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タイでの出家のはなし:ソウルメイトの超婚、の巻(1) [タイでの出家のはなし(上座部仏教 雨安居修行)]

2018年8月。タイは北東部、メコン川の向こうにラオスが見える。
『マットミー』とは、タイ伝統的な技法の染物で、主に女性の衣として使われる泥で染められたタイシルクのこと。この名がつけられた『マットミー』と呼ばれる小さなバックパッカーから、雄大なメコンの流れに沈む夕日を眺めていた。


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《タイ側から、メコン川の向こうラオス側に沈む夕日》


ノンカーイに着いたのは、それから2ヶ月さかのぼる。
6月初旬、オーストラリアのゴールドコースト、クーランガッタ空港を出発し、タイのバンコクへ到着。十数年ぶりのバンコクは、あの時と同じ匂いがした。タイ独特の、高温と湿気と甘くてねとっとしたあの匂い。東京に住んでいたころは買い物によく来た。姉と南部の島リゾートをしたり、友だちとクルーズをしたり。今となっては、買い物もリゾートもしたいとさえ思わない。あの頃の私はもういない。

バンコクの空港から外に出たるのは夜中だったので、タクシーをつかって宿へ向かった。空港が巨大化し、以前に使っていた空港でないことは、タクシーがハイウェイにあがってすぐに気づいた。エネルギーが増した巨大都市。高層ビルが乱立していて、高級車が前にもまして増えていた。車窓からのネオンを見ながら、ふと、そういえば夫と出会ってから海外一人旅をしていなかったことに気づいた。

一人旅をしていなかった事実だけではない。財布も共通、二人ですることといったらガーデニングやコモンランド(共有地)のメンテナンス。ほんとうに多くの時間をともに過ごしていたことに気づいた。社会的に機能する便利な関係という面はほぼなく、お互いの魂に目の前に迫り来るような関係だった。よくも、わるくもを、通り越して…。


想像したとおりに、バンコクの夜は相変わらずまぶしく賑やかで蒸し暑く、持参した耳栓は紛失し、眠れない夜を明かした。翌朝は、夜行列車出発まで暇つぶし。自分のお財布というものを数年ぶりに抱きしめながら(コミュニティではウブントゥ(物々交換)な暮らし)、ドア鍵をかけたり(コミュニティでは鍵をかけない)、水を買ったり(コミュニティでは雨水)と、ひさしぶりに都会で一人で過ごすことの勝手の違いから、少し慎重に動いていた。

喧騒から一刻も早く脱出したい思いだけで、お昼には駅に到着し、目指したのはタイマッサージ。
夜の電車出発時刻までランダムな旅人と会話を楽しんだあとは、タイ北東部のノンカーイまで、14時間の旅。


  *~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*   


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《キャンパーバンから望む、タイアルガムのワランビン山》



タイに来るまでの数年間、夫と私はトヨタのキャンパーバンをベースにし、オーストラリアの東海岸のコミュニティを転々としながら暮らしていた。「ノンカーイにいくのだ」と、心の声が降りてきたのは、ワランビン火山の火山層上にできたタイアルガムという小さな町だったと思う。ノンカーイという町名も知らなければ、タイ最北のラオス国境沿いの小さな港町ということももちろん知らない。ただ、ノンカーイという場所へいかなくてはならないことが、全身全霊でわかった。


私のキャンパーバンの旅の理由は、体と心と精神のヒーリングだった。彼のキャンパーバンの理由は後づけで(私がキャンパーバンを買ってしまったので)、理想のコミュニティを見つけて移住したいというものがあった。私にとっては、ヒーリングが深まっていく上でコミュニティの一員として生きることは不可欠となったのだが、異なるコミュニティを見れば見るほど私にとって「コミュニティの理想形」というものはなくなっていった。逆に、個人意識のなかにコミュニオン(自我と高次のセルフとの融合)がなくてはコミュニティというものの存在はありえない、という理解につながり、コミュニティを訪ねることへの興味と意義をすっかり無くしてしまった。コミュニティを学ぶ時間とエネルギーがあれば、より意識の内側に入って、人間というもの自体を理解したいという確かな願望に落ち着いていった。




これが、二人ともがわかりやすい形で、分かれ道をみせてくれることになった。




彼も、私たちの魂の契約が、完結に向かっていることを察知していた。悲しむことなどなく、悔いることはない。ただ、私たちが結婚という形式からオーバーフローしていた。鉢植えの植物が大きくなりすぎて、土壌に植え替えてあげないと、というような感覚。結婚という枠内で存在する意味があまりなく、社会的にも夫婦である必要がないというような関係。だから私たちは、私たちが支えあうことのできる永遠の関係であれるかたちで、婚姻契約から卒業していくことを、感じ取っていた。




