具を使うかは、日々の食(油物や添加物)に大きく影響されますが、シンクから流れ出る水が地球上で還元されることを考えると、うちでは洗剤を使いません。
オイルの汚れはどうするのかですが、オーガニックの良質オイル(プリムローズオイル、フィッシュオイル、ココナッツ、ヘンプ、セサミ等)を使っています。体内に採り入れるだけでなく、身体全体(顔や髪や爪や頭皮)に使えるものなので、完璧に洗い去る必要がない考えています。また、木製の食器が多いので、油を含むことでより馴染み、愛着もわきます。

台所の必需品

アクリルタワシ
重曹 (つけ置き、落ちにくい汚れに)
レモン (油のついた食器は、レモン拭き)
塩 (流しの掃除、ぬめり取りに)
酢 (流しの掃除に)
オーガニック石けん (手洗用、アクリルタワシを洗う用)


キッチンタオルは、ボールに水と重曹を入れて一晩つけて、翌朝太陽の下で干します。
アクリルタワシは、太陽の光で日干しします。
重曹と塩は、ぬめり取りや農薬の除去にも使えます。
流しにの水を溜めたところにレモンを入れ、食器を入れたままにして放置しておくと、食器が洗いやすくなるだけでなく、発酵したレモン水は下水管の掃除をしてくれます。我が家では一日一個はレモンを使うので(毎朝レモン水をいただきます)、それを流しの水に入れっぱなしにします。




ランドリー事情

我が家は、子どもなしの夫婦2人。旦那さんの職業上(セラピスト)、タオルの洗濯量はかなり多いです。アイロンはほぼ使いませんが、必要な際は洋服が半乾きの状態で、シャワールームに干しています。

ランドリーの必需品

微生物に還元される資源でつくられた洗剤
ソープナッツ/ムクロジの実
重曹 (洗濯粉洗剤と半々で使用)
砂糖 (少量入れて洗うと、油を分解しながら排水も綺麗に)
酢  (脱臭用に)
エプソム塩 (柔軟剤がわりに)

※生理用のオーガニック布(布ナプキン)についてですが、水にいれても揉まないで、重曹の水に一晩つけ置きします。洗ってみてまだシミがある場合は、オーガニックせっけんで軽く洗ってから、太陽の下で干しします。(布ナプキンを長く使っていると、不思議なことに汚れないような過ごし方ができるようになります!)




バスルーム事情

日本と最も異なる点は、お風呂場とカビです。日本のようにシャワーとバスタブが一緒で、お風呂場全体を濡らせる環境ではありませんし、また南オーストラリア州は湿気がほぼゼロなのでぜんぜんカビません!

南オーストラリアの夏は水が不足するため、毎日入浴している人はほぼいないはずです。また、バスタブはすべての家にあるわけでなく、毎日入る習慣もないので、お風呂を洗う回数自体が少ないです。

今までに住んだり滞在した家のシャワールームは、すべてガラス張りでした。どの家もシャワールームを使用後、ガラスに水しぶきが残らぬよう、酢水をつかってぬれた部分を拭いておくのが一般的です。高圧スチームモップは、水とソーラーパワーだけでピカピカになるので、この辺ではポピュラーです。


バスルームの必需品

重曹 (いつものお掃除に)
塩 (ぬめり取りに)
酢水 (下部参照)
洗濯布または新聞紙 (ガラスと鏡用に)
ブラシ/歯ブラシ (汚れが落ちにくいところに)
スチームモップ


カビが見える場所を少し水で濡らして、重曹を振りかけておき、その後ブラシでこすります。
お風呂の掃除にも、お風呂に入るにも、いつも重曹を使います。お風呂がピカピカになります。
水と酢を1:1でスプレーボトルに入れておき、ガラスや鏡にスプレーして布や新聞紙で拭くと、ピカピカになります。また酢は空気を清浄にします。酢独特のツンとした感覚は、すぐに消えます。体内に吸い込んで毒なものではありませんので安心です。




シャンプー、石けん、歯磨き、身体のお掃除事情

我が家では、オーガニックの歯磨き粉を使っていますが、毎日は使いません。炭粉、少量の重曹、塩、指で洗ったりと、使い分けています。歯ブラシは、持ち手部分が木で、生物分解するブラシ素材を使っています。
知覚過敏などで歯茎が痛む場合は、天然のローハニーを指につけて、やさしくやさしくさすってあげると善いです。上歯は下向きに、下歯は上向きに。日中に行い、一週間に一度でよいでしょう。

毎朝の*オイルプリングは、歯や歯茎のトラブル、お肌のトラブルから毒素排出までオールマイティーにしてくれます。口は、胎内という壮大な世界への扉です。健やかな状態を維持してあげられるといいですね。

シャンプーは、オーガニック、生物還元型、石けん系のものを置いていますが、そういったものを使わないで**水シャンプーすることが多いです。

シャンプー後にコンディショニングしたい場合は、リンゴ酢と水を1:1の割合であわせ、出来る限り髪の毛だけに触れされて流します。

フェイスウォッシュなど使いません。石油系のメイク素材を肌につけると肌荒れし、石油系メイクを使うと、さらに強い石油系のクレンジングが必要になるため、メイク品一切を卒業しました。「自然派」と呼ばれる化粧品も人体実験で試してみました。肌部分は大丈夫ですが、アイメイク関連商品で安全なものには未だ出会ってイマセン。

美しい花粉をみつけるとアイシャドウにしてますが、なにか[目](花粉症?春先から庭の花をスムージーにいれて飲み、抗体をつけて対応してます)


身体のお掃除必需品

オーガニック、生物還元型、石けん系シャンプー
オーガニック(手作り)石けん
炭粉 (歯磨き粉がわりに)
海塩 (歯磨き粉がわりに)
重曹 (たまに、歯磨き粉がわりに)
プロポリスうがい
オーガニックのごま油、サンフラワーオイル、ココナッツオイル


*毎朝のオイルプリングがお勧めです。大さじ1杯程度のオイルを口の中に要れ、15分ほどぐちゅぐちゅと。寝ている間にたまった毒素を、オイルでプリング(引き出し)ます。
オイルの種類は、オーガニックのサンフラワーオイルやセサミオイルが良い、と言われていますが、我が家ではココナッツオイルとセサミオイルを使い分けています。くちゅくちゅぺっとするのは、庭やゴミ箱にしましょう。流し台からぺっとすると、つまりの原因になります。


**水シャンプーの方法:頭皮マッサージで、頭皮オイルを分泌させ、よく髪をブラッシングをすることで、セミロングヘアでもシャンプーとトリートメントを使わないで、強く健やかな髪を維持することが可能です。毛染めは髪と頭皮だけでなく身体へのダメージが大きいのでしません。この水シャンプーは、すでにナチュラルな生活を実践している人にお勧めです。




その他のお掃除事情

下水排水
トイレ、シャワー、キッチンの流し、ランドリー、どこにでも排水がつながっているところには、長めに発酵させたケフィアドリンク(腸内環境を改善する発酵飲料)を、カップ一杯ほど流してやります。


家の床
我が家は、「ジャパニーズスタイル」と皆さんに説明し、土足で家に上がるのはお断りしています。私たちのモバイルホーム、キャンパーバンも土足厳禁です。お掃除は掃除機を使ったり、スチームモップを使ったりですが、日常的には箒とちり取りでお掃除をしています。私たちがハウスマインディングをしている内は、どこも土足禁止。私の綺麗好きな性格が、似た人たちを引き寄せています。


靴の掃除
コーヒー粉を乾燥させて、小袋に入れて靴の消臭対策。
革靴磨きには、、、食べた後のバナナの皮。普通にきれいになります。


乾燥するとこどこにでも、爪、お臍、耳、顔、、、
良質のオイル!ここではココナッツオイルが多いですが、ヘンプオイルもいいですね。細かいところなどは、綿棒につけてころころとすると、ツボマッサージにもなりますよ。