いまやそれをこうして言葉にできるが、その時はまだ心の霧の中にいた。


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《タイ出発当日の朝》


出発当日の朝、これがオーストラリアで見る最後の朝日なのだろうか、と少し感傷的になってじっと眺めていた。
今後タイに移住するのかもしれない。タイから日本に帰国するのかもしれない。東京を離れて以来、大いなるものに導かれてきた。心の声をしっかりと聞いて、ここまでやってきた。だから、心の声にしたがっていけば「大丈夫だ」という自信だけはある。思考が、人生がここからどこに行くのか、どうやって暮らしていくのか、とループしていることを観察しながら、人生の次の停車駅がタイのノンカーイであることを確かに受け取り、私の意識はそこに向かっていた。。。それから半年もの間、そこに住むことになるとはつゆ知らず…



彼が私を空港まで送ってくれた。
これまで、すべてを出して話し合ってきたが、空港に向かう車で私たちは無口だった。2011年に出会い、翌年に結婚。翌々年に南オーストラリア州のエコビレッジに移住。その2年後にキャンパーバンを買い、東海岸へとオフグリッド旅に出発した。私たちは二人で、何かを築きたかった。そしてその何かを築くために、やらなければならないことがたくさんあった。知らなくてはならなかった私たち存在意義を解き明かしていく作業が、私たち7年間の結婚生活だった。



無限の真実を解き明かしていく契約を、生まれる前に結び、約束したとおりに出会った私たち、ソウルメイト。二人が出会ってから、大量生産消費型の「東京クラス」(地球学校の過去記事へどうぞ)を卒業し、すべてにおいて壁と嘘が存在できないコミュニティに引っ越した。私たちが入学したクラスは、「コミュニティクラス」だった。コミュニティに移り住んだことで、あらゆるすべての壁という壁が崩壊し、目の前の世界がどんどんと透明になり、思考と心から壁、嘘、言い訳が消失していくにつれ、真実が確実に姿をあらわしてきた。


真実が見えてくるなかで、私たちは幻想としての信じてきた結婚というものを演じようとして、多くの場合に苦しんでいたことにも気づいた。両親を見て、祖父母を見て、社会を見て、世界を見て、結婚とはこうあるべきだと信じてきた概念のなかで、よいといわれるような夫と妻を演じようとしていたことに。私たちは、私たちの結婚生活により、私たち自身を自由にした。


闇のなかを光のスピードでかけぬけてきた二つの魂。闇があったからこそ生まれた光で、いま、心の中にある魂の叡智を照らすことができる。概念と経験と信念体系を超え、今私たちは、私たちを、私たちがつくった愛のなかに、解放する。結婚でも、卒婚でも、離婚でもない、超婚*がここにある。




自分を、隣人を、他人を、敵を
ただ赦すこと
在りのままで
受け入れること

期待を落とすこと
落胆を落とすこと
すなわち幻想を手放すこと

瞬間的な苦しみと喜びの波のあいだに
不動の静寂の一点をみつけること
そこに漂うこと

慈愛と優しさを
心の素質にすること
やわらかな強さで
個の愛を無償の愛へと高めていくこと

永遠にひろがる愛のなかに
自分も、隣人も、他人も、敵も
別々で存在しないことに気づく

私たちの存在の本質は
愛だから

有り難い 今という
瞬間瞬間の奇跡にきづくと
妬み、怒り、悲しみ、哀れみ、傲慢さが
どんどんと消えていく

そして光としての愛が
永遠にあふれだしていく



 *~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*



クーランガッタ空港の出国ゲートに近づく。エスカレーターに乗れば、私たちの結婚生活に一旦ピリオドがつく。それがわかって、二人とも無言だった。ソウルメイトが歩んだ道が、契約どおりに今このエスカレーターで分岐点となる。




『ありがとう。』

『じゃ、また。』




 *****



2018年8月。『マットミー』のデッキから、メコン川に沈む雄大な夕日を眺めつつ、出会いから2人が積み重ねてきた神聖な時空に思いを馳せる。短いようで、深く濃い時間。彼と私だからこそ成し遂げられたソウルメイトの魂の契約を結んだあの日、魂として誓った言葉はずっとこれからもほんものだった。








次の巻へと続く…




日本には、2000年ころから『卒婚』という言葉があるようですが、その定義は、ソウルメイトの婚姻からの解放(リリースまたはリバレーション)とは異なる意義を持つようです。ソウルメイトの婚姻は生前に決められた魂の契約であるため、ある意味、契約が完了し、契約から解放することになります。そこで、ソウルメイトの婚姻による契約の完了を、ここでは勝手に『超婚』と呼ばせていただきます。日本語でこの言葉に値するものがあれば、どうぞお知らせください[かわいい]






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