空気清浄
アロマスプレーをつくることは、本当に簡単です。うちでは雨水に、好きなエッセンシャルオイルを数滴垂らし、しゃかしゃかしてスプレーするだけ。化学的なエアゾールやエアスプレーは、私たちの肺に直接吸い込まれいること忘れないでください。




心のお掃除は呼吸と瞑想

基本の呼吸
いろんな呼吸法がありますが、どの呼吸法を取り入れても、効果は似ています。
本人の決意と意思が、結果に影響するのはもちろんのこと!

基本は、いつもやっているのと同じこと。


   吸う ー> 止める ー> 吐く ー> 止める ー> 吸う ・ ・ ・ 


ただ、意識を深めて行うだけの違いです。
吸う量、吸う長さを意識します。身体に新しい空気を意識的に通してあげます。
身体にたくさんの新しい空気を入れ、
不調のある箇所や、筋肉や骨に空気を送り、、
少し溜めて、
ゆっくり吐く。
吐く量、吐く長さを意識します。身体から不要なものが出ていく様子を感じます。
身体から空気ができった感をゆったり感じながら、
また吸うところに戻ります。

朝起きてすぐや、たいせつな時間の直前、食前、就寝前など。深い意識的な呼吸はいつ行っても効果的です。深く真に入っていく呼吸は、わたしたちという存在を生かさせてくれる最も基本の行いです。


瞑想
今の自分にはもう貢献しないような過去、しがみついている思い出、何らかの重い執着、将来への不安、これらが今の幸せの足かせを形成しているとすれば、それに気づくことが最初の一歩。それらを手放し、行動することです。考え過ぎの頭、情報で詰まり過ぎの頭、偏った考え方をしていると、頭痛や脳内の不調が出てきます。瞑想をして、思考を一旦止めてリフレッシュしましょう。

心のお掃除をして、当たり前ではない今日というすばらしい一日の、一瞬一瞬を意識的に生きることへとつなげましょう。心と身体と周辺環境のナチュラルお掃除をすればするほど、人生が透き通っていきます。


-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-


私がこの暮しかたに辿り着くまで少し時間は掛かりましたが、東京23区で暮らしていたときから上記の多くのことを行っていました。もちろん、ゴミ分別も好きでやっていましたし、洋服やあらゆる家庭用品のギヴアウェイ(知らない人に無償でプレゼントすること)もずっとやってきました。

マンションの隣の家は化学薬品を排出してるし、上の階も、下の階もそうなので、「私一人が自然派の暮しをして(しかも安物はないし)地球への何の変化が?」などと思っていました。ですが、私が望んでいたのは「私への変化」であったので、私だけが真摯に実践していることだけで十分でした。そして、やっぱり好きなんですよね、自然に優しい暮しが♡

そして今は、私と同じような自然派の価値観を共有する仲間、少なくとも自然派を心がけて暮らす人たちとコミュニティに住んでいます。あなたがしたいのは、あなた自身へのより善い変化でしょうか?それとも、あなたじゃない何かや世界に対しての変化を望んでいるのでしょうか?それがどちらであっても、近道は「あたなが納得することを、あなた自身からはじめること」です。


お掃除は年末だけといわず。年始から、すこしでも一瞬を慈しむ時間と、その間の呼吸を楽しんであげてください。私たちの暮らしに沿う日々の少しの工夫が、今という瞬間ををより満ち足りたものにしていきます。

新鮮な空気を身体にいれて、心いっぱいに開いて、時季と胎内の自然を慈しめる日々が在りますように!


12311323_10153734509297673_3686205013001587132_n.jpg

キャンパーバンでの生活する際は、木の枝にロープを縛って、お日様の下で洗濯干し



※アイデアがうかび次第、内容を随時更新していきいます。
前の10件 | -

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。